五胡十六国時代について語るスレ7

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1蘭陵王は南北朝2018/11/29(木) 08:56:32.98ID:pNmm060M0
お隣の時代がにわかに熱を帯びておりますが、
こちらは平常運転で参りましょう。

って普通に南北朝の話もしてたわー!
ったはー!


前スレ
https://matsuri.5ch.net/test/read.cgi/chinahero/1532487926/

関連

晋書
ttps://zh.wikisource.org/wiki/%E6%99%89%E6%9B%B8
魏書
ttps://zh.wikisource.org/wiki/%E9%AD%8F%E6%9B%B8
資治通鑑
ttps://zh.m.wikisource.org/wiki/%E8%B3%87%E6%B2%BB%E9%80%9A%E9%91%91

資治通鑑本末訳(渡辺 省氏)
tp://www2.ktarn.or.jp/~habuku/tsukankize.htm

人物伝訳
たけまんま氏
ttp://www.geocities.jp/takemanma/person.html
増田ジゴ氏
ttp://blog.livedoor.jp/masudazigo-2nd/

勢力変遷動画
ttps://www.youtube.com/watch?v=ugjAoQJKBWc

2名無しさん@お腹いっぱい。2018/11/29(木) 12:25:42.23ID:QbY4a7p30
★ 意 識 低 い 無 関 心 層 を 選 別 ★

【人類を2つに分ける】 世界教師マ@トレーヤ到来
http://mevius.5ch.net/test/read.cgi/seiji/1538271437/l50
【投資家は、投身自殺】 マ@トレーヤが株通貨廃止
http://egg.5ch.net/test/read.cgi/stock/1538630750/l50
【報道規制の、解禁を】 マ@トレーヤのUFO出現
http://matsuri.5ch.net/test/read.cgi/sky/1537927336/l50
【URIであーる】 国々の連合から、神々の連合へ
https://rio2016.5ch.net/test/read.cgi/psy/1537936227/l50
【STOP東京五輪】 オリンピック開催なら、首都地震
http://mao.5ch.net/test/read.cgi/olympic/1538632218/l50
【米日気象戦争】 風船爆弾 VS 人工地震津波兵器
http://mevius.5ch.net/test/read.cgi/army/1538546569/l50
【Nintendo】 WHO「ゲームは害だ」ESA「風評だ」
http://krsw.5ch.net/test/read.cgi/ghard/1543406941/l50
【Sony】 マイケル・ジャクソン「ソニーは悪魔だ」
http://lavender.5ch.net/test/read.cgi/mesaloon/1543405790/l50
【嘘HK】 放射能と無関係を装って「心筋梗塞激増」
http://nhk2.5ch.net/test/read.cgi/nhk/1541301264/l50
【参加は共犯】 福島復興マラソン、走る勇気ある?
http://medaka.5ch.net/test/read.cgi/athletics/1542365482/l50
【燻製チップ】 スモークチーズ、食べる勇気ある?
http://matsuri.5ch.net/test/read.cgi/food/1542364635/l50
【ヒロヒト】 石油をもらって戦争を長引かせた鬼畜
http://lavender.5ch.net/test/read.cgi/history2/1530772427/l50
【ブッシュ】 マ ル タ 騎 士 団 【オバマ】
http://lavender.5ch.net/test/read.cgi/whis/1525744222/l50
マイトLーヤって何?宣伝ウザいんだけど
http://fate.5ch.net/test/read.cgi/spiritual/1527044468/l50

3名無しさん@お腹いっぱい。2018/11/29(木) 18:04:57.20ID:gPERjuoy0
石冰 陳敏 王敦 蘇峻 反乱四天王まとめとか出ないかなー

4名無しさん@お腹いっぱい。2018/11/29(木) 18:05:21.65ID:0Ht2q+FN0
>>1 一物

5名無しさん@お腹いっぱい。2018/11/29(木) 19:49:42.15ID:yol7jFx+0
太祖光文帝

6名無しさん@お腹いっぱい。2018/11/29(木) 19:50:34.80ID:yol7jFx+0
高祖明帝

7名無しさん@お腹いっぱい。2018/11/29(木) 19:51:38.16ID:yol7jFx+0
烈祖景昭帝

8名無しさん@お腹いっぱい。2018/11/29(木) 19:52:06.34ID:yol7jFx+0
高祖景明帝

9名無しさん@お腹いっぱい。2018/11/29(木) 19:56:16.88ID:yol7jFx+0
太祖武昭帝

10名無しさん@お腹いっぱい。2018/11/29(木) 19:57:23.68ID:yol7jFx+0
世祖成武帝

11名無しさん@お腹いっぱい。2018/11/29(木) 20:11:38.67ID:3yzl+jMm0
>>3
杜トウ「」

12名無しさん@お腹いっぱい。2018/11/29(木) 21:46:40.55ID:XDWsQLP00
>>1
乙弗

13名無しさん@お腹いっぱい。2018/11/30(金) 00:08:09.86ID:F9qVIGpi0
隠れん勃勃

14名無しさん@お腹いっぱい。2018/11/30(金) 04:03:27.45ID:3YnGuKNr0
慕容莫護跋

15名無しさん@お腹いっぱい。2018/11/30(金) 19:20:58.02ID:PxP/I33R0
禿髪樹機能

16名無しさん@お腹いっぱい。2018/11/30(金) 20:08:36.24ID:jq97+enS0
いま話題の蘭陵王について語るスレはここですか?

17名無しさん@お腹いっぱい。2018/11/30(金) 21:00:22.46ID:Vl+xXhpP0
蘭陵王とか、亡国の王族は悲劇的だけど
新王朝がたつ時
開祖たる権臣達は、物凄い権力闘争をやってるんだよなあ

栄枯盛衰を感じる時あるなあ

18名無しさん@お腹いっぱい。2018/11/30(金) 21:00:42.47ID:9lPRvpxr0
源平藤橘の流れを汲んでるか、旧華族クラスでないと名門とは言えない

19名無しさん@お腹いっぱい。2018/11/30(金) 21:18:59.60ID:E8R+UXEE0
李弼と李虎の家柄の胡散臭さ

いっそ「馬の骨」です宣言した方が清々しいレベル

20名無しさん@お腹いっぱい。2018/11/30(金) 21:28:27.62ID:UULmyXLG0
やっぱり宇宙

21名無しさん@お腹いっぱい。2018/11/30(金) 21:36:52.17ID:9lPRvpxr0
李淵「隴西李氏の末裔です」

22名無しさん@お腹いっぱい。2018/11/30(金) 21:40:47.02ID:rrUAEziK0
>>21
ハクガクサイエ‐やぞ

23名無しさん@お腹いっぱい。2018/11/30(金) 21:47:04.34ID:dsb6aYz50
海西の菩薩天子「ウチは楊震センセイの子孫やぞ」

24名無しさん@お腹いっぱい。2018/11/30(金) 21:58:12.94ID:5L/AmaI80
貞観氏族志「名門貴族の第一は清河・博陵の崔氏、皇帝の李氏は第三等です」
太宗「は?(威圧)」

25名無しさん@お腹いっぱい。2018/11/30(金) 22:36:27.39ID:9lPRvpxr0
唐が滅亡して貴族階級も消滅して
宋からは科挙で豪族出身のがり勉が官僚になった
という理解でよろしい?

26名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/01(土) 01:53:55.57ID:M6NLu0VF0
蘭陵王とかそこまでの武将か
斛律光や段韶には到底及ばないだろ

27名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/01(土) 02:04:57.13ID:XJ7Q4w410
君主から猜疑されて暗殺されると通常よりageられるから

28名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/01(土) 04:07:48.36ID:iBPa3qc+0
姚弋仲

29名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/01(土) 08:19:39.96ID:YpchXN2q0
>>28
いつもは強いけどメンタル豆腐な夫に尽くす強気な妻っぽいのがええ
石季龍必要だったのは姚弋仲みたいな奥さんやな

30名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/01(土) 08:25:41.52ID:WQt4zBEd0
>>29
石勒は機転の利く劉氏を側に置いて信頼していた一方で、石虎は鄭櫻桃みたいな頭の中身空っぽそうな女を好んでいたあたりが明暗を分けた感じ

なお両者ともに本人死後に後継者をぶっ殺された模様

31名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/01(土) 11:40:01.85ID:Cwn7IUQs0
石虎が悪いよー石虎が

32名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/01(土) 20:19:40.05ID:KkEuVbQ70
石虎は普通に聡いからな
後継者争いの戦いが起きることを見越して最速で迷わず動いた

33名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/01(土) 20:29:28.43ID:lHqL8vci0

34名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/01(土) 23:54:28.84ID:9D7ghdww0
>>29
もうちょっと息子らに目をかけてれば

35名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/02(日) 16:16:08.65ID:zuUbAyIr0
苻黄眉ももうちょっと待ってたら苻生死んだのになあ
苻堅が後を継いで、苻黄眉が優秀な方面司令官として活躍してくれれば、もっと華北統一も王猛が生きてるときにできただろうに

36名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/02(日) 17:19:10.75ID:5CBoIIvx0
苻黄眉もそのうち苻堅に反旗翻していた可能性高いでしょ

37名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/02(日) 21:41:50.25ID:N6Sm9b9d0
>>34
あいつとはもうやっとれんわ・・・という息子2人を続けざまに殺して幼齢の太子を立てるという孫権を超えるかもしれないクズムーブ

38名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/03(月) 14:32:04.17ID:Vl/25ndF0
五胡十六国のブログあったけど逆張りしまくって消えたなあ。タニオもブログ消すし全く困ったもんじゃい

39名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/03(月) 17:26:16.27ID:6QAQMtu90
主要なブログは普通に継続してね
タニオって誰?

40名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/04(火) 00:31:11.53ID:OzkYZvfW0
ウィキペディアだと、苻黄眉、苻菁、苻重、苻洛は兄弟とあるが、それの根拠はどこだろうか?
苻健の兄は二人いて、苻重と苻洛は兄弟てのはわかってる
けど、苻黄眉や苻菁が苻洛らと兄弟で、なおかつ兄弟順がわかる資料は記憶にない
どこかでそんな資料でもあったか、わからない

41名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/04(火) 15:46:59.39ID:Z4DBq+O00
どこから手を付けていいか分からない時代ナンバーワン

42名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/04(火) 17:43:07.57ID:DQRR98XI0
ムー編集長 UFO「存在する」「自衛隊は隠してる」「米国は正体を知ってる」「生きているうちに分かる」
http://rosie.5ch.net/test/read.cgi/liveplus/1543627498/l50

安倍は水道ドロボーだ、追出して宇宙人を総理にしろ!

43名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/04(火) 18:09:24.86ID:DQcm11ss0
>>40
苻敞とかもよくわからない

44名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/04(火) 19:25:50.65ID:aAOzwvH60
>>41
西晋が滅ぶところから始めればええんやない

45名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/04(火) 19:59:03.72ID:EgrB9LMB0
御開帳です

http://connect.uh-oh.jp/

46名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/04(火) 22:44:08.17ID:ug2dqZkG0
>>41
先にゴールを見るのも手やぞ
よくわからんけど拓跋最強

47名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/05(水) 01:41:04.59ID:Uc21Lktc0
>>46
五胡十六時代のゴールは北魏の華北統一になるのか
そこまで行っちゃうと結局その後の南北朝や隋唐が知りたくなる

48名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/05(水) 05:49:11.25ID:uIREd78Y0
大雑把な流れは
後漢(三国時代)→西晋→→

49名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/05(水) 05:51:59.45ID:uIREd78Y0
大雑把な流れは
北側だと
後漢(三国時代)→西晋→前趙→後趙→前秦
→大混乱→代(北魏)
って流れになるのかな

興味持てば持つほど、それ以外の所が知りたくなるが

50名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/06(木) 02:10:06.99ID:DkEcuV+w0
西晋滅亡〜石虎辺りが好き。もっと流行れ

51名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/06(木) 08:13:29.35ID:MG8TFHha0
前趙後趙の次はなんか冉閔倒した前燕なイメージ

52名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/06(木) 10:34:18.87ID:IYHoO7kv0
前燕って、読む本によっては
スルーされてるか
盛況だったが、前秦との関係を読み誤って滅んだ
くらいしか紹介されてないか
な気がするけど

意外と(?)強国だったみたいなんだけどなあ

53名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/06(木) 18:11:39.86ID:1OC5X8K90
前燕は
後趙滅亡後の華北の覇権国というイメージ。

54名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/06(木) 20:56:03.67ID:WLH8Qbke0
しかし前燕が前秦に滅ぼされたのはどうなのか
普通に考えれば前趙と後趙のように国力が上の東が負けるはずがないのだけど

55名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/06(木) 21:34:38.07ID:1OC5X8K90
先進地域のはずの東が西の新興勢力に滅ぼされるって中国史ではわりとよくある展開のような。

56名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/06(木) 21:44:14.50ID:KQyUoYF10
桓温を連戦連敗の末なんとか撃退した直後に王猛に間髪いれず侵攻されるとか何の罰ゲームよ

57名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/06(木) 21:51:50.11ID:VjGRXBL40
経済も文化も先進的だと思ってる漢民族(中原人や江南人)が
西方人or北方人に手も足も出ずボコボコにされて土下座降伏する歴史

58名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/06(木) 22:22:14.82ID:fBkyZGyH0
>>56
慕容暐と慕容評はどう考えても割譲しとくべ…
きでもねえなぁ、あの紫瞳、
なんだかんだで攻め滅ぼしただろうし

59名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/06(木) 23:16:38.84ID:QNk91f8r0
慕容垂が悪いよー慕容垂がー

60名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/07(金) 04:14:53.63ID:bUunjGJr0
慕容垂の母親と奥さんをぶっ殺した後で本人を殺そうとしたのが悪いんじゃない

61名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/07(金) 05:57:21.40ID:+HeaVYVI0
無理だ 胡族の一族団結(爆風スランプ

62名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/07(金) 16:49:24.16ID:YXQS9Wod0
晋「所詮は蛮族、烏合の衆だな」

63名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/07(金) 20:48:49.88ID:eyjOkQWD0
中国三大紛らわしい人名


韓信と韓王信

諸葛瑾と諸葛均

斛律光と斛斯徴

64名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/07(金) 23:10:09.11ID:bUunjGJr0
てか普通に名前同じ人が紛らわしい。張光とか

65名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/08(土) 00:14:36.31ID:TWFn+Zxs0
張良、張陵、張遼、張亮
王莽、王猛、王蒙
李勢、李靖、李勣、李晟
孫乾、孫堅、孫権
苻健と苻堅、苻雄と苻融
于禁、于謹、于謙
いくらでもあるとは思うけど、何があるだろう?と挙げてみるのも脳トレになるだろうか?
兄弟とか一族の同世代なんかは共通の字を持つパターンも多くて紛らわしいかもしれんね。

66名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/08(土) 01:01:39.60ID:YIdNO5qW0
昔、三国時代をよく知らなかった頃
一つの文章内で、孫堅と孫権とが取り上げられていて
「誤植?」を疑ったな

67名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/08(土) 05:24:15.42ID:TfQLCHYs0
>>65
当時の中古音(推定)だと発音違うこと多いよ
健[*ɡans]と堅[*kiːn]
雄[*ɡʷɯŋ]と融[*luŋ]

68名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/08(土) 05:29:18.26ID:TfQLCHYs0
権[*ɡron]
策[*sʰreːɡ]

69名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/08(土) 06:57:26.51ID:pC+0koyj0
孫策「今から(落陽に)突撃しまーす!」

70名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/08(土) 13:26:37.22ID:nJigByVE0
【自民党はソ連の最期と同じ】 先を見るのがうまい人を追い出しちゃってアホの塊つくっちゃうんですよ
http://rosie.5ch.net/test/read.cgi/liveplus/1544235612/l50

「移民でジャブジャブにしてイルボンどもを溺死させてやるニダ!」 by統一教会エージェント安部晋三

71名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/08(土) 13:54:01.12ID:x/RwDy9+0
>>65
南宋の時代に張俊(盗賊出身の将軍)と張浚(バリバリの進士)がいるゾ

72名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/08(土) 20:58:31.52ID:gXtzFG1v0
李陵ゆるさん

73名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/09(日) 00:43:15.80ID:JEZGepZc0
>>71
(盗賊出身の将軍)張俊が金との和平派で、(バリバリの進士)張浚が金との断固抗戦派というのが、さらにややこしい。

74名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/09(日) 07:03:18.11ID:juLlMSh50
>>63
張平と張平だろこのスレ的に
あと慕容逸豆帰

75名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/09(日) 07:06:27.47ID:juLlMSh50
宇文だったわ

76名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/09(日) 18:11:07.12ID:ve1fYF5A0
宇文逸豆帰みたいなトンビの子孫から
宇文泰みたいな鷹が生まれるとは

77名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/09(日) 18:20:42.96ID:4esYDIPc0
うぶみ・やすし

78名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/09(日) 19:28:29.82ID:X8ughqPt0
同時期に周撫が二人いるのは本当に紛らわしいよなあ

79名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/09(日) 19:53:24.72ID:19I5Q4nH0
>>57
惰弱、柔弱、貧弱で武を賤しむ中華の奴らが北風に鍛えられ克己心に富み武を尊ぶ遊牧民に勝てるわけがないのだ
日中戦争でも国府軍の奴らは弁当を食べるのを嫌がったというぞ
何でも火が通って温まっていないものを食べるのは嫌なんだとか…
携帯食料が無ければ馬の生き血すら啜って行軍するという遊牧民に比べて、何と情けない…
話にならん、みっともないと思わんのか!

80名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/10(月) 01:49:06.54ID:Y6zz8d8e0
しかしその遊牧民も中国統治に関わって同化するとあっという間に軟弱になるよな。
同化を拒んだモンゴル人もチベット仏教受容して軟弱になった。

81名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/10(月) 07:15:16.10ID:tUfaNpmA0
そりゃ温暖な地で略奪やらんでも生活出来りゃ柔弱になるわな。

82名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/10(月) 14:22:35.35ID:g6CHsrWt0
張賓が張宝って書かれるの紛らわしい

83名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/12(水) 23:18:50.04ID:OlfRLolT0
契丹族は鮮卑宇文部から起こったらしいね。宇文部は匈奴系鮮卑らしいが。
漢化しなかった宇文氏が契丹族なのかな。
http://www.geocities.jp/jurchen_uru/images/img7.jpg

一方、鮮卑拓跋部は、柔然とほぼ同種で言語的にはモンゴル系。
やはり漢化しなかった拓跋部の系統が後のモンゴル人になって世界帝国を築き、元となって中国を支配したという。

84名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/13(木) 07:52:51.66ID:uKruhXQW0
北斉の頃に書かれた「魏書」は東晋や南朝の記述も正確で詳しいが、どこで情報を手に入れたのかな。

85名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/13(木) 11:49:47.25ID:k0Q3bgvy0
>>84
467年に淮北を北魏にかっさらわれた時に書籍や学者が押収されたりしたんじゃないかな
あと劉昶や蕭寶寅の亡命に付き従った官僚たちから聴取したとか

86名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/13(木) 15:23:08.58ID:Nw5AFAOX0
北斉だったら顔之推とかいろいろ漢人の亡命者がいるだろ

87名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/13(木) 21:28:55.66ID:Q1wUTBTS0
>>84
うん、いやすまん、こういうツッコミ無粋なのは重々承知の上なんだが…

東晋や南朝の記述も正確

って、そんなこと言っちゃうと一瞬で信憑性なくなるでな…「詳しい」ならともかく…

88名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/13(木) 21:32:41.86ID:OUDj7jE00
そもそも劉裕の時点で相当東晋から亡命者出てるしな

89名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/14(金) 22:00:07.75ID:E+LqrSDb0
魏 → 晋 は、知識人階級の反発が少なかった
東晋 → 南宋(劉宋) は、土着の南方人の反発が少なかった
と聞いた事あるが
北地を回復する本気度は、どこまで残ったのかな

うろ覚えだけど
南朝の高官層は、馬が恐くて乗れない貴族様と
叩き上げの軍人とで成り立ってたんだっけ?

90名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/14(金) 23:43:55.95ID:rYFLOGfj0
司馬家が豪族の代表だからな

91名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/15(土) 02:26:54.28ID:uubleycS0
>>89
南朝貴族が軟弱になるのって末期梁(宇宙大将軍の乱)のあたりからだよ。それまでは太武帝の華北統一や孝文帝の洛陽遷都などがあったからソレなりに緊張感はあった。

92名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/15(土) 06:33:44.28ID:l9dr5XU70
孝文帝の南征って扱い地味だよな

93名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/15(土) 23:30:34.74ID:0tq7C9ng0
この時代の国号は、前秦とか後燕とか北魏とか、後世に便宜的に順序や方角が冠せられてるから
どうしても亜流の国家にみえてしまうんだけど
彼ら自身は、秦、燕、魏と称していたんだよな

漢、晋、趙、涼、燕、秦、夏、魏、宋、斉、周、梁、陳

まるで春秋戦国時代みたいだ

94名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/16(日) 11:31:39.10ID:o3d/9gEV0
>>93
元々春秋戦国時代が起源だろ
だから漢とか涼とか遼金とか元明清とかが異端なだけ
今の中華民国や中華人民共和国とかは更に異端

しかし春秋戦国時代以降に韓名乗る国皆無で
何故か僻地の半島で名乗ってるのは(ry

95名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/16(日) 13:18:54.36ID:x1N+va5R0
漢は異端じゃないぞ
あれ劉邦が漢中王名乗ったところからだからな

そんなこと言ったら慕容垂の後燕も
異端扱いする必要が有る

中山なんて趙のど真ん中やぞ

96名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/16(日) 14:07:02.62ID:q/8KXC1B0
中山王に封される人間は多いけど、国号を中山にしたやつとかは居らへんよな

97名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/16(日) 14:08:27.17ID:q/8KXC1B0
五胡〜南北朝でほかに国号になる可能性あった国って魯か鄭ぐらいしかもう残ってなかったよな

98名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/16(日) 14:36:54.83ID:4y2FT5VJ0
代って春秋にあったのかと思ったら一応あったのか
漢の国は劉邦の時代まで存在しなかった?

99名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/16(日) 15:03:21.52ID:n5HVr+aH0
>>94
漢と涼は地名でしょ。
漢<漢中
涼<涼州

100名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/16(日) 15:39:11.76ID:4y2FT5VJ0
韓名乗る国少なすぎて韓がどのあたりだったのかよく思い出せない

101名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/16(日) 15:50:09.06ID:46ikhxeg0
>>94
異端?
元明清民国中共とかいう人口数億以上を擁する超中華帝国が時代も文化も異なるちっぽけな春秋戦国諸侯に倣う方がおかしい
もはや違う文明、春秋戦国の続きではないのだよ

102名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/16(日) 15:58:02.64ID:q/8KXC1B0
>>100
上党郡とか

103名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/16(日) 16:23:23.95ID:46ikhxeg0
山西と河南

104名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/16(日) 17:03:08.42ID:4y2FT5VJ0
韓ぐぐってみたら小さい上に訳わかんない形してんのね
地名として影が薄いわけだわ…

105名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/16(日) 18:00:22.53ID:m+VojBbS0
殷も出てこない気がするけど、夏や周や春秋戦国の五覇や七雄になった殆どは趙宋や西夏の頃までに2回3回は同名の国が登場してくるものね。
でも、韓王や韓国公は魏王・趙王、魏国公・趙国公などと同じように何度も登場してくるし、たまたまだろうね。
洛陽も近いし、魏晋南北朝や五代十国の展開次第では前韓や後韓ができていても不思議ではなかった。
ちょっとした巡り合わせの違いだね。

106名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/16(日) 19:13:08.18ID:ZntQ+yi60
隋唐も一応昔からある地名らしいけどマイナーな名前の王朝が統一国家になったもんだな

107名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/16(日) 21:34:00.14ID:4y2FT5VJ0
元は中華王朝じゃないし、金清は一応地名、最後2つは近代国家だし…

やっぱ異端なのは明か
建国の経緯は十六国や五代と似たようなもんなのだが

108名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/16(日) 23:24:19.78ID:zrIbNRTt0
異民族を追い出して漢民族の王朝を復興した偉大な国やぞ

109名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/17(月) 00:52:25.48ID:ZRfMpjCB0
明が異端、、、もう漢民族自体が異端やなw

つーかそもそも戦国の韓魏趙は同時代的には鄭とか邯鄲とか晋などと称されてたと思われ
正統も異端もクソもない気がするゾ

110名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/17(月) 14:29:12.27ID:HTtMOVvD0
>>107
金は地名なの?
契丹の遼と同じく王朝のシンボルである金属の名前付けたんだと思ったけど。
あと清の国号も元明と同じく中国古典由来じゃないの?

111名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/17(月) 18:42:36.86ID:R4OtDxfQ0
女真族はもともとアルチュカ川流域に住んでて、アルチュカは女真の語で金という意味だから金

清は諸説あるけど、金の国号の発音がいろいろ変化したのをまた音写し直したら清になったらしい

遼も普通に地名でしょ 遼河流域のことで、遼河の東が遼東

112名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/17(月) 20:52:42.15ID:NlwBqkDX0
遼は地名でしょう
三国志でも、よく「遼東の公孫〇」みたいな記述が出てたし

あのエリアは中世以降は僻遠の夷狄の地みたいなイメージだけど
3世紀までは普通に華夏の一部だったんだよな

113名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/17(月) 23:59:32.19ID:FOwJKnif0
普通ではないな、中原から見れば僻遠には違いない
夷狄もうろついてるし

114名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/18(火) 04:06:26.01ID:0Vnw3kSN0
ほとんど記事のない春秋戦国燕とかいう世界の果て

115名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/18(火) 09:16:48.34ID:BmoW8VX20
>>106
どこに封爵するかはお上(宇文さんち)の都合だしな

116名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/18(火) 13:09:15.42ID:s+HaY+tg0
遼ほど僻地ではないが劉玄徳も燕ぴと張翼徳も琢郡(いまの北京市郊外)出身。

さらに田舎に行くと、宇文さんや慕容さんもうろついていたのかなあ。

117名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/18(火) 18:58:50.44ID:uG7koZ4W0
そのご先祖はいただろうね

宇文が匈奴扱いされてたりとか、あの頃の塞外の民の扱いがとにかく雑すぎる。

118名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/19(水) 00:15:53.77ID:EHGNhbgH0
このスレ的にはこの本はどうなんだ

北魏道武帝の憂鬱 皇后・外戚・部族
田 余慶:著, 田中 一輝:訳, 王 鏗:訳 京都大学学術出版会
http://www.ajup-net.com/bd/isbn978-4-8140-0191-0.html

119名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/19(水) 07:02:17.26ID:CwqVuyc20
消えてもしばらくキャッシュ残ってるんだったな。虫食いだが

120名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/19(水) 07:09:53.55ID:rgQ3pr+y0
最近は北魏の研究が熱いな

121名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/19(水) 19:34:31.65ID:cuLjj89Q0
子貴母死かぁ
拓跋氏の権力が長期に安定してたのはやっぱそれでかいんだろな

まあ漢化進めてたら何れやめねばならなかっただろし
やめたらあっという間に外戚禅譲コース…

122名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/19(水) 19:48:12.00ID:HlkPzoKb0
北魏が安定したのは宋孝武帝・明帝が父の文帝ほど積極的に北伐しなかったのが大きいんじゃね
明帝は相次ぐ内乱でそれどころじゃなかったと思うけど

123名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/19(水) 23:50:23.09ID:cuLjj89Q0
外戚云々の話なのに北伐ガーとかさすがに的外れ過ぎやろ

西魏→北周→隋の目まぐるしさとか見ると
いかに子貴母死の外戚潰しがでかかったのかを思い知る
北魏若死にする皇帝多かったのにな

124名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/20(木) 00:31:44.19ID:lAnPEiZy0
>>121
楊堅さん「外戚はクソ、はっきりわかんだね」

125名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/20(木) 01:50:02.85ID:/DWqmUPh0
劉宋の北伐とか大したことなくね?劉裕以外はちょっと進んですぐ撃退されるのばっかじゃん

126名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/20(木) 03:11:12.35ID:gMxm+ixF0
>>123
東魏北斉とか五胡政権で外戚の害とかそこまで顕著に現出してなくね
東晋なんかは外戚政治があっても長続きしてるし
外戚政治=滅亡ってのは短絡的でしょ

127名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/20(木) 05:57:22.54ID:WIKS43I20
外戚が何処までやっていいかの基準が
西魏北周隋
東魏北斉
南朝
それぞれで違うからなあ

128名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/20(木) 06:41:47.59ID:lUHx7w2q0
北魏は外戚もそうだけど宦官も政治に悪影響及ぼしたりしてるからねえ
北魏自体に問題が内在してたとしか言いようがないのでは

129名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/20(木) 20:43:16.37ID:dgKWCKGS0
慕容氏の最も変態な所は
吐谷渾を称える歌を国歌としていた処
慕容恪や慕容評や慕容垂が仲良く吐谷渾を称える歌歌ってるところ想像すると
抱腹絶倒すぎてもう天下統一とかどうでもよくなる

130名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/20(木) 21:08:14.27ID:RlkTMttw0
秦は宦官によって滅びた
前漢は外戚によって滅びた
後漢は外戚そして宦官そして権臣によって滅びた
魏は権臣によって滅びた
西晋は骨肉の争いによって滅びた
東晋は権臣によって滅びた
劉宋は一族殺戮ののち権臣によって滅びた
南斉も一族殺戮ののち権臣によって滅びた(滅びたというより同族により継承された)
前秦は性善説で滅びた
北魏は漢化しすぎて滅びた
北周は外戚によって滅びた
隋は暴君の悪政で滅びた
唐は傾国の美女で滅びた

131名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/21(金) 03:55:54.29ID:3C30oXVu0
唐が滅んだのは呉梁と同じ理由だろう。長引けば弛緩する

132名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/21(金) 06:06:39.82ID:/Wii/XAY0
北魏は権臣(爾朱氏や高歓)によって滅んだパターンじゃね

133名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/21(金) 09:56:29.07ID:mpZDQheF0
>>129
慕容廆
https://i.imgur.com/4aXeWvZ.jpg
慕容吐谷渾
https://i.imgur.com/sRfSX1L.jpg

こう考えると自然な発想やろ

134名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/21(金) 19:04:41.24ID:k9McGfEj0
同族と言えば何故梁はそのまま斉を継承しなかったのか
東昏候の悪評を少しでも消したかったのかな

135名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/22(土) 20:24:15.24ID:Qxfj+fxR0
暗君や殺人狂のオンパレードで、斉王朝のイメージが最悪だったからじゃね?
しかも太祖が「劉宋の轍を踏むな」と戒めたにもかかわらず、見事に同じ自滅コースをたどったし。
「同族とはいえ、あいつらと一緒にしないでほしい」という思いがあったのかも。

その一方で匈奴の劉氏は、同族の統治にもかかわらず途中から「漢」から「趙」へ、国号を変更している。
当初は、「漢王朝の再興」という大義名分が必要だったのだろうが、途中からその必要もなくなって
地名としては北方の趙の方が相応しかったのだろう。
天子が劉氏のままで「漢」から「趙」に変わり、天子が劉氏から石氏に変わったのに国号は「趙」のままという不思議さ。

136名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/23(日) 20:26:56.75ID:yu6ZSNjp0
司馬睿=牛氏説ってなんなんだろ
てっきり北朝が東晋をdisるために流した流言だと思ってたが
孫盛の晋陽秋とか東晋の著書にも載ってたりすんのね

137名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/23(日) 20:28:45.67ID:BsKqAKle0
当時の讖文とか童謡が残ってたらもう少し解明できるんだろうけどね

138名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/24(月) 22:45:32.99ID:6pySW+LE0
三国志の牛金の記述が異常に少ないのは
牛氏の話題自体が憚れるような情勢だったからかな

139名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/26(水) 21:20:15.27ID:/Gd87Tbr0
>>135
漢の部下の癖に好き勝手やり過ぎた石勒に当て付けの国号変更だったとも言われてる
石勒が趙王だったから、お前の席はないぞという明確な絶縁宣言よ
だからこそ石勒は趙のまま(元々趙王だから)というわけ

140名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/26(水) 23:24:01.52ID:amFwISdP0
劉曜って、石勒を趙王に封じてから自分の国号を趙にしたのか
ややこしや

141名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/27(木) 11:10:06.21ID:g1pgeKVj0
石勒の自立って劉曜に疑いもたれたからって話になってるけど皇帝とほぼ同等の権限与えざる得ないくらい巨大だった訳だから遅かれ早かれ衝突は避けられなかったのかね

漢(前趙)の一臣下としての石勒でいる可能性はあったのだろうか

142名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/27(木) 12:21:12.54ID:zRfItKOo0
王弥の勢力を吸収出来なければその程度で終わったかもしれない

143名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/27(木) 12:48:28.61ID:x8Q5+0Pt0
劉聡を無視して勝手に王弥を粛清した次点で事実上独立勢力だよな>石勒

144名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/27(木) 20:30:38.31ID:pwUk8VpH0
三国志から晋について調べててさらにその先について知りたくなったからここにたどり着きました
なんかこの時代について面白い本とかないですか

145名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/27(木) 21:20:38.09ID:nMhTyCeP0
>>143
宋義を殺した項羽感が半端ない。
あと呉広を殺した田臧とか

146名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/27(木) 21:24:41.82ID:nMhTyCeP0
>>144
三崎良章先生の「五胡十六国」かな
あとやる夫五胡十六国

147名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/27(木) 21:27:49.40ID:qYzFGneg0
とりあえずWikipediaで、劉淵→石勒→符堅→拓跋珪の順に読めば大まかな流れはわかるかも

148名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/27(木) 23:45:15.91ID:uijcWksb0
Wikipediaの石勒長すぎ

149名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/28(金) 08:59:33.98ID:JDyQnGYv0
石勒と苻堅の間に慕容儁入れようぜ

なので
劉淵→石勒→慕容儁→符堅→拓跋珪
を推すぜ

あと Wikipedia の上記人物の項はちょっと細かすぎるから、
始めっから大雑把に読み飛ばすくらいでいいと思った方がいい

上でも言われてるように、
石勒の項目とか、慣れてる人間でも割と目が滑る

150名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/28(金) 09:03:39.84ID:r8XRuqBK0
多分一番わかりにくいのが北魏分裂じゃないかと。

151名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/28(金) 09:15:52.50ID:lKeglKXO0
載記を直訳したようなWikipediaは今一好きになれんな
中国のWikipediaの方が簡潔に整理されてて理解しやすいくらいだもの

152名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/28(金) 09:17:06.17ID:08uE0is20
後趙崩壊後と前秦崩壊後に二度も中原の覇者になるチャンスがありながら逃した慕容一族ェ

153名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/28(金) 09:24:22.93ID:SMZaN3B70
冉閔の大虐殺後の前燕って漢族の士大夫も相当期待してたんじゃないかと。いきなり称帝したのも漢族の士大夫が「ヘタレの晋なんぞ孫呉なみの雑魚ッスよ華北と中原を制した慕容儁さんこそが中華の帝王に相応しいッス」とか煽り立てたんじゃないかと。

154名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/28(金) 09:33:29.96ID:pmp6PXHv0
燕という王朝名から、どうしても北方の国という印象がある

155名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/28(金) 09:44:38.31ID:JvVgvCKk0
>>152
東晋ェ…

156名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/28(金) 15:05:20.70ID:dgLJwbxX0
ほんとに見事なくらいやらかす国家の連続だな。さすが300年統一されなかっただけはある。黄巾からなら400年か

157名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/28(金) 15:15:30.09ID:JvVgvCKk0
西晋の統一飛ばすのって何か意味あんの?
分裂の時代というのを印象付けたいだけ?

