劉禅が治める蜀漢が40年持った理由を考察するスレ

1名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/30(日) 20:02:00.56ID:xXIsID4m0
そもそもなぜ反乱が起きなかったのかが謎
風評通りの無能なら孔明の代で玉座を奪われているはず

2名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/30(日) 22:29:27.70ID:gswAnPHL0
起きてただろポツポツと

3名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/31(月) 16:55:28.32ID:gD0UidOP0
>>1
劉備存命中に反乱した黄元とかも知らない輩と思われる
とりあえず蜀の反乱全部調べて纏めてから来なさい

4名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/31(月) 18:27:47.89ID:eZN/CB+M0
山だから。この国やべえなと大体の奴が思ってたから。孔明と後任が有能だったから。劉禅は何もしないけど
積極的な大量粛清をするとか無理に独断で大規模外征するとかでかいこともしなかったから安定した

5名無しさん@お腹いっぱい。2019/01/05(土) 01:08:39.21ID:IAfOyiGd0
手っ取り早くいうと安倍内閣みたいなもんだろ
無能とわかっていても対抗馬がいない
野党が存在しないも同然だから内側から崩れない

6名無しさん@お腹いっぱい。2019/01/09(水) 17:23:47.51ID:yrNxWzoc0
バリアでも張ってたんだろ

7名無しさん@お腹いっぱい。2019/01/10(木) 23:36:10.15ID:qv6gD6Dv0
統治の面で蜀の四英が優秀だったから
国防の面でいえば天然の要害が守ってくれたのと何だかんだいいつつ蜀将が優秀だったから
末期は統治が乱れ人材も少なくなったから滅ぼされた

8名無しさん@お腹いっぱい。2019/01/11(金) 04:26:53.57ID:VwQB+/gR0
働き者の無能よりも働かない無能の方が害はないからな
ダメなのは250年以降ぐらいでそれまでは概ね賢臣に政治を任せていられたのだし
言うほど無能ではないと思う

9名無しさん@お腹いっぱい。2019/01/11(金) 05:28:56.15ID:Z+CtGddG0
ほんと劉禅は働かない無能の典型だわ。孫皓や煬帝のような働き者の小才子より働かない無能の方が
君主としてはよっぽど優れてる好例

10名無しさん@お腹いっぱい。2019/01/11(金) 12:33:07.10ID:pbK5t0/Z0
孫晧とかと違って阿斗ちゃんの場合、有能か無能かを判定する資料自体が少ない。
人となりはとりあえず出師表などを読む限り「勉強嫌いで遊び好き。諫言を屁理屈でやり込めてお気に入りの人間しか近づけない」印象が目に浮かぶけど具体的に被害被ったの弟だけ。
好色については劉エンが被害者だけどこれももしかしたら使えない古参処分した可能性もある。

11名無しさん@お腹いっぱい。2019/01/11(金) 23:09:05.36ID:/7jIXR5K0
ぶっちゃけると東晋が元凶

元は晋の司馬氏は 劉氏→曹氏→司馬氏の禅譲が、自分らの正統性の根拠だった
しかし自分らが禅譲くらいそうになる立場になると事情が変わり、こういうプロパガンダを発令した
・禅譲とかクソ ただの簒奪 やる奴は畜生
・よって正統は蜀漢である
・しかし劉禅は暗愚すぎたので、偉大なる司馬昭サマが制圧して皇位を受け継いだのだ

こうして曹操悪玉・蜀漢正統・劉禅無能という三設定が作られ、広まって今に至る

12名無しさん@お腹いっぱい。2019/01/12(土) 00:02:01.70ID:T6WUcN360
それ言ってるの習鑿歯だけで同時代人からも「単なるご都合主義やろ?」ってDISられてたで

13名無しさん@お腹いっぱい。2019/01/12(土) 00:57:57.56ID:sNIzC2C20
>>10
劉禅はまず有能な点がない。マイナスではない点はあるけど。無能と断言できるほどの話もないが、
有能さを示す話もない。少なくとも才知をひけらかすタイプではない
普通に考えれば凡庸〜無能。後の五胡十六国〜南北朝時代の君主を思えば比較的有能という意味でなら同意

14名無しさん@お腹いっぱい。2019/01/12(土) 11:43:56.01ID:0R/eMWw60
まともな臣下に政治を丸投げできるなら無能ではないよ
本当に無能だったらそんな体制は残せないし忠臣は駆逐されてしまうから
蜀間末期の10年弱は無能と言っていいけれど

