深田久弥が最もお気に入りの百名山は【鹿島槍ヶ岳】

1底名無し沼さん2014/07/08(火) 18:33:41.47ID:IdcmB/sj
日本百名山を精読すれば分かる
二番目は【黒部五郎岳】

127底名無し沼さん2015/10/02(金) 22:02:53.38ID:j+3Zc63x
>>116
普通は1泊くらいで行くだろうけど北峰まで行く時間がないんだよ
扇沢のバスの時間に間に合わねえ

128底名無し沼さん2015/10/02(金) 22:40:38.84ID:XkcBcKHO
五竜山頂からの鹿島槍はあんまかっこよくなかった

129ひこ2015/10/02(金) 22:53:55.22ID:dy3Cqp6W
剱からみてシルエットに惹かれる人は多そう<鹿島槍

130底名無し沼さん2015/10/02(金) 23:42:36.78ID:MxDtrqv7
鹿島槍はなかなか人気の高い山のようですね。

131底名無し沼さん2015/10/03(土) 08:47:18.73ID:2aha8BQy
八方池山荘辺りから見る五竜の先のある鹿島槍が好き

132底名無し沼さん2015/10/06(火) 14:52:08.23ID:sP+QPxVZ
>>129
http://homepagemm2.la.coocan.jp/IMGP2300min.jpg
秀麗な佇まいではあるが・・・

133底名無し沼さん2015/10/06(火) 18:21:51.81ID:umXXyMFB
山は全部100点っしょ

134底名無し沼さん2015/10/06(火) 19:06:03.14ID:hfT54kLT
仙人のあたりから見ると後立山はどれが何か全然わからんのだよな。

135底名無し沼さん2015/10/06(火) 19:07:02.84ID:8bl3sXP1
一番高いのが鹿島槍よ

136ひこ2015/10/07(水) 17:44:01.99ID:R5C50zk3
>>132勝手な思い入れだけど・・朝日を背に双耳峰が際立つ@前剱あたり
http://s1.gazo.cc/up/156108.jpg

137底名無し沼さん2015/10/19(月) 21:09:52.28ID:qWStnLGz
深田久弥が最も好きな山は、本当に鹿島槍っぽいね。
北アルプスでは鹿島槍が一番好きだとはっきり言ってるしw
南アルプスで一番好きと言っている仙丈の文面と比べても、鹿島槍への愛着ぶりがひしひしと
伝わってくる。

138底名無し沼さん2015/10/19(月) 21:41:58.19ID:A0M8tFpO
五竜岳がでーんって感じなのに対し、鹿島槍はしゃきって感じだね

139底名無し沼さん2015/10/19(月) 21:57:24.71ID:t624KIjq
鹿島槍山頂から見ると五竜も爺も小っこく見えるよね
後立の中では頭1つ飛び出た存在なのが鹿島槍

140底名無し沼さん2015/10/19(月) 21:59:50.61ID:UT4kcgQk
だが後立で一番人気がある山は白馬岳であった

141底名無し沼さん2015/10/20(火) 02:18:03.68ID:FIoScEb3
理由は何ですか??

142底名無し沼さん2015/10/20(火) 03:45:45.65ID:9Bsww5LF
普通の地方では夏に雪に触れる事は無い

143底名無し沼さん2015/10/20(火) 06:58:13.86ID:2EdqVTAF
うん白馬のほうが変化に富んでるし綺麗なとこ多いね
鹿島槍も綺麗だけど白馬に比べるとちょっと単調な感じだから

144底名無し沼さん2015/10/20(火) 08:48:56.74ID:0c08C27G
猿倉〜白馬大雪渓〜白馬岳〜白馬大池〜栂池は変化に富んでて飽きないな
お花畑も多いし、ライチョウに遭遇する確率も高い

145底名無し沼さん2015/10/20(火) 17:27:42.33ID:FIoScEb3
同じ山域なのに、雪の量は結構違う感じですか?