158名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/28(金) 16:57:11.69ID:XCSHinLC0
孫呉の降伏から、司馬氏らがドンパチやらかすまで20年か
長いと見るか、短いと見るか…

159名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/28(金) 19:45:24.59ID:qMbR8tuf0
>>150
昔、中国史が好きだった同級生が
「北魏の分裂って、どんな理由があるんだろ?」
って不思議がってたな

しばらく後、歴史の本読んだのか
「只の権力争いか・・」って興ざめしてた

160名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/28(金) 20:40:04.21ID:ROBm95WU0
ごくごく大雑把に言えば、北魏の分裂については
爾朱栄、高歓、宇文泰の3軍人だけ覚えときゃいいんじゃない?

北魏の漢化政策で既得権を奪われた六鎮の軍閥が反乱を起こした。
朝廷は爾朱栄の助けを借りてなんとか乱を鎮圧。しかし王室の権威は失墜し、権力は爾朱一族が独占することに。
爾朱氏の専横を憎んだ帝は、元六鎮の高歓の助けを借りて爾朱一族を滅ぼす。
しかし今度は高歓の専横がひどくなり、帝は彼の元から逃げて、やはり元六鎮の宇文泰に助けを求める。
逃げられた高歓は別の皇帝を立てて東魏となり、帝を保護した宇文泰側は西魏となった。
いずれの皇帝も傀儡に過ぎず、実権は完全に高歓、宇文泰が握っていた。
やがて双方とも皇位を簒奪して魏を滅ぼし、北斉、北周になった。

要するに爾朱栄、高歓、宇文泰の順に、庇護を求めた挙句に権力を奪われたの繰り返し。

161名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/28(金) 20:58:52.48ID:0t2mHp7T0
賀抜岳を省略すると何かギクシャクしね?

162名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/28(金) 22:25:39.56ID:w9Na7BEa0
>>152
というより後趙を出し抜いて独立勢力になれたことだけでも慕容部はよしとすべき
身を滅ぼすまで身内争いするやべーやつの癖に時代の変わり目で奇跡的に有能なやつが生まれるのが続いて乗り切ってた感じ

163名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/28(金) 22:34:33.04ID:XCSHinLC0
困ったので○○に助けてもらう→○○の立場が強くなり権力を脅かす
の負のループ

164名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/28(金) 22:58:06.11ID:Q+LRIV4L0
権力争いで興ざめするようじゃ中国史(歴史)好きは続かんな、、、
国が、個人が、あらゆる階層が、あらゆる集団が争い続けて中華王朝2000年やろ

165名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/28(金) 23:32:21.20ID:aI/3F5s+0
東晋の皇帝って司馬懿父子のまあまあ生きてたぷりが嘘かのように短命な皇帝が多いっすね

166名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/28(金) 23:43:16.82ID:bHm1gJmi0
爾朱栄が皇帝になっていたら国号は晋(北晋)かな

167名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/29(土) 01:46:18.82ID:zQDZIvdV0
慕容部は国号を辺境の燕ばかりにするし明らかに中国統一どころか中原の覇者になる気も見られない

168i2018/12/29(土) 08:56:49.15ID:0EcgDUD60
爾朱栄に高歓並みの謙譲の心があれば

169名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/29(土) 08:58:07.74ID:QuEUrTYJ0
>>165
毒殺かストレスか。司馬懿以外は師昭炎も長生きってほどじゃないけど

170名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/29(土) 10:12:06.08ID:weoQZbKw0
司馬炎は確か伝染病か何かで一回死にかけてるしな

171名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/30(日) 18:48:23.02ID:JPf8FnEE0
>>169
司馬孚「せやな」
司馬望「親父よりも早死にしたけど普通に還暦越えたお」
司馬楙「司馬氏は皇帝のストレスとか動乱とかが無ければ長生きする家系」

172名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/30(日) 20:21:46.56ID:IZhU3iTu0
簡文帝とか簒奪の汚名を被ったことによるストレス死にしか見えんぞい

173名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/30(日) 21:32:25.72ID:LBmWoUtP0
孝武帝陛下「宮中の女はみんなワイのためにおるんやぞ、おっそろそろ取り替えどきやなポイ-」

174名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/30(日) 21:36:36.56ID:IZhU3iTu0
状況証拠としては司馬道子がクロやろ

175名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/31(月) 08:27:48.47ID:NwkwDGmb0
司馬元顕「ぼくのパパがそんなことするはずないやい!」(煮詰めた溝にヘドロを打ち込んだかのよーな眼差し)

176名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/31(月) 09:00:28.95ID:CTGw7iOr0
>>171
司馬孚おじさんはむしろ仲達兄ちゃんと同じ時期に死んでた方が見たくもないものを(高貴郷公弑逆や魏晋禅譲)見なくて済んだのに

177名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/31(月) 17:36:04.38ID:n57VlKEu0
しかしヒスイの戦いのまさかの大勝利で東晋は全盛期と言われるまで盛り返したのに実権もったのは司馬道子とかってのがなんとも


ひょっとしてここで皇族で優秀な人物が実権握ってたら劉裕の出番なかった?

178名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/31(月) 18:17:07.07ID:gArZBX4P0
★ さくらももこと山本KIDが早死に、来年も30万人死ぬ、放射能の影響で、無関心で年越しですか?

2008年 12808万人 + 5万 △ △
2009年 12803万人 − 5万 ▼ ▼
2010年 12806万人 + 3万 △
2011年 12780万人 −26万 ▼▼▼▼▼ ▼▼▼▼
2012年 12752万人 −28万 ▼▼▼▼▼▼ ▼▼▼▼
2013年 12730万人 −22万 ▼▼▼▼ ▼▼▼
2014年 12709万人 −21万 ▼▼▼▼ ▼▼▼
https://blog.goo.ne.jp/jpnx05/e/a618afaa0113f2a33fbc495f48a2b8c4
【2019年、人類覚醒】 世界教師が帰還した……紅白、RIJIN、駅伝、五輪、TPP……競争を止めるために!
http://rosie.5ch.net/test/read.cgi/liveplus/1546223584/l50

179名無しさん@お腹いっぱい。2019/01/01(火) 02:58:16.44ID:agwnupSB0
>>177
司馬遵「そもそもこの時代に優秀な皇族なんていないよ」
司馬尚之「司馬道子が皇弟なだけで能力的には俺ら司馬道子と変わらん」
司馬恢之「劉裕よりも桓玄すら抑えられんからな俺ら」
司馬文思「実際に劉裕蹴落とそうとして失敗したしな」
司馬休之「で結局劉裕から逃げるが勝ち」
司馬国璠「北に逃げてもしんどいけどな」
司馬道賜「んだんだ」
司馬叔璠「いや中原最高っすけど」
司馬楚之「北魏は司馬氏のセーフティネット」

180名無しさん@お腹いっぱい。2019/01/02(水) 09:36:09.13ID:doWTxoBU0
優秀な人物ってーか、
皇族が実権握れないよーな構造ができてたんじゃねーかなー
そこをぶっ壊そうと孝武帝とか司馬道子元顕がもがいたけど、
結局桓玄にぶち壊された結果「象徴」としてすら
価値がなくなってしまい、劉裕の簒奪に繋がった、みたいな。

まぁ妄言にもほどがあるわけだが。

181名無しさん@お腹いっぱい。2019/01/02(水) 10:19:04.52ID:tjBxFixM0
江南政権の場合一個人に権力を集中するのが人間関係や地理的事情もあってあんまり筋が良くないイメージ。

182名無しさん@お腹いっぱい。2019/01/02(水) 10:41:46.31ID:HCTx7Rlb0
朝廷に集権しすぎると地方の都督たちの裁量が失われて華北に対する軍事力の融通性が低下するような感じ
宋文帝の北伐とかね

183名無しさん@お腹いっぱい。2019/01/03(木) 05:02:24.98ID:ccxLPQdn0
五胡十六国、北朝の側は
漢や晋とは系統が違うんだから
南を征して天下統一なんて考えなきゃいいのに

やっぱり華北をおさえちゃうと漢化しちゃって
中華王朝を築きたくなるんだろうか

184名無しさん@お腹いっぱい。2019/01/03(木) 09:49:14.91ID:QB4QzCm60
姦臣のせいで国土が乱れて苦難を強いられている民達を救わなければならないんやで

185名無しさん@お腹いっぱい。2019/01/03(木) 10:20:10.71ID:0XH743wV0
恩倖たちが跋扈することにより国政が乱れ、結果として王朝が衰退するという「ストーリー」はいかにも唐朝の史観って感じがする

186名無しさん@お腹いっぱい。2019/01/03(木) 11:23:43.47ID:7I7oGgQb0
>>183
半分だけで制圧してあと半分は無視する侵略者なんてそう多くはないと思うぞ…?
なにか侵攻制圧すべきではない事情がなければ、異民族の残りカス政権を放置する理由はなかろう

187名無しさん@お腹いっぱい。2019/01/03(木) 11:48:23.48ID:+kFGzwSQ0
天に二日なく、地に二君なし

前秦衰退後の拓跋氏なんて、晋から冊封された代の国号を捨てて
晋の頭越しに魏を自称したからな。司馬氏ではなく自分こそが曹魏の正当な後継者で
華夏統一の覇業を継ぐ資格があると公言した。

南から莫大な歳幣が貢がれるんなら、統治は北半分でもいいやとなったのは金くらいか?

188名無しさん@お腹いっぱい。2019/01/03(木) 12:42:12.89ID:0XH743wV0
>>187
墓誌とかだと魏を称した後も代国号は並行して使われていたっぽいみたいだが

189名無しさん@お腹いっぱい。2019/01/03(木) 23:09:44.93ID:80ZmnUlU0
王さまの「大義名分」と下々の肌感覚にズレがあんのは普通だとは思う。
だいたい代人が「魏」に帰属意識持つはずないし、
拓跋珪自身も割と虚号として魏を持ち出したんじゃねーかなー。

で、そこに崔宏が目を付けた、てきな。

190名無しさん@お腹いっぱい。2019/01/05(土) 15:07:09.12ID:SYODRFOM0
馮道「おいらは崔宏の生まれ変わり」

191名無しさん@お腹いっぱい。2019/01/05(土) 16:19:50.34ID:3rseBlXN0
保身力が比較にならんやろ

192名無しさん@お腹いっぱい。2019/01/06(日) 11:22:21.34ID:inNCcwrj0
中国三大相性の悪い姓

1、「劉」と「司馬」
司馬遷は漢の武帝によって去勢させられ、東晋、西晋とも「劉氏」によって滅ぼされた

2、「李」と「朱」
李氏の唐は朱全忠に滅ぼされ、朱氏の明は李自成に滅ぼされた

3、

193名無しさん@お腹いっぱい。2019/01/06(日) 18:07:36.70ID:BemTp4hO0
3は?

194i2019/01/06(日) 18:45:00.27ID:KrOL/yf/0
司馬氏待たれよ

195名無しさん@お腹いっぱい。2019/01/07(月) 17:10:08.36ID:gjMw8Wj+0
http://www2.ktarn.or.jp/~habuku/index.htm

この方の翻訳してる通鑑紀事本末の五胡十六国、淝水の戦いに登場する田泓が鳥居強右衛門そのまんまなんだけど何なんだろう、偶然の一致?

196名無しさん@お腹いっぱい。2019/01/07(月) 17:55:08.56ID:lW/m3zAp0
鳥居が通鑑記事本末を読んでた。

197名無しさん@お腹いっぱい。2019/01/07(月) 17:57:59.88ID:jv0c5Sss0
徳川家康は漢籍収集家だったからな
紅葉山文庫には十七史や十六国春秋まで収蔵されていたらしいし

198名無しさん@お腹いっぱい。2019/01/08(火) 07:02:29.40ID:ljSmGZYK0
戦国時代のエピソードの元ネタが漢籍や仏典の引用なのはあるある案件

199名無しさん@お腹いっぱい。2019/01/08(火) 08:29:36.61ID:VMN/a7m20
家康は単なる歴ヲタなのに天下人になったせいで
「歴史はビジネスマン(成功者)の必須教養」なる変な信仰が生じた。

200名無しさん@お腹いっぱい。2019/01/09(水) 14:35:43.04ID:kkcqXqxS0
歴史を金科玉条化しようとすんのはいつでもそうだろ
あえて家康を持ち出すまでもない

201名無しさん@お腹いっぱい。2019/01/09(水) 16:38:11.53ID:/OqWqX5L0
【モンサント、アマルガム】 厚労省、危険物を安心て、ふざけんな、国いらん。オノ・ヨーコ「来るな」
http://rosie.5ch.net/test/read.cgi/liveplus/1547000522/l50

202名無しさん@お腹いっぱい。2019/01/10(木) 20:35:47.49ID:BQejBRQF0
胡姓でも

宇文、慕容、斛律、斛斯、賀蘭、賀若、呼延 などはかっこいい

叱奴、吐缶、禿髪、乞伏、茹茹 などはかっこわるい

若干、大野、烏丸、赤小豆 は日本語みたい

203名無しさん@お腹いっぱい。2019/01/10(木) 20:37:35.82ID:P4ZfxEK30
譙縦って髪が黄色くて歯が黒かったらしい

204名無しさん@お腹いっぱい。2019/01/10(木) 20:56:22.45ID:/ZY1Q/zq0
侯莫陳さんとか可朱渾さんとか胡族過ぎて扱いに困るわ

爾朱はカッコいいわね

205名無しさん@お腹いっぱい。2019/01/10(木) 21:11:19.48ID:hvZhyF9t0
>>195
三国時代にも閻温とかいるし割とあるかモデルがいるんちゃう

206名無しさん@お腹いっぱい。2019/01/11(金) 03:40:16.62ID:Z+CtGddG0
爾朱一族は颯爽と現れて速攻で消えていったな

207名無しさん@お腹いっぱい。2019/01/12(土) 19:15:44.53ID:4mhb/BJK0
>>205
結局報われなかった閻温
結局報われた田泓(鳥居強右衛門)
この差はデカい

援軍要請に行ったら既に岡崎城で出陣準備をしていた
織田信長が最も有能

208名無しさん@お腹いっぱい。2019/01/12(土) 20:26:03.32ID:RzYtPbwx0
梁の裴政も同様のエピソードあるね
この人の場合、民衆に人気があったため殺されずに済んで西魏に仕えてから隋の時代まで生き延びてる

209名無しさん@お腹いっぱい。2019/01/12(土) 22:55:03.63ID:iYU7wZMf0
残忍で知られた赫連勃勃であるが、それは統万城の建設にも及んだ。
統万城の建設にあたっては堅牢さを追求し、各城壁に錐を刺して固さをチェックした。
錐が少しでも刺さればその部位の担当の工人を殺し、その死体を壁内に埋め込んだ。

武具の製造にあたっても、過酷なやり方で職人たちを競わせた。
鎧に矢を放って、殺傷力および防御力をテストし、
矢が鎧を貫通すれば鎧製造の職人を殺し、矢が鎧に弾かれれば弓矢を製造した職人を殺した。
要するにどちらかが必ず殺されるという、死の競争だった。

210名無しさん@お腹いっぱい。2019/01/13(日) 00:15:40.58ID:NEZTXeUA0
>>209
統万城城壁からいつ人骨が発見されるのかめっちゃ楽しみなんだが、そのへんの調査データってどっかにあんのかな?

211名無しさん@お腹いっぱい。2019/01/13(日) 00:58:26.24ID:/aGcV7580
丁紹が早死にしたのは石勒にとってラッキーだったな

212名無しさん@お腹いっぱい。2019/01/13(日) 22:09:42.83ID:WtFwYSpP0
五胡十六国・南北朝 バカ殿選手権

エントリー

西晋恵帝
宋後廃帝
南斉鬱林王
南斉東昏侯
北斉後主
北周宣帝(天元皇帝)
陳後主

213名無しさん@お腹いっぱい。2019/01/13(日) 23:23:18.90ID:31zXt26A0
漢は… アレすぎてエントリーすらされないか

214名無しさん@お腹いっぱい。2019/01/14(月) 00:38:33.45ID:rqzh1MiF0
慕容麟のクズっぷりやべえな
親父がまだまとも

215名無しさん@お腹いっぱい。2019/01/14(月) 08:39:03.40ID:3JqJQwjg0
名君も馬鹿殿も大体決まってると思うから中堅が気になるわ。孝武帝劉駿あたりが中堅か?

216名無しさん@お腹いっぱい。2019/01/14(月) 08:57:13.53ID:uytzdFL50
名君と言われてるやつも少し掘り下げて調べるとパッとしないこととかよくあるわ
北魏孝文帝なんかは子どもの頃は馮太后の傀儡だったし親政するようになってからの対南斉政策は中途半端に終わったしで
見方によっては自分の能力を省みずに改革を推進してその後の国家崩壊への筋道をつけてしまった頭でっかち君

217名無しさん@お腹いっぱい。2019/01/14(月) 12:01:01.20ID:0J7svsxX0
>>213
匈奴漢の場合初の胡人政権って事に加えて西晋滅亡後に急激に家臣団が増加してコントロールに苦しんだってのがあるんじゃないかと。

218名無しさん@お腹いっぱい。2019/01/14(月) 14:05:48.37ID:fSzNqstJ0
いや、趙漢じゃなくて、梁滅ぼしたあと5ヶ月で滅んだ方の漢
あれ国名なんて呼べばいいんだろ

219名無しさん@お腹いっぱい。2019/01/14(月) 18:51:52.27ID:lH/gLvFw0
>>218
宇宙漢

220名無しさん@お腹いっぱい。2019/01/14(月) 20:05:18.07ID:02N6iqF70
任約って侯景配下で結構活躍してたけどよく元帝に助命されたな

221名無しさん@お腹いっぱい。2019/01/15(火) 01:25:33.54ID:+7t0Qdm50
陸法和とかいうよくわからんキャラ

222名無しさん@お腹いっぱい。2019/01/15(火) 09:35:46.76ID:DgF2iQPL0
南朝はこうかな

北朝は詳しくないので

武帝 創業
少帝 バカ
文帝 名君
元凶 狂人
孝武帝 中堅
前廃帝 狂人
明帝 狂人寄り中堅
後廃帝 狂人
順帝 生贄

高帝 創業
武帝 中堅
鬱林王 生贄
海陵王 生贄
明帝 狂人寄り中堅
東昏侯 狂人
和帝 生贄

武帝 創業
簡文帝 傀儡
豫章王 生贄
元帝 中堅
僭称皇帝 狂人
敬帝 生贄

武帝 創業
文帝 中堅
臨海王 生贄
宣帝 中堅
後主 バカ

223名無しさん@お腹いっぱい。2019/01/15(火) 12:44:20.62ID:PaHu54//0
宮崎市定って少尉だったのか。南斉武帝は五胡十六国〜南北朝基準で名君でいいのではないか

224名無しさん@お腹いっぱい。2019/01/15(火) 19:13:00.39ID:SBxPZdeS0
北朝系の場合、最初からSAN値ゼロなのか家臣団の統率に失敗してSAN値ゼロになったのかが判別つかないのがなんとも

225名無しさん@お腹いっぱい。2019/01/15(火) 21:44:34.94ID:mRu98/Fz0
南北朝で早世して惜しまれる3大皇太子

北魏:景穆太子(拓跋晃)
南斉:文恵太子(蕭長懋)
梁:昭明太子(蕭統)

226名無しさん@お腹いっぱい。2019/01/15(火) 22:56:24.24ID:4Gsek/t40
>>225
南斉はいろいろとその後の展開変わる感じがするわね

2272222019/01/17(木) 07:03:21.57ID:VGztG9SY0
>>223
まー確かに劉駿君と同列扱いはひどかったw
反省してる。

228名無しさん@お腹いっぱい。2019/01/17(木) 20:06:28.42ID:zESz5MYe0
五胡時代の匈奴は劉姓ばかりで混乱する。
平家物語の登場人物が平○○、源○○、藤原○○ばかりなのと似ている。

拓跋珪は(独孤部の)劉庫仁に匿われた。後に自立すると(鉄弗部の)劉衛辰を討った
というくだりも最初は何が何だかわからなかった。

後に鉄弗部劉氏は、勃勃の代で赫連姓に改め、夏王朝を開いて北魏と対立するも滅ぼされ、
逆に北魏の傘下に入った独孤部劉氏は、鮮卑回帰政策のときに胡姓に戻して隋唐時代まで栄えた。
「独孤」は「屠各」の訛りという説もあるらしいね。

229名無しさん@お腹いっぱい。2019/01/17(木) 20:19:54.72ID:1NYyz6vj0
まだ星のようなUFOを見てないのか? 世界教師マYトレーヤが現れるぞ!

230名無しさん@お腹いっぱい。2019/01/17(木) 21:26:37.65ID:1IsXswX+0
前秦の頃の右賢王曹轂や西晋末に反乱を起こした郝度元なんかは劉姓じゃない匈奴の著名人やな

231名無しさん@お腹いっぱい。2019/01/22(火) 05:30:56.65ID:frQquFZw0
鮮卑の次に中原に乱入する部族があったなら

232名無しさん@お腹いっぱい。2019/01/22(火) 06:03:45.76ID:1yciUC780
前漢後期ぐらいから匈奴から離反して漢に降伏し始めた東胡系遊牧勢力が烏桓で
後漢前期ぐらいの北匈奴弱体化後に(おそらく北)匈奴から離反した東胡系遊牧勢力が鮮卑という理解なんだが
鮮卑というのはある意味北匈奴の後継勢力と言えるんじゃないのかな

233名無しさん@お腹いっぱい。2019/01/22(火) 09:09:25.94ID:vESSioe10
実際、隋唐の大貴族である独孤氏や宇文氏は本来なら匈奴の部族名だし

234名無しさん@お腹いっぱい。2019/01/22(火) 10:22:54.27ID:Bnge7sjC0
独孤氏は単于を輩出した家系といわれるくらいの匈奴の有力部族で、北朝の中では名門中の名門、
宇文氏はもともと匈奴の一部族だったが鮮卑に帰化したらしい。

ガチの胡族だけあって宇文氏の北周は鮮卑回帰を鮮明にして、
胡姓を復活させたどころか漢人にも鮮卑姓を与えて名乗らせた。そして漢語ではなく鮮卑語を公用語に定めた。
支配階級の北族は鮮卑語のままでOK、立身出世を目指す漢族は鮮卑語を習得しなければならなかった。

が、楊堅が実権を握ると、「漢魏の旧に戻す」と称して、鮮卑語・鮮卑名の使用を廃止して(禁止はしてない)
漢語・漢名に戻した。
300年前の西晋の水準に回帰したわけだが、孝文帝の漢化政策の時のような混乱・抵抗があったという記述はなく
そのまま隋唐に引き継がれている。結局平和裏に鮮卑も匈奴も漢族に同化してしまった。

漢魏の旧に戻して北族の反発はなかったのだろうか?
それとも鮮卑系である(可能性が高い)楊堅自身が漢化に舵を切ったくらいなのだから
北周末期には領内はもとより朝廷内でも鮮卑化政策は形骸化して、鮮卑語廃止でも問題なかったのかな?

235名無しさん@お腹いっぱい。2019/01/22(火) 17:54:11.70ID:SkxHdUT40
>>234
北周や北斉で反漢族政策取られた、が誇張なんだろ。後趙で石勒が非漢族を国人と呼べと言っただけで石勒を民族主義者呼ばわりするようなもの。

236名無しさん@お腹いっぱい。2019/01/22(火) 22:00:11.81ID:Xm68cfrW0
北周なんて「周」って国名の時点で儒者に媚びこびだもん。

237名無しさん@お腹いっぱい。2019/01/23(水) 20:38:37.63ID:1UCUc6Yw0
桓温が簒奪成功していたら
劉裕は軍団長のままだった?

238名無しさん@お腹いっぱい。2019/01/23(水) 20:57:01.21ID:Tyb+b3/80
>>237
そもそも世に出てこれなさそう
桓温→謝玄→王恭→劉牢之というバタフライエフェクトの結末だから

239名無しさん@お腹いっぱい。2019/01/23(水) 21:01:50.41ID:/BmeDVGV0
高歓も宇文泰も漢文化に触れる機会が少ない六鎮の武辺者で、
いずれも鮮卑語話者だから(特に高歓は漢族にもかかわらず)
北斉も北周も鮮卑語を優遇したんだろうな。

しかも北朝の新たな支配階級となった軍閥出身者は、自分の名前を記すのが精いっぱいで
ろくに文字の読み書きもできない無学の徒が多かったから
教養が必要となる漢語なんて邪魔もの以外の何物でもなかったのだろう。

240名無しさん@お腹いっぱい。2019/01/24(木) 19:28:23.52ID:7KJim1iv0
漢の劉邦だったか
臣下を統制するために儒教の礼式を採用して
「皇帝の尊さが分かった」って感激してたような・・・
(日本だと豊臣政権あたりだったかな)

開祖は漢族文化が嫌いでも
子孫は、臣下の統制のためにも漢族的な教養が必要になるのかな

241名無しさん@お腹いっぱい。2019/01/24(木) 21:21:00.70ID:Q/MFMWlo0
日本だと儒教に基づいた文治政治やり始めたのは綱吉の頃やぞ。
それまでは「そこらへんの通行人を面白半分に弓の的にする」とか「立ち小便を笑われる→斬殺」とか「下女が店員の態度に激怒→市街戦に発展」だの殆ど北斗の拳の世界

242名無しさん@お腹いっぱい。2019/01/24(木) 21:34:41.36ID:7KJim1iv0
>>241
何かの本で
豊臣政権の殿中では
武功争いで刃傷沙汰とか、立ち小便してるとか
書かれてて
礼式で縛ったのかと思ったけど

そういうのは
やっぱり徳川(綱吉)期になるまで叶わなかったのかな

243名無しさん@お腹いっぱい。2019/01/24(木) 21:41:54.88ID:PNn1Uy3Z0
文治政治やるまでの日本人はそこらへんの蛮族が日本刀振り回してるくらいの認識で問題ない。
このスレで言うと初期の鮮卑拓跋部とか

244名無しさん@お腹いっぱい。2019/01/24(木) 21:54:10.86ID:PkDe5pUn0
俺らが「禿髪樹機能だってwww変な名前www」みたいに思うのと同じくらい俺らも
「徳川家康だってwww変な名前www」って思われてたんだろうか

245名無しさん@お腹いっぱい。2019/01/24(木) 22:08:46.37ID:R5QbKSG10
>>244
源家康表記だとそこまで違和感ない
平氏も平凡だな
藤○○表記や橘○○表記は変だ

246名無しさん@お腹いっぱい。2019/01/24(木) 22:39:27.50ID:b3KQH6f50
征服者としての意識を忘れず、華南や台湾も含めた全土に辮髪胡服を強制したあの清ですら
満洲語の強制はできなかった。
しまいには皇帝自身が漢語話者になって満洲語を話せなくなってしまった。

辺境に駐屯していた軍人たちも、革命に成功し、中原の都に移住しそこの支配階級となればやがて貴族化する。
貴族に相応しい漢の教養や文化に親しむようになり、先代のような鮮卑復古主義的な意識は薄れてくる。

長江以北から四川まで版図を広げ、天下統一も見えてきた周に、鮮卑語の普及促進は無理だったんじゃないかな。
朝廷内や公文書で鮮卑語を使用するのが関の山で、民間ではほとんど漢語。
鮮卑国粋主義が周の国是である以上、簡単には廃止できなかったけど
宇文氏ではない外戚の楊堅が実権を握るに及び、「もうやめようぜ」となったのでは。

247名無しさん@お腹いっぱい。2019/01/24(木) 23:04:38.79ID:b3KQH6f50
>>244
今でも思われてるんだろうね。
文明人は基本的に一字姓(もちろん司馬とか公孫とか例外はあるけど)と思ってそう。
朝鮮やベトナム(例えばホー・チミンは胡史明)は中国風だけど、日本は全然違う。

菅直人(カン・ナオト)のような一字姓や、安倍晋三(アベ・シンゾー)のような音読みは、まだマシかもしれない。
中曽根康弘(ナカソネヤスヒロ)みたいな、訓読みで長い名前は
漢族にとっては名前は奇怪だわ発音はしにくいわで夷狄丸出しにみえるかもね。

248名無しさん@お腹いっぱい。2019/01/24(木) 23:42:13.53ID:JNxH5scR0
リアルの漢族はむしろ二字姓の方がカッコいいと思ってる節があるし
なにより英名やら和風が大人気で中華より高尚という風潮じゃないかね

249名無しさん@お腹いっぱい。2019/01/25(金) 00:33:23.11ID:mEPcvWUy0
>>245
太武帝「源氏の名付け親は朕やぞ。ゲンジバンザイ。」

禿髪破羌(のちの源賀)「げ、ゲンジバンザイ」

250名無しさん@お腹いっぱい。2019/01/25(金) 05:34:24.63ID:CpJmqk9h0
源賀

って嵯峨源氏にいそうな名前だな。「みなもとの・いわう」とか。

251名無しさん@お腹いっぱい。2019/01/25(金) 10:06:02.23ID:05LWBROk0
>>248
大野氏「おっそうやな」

252名無しさん@お腹いっぱい。2019/01/25(金) 12:06:42.53ID:NJ8+5Ypa0
>>251
広島にいそう

253名無しさん@お腹いっぱい。2019/01/25(金) 16:46:40.74ID:eKCnvO/10
漢人が異民族の名前を書くときはあえて悪字を選ぶってのがよくあるから
変な名前に見えるのは仕様ともいう

254名無しさん@お腹いっぱい。2019/01/25(金) 16:48:16.65ID:av0SLVlz0
漢人「ワイも司波達也様や安倍晋三様と同じ日本人に生まれたかった」


大野氏とかも普通にありだろうよ。
チャイニーズの創作キャラとか夷狄丸出しの二字姓が異様に多い。

255名無しさん@お腹いっぱい。2019/01/25(金) 21:34:40.19ID:NJ8+5Ypa0
慕容のカッコよさは異常

いや、たぶん武侠小説の影響なんだろうけどさ

256名無しさん@お腹いっぱい。2019/01/25(金) 21:45:42.56ID:mEPcvWUy0
でも慕容復(天龍八部)の最後ってくっそ惨め

257名無しさん@お腹いっぱい。2019/01/25(金) 22:16:58.86ID:fqMqh5M/0
金庸のリタイアするヒロインと組み合わされてる男ってくっそシビアな結果になる

258名無しさん@お腹いっぱい。2019/01/26(土) 23:27:28.54ID:0UE/mDb00
文献によると、北周の鮮卑名政策は、
西魏の549年に、孝文帝の漢化政策時に改姓した北族に対し、胡姓に戻すよう命じ(虜姓再行)、
556年前後には、漢族にも新たに鮮卑姓を賜与している。

北周末期、外戚の隋国公・普六茹那羅延(のちの隋の文帝・楊堅)が実権を握るに及び、
「漢魏の旧に戻す」と称して、改姓した漢人には漢姓に戻すよう命じた。

つまり、漢族が鮮卑名を名乗っていたのは25年ほどである。
もっとも北族軍人に関しては、虜姓再行令よりもはるか以前、六鎮の乱の頃から勝手に胡姓を復活させていたと思われる。

北周は胡姓をランク付けして(もちろん「宇文」が最高位)、
功績のある漢人にステータスのある胡姓を賜与することによって彼らの栄達欲を満たそうとした。
漢人にとっても胡姓の獲得は大出世の証だったのである。
もちろんプライドの高い漢人の中には、胡人に同化させられるのを嫌がる向きもあったろうが、
儒者を優遇し、周礼に基づく官制をとることによって、漢人の支持を取りつけた。

漢胡のバランスに配慮した政策で、和魂洋才ならぬ「胡魂漢才」といえるかもしれない。

259名無しさん@お腹いっぱい。2019/01/26(土) 23:47:27.73ID:0UE/mDb00
西魏の胡姓復活を主導したのは、もちろん宇文泰だが、
傀儡皇帝・恭帝も、「元」姓を捨てて、先祖伝来の「拓跋」姓に戻されている。
孝文帝以降の歴代皇帝で鮮卑姓に戻ったのはこの拓跋廓だけである。

宇文泰に実権を奪われたまま操られ、鮮卑姓に戻され、お飾り皇帝として翻弄された拓跋廓であるが
宇文泰の死後2か月で、宇文護の強要で帝位を周公宇文覚に禅譲して西魏王朝を終わらせ、
北周から形式的に宋公に封ぜられたが、すぐに殺されてしまった。

260名無しさん@お腹いっぱい。2019/01/27(日) 00:23:28.47ID:6l5f8u5L0
さすがにチュンとかチェンとかワンばっかじゃ没個性すぎるからな…

261名無しさん@お腹いっぱい。2019/01/27(日) 00:24:28.45ID:6l5f8u5L0
さすがにチュンとかチェンとかワンばっかじゃ没個性すぎるからな…

262名無しさん@お腹いっぱい。2019/01/27(日) 00:24:31.44ID:6l5f8u5L0
さすがにチュンとかチェンとかワンばっかじゃ没個性すぎるからな…

263名無しさん@お腹いっぱい。2019/01/27(日) 00:26:10.10ID:6l5f8u5L0
PC不調により謎連投してもうた、すまん

264名無しさん@お腹いっぱい。2019/01/27(日) 21:38:59.75ID:4uNVRQ9d0
南側の勝ち目は

265名無しさん@お腹いっぱい。2019/01/28(月) 09:22:45.76ID:WdhYHxel0
>>264
桓温の時に後方支援で足を引っ張らなければよかった

