もしハワイ王国が独立維持していたら・・・? [無断転載禁止]©2ch.net

1Traveler2017/08/15(火) 23:18:51.16ID:jqYpeis2
太平洋戦争も起きていなかったかもしれない

7Traveler2017/08/20(日) 02:10:27.14ID:oqLe9B/r
てrびかな いちるいやくかな いちるいはてれびからだから てれびだ

8Traveler2017/08/20(日) 02:12:33.17ID:oqLe9B/r
- さんのついったの|さんとしごとなかま?のひとのだっけ

9Traveler2017/08/20(日) 13:48:42.18ID:PXnkuZHR
ZEP 有難う
飯塚 最後まで御馳走様でした
お家も時間も仲間

10Traveler2017/08/20(日) 17:42:50.29ID:GVpO9G7S
単純に土人国家だったろうな
白人の保養地になったから今がある
ポリネシアのほかの島々とおなじ感じ

11Traveler2017/08/20(日) 18:53:26.13ID:dCRBWe32
それな

12Traveler2017/08/20(日) 19:59:09.63ID:PlMudi++
唐澤貴洋(観光中に出したらハワイ観光終わるナリ…)
唐澤貴洋(そうだ、大声出して音をかき消すナリ!)
唐澤貴洋「ああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!」
ガイド「唐澤貴洋くん、ど、どうしたんだいきなり大声出して」
唐澤貴洋「なんでもな(ブリブリブリブリュリュリュリュリュリュ!!!!!!ブツチチブブブチチチチブリリイリブブブブゥゥゥゥッッッ)」
火山「ブリブリブリブリュリュリュリュリュリュ!!!!!!ブツチチブブブチチチチブリリイリブブブブゥゥゥゥッッッ(噴火)」

13Traveler2017/08/20(日) 20:21:44.94ID:szQQiwu5
ハワイのばあい原住民が疫病カタストロフで激減した広大な土地を、白人の移民集団が
埋めてしまったからな。多少の文明があっても、運命は変わらなかったかもしれない

西洋と接触した時点で30万人だった人口が、そのあと1世紀で5万人に転落したという

14Traveler2017/08/21(月) 10:18:51.80ID:Pl6a2n23
プレ社会の文明度が高い地域は、併合されても
独自の国民意識を生みやすく、独立の根拠になる

旧インカ帝国の領域である南米諸国では、スペイン人
移民の末裔が、インカ帝国を自国の誇りとしている

15Traveler2017/08/22(火) 14:49:02.67ID:iLalJwe6
ハワイ王朝は白人との接触によって誕生したようなもので、
カメハメハ大王は火器と白人軍事顧問を調達してハワイを統一した

王室といっても現代アフリカとおなじで、出身部族を基盤とする軍閥の
トップの性格がまだ強く、早くから白人に権力基盤を牛耳られていた

16Traveler2017/08/22(火) 15:17:21.67ID:Z8Xd4K5a
カメハメ波
曙ぐらいの頑張り
おや?夏川りみ 浦山
佐々木理江 
飴玉 キャイーンかキャイーンじゃないか
誰も知らない ゴリも有難う 七割五分

17Traveler2017/08/22(火) 15:44:42.80ID:oasQizBY
アンカー一つの心使い
愛フォンからそう捲り
極めつけはあれ!捲り!
アンカーからありがう!!!

18Traveler2017/08/23(水) 10:30:33.65ID:Xuqm5e10
ああ!!有り難や!!
SOMEWHERE FOR BEYONDから
頑張って行きましょう
スティーブン キング
インドも宜しく!!