146底名無し沼さん2015/10/23(金) 22:36:11.54ID:aIpaOurA
北峰と南峰の間に雪は残ってるかも知れないし無いかも知れない

147底名無し沼さん2015/11/20(金) 23:43:52.84ID:FQ9/Uomz
鹿島槍の第一の魅力は山そのものの姿のよさ

148底名無し沼さん2015/12/27(日) 15:29:28.36ID:1MBcvvmU
「白馬岳」がもし「代馬岳」のままだったら人気出なかっただろうな

149底名無し沼さん2016/03/16(水) 14:01:33.08ID:rafqNnY3
鹿島槍にはもう少し標高がほしかった
あと100mくらい

150底名無し沼さん2016/03/17(木) 23:12:23.01ID:B2HZrrgX
あの最後の登りがもっと急になるのかよ
無理だわ

151底名無し沼さん2016/04/18(月) 19:50:26.36ID:x/L9YEtU
1903年(明治36年)3月11日 - 石川県江沼郡大聖寺町字中町(現在の加賀市)に、長男として生まれる。
1927年(昭和2年) - 東京帝国大学文学部哲学科に在籍しつつ当時円本ブームに沸いていた改造社に入社。懸賞
     小説の下読みをする過程で北畠八穂と知り合い、恋に落ちる。
1930年(昭和5年) - 北畠と同棲を始めるとともに『オロッコの娘』などの小説を発表。これらの作品が好評だったことに
     勇気を得て大学を中退、勤めを辞めて文筆一本の生活に入った。
1932年(昭和7年) - 発表した『あすならう』で文壇的評価を確立したが、実は『あすならう』も『オロッコの娘』もその他
     の作品も、北畠の作品の焼き直しであった。このことに気付いた小林秀雄や川端康成から厳しくたしなめられた
     ため、時には深田自身が独自に作品を書くこともあったが、全くの駄作に終わった。
1935年(昭和10年) - 日本山岳会に入会。
1940年(昭和15年)3月 - 北畠と入籍。
1941年(昭和16年)5月 - 初恋の女性・木庭志げ子(中村光夫の姉)と再会して道ならぬ恋に落ちた。
1942年(昭和17年) - 脊椎カリエスで寝たきりの北畠を差し置いて志げ子と逢引を繰り返し、8月には志げ子が深田の
     子を出産。やがて北畠が夫の浮気を知ったため大騒ぎになったが、深田が召集されて中国大陸に出征したこと
     で、夫婦間の紛争は一時棚上げとなった。
1946年(昭和21年) - 復員してからは再び北畠のもとに帰らず、志げ子と再婚。激怒した北畠に焼き直しの件を暴露
     されたため、作家としての深田の信用は暴落し、10年以上にわたる雌伏生活を余儀なくされた。その後、登山
     仲間の小林秀雄から一喝されたのをきっかけとして山の文章中心の執筆活動を行う。
1964年に『日本百名山』を出版。


北畠を利用するだけ利用して捨てたやつだ。才能もないのに文壇を目指し、
この程度の(百迷山w)ものしか書き残せなかったんだな・・・・

152水戸婦人部長2016/04/19(火) 21:00:43.04ID:9eO3xq9K
押川が次に盗み出した情報先は
クボタ筑波工場の上役。http://www.kubota.co.jp/siryou/jigyos.html