266名無しさん@お腹いっぱい。2019/01/28(月) 11:10:34.22ID:Lk5k6Zh/0
353年の殷浩の北伐の時に桓温にも関中方面で同時に侵攻させてれば黄河の線までは回復できたと思う
384年の謝安の北伐の場合は…うーん、孝武帝が謝安のこと信用し続けるしかないのかなあ

267名無しさん@お腹いっぱい。2019/01/28(月) 11:42:38.03ID:v84Vyybi0
逆になんで楊堅さんは南朝に勝てたのか

268名無しさん@お腹いっぱい。2019/01/28(月) 12:01:25.84ID:QrC61Ay70
>>267
上がアレやし……
孫皓や陳後主なら苻堅でも圧勝出来るやろ。王猛だって止めるどころか煽り立ててたはず

269名無しさん@お腹いっぱい。2019/01/28(月) 13:12:35.73ID:kxGw4bqE0
上が厭世的でなく、権力の拠り所が分散されていなかった政権ならば
北伐、南征が成功したのかな

270名無しさん@お腹いっぱい。2019/01/28(月) 15:25:04.58ID:W4rBwMk90
侯景の時にズタズタにされて陳がある程度まとめたとはいえかなり縮小してたから隋はイージーモードやろ

271名無しさん@お腹いっぱい。2019/01/28(月) 15:25:50.52ID:Lk5k6Zh/0
>>267
荊州郢州正面でガチスレスレの陽動やらかしつつ遠征軍主力は正月気分の建康を急襲するという奇襲アンド奇襲なやや博打気味の作戦
何だかんだで楊堅のセンスが良かったとしか言いようがない、陳が滅亡したのは必然ではなかったと思う

272名無しさん@お腹いっぱい。2019/01/28(月) 17:22:24.04ID:2sF1fg0R0
北魏が高歓と宇文泰、東西に別れた時代は新三国志として物語が作れそうな密度の濃さなのにそれぞれが帝をぬっころしてるのがなあ

両方が曹操ポジションになってしまい劉備(善玉ポジション)不在になったのが惜しかった

273名無しさん@お腹いっぱい。2019/01/28(月) 17:47:04.19ID:t8szGRiw0
石勒って軽騎兵使った釣り野伏せがうまいな

274名無しさん@お腹いっぱい。2019/01/29(火) 00:39:16.23ID:aRl0OT5N0
>>272
いい感じに流浪してるやつがいるよ

侯景って言うんだけどね

275名無しさん@お腹いっぱい。2019/01/29(火) 00:48:20.38ID:JNAnrE3X0
>>271
堅実な奴なら防衛できた可能性もなくはないけど何代も英主は続かないからなあ。領土狭いし

276名無しさん@お腹いっぱい。2019/01/30(水) 14:57:35.28ID:010uzpM+0
>>272
宇文泰は見た目劉備で中身曹操とか言う

277名無しさん@お腹いっぱい。2019/01/30(水) 16:49:15.07ID:qzbJlHT50
>>276
中身曹操なのは爾朱榮や高歓の方じゃね

278名無しさん@お腹いっぱい。2019/01/30(水) 17:40:55.15ID:+HYUOaiA0
宇文泰は一応「周書」で見た目劉備で才覚は曹操(あと劉裕)って書かれてるから…

279名無しさん@お腹いっぱい。2019/01/30(水) 17:48:48.42ID:y3o0v1iH0
爾朱栄はちょっと迂闊。董卓に近い

280名無しさん@お腹いっぱい。2019/01/30(水) 18:01:41.98ID:+HYUOaiA0
爾朱栄は側近が何度も諌めてるのに宮中に居座ってるところからしても自己の武力に奢ってる感

281名無しさん@お腹いっぱい。2019/01/30(水) 20:59:14.70ID:2sYpiuAB0
禿髪と拓跋って実は同姓だったんか
ずっとハゲガミって読んでたから気づかんかった

282名無しさん@お腹いっぱい。2019/01/30(水) 22:01:26.62ID:RKhXOK6U0
何で訓読みで読むんだよw

283名無しさん@お腹いっぱい。2019/01/30(水) 22:08:51.01ID:2sYpiuAB0
だって禿の音読みとか、日常生活じゃまずしないし…
ぶっちゃけトクって読み方知らんかった()

284名無しさん@お腹いっぱい。2019/01/31(木) 22:00:06.64ID:T/new2ty0
隋唐の国姓でもある楊氏、李氏ってありふれた姓で有名人も多いけど
三国志の時代にはなぜかろくな人間がいないね。

楊奉: もと白波賊の頭目。李傕、曹操、袁術、呂布に仕えたり離反したりを繰り返し最後は劉備に討たれる。
楊松: 張魯の家臣。裏切って曹操に寝返るが、逆に不忠不義を咎められ死罪に処される。
楊儀: 孔明の死後、魏延を討ったが、後継人事に不満を持ち魏への寝返りをほのめかしたところで流罪となる。

李傕、李儒、李粛: いずれも董卓の部下。李傕と李儒は特に悪名高い。
李楽: 山賊の頭目。朝廷の要請を受け献帝を護衛するが、変心して李傕・郭に寝返り、帝を奪おうとするが徐晃に討たれる。
李厳: 蜀の重臣だったが、孔明の北伐のさい、嘘の証言をして撤退を混乱させ、免官、流罪となる。

285名無しさん@お腹いっぱい。2019/01/31(木) 22:25:05.26ID:CUiUemjA0
李通の子孫李矩と楊脩の子孫の楊佺期は強いだろ

286名無しさん@お腹いっぱい。2019/01/31(木) 22:33:24.27ID:SQHow3Es0
>>285
江夏の李通の曾孫で李充の父の方の李矩は文人じゃね?
塢主の李矩は平陽生まれ

かなり紛らわしい二人

287名無しさん@お腹いっぱい。2019/01/31(木) 22:53:25.63ID:CUiUemjA0
衛鑠の旦那ってどっちだっけ?

288名無しさん@お腹いっぱい。2019/01/31(木) 23:10:58.95ID:SQHow3Es0
>>287
出典によって違うみたい
前者説が劉宋の羊欣《採古來能書人名》(李充の母が衛夫人)
後者説が唐の張懷瓘《書斷》(夫の李矩が汝陰太守だった)

後者説の方がドラマティックじゃね

289名無しさん@お腹いっぱい。2019/02/01(金) 00:56:39.62ID:NF2bXHBx0
>>284
海西の菩薩天子「ファッ?ワイの先祖の楊震先生の曽孫の楊修先生舐めてんの?」

290名無しさん@お腹いっぱい。2019/02/01(金) 01:22:25.56ID:38SEOgGM0
>>281
俺はタクヌケと読んでいた。

291名無しさん@お腹いっぱい。2019/02/01(金) 18:33:52.02ID:uTM8lLLi0
楊松なんか架空の人物じゃねーか

292名無しさん@お腹いっぱい。2019/02/01(金) 19:52:03.68ID:zEHjjymw0
>>384
三国演義準拠で楊氏李氏語って嘲笑かってるお前が一番ろくな人間ではない
なんだその徐晃に討たれたとかいう妄説はw

293名無しさん@お腹いっぱい。2019/02/01(金) 21:51:33.59ID:EXe3BiPV0
ああ、楊脩も楊堅も楊震の子孫なんだな。

まさか鶏肋鶏肋と鮮卑の軍閥に血縁関係があったとは。

294名無しさん@お腹いっぱい。2019/02/01(金) 23:48:41.72ID:w8Uo7Bch0
>>281
トクハツとタクバツって同姓だったのか

295名無しさん@お腹いっぱい。2019/02/02(土) 00:24:15.50ID:H8XzkD4F0
>>293
弘農楊氏 #要出典

296名無しさん@お腹いっぱい。2019/02/02(土) 02:36:20.79ID:yCKpikGz0
>>284
李厳は能力が高いと言われてるのにしっかり準備して他人を陥れるのも嫌だけど、
どう考えても絶対バレるだろって嘘吐いて免職になってるのが最高に情けない

297名無しさん@お腹いっぱい。2019/02/02(土) 06:45:44.51ID:HVB1q9iD0
>>293
天知る地知るチルチルミチル

298名無しさん@お腹いっぱい。2019/02/02(土) 07:14:46.38ID:gF8zTCnw0
英雄たちの選択で倭の五王

世界史では目立たないが、日本史の倭の五王関連で出てくる宋
宋だけだと趙宋と同じと思い込んでるのも多いんじゃ

学校世界史だと南朝は宋(劉宋)、斉(南斉、蕭斉)と習い、北朝は北斉(斉)、北周(周)と習うね。何となく南朝側が正統であるという意識があるのか。
晋→宋と禅譲はされたが、中国を再統一したのは北朝系…うーん
日本の南北朝とも似ているような

299名無しさん@お腹いっぱい。2019/02/02(土) 08:10:51.58ID:hCoOoHGN0
宋は劉宋が倭の五王などの古墳時代と同時期、趙宋が平安&鎌倉と同時期と、時間差が大きい上に日本の方の区別がつけやすいから混同しにくいんじゃないかな?
「魏志(魏書)倭人伝」の魏で曹魏と元魏を混同する方がありうるのでは?
曹魏の頃の弥生時代と元魏や劉宋の頃の古墳時代が(人にもよるけど)何やらわからないことが多くてイメージの区別がつけにくいところがある気がするし。
元魏を舞台にしたあるドラマのスレで「卑弥呼と同じ時代だよね?」ってレスを見た。

300名無しさん@お腹いっぱい。2019/02/02(土) 08:30:58.04ID:nM8tctDB0
拓跋力微の代まで含めるのであれば臺與とは被るような気がするんだぜ

301名無しさん@お腹いっぱい。2019/02/02(土) 08:39:37.40ID:RmaStLVL0
>>289
殺されてんじゃねーかw

302名無しさん@お腹いっぱい。2019/02/02(土) 21:44:30.22ID:PVzpExhB0
蕭道成も蕭何の末裔と称してるんだよな。

まさに君子といえる蕭何の子孫が、キチガイを次々と輩出した皇室とは信じたくないが。

303名無しさん@お腹いっぱい。2019/02/03(日) 08:53:30.52ID:VZdcR2hY0
蕭何が劉邦を盟主に担いだときのエピソード(高祖本紀によると族滅怖さに嫌われ者の劉邦をあえて担いだ)を読むと蕭何も相当腹黒そうw
ソウルジェムが濁りきってる

304名無しさん@お腹いっぱい。2019/02/03(日) 14:56:38.10ID:mytpbYn+0
夏候嬰がいちばんまとも

305名無しさん@お腹いっぱい。2019/02/03(日) 20:51:29.63ID:2cYOZgqB0
南斉もそうだが劉宋も猜疑心が強くて同族を殺しまくる皇帝ばかり
劉裕も劉邦の子孫を名乗ってる

306名無しさん@お腹いっぱい。2019/02/03(日) 20:56:41.18ID:RoMggH3I0
親族を殺しまくってなぜ他姓が信用できると思うのか

307名無しさん@お腹いっぱい。2019/02/03(日) 21:10:12.56ID:2cYOZgqB0
劉宋も南斉も同族に対しては厳しかったが
家臣の粛清というのはあんまりやってないんだな

宋明帝も斉明帝も同族を大量に殺したが、家臣は殺した同族と関係してても信用して
任用し続けたりとか
梁末期に侯景にやられるまで貴族は皇族の粛清のとばっちりは比較的少なくて保たれたようだ

308名無しさん@お腹いっぱい。2019/02/03(日) 21:10:19.06ID:THRnvxqD0
>>304
夏侯嬰も呂氏の乱好み少帝殺害に加担してるのを見てると………

>>305
>>306
この時期、日本も雄略天皇みたく直径以外殺し尽くしてる天皇出てるからその手の畜生ムーブが東アジアのデフォだったんじゃ

309名無しさん@お腹いっぱい。2019/02/04(月) 22:53:56.78ID:D91mevg20
劉裕は前漢の何とか王の末裔を自称したけど
北朝側が記した「魏書」の「島夷劉裕伝」によると、劉裕は項伯の末裔となっているね。
(楚漢戦争後、劉邦は項羽の親族を列侯に封じ、項姓では肩身が狭かろうと劉姓を与えている)

どちらも真偽のほどは怪しいけど、本当に項姓劉氏の子孫なら国号を楚にすればよかったのに。

310名無しさん@お腹いっぱい。2019/02/05(火) 00:11:08.53ID:peIVjVdo0
>>309
桓楚ェ…

311名無しさん@お腹いっぱい。2019/02/05(火) 00:14:41.05ID:peIVjVdo0
宋に封公というのも珍しいよねえ
陳とか魯、梁の方がメジャーなイメージ

312名無しさん@お腹いっぱい。2019/02/05(火) 06:56:53.22ID:dW8PHk6V0
倭の遣使の歴史からしたら、日本の古代の氏族や人名に「劉」や「宋」が全く見られないのも不思議だ。あやかって誰か使って記録に残ってもよさそうなものだ。

それよりも北魏の元号や平城、元氏(源氏)などの借用の可能性が指摘される。

また数十年間何度も遣使したのなら宋に訓がついてもおかしくなかった
秦(はた)、漢(あや)、唐(から)とかあるなら、たとえば宋(ふみ)であるとか

中国側に記録が何度も残ってるにも関わらず日本側に劉宋の痕跡がほとんど見られないのは古代の皇室は宋の陰険さが嫌だったのだろうか、またそこまで理解できただろうかとか想像は尽きない。

313名無しさん@お腹いっぱい。2019/02/05(火) 09:40:49.35ID:gMOz+Of60
劉は流石にどんだけ大上段やねんとなりそう

314名無しさん@お腹いっぱい。2019/02/05(火) 12:12:15.82ID:svqSK2+T0
日本にも諸葛(もろくず)という苗字があるんだよな。
亮という名も日本では普通だから
日本に「諸葛亮」さんが存在してもおかしくない。親が名づけるのに躊躇するかもしれないけど…

ちなみに中国では楊勇さんは結構いる。(ありふれた姓名だけあって)
検索したら、隋文帝の長男よりも先に人民解放軍の軍人や、香港の会社社長、学者、留学生のFacebookが真っ先に出てきたw

315名無しさん@お腹いっぱい。2019/02/05(火) 12:23:24.47ID:svqSK2+T0
ちなみにググったら現代には楊広さんもいた。上海のIT企業のお偉いさんで国境を越えて活躍中。
いくら歴史上悪名高くても、もう気にしてないか、もともと煬帝の本名を知らなかったのか。
ひょっとすると王莽さんや董卓さんも現代にいるかもしれない。

316名無しさん@お腹いっぱい。2019/02/05(火) 14:30:01.26ID:dLz26/JG0
台湾の芸能人の王陽明さんとかな

317名無しさん@お腹いっぱい。2019/02/05(火) 23:33:47.18ID:4q7TTmVNO
でも秦檜さんは居なさそうだけどな。
アソコの子孫は後世の悪評に耐え切れず、改姓して表に出ずひっそり暮らしてたそうだし。

318名無しさん@お腹いっぱい。2019/02/06(水) 00:53:40.01ID:EiK0OQVp0
小説なり漫画なり誰か書かないのか
もしくはソシャゲに出れるような人物を推すとか

319名無しさん@お腹いっぱい。2019/02/06(水) 01:52:47.65ID:WfsoNO3o0
小前が劉裕書いたけど地味な南朝は無いだろうなあ

320名無しさん@お腹いっぱい。2019/02/06(水) 05:08:30.44ID:JSVLNXu/0
一応、ガイエが南朝モノなら「奔流」(陳慶之主役)と「長江落日賦」(羊侃の三男の羊鵾が主役)と「蕭家の兄弟」(武帝の息子らを描いた短編)を書いてるから……

321名無しさん@お腹いっぱい。2019/02/06(水) 07:57:38.55ID:83qo2U1t0
小前さんは各時代各時代のメジャーだけどあまり作品化はされてない皇帝を順番に作品化している印象だから、南朝では劉宋武帝と並んでメジャーな(偏見だが)梁武帝はいずれ書く気がする。
色々叩かれる田中さんだが、日本では三国志時代ばっかで他に目が行かないという不満には共感する(最近1本出したけど、そう言う田中さんが全然中国ものを書かないけど)
ここの人達には当てはまらないけど、三国志に詳しくなったら(末期じゃない)後漢や両晋、十六国、南北朝などにも興味が広がりそうなもんだけどなあ。
誰か例えば北魏分裂の辺りの話とか夏武烈帝とか慕容部とかで創作してくれないかな、ここのマニアの皆さんでもいいからさ。

322名無しさん@お腹いっぱい。2019/02/06(水) 08:56:38.39ID:cvYYRPJF0
小前亮は主役が有能で脇役悪役は無能というスタイルが少し鼻につく

323名無しさん@お腹いっぱい。2019/02/06(水) 16:03:58.86ID:Is4h/tTW0
三国志(というかコーエー)に目が行かなかったら中国史ジャンル自体が死滅したんじゃね?>ガイエ

324名無しさん@お腹いっぱい。2019/02/06(水) 18:33:19.68ID:IOtsHR+50
他国の歴史物で三国志ほど大きなコンテンツなんてそうそう無いんだから
他の中国の歴史に目がいかないってのは高望みじゃねって思うわ

325名無しさん@お腹いっぱい。2019/02/06(水) 18:59:56.55ID:37wA3zYh0
三国志があまりにも巨大過ぎる
楚漢ですら決して小さくないコンテンツのはずなのに蟻んこレベル

五代十国とか芥子粒

326名無しさん@お腹いっぱい。2019/02/06(水) 19:02:15.97ID:37wA3zYh0
田中芳樹の場合、中国史に関しては何だかんだで陳舜臣の影響下にあるからなあ

327名無しさん@お腹いっぱい。2019/02/06(水) 19:38:36.40ID:bI7e0TeP0
>>326
ただガイエは陳せんせーほど突き抜けてないって言うか。

328名無しさん@お腹いっぱい。2019/02/06(水) 20:14:38.70ID:37wA3zYh0
良くも悪くも保守的だよね、ガイエ

329名無しさん@お腹いっぱい。2019/02/06(水) 20:47:06.95ID:ZWhh203r0
>>322
あれ無能と言うより白痴じゃね?
おどろきのしろさ

330名無しさん@お腹いっぱい。2019/02/07(木) 02:34:57.53ID:bnTMIcWx0
三国志が巨大過ぎるというより、五胡十六国や南北朝だとあまりにも残虐化していて
人倫に外れすぎているためコンテンツ化がしにくいしあんまりファンもいないんだと思う。
三国時代は後漢の儒教教育のおかげか日本の武士道的な感覚でも理解できる。


劉裕が禅譲させた司馬氏を族滅しなかったらその後の強制的禅譲も前王朝の皇族
を殺害はしない慣習が続いたのかもしれないと思うけど。

331名無しさん@お腹いっぱい。2019/02/07(木) 07:13:42.06ID:Hp7ppsoL0
>>330
恭帝殺害後の劉裕も司馬氏の人間に零陵王家を継がせて先祖の祭祀は続けれるように配慮はしてるけどな

332名無しさん@お腹いっぱい。2019/02/07(木) 07:36:42.66ID:JBx3e/lN0
水滸伝ウケるなら石勒の人生とかウケそうだけど
しょっちゅう義兄弟結んでるし

333名無しさん@お腹いっぱい。2019/02/07(木) 08:10:08.43ID:trfJGtOm0
>>330
三国志と戦国時代結びつけてるのってもろ吉川横山で正史三国志や後漢書を読めば後漢〜魏晋も相当殺伐としてんだけどね。
後漢書献帝紀を読むと曹操も劉裕並の荒っぽい粛清やってるし。
曹操と劉裕の違いって皇帝を殺さなかっただけでそれ以外の人間はひたすら殺し尽くしてる。

334名無しさん@お腹いっぱい。2019/02/07(木) 09:07:49.07ID:NWbjrO/t0
逆に言うと劉裕のほうが曹操より殺してないよな
一地域を破滅に追いやるとかしないもの

335名無しさん@お腹いっぱい。2019/02/07(木) 09:41:01.77ID:Ih/0GmYs0
全盛期の後漢って北方異民族に対しては鬼畜中の鬼畜だと思うんだけど
逆に中華王朝が異民族に虐げられたというだけでそれは残虐ということになるんだろうか

336名無しさん@お腹いっぱい。2019/02/07(木) 13:08:12.71ID:rN8VuPAY0
そら中国史観ではそうでしょ。基本ずっと漢民族目線だし

337名無しさん@お腹いっぱい。2019/02/08(金) 00:23:10.24ID:cmlwYh+M0
>>332
水滸伝あんまウケてないし微妙やな

338名無しさん@お腹いっぱい。2019/02/08(金) 00:30:12.87ID:VlLFnlEV0
水滸伝は外道行為もさることながら「奸臣に無抵抗で殺される」ってオチがやはりウケが悪い。

ガイエ版水滸後伝も燕青と楽和に「宋江兄貴はなんで招安なんて受けたんやろ?」って会話をわざわざ付け加えたりしてるし。

339名無しさん@お腹いっぱい。2019/02/08(金) 01:31:18.41ID:mZa6cU+40
>>335
中原でも五胡乱華のときよりも後漢末のほうが人口減少度からしたら過酷だっただろう
黄巾の乱あたりから曹操の徐州大虐殺あたりまで4000万人くらいは消えた

三国時代では大将軍クラスで大手柄でも100戸とか封戸の加増もチマチマ

五胡十六国時代と後漢末とくらべてどちらが酷かったのか

340名無しさん@お腹いっぱい。2019/02/08(金) 01:40:03.45ID:/Cgufqm20
だいたい後漢末の戦乱で人口減ったところに異民族で穴埋めしたのは曹操だし
んで八王の乱で異民族傭兵を使って司馬一族同士で内輪もめしてたら自立されたんだから
自業自得としか言いようがないわな

341名無しさん@お腹いっぱい。2019/02/08(金) 01:42:39.38ID:cmlwYh+M0
内容もだが、水滸伝くらいになると
馬鹿に出来ない「古いほど偉い、スゴイ」、っていうステレオタイプの恩恵にあまり与かれないからな

342名無しさん@お腹いっぱい。2019/02/08(金) 02:39:04.79ID:TRrz9s+40
中国では大事だろうけど日本ではあまり影響ないのでは

343名無しさん@お腹いっぱい。2019/02/08(金) 07:24:10.67ID:VlLFnlEV0
>>340
楚漢戦争の頃から胡人の移住は常態化してる事について

344名無しさん@お腹いっぱい。2019/02/08(金) 19:39:01.95ID:NWNiRHmJ0
>>343
そもそも殷を倒した周がry

345名無しさん@お腹いっぱい。2019/02/08(金) 20:01:36.21ID:vh88qyJP0
後漢末、三国時代の人口激減はもちろん事実だろうけど
よく言われる、戦乱によって5000万人が500万人になったはさすがに大げさでは?
統計上は壊滅に近くても、戸籍に載らない流民の増加もあって、実態はそこまで減り過ぎてないと思う。

遊牧民の内地への移住政策も、人口減の穴埋めというよりは巧みな分断工作じゃないかな。
後に魏を自称する鮮卑拓跋部も、この時代は衛瓘の離間工作によって勢力を削がれている。

346名無しさん@お腹いっぱい。2019/02/08(金) 21:19:58.23ID:U1+wIELn0
新→後漢の時には6,000万→2,000万になってるけどその時はリカバリーできてるんだよな

347名無しさん@お腹いっぱい。2019/02/10(日) 20:02:27.01ID:qWiVVwXB0
どこの どこの  どこの誰から頼まれた
命をかける価値もない  それほど汚れた銀河系の超知性体の心が産みだした
「キニスーン ナドレック   トレゴンシー ウォーゼル」
悪魔の群に敢然と  戦い挑み愛を説き
あああ あああ今日も行く
正義を助ける エッドールマン  正義のシンボル エッドールマン

348名無しさん@お腹いっぱい。2019/02/11(月) 16:18:00.51ID:Oa14kI400
酔っ払って誤爆 すいません

349名無しさん@お腹いっぱい。2019/02/12(火) 12:35:49.62ID:V8F3VcZr0
蕭子倫イケメン杉内

350名無しさん@お腹いっぱい。2019/02/13(水) 22:42:58.95ID:IFxgLBa50
ところでおはんら、ちくま版資治通鑑は買ったでごわすか?
宇宙大将軍の乱が丸ごと訳されてるでごわすが

351名無しさん@お腹いっぱい。2019/02/13(水) 23:33:51.41ID:8x4G89fZ0
五胡十六国が載ってないのでno

352名無しさん@お腹いっぱい。2019/02/17(日) 22:54:48.01ID:VPJAMt7R0
マジンガーZ対宇宙大将軍

353名無しさん@お腹いっぱい。2019/02/17(日) 23:16:16.98ID:TAw9qh/k0
侯景の乱始末記が復刊するまでの繋ぎに買うかな

354名無しさん@お腹いっぱい。2019/02/18(月) 17:58:43.78ID:d2mxT4YD0
荒山先生なら慕容雲ネタにすると思ったのに

https://books.rakuten.co.jp/rb/15805033/?scid=af_sp_etc&sc2id=af_117_0_10001512

355名無しさん@お腹いっぱい。2019/02/19(火) 08:07:18.26ID:08huQQ7+0
>>350
買ったでごわすよ
アマゾンの中国史カテゴリでベストセラー1位になっておりもすな

>>353
楽しみですね、夏ぐらいでしたっけ?
価格は1800円ぐらいになりそうって言ってましたね

356名無しさん@お腹いっぱい。2019/02/19(火) 10:15:13.63ID:2AYGKaV80
候景「謝氏か王氏の女をヨメにクレメンス」
梁武帝「呉の士族の女で充分やろ?」
候景「呉児なんぞウチの下人とハメっ子しとけや!」

賀季「なんで謀反したん?」
候景「皇帝になりたいんや!」
王偉「あーウソウソ!君側の奸を除くために挙兵しただけです!」

完全に笑わせようとしてる司馬光先生

357名無しさん@お腹いっぱい。2019/02/20(水) 11:38:57.27ID:Kg+wup9p0
卑怯なおためごかしを言わない武人の鑑

358名無しさん@お腹いっぱい。2019/02/22(金) 23:27:52.08ID:oHHs1qk20
司馬越早く死んで欲しい。しかしようやく諸葛亮が死んだ程度ではどれだけかかるのか

359名無しさん@お腹いっぱい。2019/02/23(土) 03:47:15.41ID:15wcLWew0
侯景って小沢一郎みたいなやつ

360名無しさん@お腹いっぱい。2019/02/24(日) 09:23:34.29ID:bEZHNcER0
候景って華北で逐われて亡命してきたのに
国を傾けるほどの混乱おこせるって
彼が引き連れていた軍が大きかったのか
南朝の朝廷や軍隊が弛緩してたのかな

361名無しさん@お腹いっぱい。2019/02/24(日) 10:35:38.72ID:8EhBwK1+0
皇族が首都で殺人強盗繰り返してもしても何のお咎めなしな国だしな

362名無しさん@お腹いっぱい。2019/02/24(日) 14:46:10.34ID:L531A8X/0
ちくま資治通鑑侯景の乱読了
宇宙大将軍僣称の下りがないのが残念だった

363名無しさん@お腹いっぱい。2019/02/24(日) 15:41:43.94ID:Byv0+RiZ0
不満を持ってた奴隷が多かったからだろ。だから略奪し放題と聞いて参集する人間が多かった
ある程度略奪しちゃうとやる気なくなって侯景の下に居る旨味もなくなって脆くなって瓦解

364名無しさん@お腹いっぱい。2019/02/24(日) 18:57:39.78ID:VcSkf93z0
忠誠無比の侯景だったら歴史はどうなったんだろう

365名無しさん@お腹いっぱい。2019/02/24(日) 20:38:51.81ID:JRytgPqs0
勲貴として高澄に失脚させられて終わるんじゃないかね
人柄次第なとこもあるんだが可能性は高い

366名無しさん@お腹いっぱい。2019/02/24(日) 21:04:28.13ID:nBYfx9Qt0
高澄は酒癖と女癖悪いのを除いたら完璧超人だし

367名無しさん@お腹いっぱい。2019/02/25(月) 01:04:14.10ID:JgOVdrfi0
そんな擁護の仕方なら孫権や蕭衍も完璧超人になってしまう

368名無しさん@お腹いっぱい。2019/02/25(月) 01:43:45.77ID:IZxRQOMu0
https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q11191224581?__ysp=6auY5r6E

なかなか面白いけど最後のこれが

>高澄が死なずに彼が北斉の初代皇帝となって、かつ40歳以上まで長生きするほうが、目はあると思うのです。彼まで酒乱の殺人狂だったら、もうその時点でアウトですが。

この人は高澄が孝静帝いじめをしてたことを考えてないような
蘭京に殺されなくとも早晩酒で破滅してたと思うよ
他の誰かに殺されるか、それとも高洋の晩年みたいな状態に陥るか

369名無しさん@お腹いっぱい。2019/02/25(月) 09:47:45.74ID:1y4AHFMN0
酒乱の息子の将来を心配して重臣に塩対応してた高歓さんは親バカの鏡。
なお、かつて逃走中に高澄(当時は幼児)を車から捨てて射殺しようとした事がある模様

370名無しさん@お腹いっぱい。2019/02/25(月) 14:20:39.48ID:qB02b05D0
劉邦のオマージュかよ

371名無しさん@お腹いっぱい。2019/02/25(月) 23:51:25.57ID:O1S+poez0
子供捨てるくらいでないと立派な皇帝になれないから

372名無しさん@お腹いっぱい。2019/02/26(火) 07:34:03.43ID:cw2wbJmp0
管仲「実の子を愛せない奴は民を慈しむ事もできんやろ?」

373名無しさん@お腹いっぱい。2019/02/26(火) 23:18:58.48ID:0ggBWO7I0
劉邦の場合、親父も見捨てようとしてたからな


項羽 「さっさと降伏しろ! さもないとお前の親父を煮殺すぞ」

劉邦 「俺とお前は義兄弟の契りを結んだ仲だぞ。お前が親父を煮るのなら兄弟の俺にもそのスープを分けろ」

374名無しさん@お腹いっぱい。2019/02/27(水) 02:44:52.70ID:86k2EQrg0
パパは存命のうちに巨大王朝の太公にしてあげたし
なんだかんだ嫡子に至尊の地位を世襲、その他の息子は諸侯王に封じて大国を大盤振る舞い
もちろん兄弟や甥にも大盤振る舞い

これだけ身内を厚遇したヤツは古代中国史上空前絶後だぞ

375名無しさん@お腹いっぱい。2019/02/27(水) 03:26:45.02ID:A7RDQThN0
あの種のエピソードっていつも思うんだが、実際にあった話しなのか
それとも親子の情愛も斬り捨てる常軌を逸した冷酷さをアピールするために
歴史家が古人(この場合は劉邦)のエピをなぞってるだけなのか微妙なところだな

376名無しさん@お腹いっぱい。2019/02/27(水) 10:01:57.84ID:dKb82YtiO
>>374
それで言えば我等が陛下は人数少ないから簡単だったよな。
馬皇后(とその親族)と息子達以外身内居ないんだもの。

377名無しさん@お腹いっぱい。2019/02/28(木) 16:42:38.02ID:AcEAOuze0
>>374
司馬炎「見習わなきゃ(使命感)」

378名無しさん@お腹いっぱい。2019/03/01(金) 00:26:17.03ID:YzolhKus0
そういえば分封後の前漢→呉楚七国の乱、西晋→八王の乱って似てるよな
乱後に英主がでて立て直して全盛期を迎えたのと、五胡に付け込まれて滅亡
僅かの差だったのかもな

八王の乱のあと漢武にあたる英主が晋に現れてたら晋は長期王朝だったかもね

379名無しさん@お腹いっぱい。2019/03/01(金) 07:21:56.09ID:3pRaARLc0
むしろ後漢安帝の時の西羌族の反乱(涼州陥落寸前)が近いんじゃ。
同時期に南匈奴(并州)と鮮卑(幽州)烏桓と高句麗(遼東)でも反乱起こっててまんま八王〜永嘉の乱の流れ。

380名無しさん@お腹いっぱい。2019/03/01(金) 18:25:36.24ID:Mm0dmiAY0
初っ端から梁王で躓いてgdgd、そこを衝かれて一斉処分される程度の呉楚七国は皇帝権力をむしろ強化した
武帝を待つまでもないかと

381名無しさん@お腹いっぱい。2019/03/01(金) 23:04:52.36ID:q7wpV6z30
景帝と恵帝どうして差が付いたのか慢心環境の違い

382名無しさん@お腹いっぱい。2019/03/01(金) 23:32:21.34ID:YxQhJ0tT0
半端に能力がある連中がそこそこ居たのが問題

383名無しさん@お腹いっぱい。2019/03/02(土) 03:43:15.83ID:6mMjcPXW0
五胡十六国から漢民族は変わってしまったとはよく言われるが、

前漢の時代から李陵のような漢人捕虜や中行説みたいなはねっかえりが
供給されてたわけだからあっちのほうも漢人の遺伝子は断続的に入り続けていたわけだね

384名無しさん@お腹いっぱい。2019/03/02(土) 10:39:51.35ID:rxJgsuei0
>>378
そんな次第で司馬遹さんが無駄にageられてる印象、確かにあります!