19Traveler2017/08/23(水) 14:03:40.44ID:SoU+4u5x
ポリネシア世界で、近代以降も独立と君主制を維持できたのはトンガだけ
小国だけど、12世紀から17世紀にかけては太平洋世界における帝国といっていい

ハワイもマオリも、トンガの一部だったらまた違った歴史があったかもしれない

20Traveler2017/08/23(水) 19:43:30.48ID:WbZNCMcl
そうだろうね さかんかどうかだろうね いたるところで おもいつきそう

21Traveler2017/08/25(金) 14:23:39.29ID:KfI48fN4
有難う
コテはあそこでにしましょう
あそこの宇宙ダイブ
映画みたいにかっこよくありません
秘密のコテ
有難う

22Traveler2017/08/25(金) 20:58:21.82ID:hLij+dRK
最後の女王は、悲劇のヒロインといっていいのかどうか。旦那が白人、それも欧州貴族
なんてもんじゃなくアメリカの貿易商。併合される数え役満の、ダメ押し的な感じだ

23Traveler2017/08/26(土) 09:37:41.99ID:4R4kZdeP
ハワイの王室は初代カメハメハの直系が絶えたあと、
選挙制で次期王家を決定。しかも王位をめぐる内紛では
イギリスやアメリカの援軍を引き入れて、鎮圧している

西洋が到来してから誕生した王権ならではの、特異な歴史

24Traveler2017/08/27(日) 13:09:14.54ID:pyFDKNrE
リリウオカラニは白人に、感情にまかせて正面からケンカを挑んで自爆した痛い人
かえってハワイ先住民を窮地に追いやった。最終的に負けるにしても、もう少し
やりようが無かったものかとは思う

25Traveler2017/08/29(火) 17:58:01.55ID:10NMQ7qC
いちおう今でも、先住民のハワイ独立運動というのはやっている

だが人口で少数派になっている以上、マジョリティを振り向かせるための
デモンストレーション以上の意味は無いだろう

26Traveler2017/08/29(火) 23:30:20.92ID:hYr1Oe27
hawaiの夜 
大坪碧

27Traveler2017/08/30(水) 18:51:07.25ID:1lyhCtwV

28Traveler2017/08/31(木) 11:26:41.50ID:wtIjpYH/
今は日系人を筆頭に、アジア系がハワイ経済を握っているって聞くな
とりわけ地主なんか、いつの間にか白人が排斥されてアジア勢が牛耳っているとか

白人地主が併合の音頭をとったことを思うと、それはそれで妙な空しさも無くもない

29Traveler2017/09/01(金) 13:30:30.42ID:DlgVXVww

30Traveler2017/09/02(土) 23:00:16.82ID:wJwdDoVh
鎌倉時代にハワイに日本人(恐らく琉球人)が漂着したという
興味深い説があるが、どう考えても白人の創作臭くて萎える
無文字社会なのに、正確な西暦換算年が分かるのが痛すぎる

31Traveler2017/09/03(日) 15:36:32.61ID:wiz8C7e6
日本人によって文字が伝わっておれば、歴史がもっと鮮明になっていたのに残念

32YSK2017/09/04(月) 09:52:12.22ID:kwM+m07X
どっこい

33Traveler2017/09/04(月) 09:53:07.98ID:EA7ktPKu
なーにー

34Traveler2017/09/04(月) 12:19:17.90ID:TwwNSjd4
ぶったっけ なにも しょゆうかくつけてないしな

35Traveler2017/09/04(月) 12:19:17.93ID:TwwNSjd4
ぶったっけ なにも しょゆうかくつけてないしな

36Traveler2017/09/07(木) 21:18:59.87ID:zzrdTXmv
独立派のネイティブ・ハワイアンがホノルルにある旧王宮イオラニ宮殿を占拠して暫定政府宣言
ttp://native.way-nifty.com/native_heart/2008/05/post_35f2.html

9年前の記事だが、今でもこういう騒動が起こるものらしい
なおこの独立派は、武装はしていなかったとのこと

37Traveler2017/09/08(金) 11:49:29.89ID:J/1ZVcFW
ちなみにポリネシア世界で現代に至るまで王権と独立を維持できたのは、トンガだけ
トンガの覇権がもう少し強力だったら、ハワイもトンガに属していた可能性が微レ存

フィジーあたりは微妙な気もするが、サモアはもちろんハワイ・タヒチ・NZマオリ
は政治的にはトンガ帝国の一部になったほうが、アイデンティティを保てた気もする

38Traveler2017/09/09(土) 16:09:58.33ID:CRwuBd9F
キャプテンクックのハワイ来航が1779年
カメハメハ大王によるハワイ統一が、それから16年後の1795年
カメハメハ朝の断絶が1872年
カラカウア朝ハワイ王国の終焉は、それから20年たらずの1893年
短命王朝だったが、そもそもあだ花だったという印象