15名無しさん@お腹いっぱい。2019/01/12(土) 12:11:31.40ID:Plck0FLO0
阿斗ちゃんの家臣に政治丸投げって易中天あたりに言わせると完全に思い込みで、実態は諸葛亮にしても蒋琬や費禕や董允にしても実権をなるべく持たせないかキツイお目付け役つけてないとアカン気質っぽい。
(易中天は劉禅は実は宮中から一歩も出た事がないとまで言ってる)

16名無しさん@お腹いっぱい。2019/01/12(土) 12:44:10.55ID:zw6ZUAFj0
【奇跡のリンゴ】 オノ・ヨーコ「来るな殺される」
http://rio2016.5ch.net/test/read.cgi/beatles/1547022582/l50

17名無しさん@お腹いっぱい。2019/01/12(土) 14:18:16.39ID:XTBsQXzQ0
司馬懿の深謀遠慮で蜀は生き残っただけだよ
司馬懿が本気なら、孔明死後の蜀なんてあっという間に司馬懿に滅ぼされてるよ
死せる孔明生ける仲達を走らすは、ただのパフォーマンス


じゃあ何で司馬懿は孔明死後の蜀を滅ぼさなかったか?
蜀を滅ぼせば、その軍功は大きすぎて、洛陽の宮廷から呼び出されて処刑される可能性大
軍功が大きすぎる将軍が宮廷の命令で処刑されるのは、白起・李牧から枚挙に暇なし
だからあえて孔明死後の蜀を滅ぼさないようにしたんだろう

曹叡も愚かだよ
俺が曹叡ならば、孔明死後直後に魏延が劉禅の勅命で処刑されたとの一報が入ったら、
すぐさま司馬懿を大都督に任命して30万の大軍を与えて漢中へ攻め込ませ、
同時に合肥には兵5万を派遣して満寵の指揮下に置かせ、
呉への守備を固める
そうすれば蜀を滅ぼせるか、少なくとも漢中は切り取れた
何せ魏延は長く漢中の長官であり、漢中の要害を知り尽くしていた名将軍だが、
その魏延が急にいなくなったんだから

18名無しさん@お腹いっぱい。2019/01/12(土) 14:29:39.22ID:ZwmnoSLw0
魏スレで全否定されてたコピペやめい

19名無しさん@お腹いっぱい。2019/01/12(土) 15:27:58.47ID:XTBsQXzQ0
全否定なんかされてないが

もちろん証拠や史料的裏付けはない
だが司馬懿は曹丕死後直後に呉が襄陽と江夏を攻めた際、
孫権みずから出馬してきていた江夏ではなく、あえて襄陽に進んで諸葛瑾率いる
呉軍を大破して撃退した

そして孔明死後の蜀軍にも追撃を仕掛けて、
孔明の木像をみて「孔明生きていたのか!」と驚いて引き下がったとされている
追撃していれば蜀軍を大破して漢中まで攻め上れたのにだ

思うに司馬懿は軍功をよく立てるが、宮廷から粛清されないように、
大手柄を立てすぎないようにしていたのではないか?
司馬懿が本気を出せば江夏で孫権は討死かそれに近い状態で、呉は壊滅的打撃を受け、孔明死後の蜀軍は追撃されて五丈原で壊滅。
呉と蜀を事実上滅亡させた大功労者となった大都督司馬懿に待ち受けていた運命は、
白起と同じ運命になっただろう

20名無しさん@お腹いっぱい。2019/01/12(土) 17:01:51.34ID:cnhzVo970
孔明の木像とかどこのフィクションだ
あとその文はもうコピペしなくていいからな

21名無しさん@お腹いっぱい。2019/01/12(土) 19:09:21.18ID:sNIzC2C20
長キの法則がまた証明されたか

22名無しさん@お腹いっぱい。2019/01/12(土) 19:56:41.68ID:XTBsQXzQ0
>>20
おまえももうレスしなくていいからな

23名無しさん@お腹いっぱい。2019/01/12(土) 20:05:35.41ID:XTBsQXzQ0
司馬懿からすれば、自分たち司馬氏が生き残るためには呉と蜀が生き残り、
程々に魏の脅威となってくれればいいのである

司馬懿がクーデターで実権を握り、
息子の司馬昭が皇帝を斬って、もはや魏帝が後漢の献帝同然の傀儡とになると、
呉や蜀の存在が司馬氏の保身のために考える必要もなくなり
司馬昭は一気に蜀を滅ぼしにかかったわけだ

24名無しさん@お腹いっぱい。2019/01/18(金) 04:05:15.16ID:s9wQB+vz0
君の持論になんて誰も興味ないから

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