385名無しさん@お腹いっぱい。2019/03/02(土) 12:08:16.84ID:HxeLBhUq0
>>384
あいつの母親が恵帝に近づいた経緯を見てると恵帝自身は仕方なくあいつを皇太子にせざるを得なかったような気がしてくるぞい
司馬炎の地味なやらかしの一つじゃね

386名無しさん@お腹いっぱい。2019/03/02(土) 13:22:08.49ID:e1WdsPRl0
廃替するとやっぱり滅びるんやなって

387名無しさん@お腹いっぱい。2019/03/02(土) 14:32:20.28ID:ajoGK0vi0
>>383
李陵はともかく中行説は自分のDNA残せないだろ

388名無しさん@お腹いっぱい。2019/03/03(日) 17:52:22.10ID:POkSPohI0
>>381
やっぱ環境の違いじゃねーか?
景帝の畜生行為は結果的に漢帝国飛躍につながり、治世を実現した名君という評価を得たが
西晋に生まれて同じことしたら碌な死に方できんぜきっと

389名無しさん@お腹いっぱい。2019/03/03(日) 19:18:40.71ID:K322e0gz0
前漢景帝の皇后イビリ(憤死)息子イビリ(獄死)周亜夫イビリ(宴会で一人だけハブ→食器に因縁つけて餓死)とか魏末期〜西晋なら普通に暴君認定だもん。

390名無しさん@お腹いっぱい。2019/03/03(日) 20:27:04.82ID:XrvN6Eie0
史実癌を買った

391名無しさん@お腹いっぱい。2019/03/04(月) 23:39:06.95ID:6W4SECqP0
>>389
皇太子時代に殺人犯してるから暴君認定でいいよ

392名無しさん@お腹いっぱい。2019/03/04(月) 23:47:21.10ID:vEQ5Gr1a0
オヤジの文帝は人間の鏡とまで言われてた仁君なのに

393名無しさん@お腹いっぱい。2019/03/05(火) 15:36:35.36ID:y/ig6vyf0
YoshiokaKeiko@Yoshioka_keiko: 『五胡十六国 中国史上の民族大移動』(著・三崎良章)が中国語に翻訳され、北京の大学街にある万聖書園で2月のランキング1位に。私は読んだことはないのですが、12年に東方書店から出た本。日本人の専門家が書いた3世紀から5世紀の中国史を貪欲に読む中国の読者。なんだか、どっちもすごいなあ。 https://twitter.com/Yoshioka_keiko/status/1102567115947597824/photo/1
https://twitter.com/Yoshioka_keiko/status/1102567115947597824

中国にも五胡十六国マニアがいるのか
https://twitter.com/5chan_nel (5ch newer account)

394名無しさん@お腹いっぱい。2019/03/05(火) 16:46:32.23ID:zSpi1lpr0
三崎先生の五胡十六国は今こそ一般向けで広告すべきだと思うんだぜ

395名無しさん@お腹いっぱい。2019/03/05(火) 17:13:44.89ID:mVRqiPrd0
>>392
その二人は親子でセットだと思う
景帝の家庭環境(太后とか太后とか)がわりとアレな感じなのと呉楚爆弾は文帝時代の遺産だし

396名無しさん@お腹いっぱい。2019/03/05(火) 19:11:50.71ID:IUHfbV1J0
三崎センセの本翻訳されてあっちで売られてるのか

397名無しさん@お腹いっぱい。2019/03/05(火) 20:41:43.09ID:SxiTeyfJ0
>>394
東方選書って学術文庫で出せばいいのにってタイトルが多いが売れ行きが見込めないのか。

398名無しさん@お腹いっぱい。2019/03/05(火) 21:28:09.46ID:8TFORsAJ0
>>394
まだ早いだろ
苻堅か石勒あたりの物語がプチバズったあたりに知らしめられるべき本だ

399名無しさん@お腹いっぱい。2019/03/05(火) 21:57:31.83ID:xhJFwAjh0
しかし景帝は、後世「文景の治」と称えられるほど名君として扱われてるんだよな。
食料が余り過ぎて備蓄庫の中で腐ってしまったとか、税収も溢れんばかりに得られて銭を通す紐が傷んでしまったとかそんなエピソードがあるくらい。

南朝斉の明帝も皇族殺戮皇帝として悪名高いが、領民に対しては善政をしいたらしい。

400名無しさん@お腹いっぱい。2019/03/05(火) 22:53:55.51ID:8TFORsAJ0
>>399
皇族を殺すことを悪徳とするのって、「当時に生じた死者の総数」から見直してみるといろいろアレ

401名無しさん@お腹いっぱい。2019/03/05(火) 23:05:30.46ID:gXJgs3wq0
>>399
斉明帝は統治期間短すぎるから善政を敷いたかどうかは判断できなくね?
内憂を抱えつつ孝文帝の南伐を凌いだ点は評価できると思うけど

402名無しさん@お腹いっぱい。2019/03/06(水) 01:19:25.05ID:L38GTIwQ0
優等生なら斉武帝のほうをあげたい
二代目としてうまくまとめたね
皇族や臣下の誅戮もやっていない

宋文帝とか梁武帝の前半期とかを除き、晩節も汚さなかったということでは南朝随一かも

403名無しさん@お腹いっぱい。2019/03/06(水) 01:52:06.11ID:dPMNTQnW0
なお孫を見る目。李世民も評価高いから後継はポイント低めでいいかもしれないけど

404名無しさん@お腹いっぱい。2019/03/06(水) 08:55:20.38ID:uat5snSO0
>>399
TS歴史家司馬遷が漢武帝sageのために文帝景帝ageてる可能性も。

そういや漢武帝(劉徹)って南北朝でもカス扱いで裴松之が「黄権(曹魏に降伏した将)の家族を殺さなかった劉備。李陵の家族を族滅した漢武帝。なぜ差がついたのか……」とかとDisしてたし

405名無しさん@お腹いっぱい。2019/03/06(水) 09:00:01.25ID:q7pSi40A0
斉と梁はほとんど同じ一族なんだからひとつの王朝にまとめても良かったと思うんだけどね
漢趙や成漢と同様に「斉梁」とか

406名無しさん@お腹いっぱい。2019/03/06(水) 11:45:23.53ID:EL4M1zON0
「どうして差がついたか」の元祖って中国の歴史家(というか司馬遷)だったのか

407名無しさん@お腹いっぱい。2019/03/07(木) 02:58:23.77ID:0J2LECxq0
>>405
なぜ斉と梁を別扱いにしたかといったら禅譲させたからじゃないかな
蕭衍の認識の問題だったと思う
同じことをやってても斉の皇帝として即位してたら後世は斉の存続と判断しただろうし
国号だけ梁に変えて禅譲の儀式をしなかったら「斉梁」かも

408名無しさん@お腹いっぱい。2019/03/07(木) 21:45:26.85ID:3YJoFhiE0
前秦って五行だと何徳になるん?

409名無しさん@お腹いっぱい。2019/03/09(土) 09:29:50.17ID:brAlasRU0
桓温と王猛がコンビを組んで居たなら・・・

410名無しさん@お腹いっぱい。2019/03/09(土) 23:09:46.39ID:mV0fy1EL0
>>405
別王朝で問題ない
エジプトなんか親子で王朝違うところもあるからな

411名無しさん@お腹いっぱい。2019/03/10(日) 05:19:33.10ID:VpzUTeYy0
まず五燕がみんな違う王朝扱いだしな
国号は同じだし同族のみならず親子関係でも

412名無しさん@お腹いっぱい。2019/03/10(日) 06:25:16.37ID:IqujnQvD0
殺し合ってるのに同じ王朝ってのもなんだしな。そもそも王朝ってレベルか?ってのもあるけど

413名無しさん@お腹いっぱい。2019/03/10(日) 07:32:42.90ID:xlOeshUw0
南燕と北燕は地方軍閥でしかないよな

まあそれを言い始めたら討桓直後〜南燕を滅ぼして盧循ブッ殺すまでの東晋も揚州と荊州だけの地方政権に転落しとるけど

414名無しさん@お腹いっぱい。2019/03/10(日) 07:54:16.20ID:VpzUTeYy0
>>407
禅譲した(させた)ことが基準なら桓楚も正式な王朝になるな

415名無しさん@お腹いっぱい。2019/03/13(水) 21:08:50.40ID:9ksG2Cpp0
>>408

416名無しさん@お腹いっぱい。2019/03/13(水) 22:10:16.95ID:kAD/zIV80
>>415
さんきゅー
前燕(慕容イ以降)と同じなのね

417名無しさん@お腹いっぱい。2019/03/13(水) 23:10:03.02ID:3W2IeKNW0
>>416
苻秦が木だから姚秦が火徳って記述があったけど北魏(土徳)の記述では苻秦の火徳を継いだってあるなぁ
よくわからん

418名無しさん@お腹いっぱい。2019/03/13(水) 23:27:51.80ID:41UNOjfI0
相生か相剋かどっちを取るかで変わってくるし

419名無しさん@お腹いっぱい。2019/03/16(土) 13:45:40.66ID:q6tMQMQR0
木徳なら後趙を継ぐ
火徳なら燕を継ぐ(or晋に克つ)
魏書の志には
魏承漢,火生土,故魏為土コ。晉承魏,土生金,故晉為金コ。趙承晉,金生水,故趙為水コ。
燕承趙,水生木,故燕為木コ。秦承燕,木生火,故秦為火コ。(略)故以魏承秦,魏為土コってあるね
秦がどっちか分からん

420名無しさん@お腹いっぱい。2019/03/16(土) 14:02:50.68ID:q6tMQMQR0
続きみると前秦ぽい
まあ後秦にする理由はないか

421名無しさん@お腹いっぱい。2019/03/17(日) 11:44:30.41ID:93Yv4m3t0
五胡十六国時代って調べてみるとカオス過ぎて面白いよなw
興亡が複雑すぎて状況を把握しにくくはあるんだけど

冉閔って五胡十六国時代版呂布だなって思いました

422名無しさん@お腹いっぱい。2019/03/17(日) 13:06:23.40ID:yxGObWJr0
前スレだかに書いたけど
華北をざっと追うだけで
西晋崩壊→漢(前趙・後趙)→代や前燕や前秦
前秦の覇権と崩壊→後燕や夏や後秦
代(北魏)の覇権
だものなあ

巨大勢力ができると
小勢力が傘下に入ったり雌伏したりするから
突然出てきたっぽい連中、こんな前から存在したの?
って驚いたりする

423名無しさん@お腹いっぱい。2019/03/17(日) 13:53:29.43ID:ysiv/cfk0
もっと本出ねーかなー

424名無しさん@お腹いっぱい。2019/03/17(日) 18:16:22.70ID:M103sZD/0
冉閔は呂布より公孫瓚や馬超みたいな狂犬カテゴリー

425名無しさん@お腹いっぱい。2019/03/17(日) 20:15:59.56ID:G2Cmyy8s0
陳安も中々の猛将

426名無しさん@お腹いっぱい。2019/03/17(日) 20:31:49.16ID:C38DgiUh0
五燕五涼もやっと覚えられたよ
国名とキャラがつながってきた
ゲーム化は十分可能だと思う


南北朝なら呂布は侯景

427名無しさん@お腹いっぱい。2019/03/17(日) 20:43:25.39ID:Wg14rRp50
桓温立志伝
侯景立志伝

428名無しさん@お腹いっぱい。2019/03/17(日) 22:07:57.79ID:3lzoqR070
三国鼎立までの後漢末の群雄割拠状態をもうちょっと大規模化・複雑化したのが五胡十六国。

429名無しさん@お腹いっぱい。2019/03/17(日) 22:24:36.61ID:GX1ViMXO0
後漢末の群雄割拠は漢人で占められていたが
五胡の群雄割拠はほとんどが胡族
漢人の野心家どもは何をしてたんだ?

430名無しさん@お腹いっぱい。2019/03/17(日) 22:41:32.16ID:3lzoqR070
>>423
船木勝馬『古代遊牧騎馬民の国―草原から中原へ』は文庫化してもいいと思う。

431名無しさん@お腹いっぱい。2019/03/17(日) 23:07:13.88ID:KMASABvu0
前涼、冉魏、西涼、後蜀、北燕…
あとは石勒あたりが全部倒してしまったんじゃないの?

432名無しさん@お腹いっぱい。2019/03/18(月) 01:29:38.70ID:QGscA+YF0
>>429
漢人の野心家どもが皆で殺し合ったから五胡の連中が跋扈したんだぞ

433名無しさん@お腹いっぱい。2019/03/18(月) 01:36:01.36ID:rL12GGwY0
三国志で喩えると後趙が董卓で前秦が袁紹

いや違うかw

434名無しさん@お腹いっぱい。2019/03/18(月) 01:51:47.89ID:rA3Q/qxU0
劉淵は匈奴って言うよりは不平士族ってカテゴリーじゃ

漢族の野心家枠だと王浚や劉琨や王弥や張軌あたりかなぁ。

435名無しさん@お腹いっぱい。2019/03/18(月) 23:24:38.48ID:Nr3cmvoM0
野心家枠なんぞ王導王敦以外におらんやろ

436名無しさん@お腹いっぱい。2019/03/18(月) 23:30:42.79ID:EesoI8i/0
苟晞はそれだったと思われる

437名無しさん@お腹いっぱい。2019/03/19(火) 07:45:50.11ID:FfVchSGj0
そういうキャラならやっぱり桓温。
野心家であるが忠臣みたいなところもあり、豪傑なところもあって懐の深さを感じる。

438名無しさん@お腹いっぱい。2019/03/19(火) 08:36:13.66ID:jONkTXmn0
苟晞は汚物の消毒にのみ正義感をもって従事してた印象

439名無しさん@お腹いっぱい。2019/03/19(火) 09:33:59.29ID:GqVxKDQg0
対劉淵・王彌で東奔西走する東海王を抑制するために苟晞をけしかける懐帝もなかなかに糞だよな
西晋を滅ぼしたのは実質懐帝だと思うわ

440名無しさん@お腹いっぱい。2019/03/19(火) 11:24:49.31ID:pi74w04V0
あの時期に司馬越粛正したら西晋どうなるか分からんかったってことはないだろうに…いや本当に分からんかったんだろうか>懐帝

441名無しさん@お腹いっぱい。2019/03/19(火) 12:12:11.87ID:q/Eh74u20
石勒討伐に募兵しても集まらん時点で司馬越は終わってる

442名無しさん@お腹いっぱい。2019/03/19(火) 12:52:50.68ID:12hFJUBi0
つまり西晋は終わってる
司馬越の最期の進軍は建業亡命を目指してたって某ブログ説はどうなんすかね

443名無しさん@お腹いっぱい。2019/03/19(火) 13:28:01.07ID:7JjN4ckL0
司馬熾は英明ってたまに見るんだけどいくらむかつくからってあの状況で司馬越討伐の命令出して
司馬越が病死してから3か月後に捕まってお茶汲み係やらされて死ぬとか最高にフールって感じなんだけど
どこが英明なんや?煬帝や孫酷みたいな小賢しさがあるって意味か?

444名無しさん@お腹いっぱい。2019/03/19(火) 13:34:05.57ID:i0lh6qEE0
石勒に殲滅された20万どっから湧いてきたんや

445名無しさん@お腹いっぱい。2019/03/19(火) 17:43:55.29ID:FfVchSGj0
司馬熾は東魏の孝静帝と被る

446名無しさん@お腹いっぱい。2019/03/19(火) 19:46:41.49ID:12hFJUBi0
>>444
半分以上は官僚とか女官とかだったとか

447名無しさん@お腹いっぱい。2019/03/19(火) 20:04:09.30ID:Yiat8QRw0
建業って司馬[業β]の諱に触れるから建康に改名されてるらしいけど
おおざとがついて別字になってても避諱されるもんなんですね
諱そのまんまの都市[業β]の方が改名を免れてるのは既に晋の支配下じゃなくなってるからだと思うけど
こっちは改名しようとした動きとかってあるんでしょうかね

448名無しさん@お腹いっぱい。2019/03/19(火) 20:16:59.83ID:7JjN4ckL0
>>444
洛陽の大半の人間が若造の皇帝より司馬越について行ったんだな。やっぱ逃避行感あるな

449名無しさん@お腹いっぱい。2019/03/19(火) 22:28:31.47ID:0WL43ofC0
>>447
姚興も長安の長の字が父姚萇の萇の音に通じていた関係で「常安」に改名しているから、建康の改名の経緯もそこまで不自然ではないと思うアルね

450名無しさん@お腹いっぱい。2019/03/19(火) 22:31:38.44ID:0WL43ofC0
>>447
314年に愍帝の諱を避けるために臨漳県に改名してる

451名無しさん@お腹いっぱい。2019/03/19(火) 23:05:03.64ID:0WL43ofC0
東海王越は人から「懐帝(司馬熾)は張方の思惑で立太弟された人じゃないですか、しかも先帝が急死したことについて懐帝を疑う向きもあります。
思いきって廃しちゃいませんか?」と持ちかけられた際に提案した人間を誅しているくらい懐帝を信じていたのに…何と言うか酷い仕打ちだよな

452名無しさん@お腹いっぱい。2019/03/19(火) 23:22:36.36ID:12hFJUBi0
西晋の愍帝とかいうわりとどうでもいい存在のために建業とかいうその後の中国史の中で一二を争うような重要都市の名前が変わってしまった

453名無しさん@お腹いっぱい。2019/03/20(水) 05:56:27.49ID:Q+gY7k9i0
晋書懐帝紀とか読むと司馬越かなり善戦してるのが以外。

劉淵劉聡の戴紀だとたいして苦戦せずに西晋を叩き潰した書き方なのに

454名無しさん@お腹いっぱい。2019/03/20(水) 07:28:21.43ID:pJz+GT8O0
懐帝はどちらかと言うと成都王や河間王に近い人物だからね、東海王を排除しようとしたのも分からんでもない

455名無しさん@お腹いっぱい。2019/03/20(水) 08:11:32.45ID:LKsEqHEA0
司馬越の戦績は立派なんだけど
恵帝を司馬穎なんぞに強奪されてしまったのは痛恨だったな

456名無しさん@お腹いっぱい。2019/03/20(水) 13:17:18.56ID:EFFTUj+y0
>>451
側近問答無用で連れてって殺害は流石にまずいわ。個人としてはあれで絶対殺すマンになるのは分かる
立場を鑑みれば状況考えろってことになるけど

457名無しさん@お腹いっぱい。2019/03/20(水) 17:21:55.61ID:6cyZ83Nm0
>>452
どっちかってとパフォーマンスじゃないか?
「ああっ太上皇かわいそう!(棒)
 太上皇の遺志は継がなきゃ!(棒)
 おっと建鄴とか諱に被っとるな!(棒)」

なお鄴

458名無しさん@お腹いっぱい。2019/03/20(水) 17:47:57.18ID:94IWmqyk0
苟晞と対立しちゃったのもまずいよなあ
結局懐帝と結びついちゃったし

459名無しさん@お腹いっぱい。2019/03/20(水) 17:48:12.23ID:sdV+8GiF0
司馬睿「鄴は石勒とか言うイキリ氐族の本拠やから(震え声)」

460名無しさん@お腹いっぱい。2019/03/20(水) 18:31:30.53ID:AH1RPeeu0
苟晞←「こうき」だとわかっているけど「じゅんき」と読みそうになる。

461名無しさん@お腹いっぱい。2019/03/20(水) 18:40:00.74ID:sdV+8GiF0
苟晞は前半だけみてると有能な酷吏ってだけで極端に有害な人物ではないのに、後半別人のような狂人ぶりなのがいかにもこの時代の人物らしい。

462名無しさん@お腹いっぱい。2019/03/20(水) 18:52:02.88ID:P0A7i0h+0
苟晞討伐を越が命じたけど苟晞がここでめちゃくちゃ抵抗して越の手下をこととごくぶちのめしてしまったせいで洛陽守備の最後の要である越の軍がだいぶ弱ってしまった
そしてすぐあとに越も病死するという最悪の状態で漢の石勒・劉曜がツートップの本格攻勢で潰されるという

463名無しさん@お腹いっぱい。2019/03/20(水) 18:56:02.89ID:QmtMSNHE0
東晋は国勢が振るわなかったみたいな書き方がされることは多いけど
南遷以後から劉宋までの約百年間は領土は増加傾向で
着々と取り戻していくんだね

軍人も文官も領土回復にはかなり積極的なんだよなあ

464名無しさん@お腹いっぱい。2019/03/20(水) 19:10:17.55ID:lQFo5j4R0
東晋は王導や司馬cといった司徒ですら将軍号持っていたし王導に至っては大司馬にすら臨時に任命されて軍権掌握してるし文官と軍人という区分はあんまり意味ないような気がするんだぜ

465名無しさん@お腹いっぱい。2019/03/20(水) 19:11:12.17ID:sdV+8GiF0
東晋(呉+蜀+α)はなんだかんだ言っても三国志の頃と比べると生産力が向上してて三国志の頃と比べると余力があるのが大きい。

466名無しさん@お腹いっぱい。2019/03/20(水) 19:43:42.41ID:P0A7i0h+0
江南の生産力は間違いなく呉の時代からさらに向上してる
田舎と見くびられてた時代がここで終わる

467名無しさん@お腹いっぱい。2019/03/20(水) 19:44:13.32ID:KItSZG500
西晋の自滅と東晋のそこそこ優秀な武将たち見るとお前ら国が滅んでから本気出すのかよって気分になる
まあ西晋の武将も実は結構強いよね、内輪もめが酷すぎただけで、苟晞とか祁弘とかは石勒や王弥を相手にして何度も打ち破ってるわけで

468名無しさん@お腹いっぱい。2019/03/20(水) 19:56:09.35ID:94IWmqyk0
司馬越、王浚、苟晞、劉琨が連携して戦えれば漢を滅ぼせたんやろうか
ワンチャンある?

469名無しさん@お腹いっぱい。2019/03/20(水) 20:00:52.52ID:PJDgzYgZ0
劉淵死亡時の内輪もめに漬け込めなかった時点でなぁ

470名無しさん@お腹いっぱい。2019/03/20(水) 20:08:12.80ID:P0A7i0h+0
その時は劉聡の行動が早かった
まだ頭の回転がまともだった時期

471名無しさん@お腹いっぱい。2019/03/20(水) 20:16:18.22ID:KItSZG500
劉琨の石勒寝返り工作が成功してたらワンチャン
なお石勒と司馬越司馬騰兄弟は宿敵である模様

472名無しさん@お腹いっぱい。2019/03/20(水) 20:36:42.47ID:pc0bp2+N0
石勒勢力の源流は成都王系軍閥だから東海王越とは不倶戴天すぎる

473名無しさん@お腹いっぱい。2019/03/20(水) 21:16:51.91ID:QmtMSNHE0
>“若鞮”とは匈奴の言葉で“孝”という意味である。
当時、漢の歴代皇帝が帝号に“孝”をつけていたため、
匈奴は復株累若鞮単于以降、それを真似るようになった。

前漢初期の頃は中行説らの言葉もあるように弱肉強食の文化だったが
紀元前後にはかなり漢文化の影響が強まってたことがわかる

劉聡も晋に入朝してて漢語も漢服も着てただろうし五胡時代の五胡って
もう相当漢化されてる感じ

474名無しさん@お腹いっぱい。2019/03/21(木) 00:06:05.32ID:69bxUhf/0
実は日本こそが古代中国文明の継承者だったりする
中国人は京都を見ると今は無き唐の長安を思い浮かべるそうだ

475名無しさん@お腹いっぱい。2019/03/21(木) 00:27:08.33ID:DBTfG10z0
鎌倉の禅宗寺院が宋代の様式そのままだから中国人観光客の人気集めてるんじゃなかったっけ。
当時の寺院って中国にはほとんど残ってないらしい。

476名無しさん@お腹いっぱい。2019/03/21(木) 20:49:44.48ID:L8x+305M0
五胡時代の匈奴は、少なくとも名前は漢族と見分けがつかないし
北魏孝文帝の時代を待つまでもなく、すでに高度に漢化が進んでいたのかもしれない。

むしろ鮮卑族が主役になる南北朝時代の方が、孝文帝の治世以外は
胡姓の著名人がガンガン出てくるし、隋の誕生直前まで北朝の公用語は鮮卑語だった。
五胡時代は劉姓を名乗っていた匈奴の独孤部も、結局独孤姓に戻してそのまま隋唐に受け継がれてしまったしね。

477名無しさん@お腹いっぱい。2019/03/21(木) 20:54:35.75ID:L8x+305M0
また南北朝時代は、南朝側は北朝の人間のことを「索頭虜」と呼んでいた。
俗っぽく訳すと、「辮髪野郎」。
もし五胡時代の漢趙がかなり漢化が進んでいたとすると、南北朝時代の北族はむしろ遊牧民の風俗に先祖返りしたのかもしれない。

478名無しさん@お腹いっぱい。2019/03/21(木) 21:18:27.08ID:HoArVjDC0
北魏の急激すぎる漢化に大きな反発があったからね、「胡」のレッテルを貼られた六鎮出身者は特に

西魏→北周は特に「胡化返り」を露骨にやった

479名無しさん@お腹いっぱい。2019/03/21(木) 21:25:06.28ID:F8cxgD+B0
劉裕の簒奪で南朝から大量に亡命者が出たのも危機感煽ったのかも。

480名無しさん@お腹いっぱい。2019/03/21(木) 22:31:44.15ID:1E9BY1UA0
劉、石、苻、姚氏は本土住みやし鮮卑より漢化してるやろう
慕容部も早くから漢文化を受容してる
五胡より北朝の方が遊牧文化強くなるっしょ

481名無しさん@お腹いっぱい。2019/03/21(木) 22:53:01.13ID:KqVN4sdU0
令狐って胡姓かと思ったが一応漢姓なんだな。
呼延は匈奴系だっけ。

482名無しさん@お腹いっぱい。2019/03/22(金) 07:27:02.03ID:fUkuy/s60
>>480
石勒はそこまで教養ないだろ

石虎が劉琨のもとにいたときに漢文化にオルグされてた可能性はあるかもしれない

483名無しさん@お腹いっぱい。2019/03/22(金) 07:33:05.69ID:75yIluAo0
劉琨に親殺されたから劉琨の親殺した令狐泥

司馬勳の養父とは知らんかった

484名無しさん@お腹いっぱい。2019/03/22(金) 18:00:27.88ID:wOxSX0lL0
劉琨というのは拓跋部の勃興と関わっている
北魏の伏線的な役割もあるし、拓跋部への漢文化流入に役割が大きかったのかも

485名無しさん@お腹いっぱい。2019/03/22(金) 20:30:23.58ID:BudP44S80
呼延は匈奴系。
歴史上有名なのは宋の呼延賛。太祖趙匡胤にその武勇を称賛された。

宋は漢族至上主義なところがある割には、胡姓の著名人がちらほら散見される。
秦檜の一派で岳飛を冤罪に陥れた万俟卨という人物がいたが、「万俟」は鮮卑拓跋部の姓。
最後まで漢族の誇りを失わず金に抗った宇文虚中という詩人もいたが、あんたの先祖は匈奴系鮮卑やろw

486名無しさん@お腹いっぱい。2019/03/22(金) 23:33:30.73ID:wiEi5LHy0
>>468

その if における最大の問題点は
「そいつらが分断された理由って石勒」
ってことにあるよな。

つまり、石勒がいなかったら
どうだったのかって話になるわけで、
もはや反三国志の世界。

487名無しさん@お腹いっぱい。2019/03/22(金) 23:34:54.53ID:wiEi5LHy0
>>482
石勒は張賓に調教されてるだろいいかげんにしろ

488名無しさん@お腹いっぱい。2019/03/24(日) 05:32:29.67ID:V3rTKJ4c0
ヤフージオシティーズもう少しで無くなるみたいだな
たけのこさんのとことか
http://www.geocities.jp/takemanma/index.html

489名無しさん@お腹いっぱい。2019/03/24(日) 11:18:20.91ID:cPYDTJqj0
>>488
魚拓とっとこ

490名無しさん@お腹いっぱい。2019/03/24(日) 11:54:08.92ID:vjbQY8N00
えぇ、ここ無くなるのか
そりゃ悲しい

491名無しさん@お腹いっぱい。2019/03/24(日) 18:10:11.86ID:eI4rXZmr0
Yahooはブログなどもサービス終了の時期が迫ってきているし、ネットに永遠のようなものを期待するのも危険だな。
このサイトは2017年で更新が止まっているけど、サイトの記事の原本は主が保持しているだろうけど、別の業者のサービスに移行して続けているということはないのかな?
そうでないとしたらあまりに勿体なさ過ぎる。

492名無しさん@お腹いっぱい。2019/03/25(月) 03:16:21.48ID:U+m/toIR0
石虎の息子らの顛末見てたらお腹がいっぱいになった

493名無しさん@お腹いっぱい。2019/03/25(月) 06:08:57.62ID:NT6r7cy10
>>492
慕容垂死後の後燕なんてそれ以下だぞ

494名無しさん@お腹いっぱい。2019/03/25(月) 21:13:30.59ID:u+xaimgE0
鄭櫻桃が石邃死後に廃位されてフェードアウトしたと思いきや石遵の母親でもあったのは知らなんだ
結局棘奴に殺されるし

495名無しさん@お腹いっぱい。2019/03/25(月) 21:17:13.87ID:qsUbgIBt0
>>494
見た目は最高で頭の中身は空っぽなスイーツ女ってイメージやな

496名無しさん@お腹いっぱい。2019/03/25(月) 22:53:09.43ID:u+xaimgE0
劉曜って酒に溺れなかったら最強だな
冉閔のパパみたいな化け物が負けるとか

497名無しさん@お腹いっぱい。2019/03/25(月) 23:35:56.87ID:iD+AKqDB0
石勒に東を取られてしょぼい漢中以西しかない状態から再び決戦を挑めるとこまで持って行った劉曜は敗者だけど評価されてもいいと思うんだ

498名無しさん@お腹いっぱい。2019/03/25(月) 23:43:39.88ID:d7+q5H4G0
羊献容が生きてたら酒に溺れなかったのに

499名無しさん@お腹いっぱい。2019/03/25(月) 23:52:21.95ID:/94DbB+v0
生きていたら更に悲惨な目にあってたかと思うとあの時亡くなって良かったくらいだな

500名無しさん@お腹いっぱい。2019/03/26(火) 00:52:07.27ID:dlnoGOaP0
つーか劉聡が国力を削りまくったから負けたんだろ

501名無しさん@お腹いっぱい。2019/03/26(火) 07:51:51.82ID:ZSc9Ts680
石勒や劉曜相手に大活躍した祁弘や賈疋が谷から落ちたり霧で迷って捕縛されてあっけなく死ぬのがこの時代の無常さ

502名無しさん@お腹いっぱい。2019/03/26(火) 09:27:50.10ID:P1+8Z40O0
そういつ無常さにリアリティーを感じるは

503名無しさん@お腹いっぱい。2019/03/26(火) 17:35:53.94ID:jtXRbO8N0
石勒って大敗も多いのに何故かすぐ軍備整えて復活してるイメージなんだけど支援者が凄かったんかね

504名無しさん@お腹いっぱい。2019/03/26(火) 17:54:10.26ID:mc9MZYPj0
そのへんも劉邦リスペクト

505名無しさん@お腹いっぱい。2019/03/26(火) 18:05:40.68ID:DM+EQBqF0
>>501その割に石勒は死んでもおかしくないレベルの惨敗何回もしてるのに天寿全うしたからなあ

天運ってやっぱあるんかね

506名無しさん@お腹いっぱい。2019/03/26(火) 19:05:36.42ID:mc9MZYPj0
劉邦も曹操も何度も死にかけてるし光武帝でさえ王郎と抗争してた頃は餓死寸前まで追い込まれたからな

創業者で死線をかいくぐった経験ないのって楊堅くらいじゃ。

507名無しさん@お腹いっぱい。2019/03/26(火) 19:18:28.61ID:GxQwIptp0
>>442
とりあえず東海国目指しただけだろ

508名無しさん@お腹いっぱい。2019/03/26(火) 19:26:56.20ID:GxQwIptp0
>>451
この時皇帝候補は武帝の息子の懐帝か清河王の二人だが清河王は司馬越裏切った前科があるからだろう。

まあ一番の理由は元皇太子の清河王でなくて懐帝選べば定策の功臣になれるからだろうけど。

509名無しさん@お腹いっぱい。2019/03/27(水) 03:47:35.12ID:Fi1T1Q5I0
慕容恪VS冉閔の廉台の戦いとか当代最強の将帥の決戦だけど
三国志にもここまでキャラの立つ者同士の対決はないよな

慕容恪とか孔明と関羽を兼ねるような傑物じゃないか

それに冉閔のほうが胡人で慕容恪のほうが漢人のように錯覚する

510名無しさん@お腹いっぱい。2019/03/27(水) 07:48:20.80ID:6Myd2RWy0
胡人を殺すには・・・俺自身が胡人になることだを体現した男

511名無しさん@お腹いっぱい。2019/03/27(水) 08:06:20.03ID:Jletr4KN0
冉閔が王泰の進言受け入れずに負ける→ありがち
王泰が拗ねて引きこもった後に大勝→面白い

512名無しさん@お腹いっぱい。2019/03/27(水) 08:17:24.69ID:t3wNpaMl0
冉閔は公孫瓚+呂布って感じだけど慕容恪は該当者が当てはまらないよなぁ……

513名無しさん@お腹いっぱい。2019/03/27(水) 08:30:33.91ID:GcGMHWSW0
>>512
そこはやはり周公旦よ
北魏の崔浩は霍光になぞらえていたけど

514名無しさん@お腹いっぱい。2019/03/27(水) 08:32:55.87ID:t3wNpaMl0
霍光なら後の時代だけど多爾袞とかもありから

515名無しさん@お腹いっぱい。2019/03/27(水) 11:09:50.33ID:8+y9bZ/B0
符堅ってあの時代に生まれたとは思えないくらい不思議な思考してるよな

どういう経緯であんな思考になったんだろう

516名無しさん@お腹いっぱい。2019/03/27(水) 11:29:14.43ID:GcGMHWSW0
慕容沖のアナルを開発して五族協和に目覚めた

517名無しさん@お腹いっぱい。2019/03/27(水) 12:23:21.71ID:Jletr4KN0
兄貴殺したトラウマ

518名無しさん@お腹いっぱい。2019/03/28(木) 18:32:45.68ID:g82EPftv0
冉閔は恪が何回猛攻を加えても倒せないから搦め手でようやく排除できたぐらい強い
軍団長としては一級品

政治?聞くな

519名無しさん@お腹いっぱい。2019/03/29(金) 00:36:05.76ID:Xezf/zQy0
廉台の戦いで慕容恪が防御に使った重装騎兵だけど、ここから高句麗に入ったのかな
高句麗騎兵を描いたのには必ず出てくるね
韓ドラだが「広開土太王」の慕容垂、宝、熙が出てくる

両漢から三国時代にはないよね

北魏も重装騎兵を使ってるし、これは漢人ではなく五胡の発明なのか

520名無しさん@お腹いっぱい。2019/03/29(金) 09:01:45.73ID:zjy9dj5E0
慕容格って慕容垂や兄の年齢から察すると死んだのは40台半ばかね

病死なのは分かるけど死因なんだったんだろ

521名無しさん@お腹いっぱい。2019/03/29(金) 11:49:48.90ID:itqgezKg0
やっぱり過労&心労じゃないかと。
前燕は称帝してるせいで二正面作戦(東晋&前秦)を強いられてるから幾ら強くても勢力削り取られるのは目に見えてたし。