39Traveler2017/09/10(日) 12:55:34.52ID:EvDDHri3
結局ジャレル・ダイアモンドの「銃・病原菌・鉄」が、ポリネシアの運命へのFA

蛇足だがダイアモンドは、イースター島文明の崩壊理由を「乱伐による森林崩壊」
と解析しているが、これについては近年、否定されている。真因は、イースター島に
人類と共にネズミが上陸し、天敵の居ない島で繁殖した結果だ。猫の有無が運命の岐路

40Traveler2017/09/12(火) 14:54:27.92ID:ZIyYnhNK
ハワイと琉球は、ちょっと似ている。琉球も日本に併合されてしまった王国
むろん琉球は、ハワイと文化レベルがちがう。ハワイは、アイヌとおなじレベル

琉球の鉄器普及は11世紀以降。かなり遅いが、石器社会ハワイとは比較にならない
文字(ひらがな・漢文)の普及も13世紀以降
なお原始的な火器は日本より150年は早く、遅くとも14世紀の末に普及
船舶も中国のジャンク技術が13世紀以降導入され、急激に発展している

さらに常用・荷役を担う牛馬が居るのも、大きく違う。馬は11世紀に渡来したらしい
然るに中国への輸出品になり、競馬も盛んだった

41Traveler2017/09/13(水) 16:05:52.35ID:BLF0JlNU
馬と銃と鉄器と文字。南北アメリカ先住民と太平洋世界には無かった文明4点セット
あったら何か変わっただろうか? これは歴史の謎である

なお北米先住民とアイヌは、白人や日本人との交易を通し鉄器、銃、馬はすぐ保有した
ものの文字だけは、その存在を知ってからも自発的普及はかなり不活発だったといえる

42Traveler2017/09/14(木) 14:03:52.06ID:9GC8/Ujx
アイヌといえば、ゴールデンカムイが漫画界のホットな話題
アメリカでもディズニーアニメ「リロ・アンド・スティッチ」で、ハワイが題材に
なっている

ちなみに「モアナと海の伝説」は「ディズニー初のポリネシア系ヒロイン」という
触れこみだったが、「現代ハワイを除けば」という注釈を入れるのが、妥当だろう

43Traveler2017/09/14(木) 14:47:42.22ID:8CjW9ZPf
パンパカパンツ!

44Traveler2017/09/15(金) 10:25:30.91ID:OIB2haOE
d

45Traveler2017/09/15(金) 10:49:24.63ID:D7MsjmYz
ハワイに王権が生じて、アイヌに生じなかったのは何故か? 考えてみた

そもそもアイヌ社会は半農半猟で人口密度が低く、季節ごとに移動する。定住社会に比べて人が離合集散しやすく、
家庭内においても個人の流動が激しかった。定住社会に比べ共同体の拘束力が弱い社会では、王権が自生しにくい
北米や北方ユーラシアの先住民も、アイヌとおなじ理由から王権が生れなかったのであろう

いっぽうハワイは閉鎖系の島国であり、高度な武器さえあれば統一王権が自生するのは自然な流れだったといえる

なお、彼らを母体としたステップの遊牧民たちは例外的に王権を自生したが、これは彼らが農民と同じく、家畜の
世話など組織的な共同作業や役割分担のため社会が固定化しやすく、かつ牧草地をめぐる抗争が激化したことや
農耕民王朝との緊張関係から、優れた軍事指導者を求める社会的欲求が強かったためだろう。馬の機動力もあって
農耕民王朝の大軍とも互角以上にはりあえたことが、王権誕生を促進したことは言うまでもない

46Traveler2017/09/16(土) 18:22:18.48ID:lLG5B2zg
アイヌは、日本人との接触はもちろん中国沿海州と山丹交易を通しても、明らかに
文字の存在を知っていたはずだ。然るに、自発的な文字の習得・普及の形跡はない