!!注意換気!!
※常識的に事実でなければこの様な内容は書けません!
極悪人、押川定和の被害にご注意下さい。
押川定和は
『ゴール裏で戦う会』
のリーダーで元鹿島サポーター。
SNSで数千もの架空アカウントを作り水戸の関係者の情報を盗み出し個人のSNSを炎上させるなど攻撃を仕掛ける。
SNSで限界になると人を利用して情報を盗み出す。その人がその後どうなろうがお構い無しの使い捨て。押川に誰が騙されて巻き込まれるか分かりません。
Twitter、Facebook、mixi、超水戸、ニコニコ動画など可能な範囲で全てで悪行を行っている。
悪行が事実の為、表舞台には出れないが2ちゃんねるで反応はする。
押川定和の悪事は犯罪の領域に達している。
押川は現在、悪事が公に広まり鹿島には行けなくなる。しかしながな水戸への悪行は続行中。
押川の勤め先・株式会社WEIC(ウェイク)104-0053
東京都中央区3-1
http://www.ntt.com/bizhosting-basic/data/case2_1.html

153底名無し沼さん2016/04/19(火) 23:19:02.69ID:qOzPQsJf
>>151
結果的に、深田は百名山の作家として名が残り、
北畠の作品は深田名義のものも含めて消えちゃってるけどな

154底名無し沼さん2016/04/20(水) 12:32:26.92ID:TGW1dD4c
>>151
作家で登山家と紹介してるNHKプロデューサーが異常なんだよ

155底名無し沼さん2016/04/28(木) 06:38:51.18ID:8fnCHNdW
ホント、深田は知ったかぶりなんだなw

深田は『日本百名山』の後記の中で

「森吉山、姫神山、舟形山など、いい山ではあるが、少し背が足りない。」

などと書いてるが、深田が森吉山に初めて登ったのは晩年になってから。
つまり百名山執筆当時は、まだ登ってなかったんだよw

それなのに、「いい山ではあるが・・・」などと、まるで登った事があるかのような口ぶりw

こんないい加減な奴が、一時の知ったかぶりで選んだ山々を「日本百名山」とか言って
永久に固定化して有難がるのはおかしいし、断じて間違ってる!

156底名無し沼さん2016/07/15(金) 14:05:48.43ID:pydcRWF9
実際に鹿島槍に登ってみたら分かることだが冷池方面から布引を経て
頂上を目前とした直下の数百メートルの登りが何とも気持ちいい

157底名無し沼さん2016/07/15(金) 15:36:19.84ID:8C7ZgFRK
いやあそこが一番しんどいんだが

158底名無し沼さん2016/07/15(金) 19:08:28.94ID:2wfE5o86
五竜から縦走したから分からんわw
しかもその辺から天気悪くなって気もそぞろに冷池に下ったし。

159底名無し沼さん2016/07/31(日) 12:31:12.64ID:GPix0mjd
赤岩尾根から登れ

160底名無し沼さん2016/08/11(木) 20:57:21.98ID:m3xK6lr5
赤岩尾根から登って冷乗越で休んでいると
爺ヶ岳方面から爺婆が大量に降りてくる

161底名無し沼さん2016/08/11(木) 21:01:50.69ID:MuEawVgI
赤岩尾根から登ったことあるが、
本当にきつかったな。

162底名無し沼さん2016/09/29(木) 10:35:57.14ID:kFUWjVZw
急坂であろうが、それに対応した省エネの足の運びができれば何ら問題ない

163底名無し沼さん2016/09/29(木) 11:21:45.10ID:QtvxT1n0
赤岩尾根の何が嫌かって登山口までの交通機関がないことだよ

164底名無し沼さん2016/09/29(木) 19:32:22.14ID:aRj9Eq32
それは言える

165底名無し沼さん2016/10/07(金) 00:30:31.93ID:UKUe/XS2
普通じゃん
よっぽどメジャーな登山口以外はだいたいそうじゃん
タクかマイカー

166底名無し沼さん2016/10/08(土) 08:24:51.47ID:e54X/mVu
鹿島槍に限ってはそのメジャーな登山口があるから
当然そことの比較で利便性が語られるわな