522名無しさん@お腹いっぱい。2019/03/29(金) 20:47:11.24ID:4MWI7HIr0
慕容イ「李績はポイーで」

523名無しさん@お腹いっぱい。2019/03/29(金) 21:23:34.11ID:7GYJ404f0
あの時代は早死に多いから別に不思議でもない

524名無しさん@お腹いっぱい。2019/03/30(土) 01:04:16.70ID:R+dN8uny0
この時代なら慕容恪はよく生きたほう
2m近いって昨日死んだ北尾光司みたいな感じか?
現代でもあんまり大きすぎるのは長生きはしにくいよな
慕容廆とか、慕容氏は拓跋氏より長命な傾向があると思う


北魏の皇帝の寿命が短すぎる(でも世代交代はできてる)
12、3歳くらいで子供を作り、20代から30代前半で逝っちゃうんだな

525名無しさん@お腹いっぱい。2019/03/30(土) 12:55:08.95ID:ALbAxpS20
やっばいなぁたけのこ魚拓取っても文字化けしちゃう

526名無しさん@お腹いっぱい。2019/03/30(土) 13:24:26.11ID:mPkWl4jb0
難しい漢字は画像になってなかったっけ

527名無しさん@お腹いっぱい。2019/03/30(土) 14:33:15.31ID:EVNYwvmn0
>>525
とりあえず最優先は祖約
魚拓無理ならWiki記事作って移しとけ

528名無しさん@お腹いっぱい。2019/03/30(土) 18:40:48.94ID:mPkWl4jb0
孔明の石兵八陣って実在したんだな
桓温伝で知ったわ

529名無しさん@お腹いっぱい。2019/03/30(土) 21:48:41.04ID:l/RTZx7Y0
銀英伝の双頭の蛇の元ネタも桓温だし桓温はネタに尽きないよなぁ

530名無しさん@お腹いっぱい。2019/03/30(土) 22:11:26.92ID:CcjGnHUL0
>>528
そのあと桓温が伐蜀でとった戦法が敵領内で孤立しながら成都目指してまっしぐらという脳筋な戦いかただからな
諸葛亮から何の示唆を受けたというのか

531名無しさん@お腹いっぱい。2019/03/30(土) 22:40:53.31ID:lJsooC1F0
欲しい物は粗方保存したが抜けはあるだろうな。惜しいことだ。前の奴は知らん間に消えてたから今回は間があっただけいいが

532名無しさん@お腹いっぱい。2019/03/31(日) 02:49:35.87ID:t46kzJAx0
何回やっても文字化けすっから手動で保存するわ。

533名無しさん@お腹いっぱい。2019/03/31(日) 12:17:51.88ID:VCH2qbpe0
一応全部保存したけど漏れあるかも

534名無しさん@お腹いっぱい。2019/04/01(月) 00:03:47.50ID:J+8Wgqm80
ああ……ついにたけのこ消えた

535名無しさん@お腹いっぱい。2019/04/01(月) 20:22:14.17ID:THM/kpQ90
我が国の新しい元号は「令和」になったな

北魏の元号も、「天平」「神亀」などは後に日本でも使われた

鮮卑語の元号があったとしたら「叱干」「抜賀」「乙破」みたいな感じになりそう

536名無しさん@お腹いっぱい。2019/04/01(月) 22:06:06.84ID:Qm2iAYdM0
「宇宙」南朝

537名無しさん@お腹いっぱい。2019/04/02(火) 02:53:44.14ID:toaR6h3M0
太平神君とか言う中二病あふれる元号

538名無しさん@お腹いっぱい。2019/04/02(火) 03:06:46.86ID:Ha+UW6SP0
四文字年号は厨二感が強いな。

539名無しさん@お腹いっぱい。2019/04/02(火) 22:08:23.02ID:mMBihxqr0
武則天「・・・!」

540名無しさん@お腹いっぱい。2019/04/03(水) 07:54:12.75ID:1gBvfUkr0
清の元号は漢語と満州語の両方があったけど、
五胡十六国から北魏、北周は鮮卑語版など漢語に対応する胡語の元号
は史書に記録されてないよな

541名無しさん@お腹いっぱい。2019/04/03(水) 08:37:15.39ID:Fn31HMYF0
元号は自分たちで決めてたら仮に漢語が由来でも中華から自立してると認識してたんやろ。

542名無しさん@お腹いっぱい。2019/04/03(水) 08:41:14.17ID:gAZCKfic0
>>539
あーたの政権改元しすぎでしょ。
ほぼ毎年改元してるじゃん

543名無しさん@お腹いっぱい。2019/04/03(水) 18:22:44.00ID:1gBvfUkr0
日本も中国も四文字元号は語感がよくて頭に残る
あとベトナムは李朝が四文字元号を多用

544名無しさん@お腹いっぱい。2019/04/03(水) 18:39:43.32ID:7tvt9r+K0
中大通とか言う仏教くさい年号を採用した菩薩皇帝

545名無しさん@お腹いっぱい。2019/04/03(水) 19:05:08.66ID:1gBvfUkr0
三文字元号は梁武帝だけか、と思ったら王莽の始建国があった

546名無しさん@お腹いっぱい。2019/04/03(水) 19:10:18.56ID:7tvt9r+K0
最大は西夏の6文字やぞ(天授礼法延祚)

547名無しさん@お腹いっぱい。2019/04/05(金) 20:27:15.63ID:s0IP88ct0
今でこそ西暦という便利な尺度があるからいいけど
昔はそんなものはなく、元号だけで時代の長さを計っていたわけだ。

三国志でも「漢朝四百年の命運もついに尽きるか」みたいなセリフがよく出てくるが
今のように、紀元前206年〜220年 という捉え方ができず
膨大な数の元号をつなぎ合わせて年数を数えていたんだから、大変だったろうな。

それよりも近代に入ってからの史家が、清朝宣統帝以前の全部の元号をつなぎ合わせて
西暦に対応させる作業をやってたんだから、そちらのほうが大変か。
1〜2年くらい間違えてしまってもおかしくないが。

548名無しさん@お腹いっぱい。2019/04/05(金) 20:43:00.36ID:cm619I3W0
>>547
干支の六十進法で刻んでるから意外と大丈夫だぞ

549名無しさん@お腹いっぱい。2019/04/06(土) 03:00:58.48ID:Kwc7A49I0
そうやね、元号よりは干支でやってたんじゃないかと思う
どうせなら干支1サイクルで元号をつければよかったのにと思う

ちなみに干支を元号にしてしまった西涼
https://ja.wikipedia.org/wiki/庚子_(西涼)


庚子3年=壬寅

550名無しさん@お腹いっぱい。2019/04/06(土) 09:39:07.15ID:n1GnbveG0
西涼って李コウの王朝か。漢族系にしては大ざっぱすぎるな

551名無しさん@お腹いっぱい。2019/04/06(土) 09:52:19.22ID:bEMQlrtW0
資治通鑑の胡注は年の干支を入れてくれてるから親切だよね

552名無しさん@お腹いっぱい。2019/04/06(土) 15:50:52.22ID:XdigsC2u0
西暦みたいな通年を作ろうと思わなかったのかね

553名無しさん@お腹いっぱい。2019/04/06(土) 16:26:04.82ID:MXKpMcWp0
「暦の制定」は支配者の大権とされてたから皇帝から取り上げるってのは難しいわな
西暦だってローマ皇帝とか教会とか王権より一段上の権威の元に定められたのが慣習化したわけだし

554名無しさん@お腹いっぱい。2019/04/07(日) 11:37:56.74ID:UaBI9/HF0
小説世界史もヤフーやんけ!畜生め

555名無しさん@お腹いっぱい。2019/04/08(月) 07:20:29.52ID:JxeaC/Fz0
元号と言えば梁の武帝も結構変わった元号付けてたよね【普通】とかどういう思惑で付けたんだろう?仏教に昏倒してたからその関連かね

556名無しさん@お腹いっぱい。2019/04/08(月) 07:26:22.09ID:b0Ygrr3w0
陳に簒奪された年に「太平」って元号本当に草

557名無しさん@お腹いっぱい。2019/04/08(月) 07:37:55.05ID:MlPDLuMi0
梁の元号は大通りとか中通りみたいなユニークな名称のイメージ

558名無しさん@お腹いっぱい。2019/04/10(水) 21:49:19.28ID:cAce62jm0
4月12日までのpringのアプリ新規登録、せこい奴ばっかだね。
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559名無しさん@お腹いっぱい。2019/04/11(木) 03:23:26.60ID:hZsMaucO0
↑魏晋南北朝時代は讖緯説コピペが流行ったよね。

560名無しさん@お腹いっぱい。2019/04/11(木) 21:23:55.03ID:IQf1gwnQ0
干支と言えば、三国志はちょうど黄巾=甲子だからわかりやすいな

十六国の甲子は…
304年…劉淵、漢王になる
364年…特に何もなし?

561名無しさん@お腹いっぱい。2019/04/11(木) 21:54:09.58ID:u1bxi3OW0
364年は桓温の庚戌土断と哀帝がドラッグを効めて政治執れなくなった年だわね
慕容恪の洛陽攻囲が始まったのもこの年(陥落は翌365年)

562名無しさん@お腹いっぱい。2019/04/11(木) 22:15:08.20ID:IQf1gwnQ0
甲子にやったのに庚戌土断なのか…?
ぐぐってみたら合ってるぽいけど
混乱してきた

563名無しさん@お腹いっぱい。2019/04/12(金) 11:06:57.46ID:8WXXiQOj0
なんとなく東晋の家系図見てたら、初代の息子が8代目皇帝になってたんが・・・
何をどうしたらそういう継承順になるんだ

564名無しさん@お腹いっぱい。2019/04/12(金) 11:40:44.30ID:ZN18kA1E0
>>563
@元帝の嫡子A明帝司馬紹系の皇統がその後B成帝(明帝子)C康帝(明帝子)D穆帝(康帝子)E哀帝(成帝子)F廃帝(成帝子)と続いて
Cの頃から宗室として政権運営に参画してきた元帝の末子会稽王司馬cがDEFの輔政の後、G簡文帝として即位
なお簡文帝は年齢的には甥成帝のひとつ上、康帝の二つ上だったりする

こう書くと司馬cがヤバい人に見えるな

565名無しさん@お腹いっぱい。2019/04/12(金) 12:53:31.44ID:8WXXiQOj0
なるほどなあ
この時代学んでみようと思ったが、
生まれては消えする五胡より東晋中心に見てったほうがわかりやすい気がしてきた

566名無しさん@お腹いっぱい。2019/04/12(金) 13:00:38.21ID:QAatuIJu0
ちょっと後の北朝もびっくりなくらいの東晋諸帝の短命ぶり。
割合長生きの簡文帝とまあ初代の元帝、アレな安帝ぐらいしかわかりやすい個性が感じられない。
東晋の元帝→明帝系→簡文帝系をもう少しシンプルにしたのが中唐・晩唐の憲宗→穆宗系→宣宗系だね。

567名無しさん@お腹いっぱい。2019/04/12(金) 13:12:01.29ID:ctZQIFmK0
唐は公式には暗殺された皇帝2人だけど「もっと殺されてんじゃね?」ってほどオーバードーズ死が多すぎるのが草
流石北魏の後継政権だけあってセックスドラッグバイオレンスが溢れてる

568名無しさん@お腹いっぱい。2019/04/12(金) 13:27:36.13ID:ZxiR1MOR0
元帝はもうちょい何かセリフ残してくれればキャラが形成出来たのに

569名無しさん@お腹いっぱい。2019/04/12(金) 13:53:21.09ID:ZN18kA1E0
元帝司馬睿は劉備孫権に次ぐくらいの傑物だと思っているんだけど世間的には本当に評価辛いわよね

570名無しさん@お腹いっぱい。2019/04/12(金) 13:55:22.68ID:isc6O2Zz0
元帝は「司馬と王はフレンズなんだよ!」って名言があるやろ?

571名無しさん@お腹いっぱい。2019/04/12(金) 18:45:25.02ID:QhL2jIU+0
>>565
東晋は短命幼帝ばっかだから皇帝見てもしょうがないんだよなあ

572名無しさん@お腹いっぱい。2019/04/12(金) 22:55:17.78ID:ofC+tfGQ0
司馬睿が賀斉のひ孫の賀循に言った「お前の一族にたしかノコギリで頭切られた奴いたよな」は畜生だと思う

573名無しさん@お腹いっぱい。2019/04/13(土) 09:15:39.66ID:+iz3ad8W0
司馬睿は母親が夏候氏で祖母が諸葛氏って言う三国志好きからしたらロマン溢れる血統なんだよなあ

574名無しさん@お腹いっぱい。2019/04/13(土) 09:42:31.85ID:hqqUc6/x0
曹魏で唯一残った諸葛誕の一族やからね。
諸葛誕の孫も東晋に仕えてるし。

しかし陸機と陸雲の兄弟って地元から離れたの明らかに悪手だったよなぁ。親父の陸抗から保身術は教えて貰わなかったのか

575名無しさん@お腹いっぱい。2019/04/13(土) 11:42:51.67ID:BTeHalXx0
「晋元帝は… 司馬懿の曾孫、諸葛誕の曾孫、夏侯淵の玄孫、そして曹真の甥の孫だ」

三ファン「おおー」

「そして牛金の息子だ」

三ファン「…は?」

576名無しさん@お腹いっぱい。2019/04/13(土) 12:05:12.03ID:haTkbxHz0
北斉的に司馬睿の出自を貶める事がなんか得があったのか疑問案件

577名無しさん@お腹いっぱい。2019/04/13(土) 13:37:18.26ID:jxmz4KjE0
明治天皇が蜂須賀茂韶侯爵に言った「お前の先祖コソ泥だよな」はそのオマージュだと思う

578名無しさん@お腹いっぱい。2019/04/13(土) 15:17:03.28ID:wrGEo0rI0
>>574
いうて陸抗も魏が怖過ぎたから殺されなかっただけで優勢だったら処刑か憤死不可避でしょ

579名無しさん@お腹いっぱい。2019/04/13(土) 19:59:02.71ID:pIOxP7eA0
徳田本資治通鑑の西晋編はよ

580名無しさん@お腹いっぱい。2019/04/13(土) 20:14:11.20ID:BTeHalXx0
でも元帝牛氏説って、東晋側の書物(具体的には孫盛の晋陽秋)にも書いてるぽいんだよね

当時司馬氏のあとを牛が継ぐっていうオカルトが広まってたらしく、
牛氏だったってのは、disりではなく逆で、
東晋の正当性を示す設定と扱われてたらしいとかなんとか

581名無しさん@お腹いっぱい。2019/04/13(土) 21:11:54.38ID:qaq8Xkxk0
図讖が決して無視し得ない政治上の課題であった時代の話だからねえ

晋恵帝の蝦蟆の話も前提となる讖文を踏まえてないと全く意味が通らない逸話になってるみたいだし

582名無しさん@お腹いっぱい。2019/04/14(日) 00:44:21.81ID:07nE5WUg0
>>577
それ
親が徳川将軍家からの養子で実は蜂須賀正勝の血統ではない蜂須賀茂韶侯爵と
実は母系で蜂須賀正勝の血が入っている明治天皇
今日のおまゆう話

583名無しさん@お腹いっぱい。2019/04/14(日) 06:13:05.86ID:HOxHpHYu0
今の北京語は満州訛がかなり入ってるから
南方の方が古来の中国語をよく受け継いでるとか
石平が言ってたらしいが本当かよ

584名無しさん@お腹いっぱい。2019/04/14(日) 06:48:09.49ID:f4i49pai0
雑過ぎて草
漢族と満州族の人口比率って300対1 やぞ
どうやって影響を与えるんや。清の皇族は女子供でも乗馬強要したりしてなんとか尚武の気風を維持しようとしてもあっさり漢族化(髪型除く)したのに

585名無しさん@お腹いっぱい。2019/04/14(日) 07:18:30.48ID:kxMgFRlx0
今の普通話は二重子音の字が存在しない
例えば日本語で菊(キク)のような二重子音の漢字

今の普通話では[jú](ジュ)だが推定古音では[*kuɡ](強いて発音するならクグ)となっていて日本語の方が古い音を残してる
そして福建省の方言では[kiok]となっていて日本語同様古い形を残していることが分かる

586名無しさん@お腹いっぱい。2019/04/14(日) 09:03:19.12ID:p4qWyJaC0
髪型、服飾、言語の満州化or胡化は決して小さなことではないぞ、大きな影響を受けたのは間違いない

この事実に強いコンプレックスを持つ民族主義者は大陸内外に多数存在する(当然地域差は大きい)
改革開放後、事実上漢族専用の民族文化が喧伝されたこともあり大陸では中年層以下で顕在化
ゆえに石平のようなアンチ中華人民共和国、反体制気分の人間が稀によく利用する

587名無しさん@お腹いっぱい。2019/04/14(日) 09:23:45.79ID:ZxzMQqRQO
>>583
そら所謂普通話は北京官語由来だからその通りだけど、他のはあくまでもその地方中国系言語の継承でしかない。
何時の時代の、どこの地方を以って中国語とするかによって変わるだろうよ。
大体清以前の明のにはモンゴル語の影響があるし、元の前の宋の時点で五代十国の混乱により
隋唐期中央の中国語の発音は一部消滅して中国語の発音が変化してる。
かなり古い中国語の発音(魏晋南北朝期)を継承するのは客家語や日本・朝鮮・ベトナム語の一部。

588名無しさん@お腹いっぱい。2019/04/14(日) 11:01:03.13ID:HOxHpHYu0
もし石平が石勒の子孫だったら面白いな

589名無しさん@お腹いっぱい。2019/04/14(日) 23:13:35.00ID:QhdhCmtg0
日本語の音読みは隋唐期の中国語の発音に近いらしい。
「拓跋」も、現代中国語の発音だと「チュオバ」だが、
現代日本語読みだと「たくばつ」、唐の時代の西域の異民族の発音だと「タグバチ」で
日本語の方が当時の発音に近似している。
(塞外の異民族にとって唐は北魏の後継という位置づけで、ゆえに唐のことを「拓跋」と呼んでいたこともあったらしく、この発音が記録されている)

異民族の侵入に晒されることがほとんどなかった日本は、初期に摂取した中国文化を凍結保存してきた面がある。
昨今話題になった令和も、海の向こうの中国人がむっちゃ反応してるじゃん。
出典がどうのこうのもあるが、本家本元が失ってしまった「元号」を、今でもこの島国が保存しているのが
中国人にとってある意味羨ましいんだと思う。
中国では一時期文革で伝統文化をことごとく否定してきたけど、今はまた古代のロマンに思いを馳せている。

「陛下」「皇太子」「皇后」「皇太后」…中華王朝そのままの単語が現代でも生きてるのは日本だけだぜ。
さらに内親王が「公主」だったら完璧なんだが…

590名無しさん@お腹いっぱい。2019/04/14(日) 23:56:43.13ID:p4qWyJaC0
それは半分正解、半分間違いってところだろうな
中華圏は先進国の“日本”が気になって気になって仕方ないのじゃ
仮に文化保存してんのが後進のベトナムとかなら彼らはほとんど反応しないと思うよ

591名無しさん@お腹いっぱい。2019/04/15(月) 01:12:05.58ID:zjOGkJEVO
>>590
それにベトナムは結構後まで朝貢してきて冊封も受けてるから、尚更軽くみるだろね。

592名無しさん@お腹いっぱい。2019/04/15(月) 02:01:50.33ID:UBtfWpFM0
越南は中国人・漢民族に近すぎるからね、同族嫌悪
加えて日本や国際社会で期待されているライバルなので嫉妬してるところもある

593名無しさん@お腹いっぱい。2019/04/15(月) 03:20:10.11ID:8FMxEe5R0
鮮卑は前燕の時代に慕容恪が漢学の素養たっぷりで早くに漢化してるかと思えば
太武帝が崔浩を国史の獄で誅殺したり、孝文帝の太子が漢化に反発して反乱したり
北周に至って鮮卑復古主義になったり

早くから漢化はしたが、隋になるまで民族意識の反動が定期的に起きている
これだけの期間鮮卑文化と漢文化が並走したにもかかわらず
鮮卑語の資料が残ってないのが意外に思う
突厥みたいにアルファベットを導入したり、漢字の音訳とかの方法とかもあったはずだが

高歓は鮮卑語でも漢語でも指揮を取れたことが記録されてる

594名無しさん@お腹いっぱい。2019/04/15(月) 12:31:13.22ID:0dv+K4bT0
>>590
中華王朝ごっこ続けている精神年齢12歳を誰が羨むかねw

595名無しさん@お腹いっぱい。2019/04/15(月) 18:17:10.75ID:UDF+zHFn0
音写してたら、万葉仮名みたいに字数3倍くらいになっちゃう
日本と違って知識人層もほとんどは漢人だっただろし

596名無しさん@お腹いっぱい。2019/04/15(月) 20:18:05.78ID:C85KtjPC0
北魏の勃興から隋の成立までの長期間、孝文帝の治世など一部を除けば
北朝ではほとんどの期間で鮮卑語が公用語だった。
とうぜん、おびただしい数の鮮卑語の行政文書が発行されていたはずだ。
しかも北魏から隋までほぼ平和的に政権が禅譲され、項羽がやったような王宮の焼き討ちや官吏の大量虐殺など
資料が散逸するような破壊行為はほとんどなかった(と思う)。

なのに鮮卑語の文献が残ってないのが不思議だ。
現在残る当時の資料はみな漢族が漢語で、官や組織などの名称もすべて旧来の漢名で記されているので、当時の実情を表してるとは言い難い。
鮮卑族は勉強嫌いで文官が殆どいなかったのだろうか?

597名無しさん@お腹いっぱい。2019/04/15(月) 21:28:00.85ID:6h30xn4f0
単純に鮮卑の文字はなかったんやろ
仏典だって無理矢理漢語当てはめたとこもあるし

598名無しさん@お腹いっぱい。2019/04/16(火) 05:25:26.17ID:NZ1owiK20
漢文だけど実は鮮卑語で読んでたっていう可能性もありそう
例えば日本では訓読というものがあり、「子曰」って書いてたら「しいわく」って読む
同じく鮮卑人も、文書は漢文、読みは鮮卑語って感じで暮らしてたのかも知れない

599名無しさん@お腹いっぱい。2019/04/16(火) 10:32:03.64ID:ETPBKlNu0
北朝系と南朝系で文書の形式が違うって話もそれが原因じゃないかと。

当時の日本(つか倭国)が隋の文帝に国書突っ返された話も南朝の形式しか知らなくて「物の道理じゃない」発言につながるんじゃ

600名無しさん@お腹いっぱい。2019/04/16(火) 12:21:56.12ID:BziDHatK0
>>599
ごっちゃになりすぎ。文帝の開皇年間の遣隋使は倭国の風俗はデタラメだから矯正してやれと言われただけ

601名無しさん@お腹いっぱい。2019/04/16(火) 13:18:33.82ID:b/59NC3H0
まんま首おいてけを実践する劉裕さん
https://www.google.com/amp/s/m.gsmarena.com/xiaomi_mi_max_4_pro-ampp-9552.php

602名無しさん@お腹いっぱい。2019/04/17(水) 23:43:54.03ID:+lQ7pFJM0
匈奴や鮮卑族って、中原に進出して漢字を学んだとき
自分たちの表記が「匈」「奴」、「鮮」「卑」と、漢族から侮蔑的な漢字を当てられているのを知って、怒らなかったのかな。
(鮮卑の「鮮」は「少ない」という意味で、やはりネガティブな漢字らしい)

女真族は、(「女真」も実は差別的な表記だったらしく)この名称を嫌い、自らを「満州族」と呼び変えた。

603名無しさん@お腹いっぱい。2019/04/18(木) 00:05:10.88ID:iyYX1zrEO
モンゴルの当て字の蒙古だって大概な意味だもんな。
でも何故か中原を制しても清代に旗人化しても、蒙古の名を改めなかったのはなんでだろ。

604名無しさん@お腹いっぱい。2019/04/18(木) 01:10:11.63ID:JLqUkdvn0
韓ドラの「広開土太王」で慕容垂、慕容熙、慕容宝、馮跋、高雲など出てきた。
広開土王の治世はほぼ後燕と北燕に重なってる

鮮卑語と高句麗語がアルタイ語族なら語順はほぼ同じだあるから
バイリンガルも多くてドラマみたいな感じで意思疎通したりできる場面もあったんじゃないかと思う

605名無しさん@お腹いっぱい。2019/04/18(木) 14:00:54.95ID:Rh6Jjdyg0
エルブレスでキャンプ用品

606名無しさん@お腹いっぱい。2019/04/18(木) 19:42:39.23ID:lgT9ifnf0
孝文帝以前の北魏、西魏・北周の言語って


皇族および北族貴族: 鮮卑語

漢族官僚: 鮮卑語と漢語のバイリンガル

中原の庶民: 漢語

こんな感じだったのだろうか

607名無しさん@お腹いっぱい。2019/04/19(金) 01:07:29.64ID:LugIYByP0

608名無しさん@お腹いっぱい。2019/04/20(土) 17:17:30.28ID:jRo/B8uu0
晋玄帝「うちの国は曾孫の代までで、103年しか続かなかったらしい」
魏道武帝「うちの国は一応、曾孫の、曾孫の、曾孫の代まで続いたらしい」
晋玄帝「すげえな 何年くらい続いたん?」
魏道武帝「149」
晋玄帝「回転率おかしくね?」

609名無しさん@お腹いっぱい。2019/04/20(土) 17:18:07.19ID:jRo/B8uu0
玄帝と元帝間違えた…

610名無しさん@お腹いっぱい。2019/04/20(土) 19:23:42.55ID:AtQZEQNK0
北魏の道武帝から文成帝までと劉宋の劉裕から孝武帝まで
よく似た経過
長期政権があって太子に弑逆されてそれを他の兄弟が討って即位とか

でも北魏はそこで滅びず孝文帝で二度目の盛期
北魏はレジリエンスが高かったというか持ってたんだろうな

611名無しさん@お腹いっぱい。2019/04/20(土) 19:34:24.77ID:12KnW/ep0
魏の太武帝と宋の文帝は同時代に生きてその末路がほぼ同じだったあたり凄いシンクロっぷりだと思うわ

612名無しさん@お腹いっぱい。2019/04/20(土) 21:41:37.87ID:jRo/B8uu0
簒奪to簒奪で続いた南朝諸君と
自力で勢力を築いてきた拓跋氏では権威の質がまるで別物ですよ

南は帝が弱れば即潰される
北魏は幼帝でも国は続く

613名無しさん@お腹いっぱい。2019/04/20(土) 21:58:08.52ID:6uj9xV4T0
薛安都の寝返りがなかったら劉宋は普通に続いていたような気がする
薛安都のせいで北魏に奪われた淮北四州の出身者たちが蕭道成の軍事基盤になっていたわけだからね

614名無しさん@お腹いっぱい。2019/04/20(土) 23:57:02.26ID:AtQZEQNK0
それに劉裕が東晋時代に獲得した南燕だった山東地方が薛安都のために北魏領に
けっこう打撃だったはず
それにここで北朝領となった山東半島は南朝を通じて奪回できなかった


薛安都の行動はその後の南朝の領土にも影響を与えた

615名無しさん@お腹いっぱい。2019/04/21(日) 00:19:57.83ID:13WTLpPC0
劉宋明帝が山東半島奪われたことは北魏の南朝への優位性を決定的にしたな
後続のの南斉も梁も六鎮の乱まで北伐どころではなくなった

616名無しさん@お腹いっぱい。2019/04/21(日) 02:32:48.28ID:/GQppZFH0
薛安都って侯景の南北逆版みたいなもんか

薛安都はうまくいったのに侯景は…
侯景は初めは簒奪する気なんてなかったから制御に失敗した梁の失策が大きい

617名無しさん@お腹いっぱい。2019/04/21(日) 11:06:12.64ID:73ukPuY+0
中国ってとにかくだだっ広いイメージがあるけど
それは現在の中華人民共和国が、満洲から内モンゴル、ウイグル、チベット、東南アジア国境の華南まで
版図に入れているから。
もちろん王朝時代もそれに近い領域を勢力下においたことも一時期あったけど
いわゆる「中国」である華北平原は意外と狭く、黄河と長江との南北間の距離は、短いところでは400qくらいしか離れていない。
日本でいうと東京大阪間くらいか?

北朝・南朝というとまるで別世界で、特に北朝は異民族政権だから、見た目も習俗も全く異なると思われがちだが
ここまで近いとなると、あまり両者の差異は無かったのかな?

618名無しさん@お腹いっぱい。2019/04/21(日) 11:56:53.54ID:scV3kOEu0
長安〜建康が東京〜福岡と同じくらいの距離だっけ
意外と距離的スケールは日本と大差ないんよね

619名無しさん@お腹いっぱい。2019/04/21(日) 23:28:56.25ID:Thc2gJLV0
古代中国のスケールは確かにそこまでデカくないね
もしかしたら自然環境の多様性は南北に長い日本列島の方が上かもしれん

基本に言うほど大差がないから
版図や人口経済規模が圧倒的に膨らんだ明清や中華民国が日本に苦戦する

620名無しさん@お腹いっぱい。2019/04/22(月) 00:56:33.46ID:VeOZZneg0
北朝の史書は南朝を「島夷」といってるしな
長江は海でその向こう側は巨大な島という認識だったのか

621名無しさん@お腹いっぱい。2019/04/22(月) 07:21:40.00ID:U7V2bM8S0
北魏「ウチは晋の血を受け継ぐ中華王朝やぞ。劉裕が如き祖父の名もわからぬ貧乏タレとは生まれが違うわ」

622名無しさん@お腹いっぱい。2019/04/22(月) 07:31:02.09ID:HPVGnpsu0
>>614
曹嶷が作った広固城がのちの時代までそこらの要衝になったんだっけ

623名無しさん@お腹いっぱい。2019/04/22(月) 07:53:34.10ID:/NlSzT4s0
廣固という難攻必落の要衝

624名無しさん@お腹いっぱい。2019/04/22(月) 09:20:06.99ID:dI5vGRUC0

625名無しさん@お腹いっぱい。2019/04/22(月) 18:44:41.60ID:VeOZZneg0
五胡から北朝の名城は統万城
太武帝に落とされたけど

626名無しさん@お腹いっぱい。2019/04/22(月) 21:31:32.99ID:soFlFsRI0
北朝は南朝の人間を「島夷」(島国の土人)と呼び、
南朝は北朝の人間を「索頭虜」(辮髪野郎)と呼んでたんだよな

辮髪野郎って、あの孝文帝も辮髪は禁止しなかったのか?