王権が無い事と、教典を用いる宗教およびその拠点としての神殿(学問所の原型)が
なかったことが、大きいと思われる。シャーマニズムの世界では万事、口承で事足りた

47Traveler2017/09/17(日) 22:56:01.78ID:z5xLYEnb
ハワイを含む太平洋世界の先住民には樹皮をなめした衣服しかなかったが、たぶん麻
や木綿の栽培は、平均気温の高さからみて可能だったろう。アイヌの生活圏がその手
の繊維原料を自生しなかったのに比べ、惜しい気がする

なおアイヌもポリネシア同様、樹皮を衣類とするが、より高度な紡績工程を経ている

48Traveler2017/09/18(月) 12:38:03.08ID:srfCfMWZ
常夏と思われがちなポリネシアも場所や季節によっては、夜かなり冷えるとか
毛皮とか綿製品の潜在需要も、それなりにあったと思う

49Traveler2017/09/19(火) 19:48:11.99ID:pwqxUMck
キャプテン・クックがハワイ発見者の栄誉を担っているのは周知のとおりだが、これ
はあくまでも記録上、という注釈が付く
1778年11月、2度目のハワイ訪問(初回は同年1月)を果たしたクックは、マウイ島
の王カヘキリが持っていた槍の穂先が、さびた鉄の刃だったことを報告している
つまり、クック以前の外国人の来訪は確実である。ただし誰だったかは、歴史の謎

50Traveler2017/09/20(水) 12:13:44.14ID:gZXuhnQX
カメハメハ一世の生誕年月日は、無文字社会のこともあり不明だが、
1736年〜40年の間というのが有力

ウィキペディア日本語版ではなぜか「1758年」となっているが、こういう場合は
英語版を信じるのが王道だろう

51Traveler2017/09/21(木) 11:00:02.14ID:mvM1Jzcv
(後藤明著「カメハメハ大王」より)


カメハメハ一世は雨季の11月に、ハワイ島の北西部コハラという土地でうまれた
かれが誕生したのは嵐の夜のことで、波乱の人生を予告するかのような雷鳴が鳴り響いていたという
事実かれは出生からして、スキャンダラスな伝承を持つ

カメハメハの祖父は、ハワイ島の王アラパヌイ。アラパヌイには腹違いの2人の王子がおり、1人が
アラパヌイ王の後継者となるカラニオプウ。そしてもう一人が、系図の上でカメハメハの父とされる
カラニクプアケオーウア。どうでもいいが、舌を噛みそうな名だ

さて、「系図の上で」カメハメハの父ということになっているカラニクプアケオーウアだが、奇妙な
ことに、実父は別だったという説がある。マウイ島の王カヘキリこそがその該当者で、カメハメハが
誕生するとすぐに、赤子を守るべく護衛の男2人を遣わしたのが、その傍証なのだという
(続く)

52Traveler2017/09/21(木) 20:33:07.47ID:xUO7GKT+
千葉県松戸市で超有名なバドミントンクラブの新スレです

【このハゲー】八ヶ崎バドミントンクラブって何?【違うだろ】
https://matsuri.2ch.net/test/read.cgi/gage/1505815941/

関係者ほか大勢の皆さまの書き込みをお待ちしております

53Traveler2017/09/22(金) 14:57:57.87ID:Hh83U6ow
ちなみにゲーマーズ!のアニメのつづきは

11話の原作ルートでアグリとキス未遂

マジキチ雨野弟登場で天道さんゲス原ワカメ妹の心を揺さぶる

ワカメが雨野に自分がMONOのべであることと雨野が好きなことを告白するがフラれる

修学旅行で雨野がアグリアグリのことを馬鹿にした男にマジギレ(ゲス原何もせず)

天道さんがワカメ姉妹に揺さぶられる

ダブルデート再び
2組キスしたあとカップル解消

ワカメ妹が雨野てワカメとデートを提案、天道さん了承

ワカメ妹の策略で雨野がワカメにも恋心を抱いていたことをワカメに知られる

54Traveler2017/09/22(金) 15:52:54.19ID:XldU07hw
>>51続き。まずは前回の訂正から

>赤子を守るべく護衛の男2人を遣わしたのが
この部分は間違い。「赤子を守るべく王族の男を護衛として派遣した」に修正
また実父説のあるマウイ王カヘキリは、カメハメハの誕生を予知していたともされる


