戦国時代のアイヌ

1名無しさん@お腹いっぱい。2006/07/25(火) 05:31:39ID:gUkdzmKN
語ろう

2名無しさん@お腹いっぱい。2006/07/25(火) 05:51:27ID:02jk5nUj
わかんねーよ

3eoe ◆i6jwvBOktc 2006/07/25(火) 06:46:54ID:ID4+mlZl
細川タナサカシ

4名無しさん@お腹いっぱい。2006/07/25(火) 06:52:12ID:qwX/TMiy
語ろうってかお前が知りたいだけだろ>>1

5名無しさん@お腹いっぱい。2006/07/25(火) 12:42:13ID:mH4fhvS0
ハシタイン
チコモタイン

6名無しさん@お腹いっぱい。2006/07/25(火) 13:07:13ID:mH4fhvS0
1482
夷千島王、朝鮮へ使いを送る。

1499
浄願寺弘賢、1471年頃より蝦夷地で布教、浄願寺を建てる。

1512
アイヌ蜂起し、函館、志苔、与倉前の三館陥落、河野・小林両家没落。浄願寺、蜂起を避けて秋田に撤退。

1513
松前の大館陥落、但し蛎崎光広がアイヌに仕業に見せかけて攻めたとの説もある。

1514
花沢館(上ノ国)の蛎崎光広、松前に本拠を移転、徳山館を構築。

1515
道南の東部首長のショヤ(庶野)、コウシ(匐時)、道南で蜂起、徳山を攻める。
蛎崎光広、徳山館の和睦の席で両者を暗殺、現在、松前にある蝦夷塚はこの時の犠牲者の塚であると言われる。

1528
アイヌ蜂起、徳山館を襲撃、松前義広が撃退。

1529
道南の西部首長タナカサシ蜂起
瀬田内で工藤九衛門の軍を破り、勝山の和喜館を攻める、蛎崎義広、和睦を呼びかけ弓矢でタナカサシを暗殺。

1531
アイヌ蜂起、松前の大館を襲撃。

1536
タナカサシの女婿タリコナ蜂起、蛎崎義広、和睦と称し、酒宴の席で暗殺。
大谷派僧侶真徳・松前専念寺草創、以後専念寺は松前藩と何度も婚姻関係を結び、蝦夷地の仏教界で大きな力を持つ。

1550
松前の蛎崎李広、瀬田内の首長ハシタイン(道南西部の首長)、知内の首長チコモタイン(道南東部の首長)が会談、和人地を上ノ国から知内のラインより南として合意し和睦。
この和睦で確定された和人地は、コシャマイン戦争時の道南12館の占有地の約1/3に縮小。
この和睦により、アイヌ諸部族連合体は和人勢力を渡島半島の一角に追いやることに成功しており、コシャマインの蜂起以来の一世紀に渡るアイヌの戦いは、軍事的には成功したとも言える。
これより一世紀弱の間、平和な時代が訪れる。

1551
蛎崎李広、「夷狄の商舶往還の法度」を制定、アイヌに対する交易の優位を確立。

1565
ルイス・フロイスによりはじめてヨーロッパにアイヌの情報が伝わる、出羽国の秋田に、アイヌが多数交易にくる様子などを記録。

1591
東北の九戸政実の乱の際、篭城した兵士の中に夷人(アイヌ)が二人おり、酒を振舞ったところ、箸(パスイ?)のようなものを載せて酒を飲んだとの記録がある(氏郷記)。

1593
豊臣秀吉、蛎崎慶広(後に松前と改姓)に朱印状を与え、蝦夷島の支配権を公認。
これにより、秋田氏の代官から大名になる(松前藩成立)。慶広、この朱印状を道南地域東西のアイヌを集め、アイヌ語で読み聞かせる。

1599
蛎崎慶広、大阪城で徳川家康性に謁見、蝦夷地の地図を献上、性を松前に改める

1604
松前慶広が征夷大将軍・徳川家康から黒印状によりアイヌとの交易権独占を認められる
この黒印状により、和人の商船は全て松前藩を通してアイヌとの交易を行う事になり、アイヌの本州島の和人との直接交易は禁止された。