167底名無し沼さん2016/10/08(土) 08:57:48.51ID:V+KSBTVU
日本には百名山を越す山があるその名は

168底名無し沼さん2016/10/11(火) 18:27:14.55ID:5DJrg+4R
富士山

169底名無し沼さん2016/10/11(火) 18:41:31.65ID:sU+Znt5j
駅前から登れるのがいいね富士山駅

170底名無し沼さん2016/10/11(火) 22:45:44.24ID:CsKYJMRc
富士吉田駅ってもうなくなったのか・・・

171底名無し沼さん2016/10/13(木) 16:36:58.26ID:017n+AQB
百名山の名が自分の汚名と共に残るとは思わなかっただろうなあ

172底名無し沼さん2016/10/17(月) 20:28:56.12ID:vmSKmOSV
20世紀の終わり頃までは山岳ガイドブックでも、アクセの記述は公共交通機関が前提でマイカーの情報は申し訳程度しか書いてなかったんだがな。
規制緩和でバスがどんどん廃止になってマイカーで行く方がメジャーになっちゃった。

173底名無し沼さん2016/10/21(金) 02:25:09.24ID:ydOqqqJd
1903年(明治36年)3月11日 - 石川県江沼郡大聖寺町字中町(現在の加賀市)に、長男として生まれる。
1927年(昭和2年) - 東京帝国大学文学部哲学科に在籍しつつ当時円本ブームに沸いていた改造社に入社。懸賞
     小説の下読みをする過程で北畠八穂と知り合い、恋に落ちる。
1930年(昭和5年) - 北畠と同棲を始めるとともに『オロッコの娘』などの小説を発表。これらの作品が好評だったことに
     勇気を得て大学を中退、勤めを辞めて文筆一本の生活に入った。
1932年(昭和7年) - 発表した『あすならう』で文壇的評価を確立したが、実は『あすならう』も『オロッコの娘』もその他
     の作品も、北畠の作品の焼き直しであった。このことに気付いた小林秀雄や川端康成から厳しくたしなめられた
     ため、時には深田自身が独自に作品を書くこともあったが、全くの駄作に終わった。
1935年(昭和10年) - 日本山岳会に入会。
1940年(昭和15年)3月 - 北畠と入籍。
1941年(昭和16年)5月 - 初恋の女性・木庭志げ子(中村光夫の姉)と再会して道ならぬ恋に落ちた。
1942年(昭和17年) - 脊椎カリエスで寝たきりの北畠を差し置いて志げ子と逢引を繰り返し、8月には志げ子が深田の
     子を出産。やがて北畠が夫の浮気を知ったため大騒ぎになったが、深田が召集されて中国大陸に出征したこと
     で、夫婦間の紛争は一時棚上げとなった。
1946年(昭和21年) - 復員してからは再び北畠のもとに帰らず、志げ子と再婚。激怒した北畠に焼き直しの件を暴露
     されたため、作家としての深田の信用は暴落し、10年以上にわたる雌伏生活を余儀なくされた。その後、登山
     仲間の小林秀雄から一喝されたのをきっかけとして山の文章中心の執筆活動を行う。
1964年に『日本百名山』を出版。


北畠を利用するだけ利用して捨てたやつだ。才能もないのに文壇を目指し、
この程度の(百迷山w)ものしか書き残せなかったんだな・・・・

174底名無し沼さん2017/01/01(日) 11:58:16.63ID:aZI8zzWi
悪口多いな

175底名無し沼さん2017/04/27(木) 07:49:53.36ID:tg782Fpi
精読してもよくわからん
まあ好きな部類に入るんだろうなという感じだが
わりといろんな山でリップサービス的な持ち上げ方をしている気がする

176底名無し沼さん2017/07/06(木) 20:49:59.35ID:dTrOz+s2
聖人君子でなきゃヤダってのが全然わからんわ
人間的にアレでも書いたものは素晴らしいってのがいいのに

177底名無し沼さん2017/09/12(火) 16:10:32.31ID:X0jVYUgs
アウトドア系の物書きで文章と私生活が聖と俗みたいな人はいっぱいいるな

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