ともあれ。カメハメハが息子の実子でないと知ってか知らずか、祖父のアラパヌイ王は彼の誕生を不吉だと考えた
そのため、生まれたその夜のうちに彼は父母から引き離され、母方の一族であるナエオレに預けられ、匿われたのである
とはいえ岐阜県ほどの広さのハワイ島の中のこと、「父親」のカラニクプアケオーウアは、すぐ息子の居場所を探し当てた

しかしナエオレは、カメハメハが5歳になるまでは自分がハク(育て親)となることを、「父」に認めさせた。なぜそれが
通ったのかは分からない。一説にはナエオレが裏でカヘキリ王と繋がっており、カヘキリの介入があったためだともいう

ともあれカメハメハは生まれてすぐ両親と離れ、ひっそり隠れ住むという異様な雰囲気で育った。そしてこれがかれの名の由来でもある
すなわちカメハメハというのは、「孤独なやつ」という意味である

55Traveler2017/09/23(土) 11:34:43.52ID:hd5KdGXB
>>54続き

1778年1月18日のこと。ソシエテ島を発ちアメリカへと向かっていたキャプテンクックは、ぐうぜん巨大な島影に出くわす
オアフ島であった。それがハワイ列島発見の端緒となる。たちまち先住民のカヌーに取り囲まれ、鉄器と食糧(魚やイモ)の物々交換が始まった
釘一本で、子豚が手に入ったという。なお、慧眼なクックは遠く離れたタヒチ語とハワイ語が、ほぼ同じであることを看破している
当初のうち先住民たちは何よりもまず鉄器を欲しがり、それ以外のものにはまるっきり関心が無い始末だったという

1778年11月26日。ハワイを再訪したクックは、マウイ島にて王カヘキリの訪問を受け会見するが、おりしもこの時、ハワイ島の王
もまた、マウイに上陸していた。なおハワイ島の王位はこの時期、すでに先代アラパヌイから後継者カラニオプウに移っていた
カヘキリの訪問からほどなくして、カラニオプウもクックの船を訪れている。彼は当時、カヘキリと戦うためマウイに来ていたのだ

30代のカメハメハも、伯父カラニオプウに同行してクックと相まみえた。クックは彼に強い印象を受け、こう書き残している
「頭髪を茶色の汚い油でべったりさせていたので、顔つきはいちばん野蛮だった。だが性格も良くユーモアセンスもある
立ち居振る舞いはやや威圧的だが、交渉団の中で中心的な役割を負っていた」

562017/09/23(土) 19:48:36.65ID:Rt+4rm4l

57Traveler2017/09/24(日) 11:14:24.41ID:mtYCkeqv
>>55続き

さて。ハワイ島に移動したクックはカラニオプウ王の肝いりで、当初は大歓迎を受ける
ところがクックは薪を調達する際、神殿の柵棒を引っこ抜く失策をしでかしてしまう
かれは司祭に三本の斧を渡して和解を図ったが受け取ってもらえず、またクックの部下が神像までをも
薪にしてしまったこともあり口論が増え、島民との関係はしだいに険悪になっていった

それでも2月3日、出航前日の時点ではカラニオプウ王から大量の芋・豚・羽毛・タパ(樹皮布)を贈られ、
歓声を背に船出することができた。なお、クックはこの時の贈与品が多量だったことに驚き、「トンガや
タヒチでも、これだけの捧げ物は無かった」と書き残している。ハワイ島が他に比べ広大なことの反映だろう

そのままクックはハワイ諸島の北西部を調査し、北極海に向かうつもりでいた
しかるに2月6日、ハワイ島の北西域カワイハエで強風に遭い、レゾリューション号のマストが折れてしまう
クックは元居たケアラケクア湾に戻っての修理を決定するが、それがこの偉大な探検家の運の尽きとなった

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