近江商人が松前に進出。

7名無しさん@お腹いっぱい。2006/07/25(火) 14:32:32ID:3atUouFQ
大阪の陣の頃には津軽にもアイヌの部族が定住していたと聞いた。

8名無しさん@お腹いっぱい。2006/07/25(火) 21:45:12ID:GxWz0wTh
シャクシャイン

9奇矯屋onぷらっと ◆O.K.H.I.T. 2006/07/25(火) 22:39:45ID:neQC4mhJ
エカ
ウカシ
イキリ

10名無しさん@お腹いっぱい。2006/07/25(火) 22:56:40ID:+q0fICBb
蜂起→暗殺がいつものパターン

11名無しさん@お腹いっぱい。2006/07/26(水) 03:09:57ID:LQSLCePQ
>>10
本当にそのとおりだから困る

12名無しさん@お腹いっぱい。2006/07/26(水) 05:27:20ID:Cha5Otbm
シャリシャインの代に欧州に攻め込んだんだよな。
征夷大将軍として討伐に赴いた多治比縣守と死闘を展開、
結局破れ、蝦夷に逃げ帰った。

13名無しさん@お腹いっぱい。2006/07/26(水) 14:58:32ID:gIVFYen4
>>6
和睦と見せかけて暗殺のパターン多すぎワロタ
アイヌ人もお人好しなのかね。

14名無しさん@お腹いっぱい。2006/07/26(水) 21:29:30ID:2FMgl9Ur
アイヌ交易ってどんぐらい儲かったんだろうか
何を扱ってたんだ
鮭とか?

15名無しさん@お腹いっぱい。2006/07/26(水) 22:00:50ID:Cj/C6Dsw
羆もあんじゃね?W

16名無しさん@お腹いっぱい。2006/07/29(土) 20:00:16ID:018tXazw
某ナコルルが好きだったから、狂ったようにアイヌの事勉強したなぁ。十年前。

好んで読んでた萱野繁さんの本は、内容が民俗や食事、民話がほとんどだったから
このスレには期待。

17名無しさん@お腹いっぱい。2006/07/29(土) 20:51:34ID:3SRv1jat
>>16
萱野茂氏は今年亡くなられてしまいましたが、アイヌ文化の保護・伝承に非常に貢献のあった方ですね(国会議員にもなってます
特に明治以降の同化政策で散逸した伝承等を集めて纏めた功績は素晴らしいものがあります
調べてみたらSTVラジオのアイヌ語講座もこの人が起点になってるんですね

ちなみにカムイコタンは今でも実在する地名です

>>14
アイヌ交易はアイヌ側は鮭の干物や干し鮑などの海産物の干物、また毛皮等などを取引していたようです
儲けは都市で売りさばいた回船問屋はなかなかのものだったと考えられます
干し鮑なんかは中国にも輸出されてたようですし

アイヌの歴史は和人の資料を介してしか出てこないから、
アイヌの中で何があったかはほとんどわからないのがつらいですね

18名無しさん@お腹いっぱい。2006/07/29(土) 21:01:51ID:018tXazw
>>17
最近聞かないと思ったら、亡くなってたのか(つД`)
御冥福をお祈りします。

アイヌって、確か文字を持ってないんだよね。

19172006/07/29(土) 21:47:04ID:3SRv1jat
>>18
文字は無いです
そのため歴史も民話も書物にならず口頭伝承だったため、
明治以降の同化政策によって集落が壊滅し離散、これらの多くが失われてしまったそうです
これらが再び社会の表に出たのは萱野茂氏の偉業あってこそ

書物がないため和人が蝦夷地に本格的に進出する以前のアイヌについては全くというほどわかっていません
ただ集落跡の調査等から、比較的古くから中国との交易はあったようで、戦国時代にもおそらく続いていたのではないかと考えてよいようです

20名無しさん@お腹いっぱい。2006/07/29(土) 22:06:06ID:018tXazw
アイヌ民族って、戦後マッカーサーに「自地区やるから独立しないか」と誘われて
「んなモンいらねーから日本かえせ」て返事したんだよね。
ゴタゴタはあったんだろうけど、同化政策は比較的うまくいってたのかな。

やっぱり文字文化がなかったのが悔やまれる。
まともに残ってる記述が反乱の事しか無いなんて、ちと寂しい。

21名無しさん@お腹いっぱい。2006/07/29(土) 22:21:32ID:3SRv1jat
>>20
うまくいったというよりは、完全にアイヌ社会が破壊されたため、その後の世代では混血が進むなどして、
民族意識が非常に弱くなってしまったりしたのではと思われます