627名無しさん@お腹いっぱい。2019/04/22(月) 21:38:07.82ID:o7IKRDza0
>>622
曹嶷は泡沫の中では長く生きたな

628名無しさん@お腹いっぱい。2019/04/22(月) 23:17:09.44ID:VeOZZneg0
五胡から北朝の名城は統万城
太武帝に落とされたけど

629名無しさん@お腹いっぱい。2019/04/23(火) 05:04:49.97ID:EzRSEXtt0
元を中華王朝とするなら、統一王朝とされてる明は「南朝」で北元は「北朝」
これも南北朝時代といえるのではないか

630名無しさん@お腹いっぱい。2019/04/23(火) 05:18:36.66ID:toN4IlMn0
>>629
北元滅びて以降はどうなるんや

631名無しさん@お腹いっぱい。2019/04/23(火) 06:38:25.97ID:EzRSEXtt0
>>630
中華王朝(征服王朝)だった元の連続である北元を後金が滅ぼす
北元滅亡から清の入関までは北朝は後金で

北朝の覇者に短期間でとってかわった清が南朝の順、南朝残党の南明を滅ぼして
中華統一

632名無しさん@お腹いっぱい。2019/04/23(火) 12:29:49.74ID:4veLk3r50
第三次南北朝時代だな。

第四次が中華民国(北京政府)時代か。
そっちの方はどっちかというと第二次「五代十国」っぽいけど。

633名無しさん@お腹いっぱい。2019/04/23(火) 13:15:37.54ID:Mcb2gmAA0
方孝孺「解せん、大明国は建文の帝の時に滅んだんやぞ?燕賊とか言う北元の走狗が立てた王朝()は大明国とはなんの関係もないんやで?」

634名無しさん@お腹いっぱい。2019/04/23(火) 17:32:03.76ID:Yp01uJgP0
司馬睿「一族で殺し合っただけだからセーフ」

635名無しさん@お腹いっぱい。2019/04/23(火) 20:19:08.01ID:yLy0Ahxx0
劉邦「王全員劉氏にしとけば内乱で誰が勝っても劉氏の天下や! これぞ天才の発想!!!」

636名無しさん@お腹いっぱい。2019/04/23(火) 21:57:21.10ID:7jIUE4hO0
元以前でも
金と南宋で立派な南北朝状態だよ。
でも中国史的には、南宋が正統で金は北方のならず者的なイメージ。
南北朝と呼んで両国を同格に扱うのには、漢族のプライドが許さないのかも。

でも北魏だって異民族王朝じゃないかと言われるかもしれんが
北魏は遊牧民王朝ながら漢化には積極的だった。征服王朝ではなく浸透王朝と呼ばれるくらい。
しかも北魏の完成型が隋唐。この頃には漢族と同化して事実上の漢族王朝と化している。
魏晋の流れを汲むのは南朝で、
隋唐の源流となるのは北朝。どちらも漢族王朝としての正統性があるので、同格に扱われてるのだと思う。

金も、後に統一王朝となる元の先輩格で、こちらも正統性があるけど
どちらも漢族とは同化せず征服者として振る舞い、特に元は漢族を「蛮子」呼ばわりして蔑視したくらいだから
漢族にとっては対北魏のような好意的な見方はできないだろうな。

637名無しさん@お腹いっぱい。2019/04/23(火) 22:09:47.29ID:aNhrCTxk0
漢化した北魏が三十年経たず解体

東魏(北斉)と西魏(北周)に再編

国力で劣る西魏が徹底した鮮卑化政策と軍事偏重政策、突厥との連携等により何とか東魏と渡り合う

西魏がどさくさに紛れて梁の江陵も占領しちゃう

気がついたら東魏西魏ともに簒奪される

北斉滅亡、北周も隋に簒奪される

隋の楊堅が天下を統一、鮮卑化政策に終止符を打ち南朝と北朝との融合を推進する

北魏の正統性ってそこまで重視されとらんやろ
どっちかというと後梁の方が重んじられてそう

638名無しさん@お腹いっぱい。2019/04/24(水) 00:26:05.35ID:bbuHYQ+V0
>>636
どっちかっつーとプライドが許さないんじゃなくてプライドが崩壊する感じでは?
都合が悪いとも言う。
宋まで分裂期認定すると中国=統一国家というイデオロギーが壊れる。

南北朝の北朝も正直言って認めたくはないだろう。
しかし征服王朝を取り込まないと中華民族すごいポイントが著しく減少するのでやむを得ない。

639名無しさん@お腹いっぱい。2019/04/24(水) 00:51:05.89ID:eSTVA+Wj0
南北朝期終盤まで東晋が生き残ってたら北魏も南宋に対する金みたいな扱いになってたかもな

640名無しさん@お腹いっぱい。2019/04/24(水) 07:35:43.05ID:nKY/Ad4x0
北魏は漢化に熱心だし、唐なんか鮮卑だったのを隠そうとするくらいだし
唐代のうちにはお互い異民族って意識は消えてただろう
南北朝が対等に見られるのも当然

対し金の女真族は終始漢人を下に見続けてたからな(実際実力では上だったんから仕方ないが)

641名無しさん@お腹いっぱい。2019/04/24(水) 08:32:35.59ID:24YQHpVJ0
北魏は胡語、胡姓、胡服を禁止し、一時的ではあるが100%漢化した。

逆に金は漢族に被征服の証として辮髪胡服を強制した。清と同じ。

南北朝時代の西魏→北周も確かに鮮卑回帰して胡語や胡姓を復活させたけど
辮髪強制まではしていない。逆に周礼に則る体制を整え、儒者を優遇し漢胡のバランスをとっている。

642名無しさん@お腹いっぱい。2019/04/24(水) 23:42:07.80ID:nKY/Ad4x0
話題を最初>>629に戻して纏めると、
北魏は漢族の王朝とみなせるだけの理由があるから
南北朝という扱いで

元や金は漢族の王朝とみなせないだけの理由があるから
領土を獲られてた扱いになるという

643名無しさん@お腹いっぱい。2019/04/25(木) 00:58:27.53ID:R9bqvoXpO
>>642
となると清は金・元カテゴリーになるけど、でも最後の中央政権を担った王朝だからか完全に金・元みたいでもない。確かに反清復明なんてスローガンはあったけど。
その流れでは正当なる漢族政権は明→中華民国…になるのだろう。

中華帝国?洪憲皇帝?なんスかその厨二ぽいのw

644名無しさん@お腹いっぱい。2019/04/25(木) 01:14:59.78ID:wt9V45M70
確かに清は金と同じカテゴリのはずなんだけど、国際事情が違いすぎるからね
清朝を異国人とみなすと、満州地方その他領有できない土地が多数出てくる

今の中国は、漢族もマンジュも区別せず両方「中華民族」と呼び、
故に清の旧領土は全部我らに領有権があるという基本思想なので

645名無しさん@お腹いっぱい。2019/04/25(木) 04:17:16.17ID:de0mif1H0
「漢」民族の最初の皇帝の劉邦がいきなり冒頓単于に屈従させられてる、
あんまり語られないね
白登山の戦い、あの冒頓単于にしては甘すぎた
一気に劉邦以下皆殺しにするか、金が北宋とか北元が明にしたように皇族を抑留するとか
漢武の遠征までは匈奴側は漢を属国にしてたという認識なんだよなあ

646名無しさん@お腹いっぱい。2019/04/25(木) 06:23:42.72ID:2WTIVhoz0
そらあんまり語りたくないやろ
「漢」民族にとって至高の王朝と言える栄光の西漢帝国があっけなく屈服したなんてカッコ悪い
冒頓>劉邦>項羽ほか有象無象の図式が出来ると楚漢戦争までしょぼくなるし良い事がない

647名無しさん@お腹いっぱい。2019/04/25(木) 07:23:47.42ID:vPeUIZll0
白登山の戦いって突出した劉邦本軍が冒頓に包囲されたのは有名だけど
周勃らの解囲軍が匈奴軍に迫っていたことは結構見過ごされてるよな

648名無しさん@お腹いっぱい。2019/04/25(木) 10:06:32.95ID:FFAry55h0
あと匈奴は灌嬰にも結構やられてるよな。

649名無しさん@お腹いっぱい。2019/04/25(木) 10:14:08.79ID:/YHJ9Pmr0
陳平や婁敬の功績はもちろん重要なんだけど、現代の人たちが白登山を語る文脈において周勃や灌嬰らの作戦を見落としているのには違和感を覚える
劉邦の失敗談としてばかり捉えられていて作戦としては捉えられていないんだろうな

650名無しさん@お腹いっぱい。2019/04/25(木) 16:23:17.02ID:2WTIVhoz0
そりゃ突出した劉邦(または漢軍)の失敗談ってのは間違いじゃないもの
戦国中頃から中華勢力圏に入ってたオルドスと土下座の進呈
それは名将灌嬰や周勃にも匈奴を押し返す自信がなかったことを物語る

651名無しさん@お腹いっぱい。2019/04/25(木) 16:32:12.79ID:A8UjyIFh0
劉邦は皇帝になってからも陣頭に立つの止めなかったのがなあ

大軍預けたら背かれると思って任せられなかったのか

652名無しさん@お腹いっぱい。2019/04/25(木) 16:38:44.90ID:pU2RtjM80
劉邦の場合は信陵君や楽毅リスペクトとしか思えないくらい最前線に出てきているのな
末期の戦国君主は最前線まで出てこないもの

653名無しさん@お腹いっぱい。2019/04/25(木) 16:40:29.41ID:pU2RtjM80
劉邦は君主の生まれではなくて現場からの叩き上げだったから自ら軍を率いる以外の選択肢は取りづらかったんだろうな

石勒がリスペクトするのも理解できる

654名無しさん@お腹いっぱい。2019/04/25(木) 17:12:07.00ID:KsoW3M0+0
英布の時とか自分で行くのめんどいなあと思ったけどお前が行かなきゃやばいよと言われて渋々行ったんじゃなかったっけ

655名無しさん@お腹いっぱい。2019/04/25(木) 17:17:23.96ID:vD+ygWAQ0
そりゃ英布の乱の時は最晩年やったし

656名無しさん@お腹いっぱい。2019/04/25(木) 17:18:02.65ID:wt9V45M70
いい加減劉邦のスレでやれよなんなのお前ら

657名無しさん@お腹いっぱい。2019/04/25(木) 17:20:03.52ID:2WTIVhoz0
軍事力を他人に預けるのは怖いよね

>>652
戦国は末期じゃなくても最前線には出ないだろうな、軍を率いた君主も記録上は少数派

生まれは違うが劉邦は人生の大半を信陵君や楽毅と同じ臣下側で過ごした人間ですからね
まあ信陵君や楽毅も戦傷を負うような本当の最前線にはいなかったかもしれんが

658名無しさん@お腹いっぱい。2019/04/25(木) 17:22:08.50ID:2WTIVhoz0
>>656
すまん、見てなかった

659名無しさん@お腹いっぱい。2019/04/25(木) 19:16:52.92ID:LNm+x3ai0
>>656
満州ネタを振った君が言うのは…

660名無しさん@お腹いっぱい。2019/04/25(木) 19:46:19.70ID:JqZdQmaO0
あ、ここ五胡十六国スレだったのか
ふだんから劉邦スレも覗いてるから、きょうも何気なくスレ開いてここは劉邦スレとばかり思い込んでたw

661名無しさん@お腹いっぱい。2019/04/25(木) 20:18:03.79ID:JqZdQmaO0
契丹、女真、モンゴルのように漢化しなかった異民族に中華を支配されたことに
漢民族は屈辱感を覚えると思うが、
現代中国人にとって、同じ征服王朝でも清はちょっと別なのかもしれない。

なぜならば清朝300年の統治で、近現代の漢民族自体が満洲文化に馴染んでしまい、今ある中国の伝統文化は
すっかり満洲風にアレンジされてしまっている。
言語はもとより、例えば伝統的な中国服も、ゆったりした漢服ではなく筒袖の満州服だ。
清王朝成立の際にあれほど嫌がっていた辮髪も、中華民国成立時に洋髪が導入されたら、漢族でも保守派ほど抵抗して辮髪にこだわったくらい。
現代の漢族にとって、直近の文化的なルーツが明ではなく満洲にあるのだから、
近代に関しては華夷の別というのをあまり意識しないのかもしれない。

662名無しさん@お腹いっぱい。2019/04/25(木) 20:25:33.39ID:MednnZ+H0
個人的には慕容儁はマンチュリア勢力としては比較的短期間で中原に進出してるのが凄いと思う
その割に阿骨打やヌハチに知名度負けてるのがかわいそう

663名無しさん@お腹いっぱい。2019/04/25(木) 20:28:47.30ID:MednnZ+H0
つーか慕容儁、慕容恪は後世の金や後金の先駆けみたいなものなんだよな

664名無しさん@お腹いっぱい。2019/04/26(金) 01:24:46.88ID:MuZ2gKMu0
慕容儁は中原を一時的にでも占領したのは五胡では初めてだけど
前秦、苻堅の存在が大きすぎるからあんまり注目されないのか


それなら漢人政権で初めて胡人政権に服属したのは前涼か?
東晋から後趙に鞍替えしてる
それでも前涼は石虎を撃破したりしてる
外交と戦争を組み合わせて70年以上持ったのはなかなかだと思う

665名無しさん@お腹いっぱい。2019/04/27(土) 06:15:45.15ID:K5voFMrC0
前涼の張氏政権は英仏の狭間のタイのような外交

666名無しさん@お腹いっぱい。2019/04/27(土) 21:54:04.42ID:FScpSasO0
>>664
その役割はどっちかってと西涼やぞ

667名無しさん@お腹いっぱい。2019/04/27(土) 22:36:12.98ID:GWO5Hjpi0
五代十国の「十国」とか十六国の弱小国とかはいろいろ現代への教訓を残してくれそう。
プレジデントが特集してくれないものか。

668名無しさん@お腹いっぱい。2019/04/29(月) 23:42:06.99ID:bXLANyAk0
>>667
呉座勇一氏が「ばっかじゃねえのwww」って切り捨てた視点だな

669名無しさん@お腹いっぱい。2019/04/30(火) 00:22:00.61ID:7KS4DvN00
>>668
他人がバカにした視点を無批判で受け入れて何も考えずに同調するのって最高に頭悪い行為だと思うぞ
自分で思考した上で教訓として歴史を用いることの何が愚かなのか導き出さないと全く意味がない
むしろ呉座某がいないと自分の意見も考えることができないロボットになってしまうのでは?

670名無しさん@お腹いっぱい。2019/04/30(火) 06:50:22.62ID:CPRcb3xg0
異議あり
自分と同じ意見の人の名を挙げることは悪い事ではないだろう
どちらかと言うと、自分個人の考えのみで人を批判するほうが間違いではないかと

いやまあそんな堅苦しい事言う気はないけど、最高に頭悪いとかは言いすぎやろ

671名無しさん@お腹いっぱい。2019/04/30(火) 07:39:44.54ID:prgaqYjX0
なぜ五胡十六国は学校世界史でもサラッと通り過ぎるか、
といったらあまりにも文化遺産が少なすぎるからだろうと思う
小国分立での攻伐続きでも春秋戦国とかは諸子百家があるし
五胡十六国に諸子百家みたいなのがなかったのがあるのかな、と

対して南北朝は文化遺産が多い
書道では北魏の石碑とか、南朝の梁武帝の政治とか…


弱小国だったら…五涼の外交と人士たちとかなかなか味があるテーマかも

672名無しさん@お腹いっぱい。2019/04/30(火) 08:01:06.66ID:iUKKXdbb0
>>671
高僧伝は五胡十六国関連が多い

673名無しさん@お腹いっぱい。2019/04/30(火) 08:12:47.81ID:/sXTHFEB0
>>671
長さが全然違う五胡十六国と春秋戦国を一緒にするなw
つか期間が長いわりに春秋戦国は世界史で空気だぞ、五胡より地味なんじゃないか?

674名無しさん@お腹いっぱい。2019/04/30(火) 14:30:20.99ID:mkO2uLD90
>>671
三国時代並みにキャラ立ちしてる人物が多いぞ。
漢楚戦争期と比べても引けを取らないと思う。

675名無しさん@お腹いっぱい。2019/04/30(火) 18:37:38.36ID:aCV5e0YA0
> なぜ五胡十六国は学校世界史でもサラッと通り過ぎるか

単純に、ややこしすぎるからじゃね?
教わる方も大変だが、教える方も大変だぞ。
中国史マニアでも、ごちゃごちゃし過ぎて把握しきれてない人が多いと思う。

676名無しさん@お腹いっぱい。2019/04/30(火) 19:17:26.74ID:wvazkYkA0
東晋対五胡(後趙・前燕・前秦)
→晋宋革命・北魏の華北統一

ここまで単純化すれば教えれなくもないでしょ
五涼や西秦をカットすりゃそこまで面倒くさくもない

677名無しさん@お腹いっぱい。2019/04/30(火) 19:49:07.37ID:x3NoQgDH0
五涼と西秦と南北燕抜くとだいぶ楽

678名無しさん@お腹いっぱい。2019/04/30(火) 20:53:01.36ID:w3jDyd3e0
前に書いた気もするけど
だいたい華北は
前趙、後趙 → 前燕 → 前秦 →小国乱立
くらいならば追いやすいのかな
簡単な中国史の本だと、このくらいしかあげてないし

679名無しさん@お腹いっぱい。2019/04/30(火) 20:53:53.69ID:DvowEXmi0
そもそも世界史って大きな枠組みで教えることも多いのに
興っては倒れる短命政権が内乱でゴチャゴチャやってる
悪く言えば枝葉末節的な事件をいちいち教える意義がどれだけあるのかってな

春秋戦国がそうだけど教えるなら国家興亡の事件史より文化史かねぇ
鳩摩羅什他の訳経事業と仏教の浸透とか

680名無しさん@お腹いっぱい。2019/04/30(火) 21:03:43.82ID:iUKKXdbb0
石勒という西晋皇室をほぼ皆殺しにし南匈奴左賢王の家系を攻め滅ぼした時代の変革者
西欧で言うならオドアケルにも匹敵する傑物だろう
仏教を国家レベルで取り入れており文化史においても重大なターニングポイントとなる人物

その残党政権とも言うべき前秦苻氏政権は華北統一にも成功しており規模では北魏を凌ぐ
少なくともこの二王朝は世界史で教育されるべきでは

681名無しさん@お腹いっぱい。2019/04/30(火) 23:56:24.77ID:jhfYMgVD0
仏教の東進は諸子百家より重要だしな世界史的にも日本史的にも

682名無しさん@お腹いっぱい。2019/05/01(水) 00:01:14.70ID:ez7I2qRr0
それで行くと鮮卑がフランクなのか

683名無しさん@お腹いっぱい。2019/05/01(水) 00:13:36.63ID:FidJod670
既にぶっ壊れていた古代中国を殺してあげた親切な男・石勒さん

684名無しさん@お腹いっぱい。2019/05/01(水) 02:50:46.66ID:HoYUSjcV0
石勒、石虎と仏図澄の出会いとか意外なものだぞ

685名無しさん@お腹いっぱい。2019/05/01(水) 05:45:52.45ID:8rp3p22O0
>>682
フランクなのは南匈奴と鮮卑慕容部で鮮卑拓跋部はゴート族っぽい。

しかし東西で同じムーブしてるのは草生えるわ

686名無しさん@お腹いっぱい。2019/05/01(水) 06:25:31.39ID:esSyaKVy0
草生えるというか、草も生えなくなったからきたんじゃないかね
当時地球規模の気候変動があったらしく、中央アジアが不毛の地となって
一斉に移動してきたとかなんとか

687名無しさん@お腹いっぱい。2019/05/01(水) 06:51:57.28ID:aFmjadOT0
気候変動ってデータを見かけたことないんだよなあ

688名無しさん@お腹いっぱい。2019/05/01(水) 07:53:33.91ID:HoYUSjcV0
中国の王朝交代と気候変動
http://historyrakusei.bake-neko.net/clima/china_clima.html

689名無しさん@お腹いっぱい。2019/05/01(水) 11:07:00.21ID:zd/FEslI0
これは王猛のポジションですわ
敵対勢力を次々と許して自陣営に加えるスグルは苻堅
https://i.imgur.com/mVzfJYu.jpg

690名無しさん@お腹いっぱい。2019/05/02(木) 23:59:28.24ID:aF3mUb7p0
苻堅は高校世界市でも時間を取ってすると思う
一時的な華北制覇、鳩摩羅什、淝水の戦いと関連が多い

691名無しさん@お腹いっぱい。2019/05/03(金) 05:17:03.23ID:pIosV5bX0
ヒ肥の戦い前の東晋の前秦評ってやっぱ急速にデカくなった弊害で烏合の衆で充分崩せるって感じだったのかな?
あの大勝の後に20年そこらで崩壊する国なのに割と連携取れてるよね?

692名無しさん@お腹いっぱい。2019/05/03(金) 21:15:21.51ID:p7m3liPR0
勝ったから崩壊したとも

693名無しさん@お腹いっぱい。2019/05/03(金) 22:37:13.77ID:I56Mm+bI0
慕容垂は苻堅が勝ったらどうするつもりだったんだろう
敗けた後にも苻堅を保護してるから、苻堅を唆したのは本当に大一統を
早くさせて、自分は苻堅の下で封建されることを考えてたと思う
苻堅を蹉跌させる意思ではないと考える


>>691
簡単に崩せるとかは考えてないと思うな、前秦に敗北する覚悟もしてただろう

694名無しさん@お腹いっぱい。2019/05/03(金) 23:20:09.45ID:tefsvhRV0
内応の約束あるとはいえ八千で渡河して苻融討ち取ったのホント頭おかしい
あんなの予想できんだろ

695名無しさん@お腹いっぱい。2019/05/04(土) 00:14:40.35ID:3fA+KZIu0
謝安のエピソードからしても彼は敗北したときのことを考えてたと思うな
向こう側にも漢人はいるし、東晋の皇族も保護される予定だったから

696名無しさん@お腹いっぱい。2019/05/04(土) 06:27:12.69ID:Y8zsoEhe0
謝安は仮に東晋が負けて降伏しても前秦は領土を維持できないって思ったたんじゃ。

697名無しさん@お腹いっぱい。2019/05/04(土) 08:25:13.71ID:INOuCOet0
>>693
当時の慕容垂は旧燕地域の地元民に担がれた苻洛の反乱を見ていたわけだから
東晋が征服されたとしても江南人たちの反乱が起きる可能性は高いと予想していたんじゃないかな
たぶんそれが自立なり謀叛なりの最後のチャンスと認識してじっと堪え忍んでいたような気はする

698名無しさん@お腹いっぱい。2019/05/04(土) 08:44:32.97ID:Y8zsoEhe0
苻堅って王猛の息子にも背かれてるし基本的に人徳ないよな

699名無しさん@お腹いっぱい。2019/05/04(土) 08:55:13.36ID:cmVXCmgD0
苻堅は簒奪者というところを割り引いても身内から反乱起こされ過ぎ

700名無しさん@お腹いっぱい。2019/05/04(土) 09:22:57.21ID:7QL0GBW40
苻生や苻法の家族をそのまま重用したりいくらなんでも脇が甘いわ。
慕容姉弟(无考と沖)の後宮入り見てても基本的に他人からどう思われるかって感覚が欠如してる感じ。

701名無しさん@お腹いっぱい。2019/05/04(土) 11:28:59.59ID:udI+e9A70
いい意味でも悪い意味でも極端な坊っちゃん理想家だよね
んで本人の才能と能力があり王猛を初めとする部下にも恵まれ目前までやっちゃうという

702名無しさん@お腹いっぱい。2019/05/04(土) 15:27:29.20ID:vry3r1z10
内憂でボロボロにしといて最後の最後だけ団結力を取り戻す東晋の空気読めない感

703名無しさん@お腹いっぱい。2019/05/04(土) 15:49:00.37ID:Uo5uw0RA0
西晋が滅んでから本気出すやつ多過ぎィ

704名無しさん@お腹いっぱい。2019/05/04(土) 16:10:10.38ID:41komKt90
>>702
どこの少年ジャンプだよ

705名無しさん@お腹いっぱい。2019/05/05(日) 04:40:21.67ID:BG58IeFv0
苻堅は袁紹みたいになってしまった
東晋を併吞できてたら唐太宗みたいなポジションになれたのだろうか

唐太宗になるには東晋併吞できた後の治績までの評価となるだろうが

706名無しさん@お腹いっぱい。2019/05/05(日) 06:20:14.46ID:AhVECS2Y0
苻堅が東晋滅ぼしていたら李世民を越えて劉秀や楊堅レベルの創業の名君扱いされていただろうよ

李世民って二代目で李淵から簒奪したようなものなのに何でドヤ顔して「守成は創業より難し」とかほざいているんだろ

707名無しさん@お腹いっぱい。2019/05/05(日) 06:32:49.34ID:xZadLQcy0
苻堅一代で統一してればそれこそ劉秀な趙匡胤と並ぶぐう聖皇帝とか言われてたやろ。
天可汗さんは論外

708名無しさん@お腹いっぱい。2019/05/05(日) 07:17:57.34ID:4a6wqOWe0
>>703
だって西晋ってずーっと内ゲバばっかりじゃん。懐帝が死んだ後ですら内ゲバしてたし。まあ東晋もぐだぐだするんだけども

709名無しさん@お腹いっぱい。2019/05/05(日) 07:24:37.22ID:dAknKqOB0
李世民のやってることが石虎や苻堅より悪辣なのは草
皇太子暗殺・父親幽閉して即位とか五胡や南北朝でもなかなかいなくね?

710名無しさん@お腹いっぱい。2019/05/05(日) 10:04:16.64ID:qOzM3Nx50
アウラングゼーヴみたいやな

711名無しさん@お腹いっぱい。2019/05/05(日) 10:17:52.92ID:aBmYfvoq0
政策で揉めて最終的に簒奪コースなのは似てる

712名無しさん@お腹いっぱい。2019/05/05(日) 11:32:03.16ID:Z/x6ddCy0
>>709
楊広「ワイは皇太子追い落とし、父親暗殺(容疑)で即位やで」

713名無しさん@お腹いっぱい。2019/05/05(日) 12:08:00.25ID:H1vzK88I0
煬帝の親父殺しって隋書にすら書いてないからセーフ

后妃伝にそれを匂わせる記述があるのみ。
楊広(煬帝)が宣華夫人陳氏にセクハラ→宣華夫人が文帝にMetooする→文帝「ちくしょぉぉぉぉ!!長男呼んで来い!!」→楊素が握りつぶす→文帝はそのまま病死(原文は俄聞上崩)親父殺しって言うより死ぬのをただ待ってただけでは

714名無しさん@お腹いっぱい。2019/05/05(日) 13:43:35.90ID:/kPDDsdZ0
その煬帝に協力した楊素が北周時代に宇文護に引き立てられてその後武帝の怒りを買い死罪になる寸前まで行った経歴には得心した

715名無しさん@お腹いっぱい。2019/05/05(日) 18:09:06.64ID:xMt/uEnN0
晋書から国家編集になったんだっけ
いくら北朝からの後継王朝だから余り良くは書けないからって内容もう少し何とかならなかったのかな

司馬懿の首180度回るとかどんな心境で記したのかw(曲がりなりにも晋の高祖w)

司馬炎の統一後の堕落や司馬衷の暗愚っぷりとかも事実なんだろうけど、どこまでが真実なんだろう

716名無しさん@お腹いっぱい。2019/05/05(日) 18:52:06.28ID:dAknKqOB0
そこらへんは安田二郎がだいたい暴いてて司馬衷の暗愚さは誇張されてるのがほぼ確定してるし
司馬炎の後宮拡充もそれなりの背景と楊皇后の理解とバックアップがあったことが明らかにされてる

717名無しさん@お腹いっぱい。2019/05/05(日) 21:07:37.77ID:LgGnI8ib0
司馬師も最初の妻を毒殺したとかかなり悪質なゴシップ書かれてたし、基本的に晋書は司馬家に悪意あるわなぁ


賈南風もネガティブに書かれがちだけど、司馬炎の時代にできなかった老臣と若手の世代交代を引き受けざるをえないポジションをやらされた面もあるし

718名無しさん@お腹いっぱい。2019/05/06(月) 10:03:54.85ID:sjH3Ucp50
そりゃー北魏の後継国家ですからなあ隋唐……
北魏が三国魏からの接続を謳う以上、
基本晋とかクソ扱いになるわな

719名無しさん@お腹いっぱい。2019/05/06(月) 10:25:46.99ID:wKUXjeUj0
おまけに天可汗さんのアイドルの陸機陸雲兄弟が八王の乱に巻き込まれてあぼーんとか司馬家に好意を持ちようがないと言うか

司馬炎には比較的好意的で「温厚にして寛容。感情で家臣を処罰する事がなかった」と書いてるくらい

720名無しさん@お腹いっぱい。2019/05/06(月) 10:30:56.23ID:d/EYJq9y0
晋書の司馬氏の評価

司馬懿 →猜疑心が強く首が180度回るビックリ人間

司馬師→最初の妻毒殺 目の下に大きなホクロがあってそっから長い毛が出てたとか書かれる始末

司馬昭→政治部分は評価されるべき点があるもの、帝殺しの為個人の賛は最悪

司馬炎→統一まではまだまともだが統一後は平和ボケに加え後継者選び大失敗

司馬衷→マリーアントワネットばりのとんちんかんな発言、暗愚さを盛大に書かれる

司馬睿→司馬睿は牛金の一族である

こんな感じだっけ?司馬睿のは魏書からだったか

721名無しさん@お腹いっぱい。2019/05/06(月) 12:24:58.83ID:rJquy21t0
司馬師は容貌典雅って無かった?
あれ晋書?

722名無しさん@お腹いっぱい。2019/05/06(月) 14:23:56.17ID:rstULIh60
司馬氏でも司馬攸や司馬紹とかの評価は変に高いよな
晋書はあまり評価されたもではないな

723名無しさん@お腹いっぱい。2019/05/06(月) 15:57:53.35ID:wKUXjeUj0
>>720
司馬師の目の下ホクロは演義出典やぞ。

724名無しさん@お腹いっぱい。2019/05/06(月) 16:16:19.38ID:d/EYJq9y0
>>723そうだっけ。ごめん
なんかごっちゃになってたわ

725名無しさん@お腹いっぱい。2019/05/06(月) 16:34:14.99ID:0/ufBMix0
天可汗さん晋書で自分で書いた部分って

司馬懿
司馬炎
陸機
王羲之なんだな

王羲之は蘭亭序を子孫から騙しとって自分の墓に持っていくくらいのファンだったらしいけど
陸機はその次くらいだと評価してたんだろうか

726名無しさん@お腹いっぱい。2019/05/06(月) 17:45:10.28ID:L9OLYFlo0
いくら司馬炎の淫蕩ぶりをdisっても李世民が殺害した弟の嫁を後宮に入れた事実までは覆い隠せんからな
長孫皇后とのおしどり夫婦みたいに言われとるけどこんなの暴君ムーヴやんけ

727名無しさん@お腹いっぱい。2019/05/06(月) 17:52:21.22ID:zZJ8l/Lt0
統一事業の主格はあくまで李淵であって李世民は有能な軍司令官どまり
長江流域を平定した李靖・李孝恭、劉黒闥を討った李建成らとはそこまで隔絶してないでしょ

司馬炎に対する著述には統一事業に関する嫉妬が見え隠れする

728名無しさん@お腹いっぱい。2019/05/06(月) 18:01:45.16ID:3+zBj9Ep0
司馬炎の後宮の才人(謝玖)が司馬衷の筆おろしやって司馬遹産んだってエピソードもいかにも「お、オレを畜生と言うか司馬家だって畜生やんけ!」と言いたげな感じなのがもうね

729名無しさん@お腹いっぱい。2019/05/06(月) 18:30:41.49ID:bff2JgCM0
晋書は司馬氏に十分優しい
三国志よりも功績が増えている人もいる
北魏書…

730名無しさん@お腹いっぱい。2019/05/06(月) 21:49:57.05ID:o6nmMq450
晋書は志怪小説などの怪しい話が含まれてるだけで特に別に司馬氏に厳しくはない

731名無しさん@お腹いっぱい。2019/05/06(月) 22:11:06.24ID:g+zJ0nGf0
司馬睿が即位した途端に気が狂ったかのように罵詈雑言のクソレス飛ばしてくる魏書よりは晋書の方が何万倍もまし

732名無しさん@お腹いっぱい。2019/05/06(月) 22:23:18.49ID:fe2JxA810
司馬懿とか晋書のが三国志よりも手柄が増えててよく書かれてると思うけど

733名無しさん@お腹いっぱい。2019/05/06(月) 22:38:01.35ID:g+zJ0nGf0
三国志だと意図的にボカされてる箇所とかあるしな

734名無しさん@お腹いっぱい。2019/05/07(火) 16:03:03.12ID:49R4ltMr0
>>731
魏書だと王敦が無茶苦茶ageて書かれてるの本当に草

735名無しさん@お腹いっぱい。2019/05/07(火) 21:27:45.20ID:4zzqga2s0
北朝史観では、正統な歴代中華王朝は

秦 → 漢 → 魏(曹魏) → 魏(北魏) →…→ 隋 → 唐

という系図をたどるのか。
両魏の間に、途中晋とかいう王朝も入るけど、こいつは曹魏の皇位を簒奪した外道で、
南朝の島夷どもも、この外道の後継で、ろくでなしの連中。
北朝の拓跋さまこそ、正統な華夏の主であらせられるのだ。

736名無しさん@お腹いっぱい。2019/05/07(火) 21:35:08.81ID:4zzqga2s0
しかしはるか後年の宋代になると、
契丹に圧迫され、さらには金に華北を奪われ、自身が南朝になってしまい、
さらには漢族ナショナリズムが強まって、
魏晋南北朝時代に関しては、(純漢族政権の)晋と南朝を中華の正統とするんだよな。

実は宋も突厥系らしいけどw

737名無しさん@お腹いっぱい。2019/05/07(火) 23:06:19.08ID:QohlQCG10
北魏に「東晋の皇族なんか牛金辺りの子孫だろw」と言われる牛金の気持ちを考えろ

738名無しさん@お腹いっぱい。2019/05/08(水) 00:02:06.67ID:tx9NSsiT0
>>735
お前……いいじゃねえかそこは、北周さんだけでも!
結果逆引きの正統史観なんだし、
西魏も東魏北斉もいなくてもセーフ!

739名無しさん@お腹いっぱい。2019/05/08(水) 02:33:40.18ID:g6bXGOuY0
北朝って劉裕簒奪後は南朝からの亡命者相当多いはずなのに東晋DISってるのは草生える

740名無しさん@お腹いっぱい。2019/05/08(水) 06:19:47.99ID:vl6CdIzp0
亡命者からの口コミで史書を書いてそう

741名無しさん@お腹いっぱい。2019/05/08(水) 07:05:59.70ID:/DwJ8pTw0
そういえば拓跋と曹魏ってなんの関係があるんだろ
劉淵は一応劉邦の子孫と言えなくもないから漢名乗ったらしいが
ただの自称後継者?

742名無しさん@お腹いっぱい。2019/05/08(水) 07:23:43.97ID:bj4uArvr0
>>737
東晋の奴らもそれ言ってるし

743名無しさん@お腹いっぱい。2019/05/08(水) 08:32:06.51ID:r2b3rODS0
>>741
三国時代、北魏王室の祖先の拓跋力微が、(曹)魏に朝貢したのが発端らしい。
北魏的には、「拓跋部が曹魏と修好を深めた。よって曹魏が滅びた今、我が拓跋部こそが魏の後継を称すのだ」
ということらしい。

実際の力微は、司馬炎が簒奪した後も、晋に従ったんだけどねw

744名無しさん@お腹いっぱい。2019/05/08(水) 09:14:54.26ID:3uoVBONr0
拓跋力微もそのまま史書を信じたら104歳で没してる訳だけどこれも怪しすぎる
箔を付ける為に盛ってるよね

745名無しさん@お腹いっぱい。2019/05/08(水) 09:42:37.39ID:hJUyYD7U0
どう見ても曹魏とのこじつけのために生年を遡及させているケースでしょ
実際はもう少し遅かったんじゃないかな?

これは劉淵の父の劉豹にも言えることだけど

746名無しさん@お腹いっぱい。2019/05/08(水) 09:44:38.16ID:hJUyYD7U0
力微は三国志には登場してなかったよね、たしか

747名無しさん@お腹いっぱい。2019/05/08(水) 11:47:41.19ID:COFoS5Pn0
唐は鮮卑系
宋は突厥沙陀部と言われているな
完全に漢化しているが

748名無しさん@お腹いっぱい。2019/05/08(水) 12:54:37.79ID:hJUyYD7U0
隋唐の源流は代国周辺強制移住者集団の末裔(六鎮からの流れ者)+関中の漢人大姓という構成になってるから
むしろ拓跋鮮卑の統治エリートたちよりも下部の集団出身ってイメージだわ
鮮卑扱いは単純化しすぎでは?

749名無しさん@お腹いっぱい。2019/05/08(水) 13:39:47.83ID:T91Rrm970
始祖拓跋力微の神元元年は後漢から魏に変わる年で後魏は前魏と天命を分かち合ったことにしてる。

750名無しさん@お腹いっぱい。2019/05/08(水) 18:41:32.61ID:QEx49DlM0
北魏末期に六鎮に残ってたやつは出世コースから外れた落ちこぼれ扱いの掃き溜めだからな、出自は綺麗に遡れん

751名無しさん@お腹いっぱい。2019/05/08(水) 19:44:09.48ID:ovrkNnrh0
洛陽に移住した鮮卑の貴種や漢人エリート官僚たち以外が残ったんだろうから本当に雑多な連中が残ったことになる
下手したら南匈奴や丁零の末裔の方が多かったんじゃないのか?