また、同化政策によってアイヌ民族の人口が激減したことや
当時はアイヌ民族は社会的には被差別対象であったことも多少は影響しているかもしれません

22名無しさん@お腹いっぱい。2006/07/30(日) 17:07:03ID:qszVeDPP
>>20
その返答は当時の長老格数人だけで決められて、
後になって知里真志保とか若いアイヌから散々叩かれたって話だけどね。
それでも>>21が言うように、文化的、社会的にズタズタだった当時のアイヌが
国を持ったとしても護持できなかっただろうし、自治区を貰ったところで
「先住民族の権利」なんて概念が皆無の当時の和人からは、
自分達はこんなに大変なのに何であいつらだけ、とか思われただろうな。

23名無しさん@お腹いっぱい。2006/07/30(日) 17:46:55ID:CWRr0q2a
>>20>>21
そうだったんか。
俺はてっきり美談のつもりでいたよ。

24名無しさん@お腹いっぱい。2006/07/30(日) 17:55:04ID:CWRr0q2a
アンカーまちがい。
>>21>>22ね。

25名無しさん@お腹いっぱい。2006/07/30(日) 19:59:32ID:bbHU8YN0
>>22
アイヌの『先住民族の権利』自体、
ニ風谷ダム訴訟で初めて出てきたに等しいぐらい新しいものですね

閑話休題
アイヌの集落は北海道の太平洋側の海岸付近と石狩川などの大きな河川沿いに広がっていたようです
集落の様子も地域差があり、道東の集落跡などに比べると
和人との境界線にあたる渡島半島ではやはり争いに備えた砦的な雰囲気があるそうです

26名無しさん@お腹いっぱい。2006/07/30(日) 21:06:54ID:I7qnNSQU
アッー!イヌ

27名無しさん@お腹いっぱい。2006/07/31(月) 00:19:50ID:5d+Aywpw
だめだ、自分なりに調べてみたけど、こと歴史に関しては、このスレで書かれてる以上のものはみつかんないや。

詳しい人に質問。
変わり者のアイヌ人が、どこかの勢力に仕官してたとかはなかったの?

28名無しさん@お腹いっぱい。2006/07/31(月) 01:29:48ID:wGEncbLv
>>27
聞いたことはないです
ただ、九戸政実の乱では蛎崎氏がアイヌ部隊を率いていたことが記録に残っているようです

あともしかしたらですが、
交易の際には通訳を介していた(それくらいアイヌ語は日本語とは全く異なる)と思われますから
松前や函館などの北前船の寄港地で働くアイヌの人もいたのかもしれません
根拠はないですが

後、道外にもアイヌが居住していたのは地名の分布からほぼ間違いないようです
東北にもアイヌ語由来とみられる地名は多く残っています

29名無しさん@お腹いっぱい。2006/07/31(月) 10:24:37ID:5d+Aywpw
>>28
なるほど。
居たかもしれないけど、記録に残ってないのは出世した人はいないからって事なのかもね。

30名無しさん@お腹いっぱい。2006/08/02(水) 18:31:32ID:Ku5hc0Pl
>>28>>29見て思ったが、東北や北海道に信長みたいな実力主義のベンチャー大名がいたら面白かったかもね。
逆に、徹底的に潰された可能性もあるけども。

しかし、もうネタ切れか。

31名無しさん@お腹いっぱい。2006/08/03(木) 00:32:24ID:Jz6+EPL/
>>30
資料・記録がない(>>6が全て)
説話や伝承すらない
正直ネタ探してもないがなという感じ

戦国時代の括り外せば話せるネタはあるだろうけど…
それじゃ板違いなわけで

32名無しさん@お腹いっぱい。2006/08/03(木) 00:35:56ID:f7rpZ/dH
アイヌ総合スレ

アイヌ その5
http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/min/1109180864/

33312006/08/03(木) 01:01:07ID:Jz6+EPL/
>>32
何かグダグダなスレだね…
まったり語れそうにもない感じorz

34名無しさん@お腹いっぱい。2006/08/05(土) 12:00:48ID:gDsUnuri
過去スレ
北海道の戦国時代ってどうだったの?
http://hobby5.2ch.net/test/read.cgi/warhis/1086177279/

蠣崎氏の軍勢に参加していた北海道のアイヌ兵は、蠣崎氏とともに
檜山安東氏の対南部戦や戸沢戦にも従軍し、どの毒矢によって
恐れられていた。
なお、九戸政実の軍勢に参加していたアイヌは下北アイヌかもしれない。