752名無しさん@お腹いっぱい。2019/05/08(水) 20:03:41.51ID:Hf9o81yE0
一応曾祖父までわかってる高歓と宇文泰が生まれ良さげに見えるくらいやから

753名無しさん@お腹いっぱい。2019/05/08(水) 20:19:02.34ID:ovrkNnrh0
南の梁でも侯景の乱でごっそり上流階級がお掃除されちゃったわけだし
後漢末よりもレボリューションしてる時代だと思うわ

754名無しさん@お腹いっぱい。2019/05/08(水) 22:03:15.09ID:QEx49DlM0
六鎮の乱も出世の道が閉ざされ、田舎者と差別されてるのに日増しに圧力が強まる柔然、突厥から北魏を防衛せねばならない六鎮出身者のフラストレーションが炸裂したのが顛末だからな

755名無しさん@お腹いっぱい。2019/05/08(水) 22:04:08.38ID:r2b3rODS0
洛陽遷都以降に冷や飯食いになってしまったとはいえ
もともと六鎮の軍閥は、帝都(平城)の守護という重大な任務を負い、そのぶん数々の特権や栄誉が与えれらていたからな。
それだけに北族の名門が選ばれ、誇り高き存在だった。

孝文帝の代にはカッペ蛮族扱いされてただろうけど、
鮮卑宇文部の末裔である宇文氏や、単于の家系につながる匈奴の貴種である独孤氏がいたのだから
(北族としては)血統の良い者も多かったのだろう。

隋唐の普六如(楊)氏、大野(李)氏が、貴種なのか、卑賎なのか、鮮卑なのか、匈奴なのか、漢族なのかは分からんが、
両氏が六鎮出身なのは確かであり、その六鎮が北魏末期に暴れ出してから北朝は鮮卑回帰が顕著になったこと、
普六如(楊)氏、大野(李)氏ともに、宇文氏と同様に北族の貴種ある独孤氏と姻戚関係を結んでいること、
さらに北周時代は八柱国、十二大将軍の一員であったことから、
隋唐はきわめて鮮卑色が強い、仮にルーツは漢族だとしても精神的にはかなり鮮卑化された家系と言えるのでは?

756名無しさん@お腹いっぱい。2019/05/08(水) 22:23:00.06ID:MZjdBjDj0
鮮卑とは何かを定義してはじめて隋や唐の宗室が鮮卑系だったかどうか語れると思うんだけど
おそらくここのハードルが一番高い

757名無しさん@お腹いっぱい。2019/05/08(水) 23:14:51.38ID:r2b3rODS0
隋唐の王室及び支配層≒関隴集団
関隴集団は様々な胡族や胡化した漢族など雑多な民族が共存していたが、共通の文化・言語・価値観は鮮卑で、一時は鮮卑復古主義に走った。
ゆえに隋唐は鮮卑系と捉えている。

まぁ、単純に隋唐は鮮卑!というよりは
鮮卑と匈奴のハイブリッド、といったほうが正確かもしれない。
天可汗さんの場合、祖母が匈奴の貴種の独孤氏、母親がオルドス地方の匈奴の酋長の娘でかつ宇文泰の孫でもある竇氏、
妻が北魏の宗室である長孫氏
と、鮮卑と匈奴の名門の血が次々と加わっている。
もっともこの頃には鮮卑と匈奴の差異は無くなり、一様に漢化されていたと思われる。

王室の血筋だけではなく、人材も異民族系が多い。
日本の平城京のモデルにもなった長安の設計者である宇文ト、漢字の発音の標準を定めた陸法言(歩六孤法言)はいずれも鮮卑人、
二十四功臣でも、少なくとも長孫無忌、長孫順徳、尉遅敬徳は鮮卑人で、屈突通も胡族出身。
唐の治世を一時的に停止した武即天も、関隴集団の出身。

758名無しさん@お腹いっぱい。2019/05/09(木) 06:01:10.72ID:QSzYbJd50
>>756
とりあえずこの件について言えば、
鮮卑=漢人でない民族 くらいの意味で使われてると思うけどな

鮮卑以外の異民族だった可能性まで考察する必要はたぶん無いと思うから

759名無しさん@お腹いっぱい。2019/05/09(木) 09:16:05.53ID:HX1d3rMC0
北朝中後期について言えば、鮮卑と匈奴は、
少なくともトップについては
混じり合っちゃってるわな。

言うて拓跋珪もすでに
ガンガン匈奴の血引きまくってるけど。

760名無しさん@お腹いっぱい。2019/05/09(木) 09:26:12.12ID:/ruakMtp0
もっと言うなら宋や斉は拓跋部=匈奴という認識で
鮮卑=慕容部または吐谷渾という捉え方してるからね
「索虜」として北方の王朝を定義しているのは彼らがそれだけごちゃ混ぜになった存在だったからということなのだろう

761名無しさん@お腹いっぱい。2019/05/09(木) 10:06:18.02ID:4yfRbGQV0
非常に大雑把に言えば東の方にいたのが鮮卑で西の方にいたのが匈奴

762名無しさん@お腹いっぱい。2019/05/09(木) 10:10:26.00ID:+edfxthR0
西秦の乞伏って鮮卑だっけ?

763名無しさん@お腹いっぱい。2019/05/09(木) 10:38:09.10ID:dxpdcprp0
>>761
河西鮮卑の禿髪樹機能とか涼州で暴れていたでしょ、乞伏(乞佛)部も鮮卑扱いされてるし
鮮卑/匈奴を東西で区分するのは困難だと思うよ

764名無しさん@お腹いっぱい。2019/05/09(木) 10:46:06.44ID:9N/IfLce0
それは後に移動してシャッフルされたんであって元は東胡由来なのが鮮卑ということなのでは

765名無しさん@お腹いっぱい。2019/05/09(木) 14:02:14.34ID:bYUeI7Xn0
しかし華人の蛮族への呼称の付け方、本当に嫌味くさいなw

766名無しさん@お腹いっぱい。2019/05/09(木) 14:27:53.59ID:7yOIG0y50
人偏ついてるから倭は美称やぞ。

767名無しさん@お腹いっぱい。2019/05/09(木) 15:09:44.94ID:+edfxthR0
蠕蠕とかいうクッソキモい字面

768名無しさん@お腹いっぱい。2019/05/09(木) 17:14:42.28ID:IF6jJXoP0
茹茹はよく意味がわからん
繰り返し系の名前は手抜き感ある

769名無しさん@お腹いっぱい。2019/05/09(木) 17:28:13.51ID:9O/PPwcp0
勃勃

770名無しさん@お腹いっぱい。2019/05/09(木) 20:19:30.58ID:rNP8gNC20
柔然を「蠕蠕」とか「蝚蠕」などと表記して虫扱いしてたのは
主に北朝系の人だったらしいね。

柔然は鮮卑の系統で(大雑把に言えば中原に進出せずモンゴル高原にとどまった鮮卑が柔然)
特に拓跋部と近縁と言われているのに
虫呼ばわりして蔑視するとは、同族嫌悪だったのかな?

771名無しさん@お腹いっぱい。2019/05/09(木) 20:26:19.10ID:Z24c07zk0
略奪を働くクソムシどもってとこだろうよ
少なくとも親近感を持てる関係ではない

772名無しさん@お腹いっぱい。2019/05/09(木) 20:31:39.65ID:BKoQaRTr0
>>770
同族嫌悪というか、ルーツ的に似たようなことをやっていて、けど自分たちはそっから「脱却できた」って思い込みたかったら、封印したい過去を抹殺したい、的な意味でも殺し尽くしたいんじゃないかな。

773名無しさん@お腹いっぱい。2019/05/10(金) 01:02:16.87ID:RopGYoYX0
>>772
インテリ枠中国人や精神的日本人が遅れた中国(人)的なものを攻撃しまくるのと同じやな

774名無しさん@お腹いっぱい。2019/05/10(金) 04:57:20.72ID:RTaVNTUL0
いちおう悪字には、「音写とわかりやすい」という実用上のメリットもあったりする

775名無しさん@お腹いっぱい。2019/05/10(金) 12:23:55.01ID:zpD8AoXjO
>>773
周樹人さんの事とか言うたるなや…

776名無しさん@お腹いっぱい。2019/05/10(金) 23:06:55.74ID:zsQIq+JV0
北魏は柔然の脅威に対処すべく、万里の長城を改築・補強し、辺境に六鎮をおいて帝都を防衛した。
これだけみると 中華vs北狄 の構図だが、実は鮮卑どうしの抗争。

太武帝: 「おのれ蠕蠕め、蛮族の分際で長城を越えて、我が大魏の神聖な国土を侵すとは!」

崔浩: 「あんたらも似たようなもんやろ」

777名無しさん@お腹いっぱい。2019/05/10(金) 23:14:41.05ID:ppPj0iUd0
北匈奴と南匈奴の抗争みたいなものだろ
南匈奴が華北も制圧している状態
そりゃ強えわ

778名無しさん@お腹いっぱい。2019/05/11(土) 07:01:11.61ID:uiAU1bvx0
これ読むと崔浩センセイ胡人だけじゃなくて漢人からもヘイト買ってて草。こりゃ生き残れませんわ
https://repository.kulib.kyoto-u.ac.jp/dspace/bitstream/2433/180040/1/JOR_69_2_205.pdf

779名無しさん@お腹いっぱい。2019/05/11(土) 20:01:59.32ID:1fDadNOa0
現代でもそうだけどエリートにありがちなタイプとして、
優秀すぎて他人への尊敬の念が欠け周囲への配慮ができない、
それで不必要に敵を増やして自滅するタイプだったのかな?
崔浩さんは。

780名無しさん@お腹いっぱい。2019/05/12(日) 08:21:06.34ID:DfBsnpI/0
個人的には崔浩センセイがヘイトを買いすぎて、巻き添えを食らうのを恐れた太武帝が崔浩センセイを切り捨てたように見えなくもない

781名無しさん@お腹いっぱい。2019/05/12(日) 21:19:21.04ID:M3XOK/s30
アスペだろあれ

782名無しさん@お腹いっぱい。2019/05/13(月) 08:25:56.81ID:PITqZ7J/0
ハッセ的なメンタルな崔浩さん
そして面白がって炎上させる漢人ニキと胡人ニキ

783名無しさん@お腹いっぱい。2019/05/14(火) 05:35:10.28ID:xgwzZDPu0
崔浩の欠点がなかったタイプが苻堅の王猛


太武帝と崔浩の組み合わせに比べどっちも能力も度量も数段上だな
王猛が崔浩くらい生きてたら、というのはある

時代的には昔だが典型的な朱子学者崔浩

それと、孝文帝と崔浩の組み合わせだったら?

784名無しさん@お腹いっぱい。2019/05/14(火) 08:17:29.66ID:Jy3fcEGr0
朱子学も後付で変質化してっからなぁ。朱熹自身は論敵(陸象山)ともプライベートでは仲良くしてたり割と度量の広いオッサンやし。

あと崔浩センセイは孝文帝でもやっぱり誅殺不可避じゃね。 
孝文帝からしてみりゃ漢化政策はあくまでも温暖な土地に永住していくための手段な訳やし

785名無しさん@お腹いっぱい。2019/05/14(火) 15:16:29.88ID:6xLDCK+D0
???「暑いからクソだぞ」

786名無しさん@お腹いっぱい。2019/05/14(火) 21:15:01.63ID:wKgs0qXM0
>>725
天可汗さんの筆によるのは、その4人の各巻末の論賛の部分ね
伝全文じゃないよ

787名無しさん@お腹いっぱい。2019/05/15(水) 10:25:46.60ID:LnORZdAm0
>>785
煬帝「江南は良いぞ」

788名無しさん@お腹いっぱい。2019/05/15(水) 14:57:13.26ID:vPMNkWgHO
>>785
乾隆帝「そーだな、江東旅行サイコー」

789名無しさん@お腹いっぱい。2019/05/15(水) 15:21:27.56ID:5D9NmSfJ0
康煕帝「江南サイコーやで」

790名無しさん@お腹いっぱい。2019/05/15(水) 23:44:25.54ID:C9n6nc1S0
逆はないなあ
江南の政権君主が北に巡遊とかは
たいてい北伐になっちゃうな

791名無しさん@お腹いっぱい。2019/05/16(木) 00:33:54.17ID:w6v6r2XS0
宇文邕「長生きして江南行きたかったなぁ」

792名無しさん@お腹いっぱい。2019/05/16(木) 20:44:05.77ID:MCu+ful00
普六如那羅延 「江南? あとは隋国公のこの俺に任せろ。つーかこの奇っ怪な名前を名乗らなきゃいけない現状を何とかしてくれ!」

793名無しさん@お腹いっぱい。2019/05/16(木) 20:50:13.50ID:xMBaUoFSO
>>792
確かに那羅延てインド由来だもんな。
鮮卑語姓+サンスクリット名って…




素敵やん!

794名無しさん@お腹いっぱい。2019/05/16(木) 21:17:11.54ID:zgSBIzt/0
>>791
後寿命が10年あれば十分できただろうに持ってないわ
300年ぶりの栄冠を横から拐われた

795名無しさん@お腹いっぱい。2019/05/17(金) 00:32:56.00ID:0ovz3K+N0
陳後主も再評価してやってほしいわ

彼の無様さこそが慣例だった滅ぼされたほうの族滅を防ぎ、
また高官や貴族の再就職もできて唐末まで続いたんだから。
陳後主がある程度抵抗した後でやっと隋がやっと滅ぼせた
状態だったら南朝文化が消えてたかもしれんぞ。

そこまで考えてはないと思うけど、そこまで読んで井戸に隠れてたりしたとしたら彼は千両役者だよ。劉禅を超える後主だな。

796名無しさん@お腹いっぱい。2019/05/17(金) 00:43:15.22ID:JJcXzDPq0
阿斗ちゃんは跡継ぎの行状の悪さとか見てると演技じゃなくて素なんやろ

797名無しさん@お腹いっぱい。2019/05/17(金) 08:54:01.38ID:VL2JlPUs0
>>792-793
どこにでもいる平々凡々な漢姓名よりずっと格好いいね

798名無しさん@お腹いっぱい。2019/05/17(金) 10:02:51.31ID:15YYCupQ0
堅という名前は孫堅にしろ苻堅にしろヤバみを感じる名前なんだな

799名無しさん@お腹いっぱい。2019/05/17(金) 12:28:25.66ID:W8pgrWby0
日本では堅気なんて言葉があるけど程遠いな

800名無しさん@お腹いっぱい。2019/05/18(土) 02:21:39.68ID:oVchaHrZ0
賀六渾とか黒獺とかギラギラネームでかっこいい

801名無しさん@お腹いっぱい。2019/05/18(土) 02:23:51.85ID:7JivcYif0
焼酎の銘柄にありそう

802名無しさん@お腹いっぱい。2019/05/18(土) 07:20:42.39ID:xvWx7VY60
十六国や南北朝も国号に関しちゃ春秋戦国時代の七雄や諸侯の流用だね
新しい国名を立てる気はなかったんだろうか
民族語の国名も
鮮卑復古政策をやった北周も鮮卑語での国名は伝わっていない

清は満州語でダイチン・グルンだな

803名無しさん@お腹いっぱい。2019/05/18(土) 20:28:21.77ID:Rq9wBD5o0
>>801
赫連勃勃って銘柄はありそうだな。立ち飲み屋があるくらいだし。

804名無しさん@お腹いっぱい。2019/05/19(日) 01:42:44.96ID:2d40XLaB0
>>802
流用ではなく政権発祥の地や公なりなんなりに封じられた土地の名前を国号にしてるから
場所が被れば当然国号も被るってだけの話だろ

805名無しさん@お腹いっぱい。2019/05/19(日) 06:39:08.08ID:fX6tZA+O0
匈奴漢も劉淵が最初に貰った爵位である「漢光郷侯」が元やからね

806名無しさん@お腹いっぱい。2019/05/19(日) 10:12:28.38ID:O0bvYT9l0
五胡は独立前から内地に移住して漢族と雑居したり、朝廷から封建されたりしていたからか。
ガチで塞外から侵入してきた契丹や女真、モンゴルとは違う。

朱元璋はなあ、江南出身だから楚とか呉を名乗ればよかったのに。

807名無しさん@お腹いっぱい。2019/05/19(日) 10:50:19.70ID:LUTrPQkU0
まあ坊主あがりだから、頭とか、ほら多少はね?

808名無しさん@お腹いっぱい。2019/05/19(日) 10:58:51.85ID:1wxQ6Ttk0
光は駄目でも国号の「明」はセーフという

809名無しさん@お腹いっぱい。2019/05/19(日) 13:10:11.34ID:pi65B5Eh0
お前らも「光」の字は避けてるよね?

810名無しさん@お腹いっぱい。2019/05/19(日) 13:20:40.33ID:OgG1iwuS0
たしかに
いつも徐季武表記にするよう気をつけてるわ

811名無しさん@お腹いっぱい。2019/05/19(日) 15:55:57.32ID:oxQgZq6D0
>>807
東昏侯「m9(^Д^)プギャー」

812名無しさん@お腹いっぱい。2019/05/20(月) 00:13:15.33ID:tyJ91VPB0
この時代はどうもマイナーであまり知られていないよな
同じ古代中国史の春秋戦国時代 史記 三国時代は有名なのに
やっぱり漫画やゲームになってないのが理由かな

813名無しさん@お腹いっぱい。2019/05/20(月) 01:40:13.04ID:b4klhl3Z0
キングダム(始皇帝)は有名だけど春秋戦国時代は別に有名じゃないぞ
三国志はコーエー様々

814名無しさん@お腹いっぱい。2019/05/20(月) 04:52:19.26ID:X6CRUmWs0
苻健って何故国号を【秦】にしたんだろう
単にかつての秦が近辺の咸陽を首都にしてたから?

815名無しさん@お腹いっぱい。2019/05/20(月) 07:55:58.64ID:moKmk+U20
>>814
それ以外ないやろ

816名無しさん@お腹いっぱい。2019/05/20(月) 08:30:12.15ID:jh7ancp10
かつての秦も、もともとチベット系の遊牧民だったらしいし
そういう親近感もあったのかも?

817名無しさん@お腹いっぱい。2019/05/20(月) 12:21:12.78ID:a6EDoCNB0
王朝継承の失敗例盛りだくさんで教養にもしにくかったってのもあるかもな

818名無しさん@お腹いっぱい。2019/05/21(火) 07:16:31.65ID:PM4E4lex0
苻堅の宮廷の面々って何語で会話してたんだろうか
漢語でしてたのかそれとも通訳立ててたのか
苻堅と慕容垂の会話が記録されてるけど、氐語はシナチベット語族、鮮卑語はウラル・アルタイ系とされてるから鮮卑人が氐語を話せるようになるには壁があったはず

まあ、漢語でガヤガヤやってたのかな、王猛との付き合いも長かったし

819名無しさん@お腹いっぱい。2019/05/21(火) 07:37:11.61ID:G959gC4o0
>>818
慕容コウの段階で漢語バリバリに使ってて、その孫やぞ 慕容垂もきっちり鮮漢のバイリンガル教育受けてるやろ

820名無しさん@お腹いっぱい。2019/05/21(火) 07:57:38.60ID:1Ri4jw/R0
>>818
苻堅も勉強させてもらってたし一通りの教養はあるでしょ
段夫人NTRのときどんな話をしたのか気になる

821名無しさん@お腹いっぱい。2019/05/21(火) 08:57:47.05ID:x7B0Yppo0
拓跋さん以外は漢語とのバイリンガルだったんじゃねーの

822名無しさん@お腹いっぱい。2019/05/21(火) 08:58:56.85ID:x7B0Yppo0
姚襄や苻朗あたりは東晋で普通に会話していた記録が残ってるし
共通言語は存在していたと思うのよね

823名無しさん@お腹いっぱい。2019/05/21(火) 10:20:56.94ID:JLa/tcif0
清みたいに上流階級はほとんど漢語しかしゃべってなかったかもしれないね

824名無しさん@お腹いっぱい。2019/05/21(火) 10:47:02.44ID:96MA3vBa0
劉淵はもしかしたら漢語しか喋れなかったかも

825名無しさん@お腹いっぱい。2019/05/22(水) 23:13:40.30ID:cwp972ta0
とはいえ、南北朝時代も終盤の6世紀後半になっても
楊堅が実権を握って「漢魏の旧に戻す」までは、華北では鮮卑語が公用語だったんでしょ。

580年頃まで第一言語だった鮮卑語が、600年代のうちに話者が消滅してしまった。
隋唐期に漢化が急速に進んだのか、
それとも北周時代、「鮮卑語第一」がすでに形骸化していたのか。

826名無しさん@お腹いっぱい。2019/05/23(木) 07:27:26.04ID:sCqVx1k+0
周って国名からして儒者に媚びまくってるし実態はやはり漢人か漢化した鮮卑人が中心やったのでは

827名無しさん@お腹いっぱい。2019/05/25(土) 00:03:24.89ID:xhFbsBPP0
焚書坑儒だって下手すりゃ漢の言論統制を秦に押し付けたアレやからな

そこに大正義の太宗ですよ

828名無しさん@お腹いっぱい。2019/05/30(木) 22:22:29.44ID:LIfKQ9Wf0
>>825
北魏あたりからもう7割くらい漢化してて鮮卑らしさが消えてたんだろうなとは思う
前後趙あたりの時は上流階級以外は部族ごとの言語だったが、皮肉にも崩壊と共に現地の支持を得るため燕以外は漢化していった感じか

829名無しさん@お腹いっぱい。2019/05/30(木) 23:19:16.76ID:7P2LrujF0
阿六敦可汗
アルタン・カガン

830名無しさん@お腹いっぱい。2019/05/30(木) 23:21:48.34ID:PqgBMO0P0
スレ違いの質問で申し訳ないのですが
「張騫は大月氏の王に謁見した時何語で話したの(どのように通訳されたの)?」
ってどのスレで聞けばいいんですかね。

831名無しさん@お腹いっぱい。2019/06/01(土) 08:42:52.83ID:vWHrssQO0
>>830
ドンピシャなスレがあったやで
https://matsuri.5ch.net/test/read.cgi/chinahero/1164900413/

832名無しさん@お腹いっぱい。2019/06/01(土) 17:53:07.09ID:OwIvzao20
>>831 dです。

833名無しさん@お腹いっぱい。2019/06/01(土) 22:20:39.04ID:y+S5uud+0
4世紀から6世紀まで漢胡入り乱れた分裂時代が続き、300年近くかけて徐々に胡族の漢化が進んだと思われがちだが
分裂初期の4世紀の胡族は、劉淵、石勒、陳元達、靳準など、漢族と見まごうような姓名を名乗っていたのに対し、
分裂後期の6世紀になると、破六韓抜陵、可朱渾長挙、歩大汗薩、万俟醜奴など、逆に蛮族丸出しの胡名に戻っているのが面白い。

834名無しさん@お腹いっぱい。2019/06/02(日) 06:00:29.79ID:tTzw4rTp0
慕容儁の幼名は賀ョ跋で慕容垂の幼名が阿六敦だったりするわけで
仮にこれらが彼らの鮮卑名だったとするなら6世紀の胡族の連中に負けず劣らず胡風な名前だと思うけどね
慕容恪や慕容コにはそういう鮮卑的な名前が残ってないことを考えると、彼らの母親(高氏と公孫氏)は漢人だった可能性が高いのかも

835名無しさん@お腹いっぱい。2019/06/02(日) 07:16:07.77ID:3Jx1rIWc0
格のオカンの出自は漢人貴族の出か漢化が相当進んだ鮮卑なんやろな

836名無しさん@お腹いっぱい。2019/06/02(日) 23:10:17.43ID:4jViurGQ0
>>834
前者が渤海高氏で、後者が遼東か遼西の
公孫氏の生き残りかな

>>835
だから自分が君主にならず幼い甥の補佐に
徹することができたのだという説あり

837名無しさん@お腹いっぱい。2019/06/02(日) 23:36:36.19ID:IP+QLyqa0
遼の公孫氏って三国志にも出てくる公孫氏の末裔かな?
袁尚が曹操に敗れて僻地に逃げ、烏桓(鮮卑と同系と言われる)の酋長とともに抵抗するも、またしても敗れて更に奥地に逃げ、
遼東の公孫氏を頼ったが、公孫氏は袁尚を斬って曹操に帰順したと。

遼東も漢の頃は、れっきとした中華の領土だったんだよな。
もっとも当時から慕容鮮卑や宇文鮮卑などが進出して雑居してたと思うけど。

838名無しさん@お腹いっぱい。2019/06/03(月) 02:40:30.10ID:xyq1PYMd0
赫連勃勃はそれまで200年くらい劉氏を名乗ってきたのに
赫連姓を創始した経緯が記録されてるな

夏という国名と統万城建設とか胡漢が合わさった気概だな

勃勃は胡語の音訳と思ってたけど勃勃という熟語があるから
赫連姓と合わせて作った漢語かも

839名無しさん@お腹いっぱい。2019/06/03(月) 07:49:01.80ID:UuR9gmUA0
南匈奴には勃蔑種という部族があったから何らかの固有名詞で「勃勃」「勃蔑」という単語があったんじゃないかな
羌渠種と羌渠単于みたいな例もあるしさ

840名無しさん@お腹いっぱい。2019/06/09(日) 09:11:38.15ID:8Av2m84W0
今さら知ったが今期のスーパー戦隊、リュウソウジャーって言うのね
劉聡ジャー…劉宋ジャー…

841名無しさん@お腹いっぱい。2019/06/09(日) 09:55:39.51ID:5SOFrR3u0
劉聡戦隊ものよりは暗黒面に落ちたジェダイ(アナキン)とかのイメージ

元達がオビワン
「漢室を復興させる選ばれし者だったのに!」
https://i.imgur.com/QXSuLYy.jpg

842名無しさん@お腹いっぱい。2019/06/09(日) 21:15:58.35ID:PwDzy6BM0
羌渠部、勃蔑部、攣鞮部

字面からして気持ち悪いんだよな。もっとマシな漢字当ててやればよかったのに。
そこへいくと宇文部は、どことなく文明的でかっこいい。

843名無しさん@お腹いっぱい。2019/06/09(日) 21:49:33.31ID:07o9CfOe0
宇文って草って意味なのは笑う

844名無しさん@お腹いっぱい。2019/06/09(日) 23:56:24.44ID:PpDkLtgc0
宇宙文明の略ではなかったのか

845名無しさん@お腹いっぱい。2019/06/10(月) 19:53:00.40ID:fO6TzJ4r0
宇文、慕容、賀蘭、爾朱、斛律なんかは胡姓でもかっこいい。

拓跋、独孤、呼延は微妙だが、北族の名門としてイメージは悪くない。姓も後世まで残ったし。

羌渠、勃蔑、攣鞮、禿髪、乞伏、拔拔はあかん。
羌渠なんて、文字からして虫みたいだし、攣鞮だとけいれんを起こしそう。

846名無しさん@お腹いっぱい。2019/06/11(火) 00:16:11.57ID:cEXr4so/0
Kindle化された通鑑のちくま版読んでるけど宇宙大将軍の反逆ってどう見ても菩薩皇帝の大局観のなさが元凶だよなぁ。

宇宙大将軍って西魏にも援軍要請してるけど宇文泰からすぐ見切りつけられてるし

847名無しさん@お腹いっぱい。2019/06/11(火) 01:06:57.01ID:tnH1pmnR0
>>845
胡姓でもかっこいいとか、まるで漢姓はかっこいいみたいじゃないか
ヘンテコな胡姓ですらチンとかワンよりかっこいい気がするぞい

848名無しさん@お腹いっぱい。2019/06/11(火) 01:22:47.58ID:Q6f80W2g0
封神演義に巨人がいたけど名前鄔文化だった

849名無しさん@お腹いっぱい。2019/06/11(火) 05:34:26.99ID:MDe/Gamw0
>>847
大野氏「ウチは子孫が世界帝国を建国するで」

850名無しさん@お腹いっぱい。2019/06/11(火) 07:13:43.82ID:mYzoeWSC0
>>846
あいつはもうボケてた。軍事的な判断では孫権にも劣る

851名無しさん@お腹いっぱい。2019/06/11(火) 07:27:19.18ID:MDe/Gamw0
死にかけの高歓にすら判断力で負けてる菩薩皇帝()

やはり長期政権は緊張感なくなるからアカンね

852名無しさん@お腹いっぱい。2019/06/11(火) 07:50:28.72ID:MDe/Gamw0
宇宙大将軍侯景の義理ワン経歴

543年1月30日に西魏に帰順

3月30日に梁に帰順

高澄(素面状態)西魏に和平の使者を送りつつ侯景討伐

侯景、どん詰まりになり西魏に賄賂を送って援軍要請。
(援軍1万と大将軍と尚書令の称号を贈る)

侯景、梁に釈明の使者を出し国境付近へ自軍を置くことを要請
(梁朝は許可)

宇文泰、おかわりを繰り返す侯景に疑心を持ち「あの義理ワンを呼びつけてクンロク入れましょうよ」進言する部下の意見を採用。

侯景、逆ギレし宇文泰と絶縁
(当然、宇文泰は援軍を引き上げる)

高澄、慕容紹宗に彭城に攻め込んで来た梁軍撃退を命ずる。

高澄、梁に「侯景の首差し出したら国交復活やで」と手紙を贈る。

侯景、偽手紙で武帝の真意を探ると武帝が侯景を売り渡した事情が発覚

548年8月10日 宇宙大将軍、梁朝に謀反

なんか書いてて侯景が被害者にみえてきたわw

853名無しさん@お腹いっぱい。2019/06/12(水) 10:00:36.72ID:DDrrcP0x0
菩薩皇帝って政権前半は安定してて南朝最大の経済力あったけど期待してた後継者に先立たれてるわ
政権末期は老害化して滅亡の原因作るわ
あらゆる面でスケールの大きい孫権ってイメージあるんだけど実際どうなん?

854名無しさん@お腹いっぱい。2019/06/12(水) 10:21:03.75ID:BWt/f0Va0
どっちかと言うと玄宗皇帝の先輩じゃね

孫権は呉国内を戦乱に陥れたわけではないし

855名無しさん@お腹いっぱい。2019/06/12(水) 11:08:51.86ID:LJYC/0WK0
先日安史の乱辺りが舞台のドラマをほぼ見終えたのだが、侯景の乱辺りの時期を題材にしたドラマって創られないのかな?
少し後の隋唐の統一に向かっていく時期は人気があるようだし、梁や北魏・西魏はどうも架空もののモデルにはしばしばなっているようだが、北の東西分裂なども含めてこの時期の歴史そのものは題材として人気がないのかな?

856名無しさん@お腹いっぱい。2019/06/12(水) 14:21:53.47ID:qYhT3Vav0
>>855
小説だと、田中芳樹の長江落日賦みたいなのか。

857名無しさん@お腹いっぱい。2019/06/12(水) 20:19:07.65ID:hIWio0Rl0
>>855
ガイエの長江落日賦があるよ。

だいぶ話は抑え気味で侯景が西魏にも通じてた話や菩薩皇帝の優柔不断ぶりとか省かれてるけど

858名無しさん@お腹いっぱい。2019/06/12(水) 20:44:20.94ID:aOZ/kTDk0
>>853
上手く行き過ぎたんだよ、銅資源が尽きて鉄銭に切り替えたら偽物やらが横行して貨幣の信用が崩壊してしまったのがケチの付き始め
インフレやらなんやらでぐしゃぐしゃになって宗教にまた逃げた

859名無しさん@お腹いっぱい。2019/06/12(水) 21:28:13.77ID:8KQPmpBj0
のちの元帝となる湘東王も江陵に引きこもってたから政権担当能力がない人間を必死こいて助けてもって心境だったんだろうな。

860名無しさん@お腹いっぱい。2019/06/13(木) 07:56:05.46ID:Ej7QEQrm0
老年の孫権や蕭衍の為に力を尽くしたいか?と言われるとそんな気にはならんだろうしな

861名無しさん@お腹いっぱい。2019/06/13(木) 09:15:46.92ID:8WZ5QF2T0
玄宗も晩年息子に押し込め食らってるし菩薩皇帝って侯景の乱を鎮圧してもやはりオチは変わってなかったんだろうな。
押し込める人間が侯景から元帝か武陵王に変わっただけで

862名無しさん@お腹いっぱい。2019/06/13(木) 18:46:29.56ID:yr89KGxM0
元帝は身内に敵を作りすぎだな
もう少し他の皇族と融和的に国をまとめて行けばあのような結末になってなかったと思う

863名無しさん@お腹いっぱい。2019/06/14(金) 02:32:22.00ID:ouwapXHk0
そもそも蕭衍が蕭正徳を何度も許して最終的に侯景を引き入れるまでになったわけで
とりあえず向かいはしたけど遠巻きに見守ってる奴ばかりなわけでほぼ八王状態だったんじゃないか?
他の皇族と融和とか無理っしょ

864名無しさん@お腹いっぱい。2019/06/14(金) 06:46:19.70ID:+/F2TtgL0
侯景の乱の時の梁の皇族を見てるとまだ永嘉の乱の時の司馬越って真っ当な振る舞いしてたんだなぁと思うわ

865名無しさん@お腹いっぱい。2019/06/14(金) 07:11:10.13ID:diNF5e1s0
「侯景の乱始末記」復刊の動きがあると聞いてすごく楽しみにしている

866名無しさん@お腹いっぱい。2019/06/14(金) 07:38:36.85ID:xSfjuZNZ0
司馬越の最後の砦感は異常

867名無しさん@お腹いっぱい。2019/06/14(金) 07:49:34.13ID:xSfjuZNZ0
司馬越派
范陽王司馬虓、幽州刺史王浚、新蔡王司馬騰、琅邪王司馬睿

懐帝派
豫州刺史劉喬、江州刺史華軼、青州刺史苟晞

みたいなイメージ

868名無しさん@お腹いっぱい。2019/06/14(金) 09:16:27.20ID:DPLTqOo40
八王の乱最大の戦犯って司馬穎だよな

869名無しさん@お腹いっぱい。2019/06/14(金) 09:42:08.62ID:fzrkaEdO0
司馬穎(文盲)と劉淵劉聡(匈奴でもエリート士大夫扱い)親子だとどっちが漢人でどっちが蛮族なのかわからん定期

870名無しさん@お腹いっぱい。2019/06/14(金) 10:06:22.37ID:ETPBAa7B0
>>868
劉淵が徒党を組めるように取り計らってそのまますぐ死んだからな
死後には汲桑と石勒の挙兵にまで絡む

871名無しさん@お腹いっぱい。2019/06/14(金) 10:12:43.79ID:fzrkaEdO0
司馬穎を凡愚呼ばわりしながら裏で援軍を出す劉淵さん

872名無しさん@お腹いっぱい。2019/06/14(金) 11:03:58.82ID:DPLTqOo40
皇位継承権がある皇族に文盲がやたらといる西晋おかしいよ

873名無しさん@お腹いっぱい。2019/06/14(金) 11:21:35.00ID:fzrkaEdO0
司馬懿が「どろろ」の百鬼丸の親父みたく子孫の才覚を生贄にして自分や息子達や弟達の才覚をチート化したとしか思えんからな、

司馬懿(軍才と農政チート)
弟の司馬孚(内政チート)
嫡男の司馬師(宮廷政治チート)
次男の司馬昭(謀略チート)

あとチート級じゃないけど下の弟の駿もかなり有能。

なお倫とか言うカスも排泄した模様

874名無しさん@お腹いっぱい。2019/06/14(金) 15:32:35.96ID:F+DlP1M20
いや別にチートってほどではないような
そいつらが八王だったとしても西晋終わると思うわ

875名無しさん@お腹いっぱい。2019/06/14(金) 15:42:33.43ID:ouwapXHk0
司馬乂は軍事的な能力には優れてたんだよなあ。司馬&#x9852に誘われたからと軽々に司馬冏を殺してしまって
司馬&#x9852に攻められるというアホなんだけど

876名無しさん@お腹いっぱい。2019/06/14(金) 17:25:46.46ID:6FkVBXkz0
八王の中で司馬乂だけは真っ当な評価なんだよな
他があんまりなだけかも知れんが

877名無しさん@お腹いっぱい。2019/06/14(金) 18:43:32.70ID:r3gZFwx00
乂は相当強い
まんまと逆賊の汚名を被って大軍団に討伐されるだけのはずだったがその討伐軍を粉砕してしまった

878名無しさん@お腹いっぱい。2019/06/14(金) 18:48:03.65ID:pbIFJnjK0
>>873
チートじゃないじゃん

879名無しさん@お腹いっぱい。2019/06/14(金) 19:19:19.68ID:kW8m6SPX0
>>873
わざと大仰にageて否定を待っている荒しと見た

880名無しさん@お腹いっぱい。2019/06/14(金) 21:30:15.74ID:ouwapXHk0
司馬越は西晋最後の守護者感あるけど司馬乂を売り飛ばして殺された後司馬乂の旧臣を使って戦い敗北、
皇帝を虜囚の身にした後捲土重来して戦争続けて若いのを一掃して新帝の側近も殺すとか
ただのワンマンマッチポンプなのでは?と思う。司馬乂か司馬穎が勝ってればもっと長生きしたやろ年齢で考えれば

881名無しさん@お腹いっぱい。2019/06/15(土) 09:06:09.40ID:CQ4EezSU0
乂はともかく穎はなぁ……

882名無しさん@お腹いっぱい。2019/06/15(土) 10:05:01.06ID:cKiiqXdp0
穎は倫と同じように他人に煽られて使い捨てにされそう
南匈奴の長老格が劉淵に「あんなボンクラ見捨てて早く帰ってこい」と急かしたのも政争に巻き込まれて親子共々殺されるとか予想したからじゃ

883名無しさん@お腹いっぱい。2019/06/15(土) 11:02:56.36ID:NUlx2txe0
「異民族は分割して結束させない」という先人の知恵を完全に崩壊させたのは司馬穎だからそういう意味では罪は重い
この荒れ具合では遅かれ早かれそうなったとは思うがね

884名無しさん@お腹いっぱい。2019/06/15(土) 13:41:35.58ID:eOJHZIEW0
途中までは良かったがやはり若さか司馬乂殺しに協力してしまったのが悪かったな
盧志に従っとけば良かったのに健気に尽くした盧志哀れ

885名無しさん@お腹いっぱい。2019/06/16(日) 07:45:31.89ID:DprUyUu90
盧志は陸機陸雲兄弟とのエピソードで悪役にされがちだけど当時の華北や中原の人間はアレがデフォやろ。

後の宇宙大将軍も「呉児」だの「呉のジジイ(梁武帝)」だのdisってたし

886名無しさん@お腹いっぱい。2019/06/16(日) 17:33:28.17ID:7zetpGm30
かくれんぼつぼつ って
中国語ではどのように発音するのかな

ホァリェン ブォブォ

みたいな感じ?

887名無しさん@お腹いっぱい。2019/06/18(火) 06:48:39.90ID:A+PK+bKj0
乱世→
統一するも短命→
安定王朝がパターンなのに
そこから乱世まで戻した司馬さんは流石だよな

888名無しさん@お腹いっぱい。2019/06/18(火) 08:46:00.96ID:tc1GrKzi0
いやまぁ司馬さんは偶然そのタイミングにいただけだと思うがな……
後漢ごろからとっくに五胡たちは助走始めてたわけだし、慕容とかも

889名無しさん@お腹いっぱい。2019/06/18(火) 08:52:03.72ID:v/ekkDhC0
西晋のおかげで乱れたら早めに終結させようってなったんじゃないか?どこにとっても悪夢の泥試合状態だろ
五胡〜南北朝くらいの長期の乱世ってそれ以降ないし

890名無しさん@お腹いっぱい。2019/06/20(木) 01:49:31.49ID:LXlxHqqu0

891名無しさん@お腹いっぱい。2019/06/20(木) 22:31:35.30ID:3L5S40g00
>>889
そういう風桶理論で褒めるのは無理筋やろ

892名無しさん@お腹いっぱい。2019/06/23(日) 17:14:40.69ID:0pPnok9m0
>>888
何回か指摘されてるけど後漢安帝の時点で大規模反乱起きて首都陥落寸前まで追い込まれてるからなぁ。

反乱軍のリーダーに檀石槐みたいな奴がいたら華北は匈奴と鮮卑の手に落ちてたんじゃ

893名無しさん@お腹いっぱい。2019/06/24(月) 08:22:31.09ID:OhEKbUGS0
隋唐 「わしら鮮卑・匈奴の連合政権や」

894名無しさん@お腹いっぱい。2019/06/24(月) 09:38:02.72ID:aL+F/0Of0
海西の菩薩天子「ウチは楊震センセイの末裔やぞ」

天可汗「ウチは李信将軍の末裔やぞ」

895名無しさん@お腹いっぱい。2019/06/24(月) 14:32:14.38ID:uMMZElvb0
詐称するにしても将軍の子孫って微妙じゃない?しかも負けてるし

896名無しさん@お腹いっぱい。2019/06/24(月) 17:49:14.06ID:34+6dUBT0
>>895
てんかんさんは漢民族を詐称するためよ

897名無しさん@お腹いっぱい。2019/06/25(火) 06:53:39.91ID:goNOn+Fy0
李信の子孫、それすなち老子や李陵の子孫でもあるというコトヨ

898名無しさん@お腹いっぱい。2019/06/25(火) 08:10:40.60ID:ibT4RJAp0
李ロの子孫ってだけならワンチャン…ある?

899名無しさん@お腹いっぱい。2019/06/25(火) 14:19:19.14ID:zGOnRS2s0
必要なのは仏と儒と三者鼎立の格好ができる老子の看板だけやろな
天下に信じてくれる人はいなさそうだが
残念ながら李信さんのことは誰も意識していないだろう

900名無しさん@お腹いっぱい。2019/06/25(火) 15:19:02.05ID:4ywqr4WL0
儒教(ロウ)と仏教(カオス)と道教(ニュートラル)の三身合体やぞ

901名無しさん@お腹いっぱい。2019/06/25(火) 20:24:05.98ID:R2a4QEDEO
>>899
玄宗さんが道教狂いになり丹薬服用で後の皇帝達も次々コロコロしてるので、実際信じて採用してたのは老子末裔説だけだった模様。

902名無しさん@お腹いっぱい。2019/06/26(水) 06:37:38.26ID:NgLJ/xFB0
筒井康孝
「玄宗の未来」

903名無しさん@お腹いっぱい。2019/06/29(土) 14:54:23.83ID:gOyZbzMr0
前秦の郭慶に郭神虎とかいうカッコいい別名有ったん知らんかったわ

904名無しさん@お腹いっぱい。2019/06/30(日) 08:13:58.61ID:w2Fi+GlOO
祟り殺された皇帝

苻堅を弑殺した姚萇だが、晩年はとびきりの悪夢に悩まされてたという

ある日の夜、就寝中の姚萇は苻堅の怨霊に叩き起こされた
苻堅は天帝の鬼兵を率いており、逆賊の命を奪ってやると咆哮した
錯乱した姚萇は「どうかお許しを!陛下を弑殺したのは兄の姚襄めでございます!」と命乞いした
宮人が槍を投げたところ誤って姚萇の急所に命中した
苻堅と鬼兵は逆賊め急所だ助かるまいと喜ぶとかき消えた

夢かと思い目が覚めると、急所が腫れあがっていた
姚萇は急激に体調を崩して苦しみながら亡くなった
最期まで苻堅に命乞いしながら

905名無しさん@お腹いっぱい。2019/06/30(日) 22:16:08.52ID:8ZLtoEhU0
これなんで姚襄に罪なすりつけようとしたんだろ

906名無しさん@お腹いっぱい。2019/06/30(日) 22:42:36.64ID:w2Fi+GlOO
>>905
とっくに死んだ兄貴に濡れ衣着せて命乞いをする皇帝陛下って…
すごくカッコ悪いよね…

907名無しさん@お腹いっぱい。2019/07/01(月) 02:30:51.85ID:fQ33pWHe0
催眠術か…

908名無しさん@お腹いっぱい。2019/07/01(月) 16:49:02.93ID:9+jFkNTt0
この時代後継が上手く行かないのはデフォだから特別責められることじゃないが姚萇も姚興も死に際がぱっとせんな

909名無しさん@お腹いっぱい。2019/07/01(月) 21:41:59.07ID:B1GbJx4g0
苻堅の像を作ったけど特に効果がないから苻登の陣に像の首を送りつけるとかもカッコ悪い

910名無しさん@お腹いっぱい。2019/07/02(火) 08:01:23.47ID:dqXk7kPV0
>>23
楊修「みんな忘れがちだが俺も楊震センセイの子孫やぞ」

911名無しさん@お腹いっぱい。2019/07/02(火) 09:51:06.93ID:0wgX2nf50
楊佺期「楊震センセイの子孫でワイを忘れるとかありえへんから」

912名無しさん@お腹いっぱい。2019/07/02(火) 11:52:17.40ID:ofijhF8k0
「鶏肋」の意味を勝手に解釈して撤兵を指示し
曹操の逆鱗に触れて処刑されたあの楊修先生ですか

913名無しさん@お腹いっぱい。2019/07/02(火) 12:38:25.03ID:8vVhbOj00
劉琨との戦いで石越が戦死するけど劉琨の字は越石なんだな

どうでもいい

914名無しさん@お腹いっぱい。2019/07/02(火) 14:38:41.06ID:3dsZYkd/0
どうでもいい気付きのおかげでそいつのことを覚えたりする

915名無しさん@お腹いっぱい。2019/07/02(火) 21:54:16.35ID:onrBkjsM0
>>906
何回か姚襄が悪いって言ってるんだよな
兄貴のこと、実は嫌いだったのでは?

916名無しさん@お腹いっぱい。2019/07/03(水) 11:43:18.97ID:Y6R1d5uN0
この時代の概説書だと慕容垂と姚萇が符堅に南伐勧めたっていうけど表立って賛成してたの慕容垂だけじゃね?

917名無しさん@お腹いっぱい。2019/07/03(水) 17:48:57.69ID:VbzD6bGa0
慕容徳って慕容垂よりデカかったんだな

918名無しさん@お腹いっぱい。2019/07/03(水) 21:03:54.58ID:zWDqTF7T0
>>915
嫌いな兄貴に戦場で馬譲ったりするかなぁ?

919名無しさん@お腹いっぱい。2019/07/03(水) 22:31:27.90ID:vykRET4S0
>>918
年を重ねて、憎い気持ちもわいてきたのでは?
ホントに恐ろしいと思ったときに発する言葉は本音ではないかと思う

920名無しさん@お腹いっぱい。2019/07/04(木) 19:40:20.47ID:vO8TTnqv0
姚興はやっぱり苻堅を意識して育てたんだろうか
子供は思い通り育たないのが世の常だから
姚萇は子育ての才能だけはあったのかもしれない

921名無しさん@お腹いっぱい。2019/07/04(木) 20:29:24.39ID:gMI/4htv0
子育て才能のあった君主・・・天可汗さん?

922名無しさん@お腹いっぱい。2019/07/04(木) 21:29:27.77ID:iHnegNXP0
三つの王朝の開祖を輩出した慕容皝が一番の子育て上手なのでは?

923名無しさん@お腹いっぱい。2019/07/05(金) 07:14:37.73ID:ye3aZw2+0
>>922
ほっとかれたやつが一番スペック高くない?

924名無しさん@お腹いっぱい。2019/07/05(金) 08:07:16.88ID:6IuJgoPD0
慕容納ェ…

925名無しさん@お腹いっぱい。2019/07/05(金) 19:21:32.24ID:QFhj08iW0
五胡十六国の初心者なんだけど
太武帝について調べようとしてググッたら
太武帝 イデオン って関連に出てきてなんだこれ?って思ってイデオンをググったら
なんかすごいアフロの男が出てきた

もしかして太武帝はアフロだったのですか?

926名無しさん@お腹いっぱい。2019/07/05(金) 21:07:24.82ID:HfZPssBa0
グーグル先生が仙丹を服用して不予となられたのだろう

927名無しさん@お腹いっぱい。2019/07/05(金) 21:36:32.43ID:KOFRkf9W0
今見たらふたばでスレが立ったのね
「何もかもをぶっ壊す」からイデ、ってことか?

928名無しさん@お腹いっぱい。2019/07/06(土) 00:14:41.66ID:1Ao7JWLs0
太武帝は南朝にとって恐怖の大王であるが
お釜に頃されたバカでもある

929名無しさん@お腹いっぱい。2019/07/06(土) 01:35:28.58ID:X+R6c8TB0
ホントは宮廷クーデターで太武帝を排除して文成帝一派が宗愛にヨゴレ押し付けた説を唱えてみる

930名無しさん@お腹いっぱい。2019/07/06(土) 20:13:37.06ID:gbnq+6lv0
太武帝はアフロではないが、辮髪だった可能性はある。
結果的にアフロみたいな髪型だったかも?

https://img.cinematoday.jp/a/N0069228/_size_640x/_v_1418959836/main.jpg

931名無しさん@お腹いっぱい。2019/07/06(土) 20:36:46.37ID:Pa/DIwlJ0
平城から遷都しなければ

932名無しさん@お腹いっぱい。2019/07/06(土) 21:26:54.71ID:djF407vYO
>>930
いやそこは古代では人為的にアフロは困難なんだから、ドレッドヘア…ってあれ?何か最近のなんちゃって古装劇みたいになるな。

933名無しさん@お腹いっぱい。2019/07/07(日) 08:32:18.01ID:EQsjrOkq0
孝文帝は、胡服と胡姓と胡語を禁止したのに
胡髪(辮髪)は禁止しなかったの?

漢族視点では、髪型こそが文明度を測るのに最も重要な要素じゃん

934名無しさん@お腹いっぱい。2019/07/07(日) 11:23:47.09ID:1/dMiQQd0
前秦は無理でも
北魏の頃には、華北の住民も北朝の支配に抵抗感なかったのかな?

935名無しさん@お腹いっぱい。2019/07/07(日) 11:54:46.70ID:01lbIfmn0
太武帝の殺害事件は勿論、他にもゴタゴタはあったし、幼帝また幼帝が続いたりもあったのに、よくもまあ内乱になったり簒奪されたりが6世紀半ばになるまで無く、拓跋氏の皇統が支えられてあんなに長く続いたものだな。
他の北方諸国はカリスマがいなくなるとすぐゴタゴタし出してほぼ一瞬で消滅してしまったのにね。

936名無しさん@お腹いっぱい。2019/07/07(日) 16:15:54.60ID:LnkNnfWa0
北魏になってから漢人名族との通婚が奨励されてたのが大きかったんじゃ

司馬一族なんてそれで延命できたわけだし

937名無しさん@お腹いっぱい。2019/07/07(日) 16:37:39.64ID:yAa5khetO
拓跋部は何故漢人に受け入れられて長続きしたのか
永嘉の乱で漢人虐殺に関与しなかったのが大きい
それどころか、西晋側の救援要請に応じたりしてる
漢人から拓跋部は今までの胡よりましだと思われたのでは?


これは余談になるけど、後趙の皇族の一部は滅亡後に東晋に逃れた
東晋の人々は先祖が石勒と石虎に虐殺されたことを忘れてなかった
これ幸いにと一網打尽にして、虐殺の罪で都で処刑したという
史書にも「これをもって石氏は断絶した」とはっきり書かれてる

938名無しさん@お腹いっぱい。2019/07/07(日) 17:13:32.96ID:eywkBWo00
石勒に可愛がられた石苞の子孫も殺されてたら笑う
冉魏滅亡時に死んでるか

939名無しさん@お腹いっぱい。2019/07/13(土) 22:49:36.75ID:Yw4e3pC00
Wikiで北魏の歴代皇帝の生年月日を続けざまで調べると
皇后が皇帝の長男産むときの皇帝の年齢がヤバすぎて笑うw

一代だけなら、そういうこともあるかなーって思うけど
4代続けざまで未成年だと、国家ぐるみでおねショタ強いてるよなァw

940名無しさん@お腹いっぱい。2019/07/14(日) 18:21:55.17ID:DcSfWHA+0
本願寺顕如「おねショタとは胡族はキモいな」
武田信玄「おねショタとかにうつつ抜かすから国が亡ぶんだよ」

941名無しさん@お腹いっぱい。2019/07/15(月) 03:35:13.71ID:7ZueY3tI0
北魏献文帝 生年 454年7月

李皇后 生年 450年?
長男 孝文帝  生年 467年10月13日 ※父13歳 母17歳

942名無しさん@お腹いっぱい。2019/07/15(月) 22:07:27.03ID:iehxeCwR0
マジレスすると
それだけ生存環境が過酷な世界だから、
皇帝たちには精通したそばから
種付けを始めさせるし、
むしろ皇后については
お赤飯タイムから少し待ってることから
想像するに、
「血統を保つための胎」を
保存しようとする意識を感じるわけで。

おねショタ扱いというよりも、
男女ともに「産む機械」扱いじゃねえの、
とゆう。

943名無しさん@お腹いっぱい。2019/07/15(月) 23:34:24.93ID:gpVj8Et20
皇統から外れ傍系になり出した○○王達はどうだったんだろうね?
余程の荒淫な奴でない限り、性生活はゆったりとできたのかな?
短すぎて判断しかねる部分もないではないけど、北斉と北周は北魏のこういう早いサイクルを受け継ぎ、隋はそうでもないように感じるね。
唐はまあ普通な感じだね。
北魏は五胡の諸国と比べても、後継者達と比べても、独特というかユニークというかそういう点が多そうだね。

944名無しさん@お腹いっぱい。2019/07/16(火) 10:40:08.43ID:FR5MD/vs0
東晋の終帝は、初代の曾孫
北魏の終帝は、初代の曾孫の曾孫の曾孫

これいつ見てもシュール

945名無しさん@お腹いっぱい。2019/07/16(火) 13:32:21.63ID:6aMtAie+0
簡文帝(320〜372年)が元帝(276〜323年)44歳の頃の子どもで、孝武帝(362〜396年)が簡文帝42歳の頃の子どもだから、この段階で足掛け120年になる

946名無しさん@お腹いっぱい。2019/07/16(火) 21:12:00.57ID:ArWw6j+b0
>>940
おまえら思いっきりおねショタだろがw

しかし顕如と信玄は妻が姉妹という義兄弟でわろたw

947名無しさん@お腹いっぱい。2019/07/16(火) 22:14:02.82ID:+5v91t/w0
>>931
ヨーロッパ中を荒らしまわったヴァンダル族でも北アフリカに定住後はベルベル人に苦戦してる
人間生活が豊かになると軟弱になる

948名無しさん@お腹いっぱい。2019/07/17(水) 08:07:13.06ID:UzTrMCYu0
このスレ向けのゲーム

「Total War: THREE KINGDOMS」初のチャプターパック“Eight Princes”がアナウンス、司馬家の兄弟達を描いたトレーラーもお披露目
https://doope.jp/2019/0792349.html

949名無しさん@お腹いっぱい。2019/07/17(水) 08:54:37.85ID:NdocKEMr0
八王関係なかった
司馬孚らみんな291年には墓の下だろ

950名無しさん@お腹いっぱい。2019/07/17(水) 09:19:41.80ID:UzTrMCYu0
英文記事の方はちゃんと八王になってるから
和訳者が八王の乱の八王と司馬八達を間違えたんだろう
https://store.steampowered.com/app/1102310/Total_War_THREE_KINGDOMS__Eight_Princes/

951名無しさん@お腹いっぱい。2019/07/17(水) 10:18:47.67ID:vvZcoLsD0
会社のツイートで十分必要な情報得られるしね

952名無しさん@お腹いっぱい。2019/07/19(金) 23:37:28.11ID:IilTWn/h0
>>946
如春尼は顕如より1つ年下(むしろインピオ)じゃなかった?
信玄は最初の妻・上杉夫人とならおねショタになるのかな
(三条夫人は同い年)

953名無しさん@お腹いっぱい。2019/07/24(水) 21:36:28.75ID:JbebQGWh0
慎み深いだけで何の才能も無いと書かれてる司馬肜
他にばっさり才能が無いと書かれてる人物っているのかな

954名無しさん@お腹いっぱい。2019/08/03(土) 08:09:00.47ID:4gVsyjPG0
暗君の代名詞のように言われる劉禅だが
在位40年は中国の歴代皇帝の中でもトップクラスなんだよな
おまけに万暦帝の時のような治世ではなく
三国時代のような乱世でこの長期間の在位は
中国4000年の歴史の中でも劉禅ただ一人

955名無しさん@お腹いっぱい。2019/08/03(土) 08:53:35.65ID:HEvSCXbl0
梁武帝「え!?

956名無しさん@お腹いっぱい。2019/08/03(土) 10:43:54.21ID:7xuZtFnr0
国が分かれているのが乱世とみなすなら
春秋戦国時代だけでも劉禅以上の在位期間の君主は両手に余るぐらいいるけど

957名無しさん@お腹いっぱい。2019/08/03(土) 14:44:46.19ID:iOJvnYDJ0
魏が司馬家の、呉が孫峻・孫綝らの台頭を許して皇帝をすげ替えられてたことを思うと確かに劉禅政権は安定してたな

958名無しさん@お腹いっぱい。2019/08/03(土) 21:17:29.03ID:56CW67yM0
>>954
在位が長いってのは能力とは関係ないで。
だいたい後漢の皇帝より在位が長い(一番長くても30年程度)んやから

959名無しさん@お腹いっぱい。2019/08/03(土) 21:29:38.89ID:IpMiwvaK0
東晋の簡文帝なんて三人の幼帝の宰相を四半世紀やって皇帝は一年未満で崩御だからな
こんなんどうやって評価すんだよ

960名無しさん@お腹いっぱい。2019/08/03(土) 21:59:37.27ID:ctE0+2HVO
前燕では冉閔を処刑した直後から半年以上に渡って干魃と蝗害が大発生した
史書には「5月から雨が一滴も降らず干上がった」と記されている
あまりの異常事態に、慕容儁は冉閔の祟りではないかと震えあがった
慌てて使者を派遣して冉閔の祭祀を執り行い、武悼天王と諡した
すると今度は、前燕全土に恵みの(?)大雪が降り注いだ

961名無しさん@お腹いっぱい。2019/08/03(土) 23:53:50.97ID:sQetGQGu0
>>958
能力というのかは分からんけど暴君なら国が壊れるか臣下に殺されるだろうから結構君主向きだったんじゃないかね

962名無しさん@お腹いっぱい。2019/08/04(日) 02:13:01.23ID:nx/GiHEL0
>>960
慕容儁「おう、底辺DQNがいっちょ前に帝王気取るなや」
冉閔「ワイは中華の英雄やぞ!お前ら夷狄でも王侯を名乗ってるのになんでワイが名乗ってはいかんのか?」

この問答ホント草
冉閔って結局前燕や前秦の華北支配の大義名分を与えただけだよな。

963名無しさん@お腹いっぱい。2019/08/04(日) 06:38:28.92ID:TlS5Hu07O
>>962
その半年後…

慕容儁「どうしようどうしよう…。冉閔の祟りだどうしよう…。このままじゃみんな飢え死にしちゃうよ…」
慕容儁「冉閔さん殺してごめんなさい!武悼天王と諡します!ちゃんと祀りますから許して下さい(泣)」
冉閔「まあ、許してやるか。そらよ」大雪ドカーッ
慕容儁「なんで大雪なんですか冉閔さん!」

964名無しさん@お腹いっぱい。2019/08/04(日) 08:36:32.61ID:dSvLqx3E0
>>961
乱世で在位40年
謀反を起こした臣下は魏延くらい
魏や呉みたいに皇位簒奪もなかった
大きな農民反乱も起きていない

諸葛亮の遺産のお陰もあるけど
君主としてはまあ及第点だろ劉禅(中の下くらいの凡君といったところか)

965名無しさん@お腹いっぱい。2019/08/04(日) 11:21:02.75ID:TlS5Hu07O
>>964
魏延は謀反を起こしてないぞ
陳寿は「魏延は謀反を起こす気は無く、ただ政敵を除きたかっただけだ」と断言している

ちなみに、魏の史書魏略には奇妙な記述がある
諸葛亮が後継者に選んだのは魏延だった
魏延と不仲の楊儀は謀反人だと陥れて殺したのだと
裴松之は否定してるけどね

966名無しさん@お腹いっぱい。2019/08/04(日) 18:57:10.22ID:qi2ukNuK0
南蛮ではかなり反乱起きてるけどあれは山越みたいなもんか

967名無しさん@お腹いっぱい。2019/08/05(月) 17:48:00.92ID:E/fppi/H0
>>958
劉禅がどうとかは知らんが関係なくはないだろう
能力のない人間が支配者を無事数十年も務めることなど不可能と言っていい
権力闘争が激しく不安定な政権ならばむしろ傑物でなければ無理

信憑性の低い現代から知り得る逸話とか前近代の歴史家評よりは当てになるかもよ

968名無しさん@お腹いっぱい。2019/08/05(月) 21:02:27.16ID:afwNyqZr0
徳川家重が戦国時代に生まれていたら
万暦帝が五胡十六国時代に生まれていたら
多分1年も持たないだろうね

969名無しさん@お腹いっぱい。2019/08/05(月) 21:04:02.51ID:afwNyqZr0
本当に劉禅がガチ暗君なら
国がボロボロになって魏や呉に滅ぼされてるか
もしくは臣下に禅譲を迫られてるよな

970名無しさん@お腹いっぱい。2019/08/05(月) 21:17:51.20ID:5ImfSQba0
>>968
東晋安帝

971名無しさん@お腹いっぱい。2019/08/05(月) 22:09:31.30ID:E/fppi/H0
>>968
万暦帝は自ら親政し万機を総覧せざるを得ない、逃避不可の政権に放り込んだら意外と頑張ったりして…
やる気という優れた君主に必要不可欠な能力が備わるかもしれん

972名無しさん@お腹いっぱい。2019/08/05(月) 22:44:48.29ID:KqAezNpa0
>>970
意思疎通ができないガチな人だっけ?

973名無しさん@お腹いっぱい。2019/08/05(月) 22:55:34.05ID:5ImfSQba0
>>972
まあ史書にそう書かれてるだけで実際はどうだったのかは分からん
7歳で立太子だからガチ障害者なら本来は見送られていたと思う

974名無しさん@お腹いっぱい。2019/08/05(月) 23:35:47.28ID:pVAx21GD0
今川氏真の上位互換が後主劉禅

975名無しさん@お腹いっぱい。2019/08/05(月) 23:46:26.87ID:5dhfSIid0
史書の内容は実際と違うかもしれない程度のことは誰でも言える
検証して説得力のある説明ができるかどうかが重要

976名無しさん@お腹いっぱい。2019/08/06(火) 01:08:53.43ID:vYz6LFe/0
>>972
恵帝のカエル発言もそうだけど文脈読めない奴が暗君とレッテル可能性が

977名無しさん@お腹いっぱい。2019/08/06(火) 05:18:50.81ID:FZixxIn2O
>>976
そら大きいな。
群臣集う朝議や高官との個別の諮問の時にそれだったら、臣下からすれば「こいつアホ」になるわな。

978名無しさん@お腹いっぱい。2019/08/06(火) 06:22:31.38ID:gQqYdNlg0
こうかもしれないって想像だけで史書を否定されてもさ…

979名無しさん@お腹いっぱい。2019/08/06(火) 08:09:24.63ID:B5PMX3CH0
>>976
唐修晋書の曲筆でしょ、カエルネタ(詳しくは安田二郎の論文参照)

ああいう事例があるから史書に対する批判が生じる

980名無しさん@お腹いっぱい。2019/08/06(火) 08:53:11.47ID:ZgaOFXkT0
苻堅なんて讖緯説にドハマリしてたからな。
(破滅の原因も讖緯説を真に受けた事や)
この時代のオカルト信仰を侮ったらアカン

981名無しさん@お腹いっぱい。2019/08/06(火) 09:22:53.14ID:F7IGz5Kb0
この時代のオカルト信仰ってか
20世紀くらいまで中国人の知的水準はそんなもんやからな

982名無しさん@お腹いっぱい。2019/08/06(火) 09:27:03.25ID:40+tC0os0
史書に書かれてないから認められないとか言い出したら九品官人法の研究とか否定されちゃうような気がする

983名無しさん@お腹いっぱい。2019/08/06(火) 20:16:27.75ID:MiJ0okFn0
書いてないことを認めないじゃなくて
書かれていることを根拠もなく否定するのはどうなのかという話でしょ

984名無しさん@お腹いっぱい。2019/08/06(火) 21:29:27.90ID:B5PMX3CH0
安帝司馬徳宗は魏書だと障害者扱いされてないんだよな
司馬道子は徹底的に貶められている一方で安帝は特に批判されてない

985名無しさん@お腹いっぱい。2019/08/06(火) 23:02:45.77ID:t2k2lJSw0
>>982
桓温が桓範の末裔だっていうのも散在してる史書の情報を繋ぎ合わせた結果だからな
まるで桓氏が新興扱いのようになってる理由もそれで説明がつくようになった

986名無しさん@お腹いっぱい。2019/08/07(水) 01:38:20.65ID:elSCcPnQ0
>>985
桓彝伝の冒頭を読む限り新興貴族扱いなんてされてなくね

987名無しさん@お腹いっぱい。2019/08/07(水) 01:44:07.56ID:elSCcPnQ0
そもそも桓(276年以降に郎中で死亡)と桓範(249年死亡)に同族関係を見いだすのは難しくね
連座に巻き込まれてない範囲の同族?

988名無しさん@お腹いっぱい。2019/08/07(水) 07:04:35.15ID:mUBE8SR00
>>987
桓範と桓の間にもう一世代いる(桓楷、階ではない)
魏代に刑家となり晋代も中央政権から切り離されたため南方で立身出世をしたという桓彝のミッシングリンクはこれで埋まる
桓典(201卒)→桓範(249卒)の時点で年代がわりと離れているとこを見るに、若いのが継ぎやすい地盤があったと考えられている

因みに桓典も陥れられて刑死しているが漢代のため魏代に刑家という記述と矛盾する
建安年間末まで桓範の任官についてが残ってないのに桓典が絡んでいる可能性は高いが

989名無しさん@お腹いっぱい。2019/08/07(水) 07:15:44.46ID:mUBE8SR00
追記
988の内容は中国本土での龍亢桓氏の研究結果による
桓温が桓栄から数えて10代目であり桓典(5代)〜桓楷(7代)の間が抜け落ちてたが、刑家となった記述にあたる人物がいないため、6代目がそれと目星がついたわけ
そういう傷持ちキャリアだからこそ必要以上に皇族や他の名士に足を引っ張られたと

990名無しさん@お腹いっぱい。2019/08/07(水) 08:30:41.79ID:w2krM1jW0
>>989
三族滅ぼされてる桓範とその桓楷とはどう見ても繋がらないわけなんだけど

桓楷がの父で南方で立身出世したと仮定するならば、桓玄が祖廟を祀るときに郎中桓より前の世代が「不顕」とはならないだろう

991名無しさん@お腹いっぱい。2019/08/07(水) 09:59:39.84ID:tJQcR/Rk0
>>990
ttps://baike.baidu.com/tashuo/browse/content?id=703153e2515caec87b05f787&lemmaId=1978578&fromLemmaModule=list

992名無しさん@お腹いっぱい。2019/08/07(水) 18:50:52.91ID:Fh7Z6y2c0
史書の「夷三族(三族を夷らげる)」もどこまで信用して良いのかは……
徹底的に族滅したって言うより「とりあえず目についた奴はぶっ殺しました」程度の意味なんじゃ……

母系とか女系は生き残ってる臭いし
(司馬家とか)

993名無しさん@お腹いっぱい。2019/08/07(水) 19:42:34.23ID:n7j0a28Q0
>>992
それはさすがに仮説の飛躍では?
田余慶の桓氏系図も飛躍してると思うけど

そもそも田余慶だって桓範まわりは点線でしか繋げてないのに
それが通説かと言われるとさすがに違うでしょ

994名無しさん@お腹いっぱい。2019/08/07(水) 19:58:43.88ID:Fwdr+O110
今時史書なんか信じている人いないよ
事実なんかひとつも書かれてない

995名無しさん@お腹いっぱい。2019/08/07(水) 20:51:17.48ID:Ukf5RckSO
>>992
障害者とかは目こぼしされたみたい
梁の武帝が南斉の明帝の皇子を粛清したけど、長男の巴陵王だけは聾唖者だったので助命して祭祀をやらせている

996名無しさん@お腹いっぱい。2019/08/07(水) 22:40:43.19ID:Fh7Z6y2c0
墓誌の発掘で冉閔の子孫が名を変えて北魏まで生き延びてた話が出てきたのはビックリやわ

997名無しさん@お腹いっぱい。2019/08/08(木) 07:43:20.93ID:eimUPJB30
三族で全員消されてると強弁すると大体のやつが血筋耐えてることになるのよな
司馬光とか疑う余地もなく偽者って言えたりするけどそういうのがないのは理由がお察しというわけ

998名無しさん@お腹いっぱい。2019/08/08(木) 08:49:32.90ID:hbYqA+AI0
五胡十六国時代について語るスレ8
https://matsuri.5ch.net/test/read.cgi/chinahero/1565221676/

取り敢えず建てた
テンプレとか分からんから後は頼む🙏

999名無しさん@お腹いっぱい。2019/08/08(木) 11:46:20.92ID:d7VF3XiT0
>>998

五胡時代がヒャッハーではなく隋唐への産みの苦しみだと少しずつ認知されてウレシイ…ウレシイ…(ニチャニチャ)

1000名無しさん@お腹いっぱい。2019/08/08(木) 16:08:32.75ID:P7F2s7Up0
毛「文革がヒャッハーではなく社会主義現代化強国への産みの苦しみだと少しずつ認知されてるのと同じだな」

>>998

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