35名無しさん@お腹いっぱい。2006/08/05(土) 12:01:25ID:kXCMQ6vp
ウソ:日帝は我々を強制連行した。
本当:大東亜戦争前は、出稼ぎで日本に渡って来た者。
   戦時中に徴用された者はいるが、日本全土が戦時体制であり、本土の日本人
   も徴用・徴兵されていた。ちなみに、朝鮮半島での徴用・徴兵は1944年
   からであり、徴兵された者は訓練が間に合わないまま終戦を迎えたため、
   実戦には参加していない。更に戦後まもなくGHQの命令により帰国事業が
   実施されており、徴用された者は用意された無賃の船によって帰国している。
   この時船に乗らずに帰らなかった者は、自らの意志で残った者達。
   戦後は朝鮮戦争時に難民として日本に来た者もいる。

ウソ:日帝は女性を強制連行して、慰安婦にした。
本当:当時日本軍と慰安所(売春宿)との繋がりがあったが、性感染症要望のための
   検査を行ったり、値段の交渉を行ったもの。
   なお、慰安所に売春婦を斡旋する業者も存在したが、その一部(主に朝鮮人)
   に女性を騙したり、無理矢理連れて来た者がいた。
   その者に対して厳しく取り締まるよう命令した軍の命令書や、裁判の記録も
   発見されている。

ウソ:日本はまだ謝罪も賠償もしていない。
本当:過去の総理・天皇が(しなくていい)謝罪をしている。更に日韓の国交回復
   時、日韓基本条約により(しなくてもいい)賠償もしている。
   また、属国が宗主国より独立する際、宗主国が属国に対し投資したインフラ
   代等を請求するのが国際慣例なのにも関わらず、日本はこれを放棄している。

ウソ:「アイゴー、それでも日本は悪いニダ。謝罪と賠償を」
本当:「いちいちコメントしない」

36名無しさん@お腹いっぱい。2006/08/05(土) 12:03:32ID:kXCMQ6vp
ウソ:日帝は朝鮮を植民地にした。
本当:自力で近代化できなかった当時の大韓帝国が、日本に併合して近代化して
   貰う事を自ら望んだ。日本はその時に交わした日韓併合条約により、イン
   フラ整備・学校の設置等を行い、近代化に努めた。その為の資金は日本の
   税金により、行われた。

ウソ:収奪・搾取を朝鮮人に対して行った。
本当:朝鮮半島から日本本土に流れた物資は、貿易によるもの。

ウソ:日帝は日本語を強要し、我々から言葉を奪った。
本当:朝鮮の学校では併合晩年まで朝鮮語が必須科目だった。戦時中に必須科目
   ではなくなったが、選択科目に切り替わっただけで、禁止にはなっていない。
   なお、現地日本人が運営する学校では選択科目のまま残す傾向にあったが、
   朝鮮人が運営する学校では選択科目からも外し、日本語のみにする傾向が
   あった。
   また、約400年近く使われていなかったハングル文字を発掘し、教育する
   よう命じたのは、朝鮮総督府である。

ウソ:日帝は日本風の名前を強要し、我々から名前を奪った。
本当:該当すると思われる創氏改名のうち、創氏は戸籍制度の変更。朝鮮では氏族
   制度だったのを戸籍管理上、日本の戸籍制度だった家族制度に変更されたもの。
   なお、戸籍制度変更で氏が変わる者は、旧姓も併記されていた。
   更に、併合前の朝鮮では被支配層の中には名前も無い者さえおり、その際、
   新たに家族制度に従って朝鮮人が申請する氏が創られた。
   また、改名は満州国建国後、満州国にいた朝鮮族から「名前が朝鮮風だと
   中国人に差別される」との理由で、日本風の名前に変える事を希望。その声に
   日本風の名前に変えることを許可したもの。

37名無しさん@お腹いっぱい。2006/08/07(月) 14:40:57ID:2H+Eo+Nl
>>35>>36
すれ違い

38名無しさん@お腹いっぱい。2006/08/07(月) 15:31:29ID:FggHl6Cy
>>31

大永五年(1525)の蜂起
享禄元年(1528)の蜂起
享禄二年(1529)のタナサカシの戦い
享禄四年(1531)の蜂起
天文五年(1536)タリコナの戦い

あたりから語れば

39名無しさん@お腹いっぱい。2006/08/07(月) 22:12:48ID:YtGqrqlc
永享四年(1432)
奥ノ下国(しものくに;安東氏宗家のこと)与南部弓矢事ニ付テ、下国
弓矢ニ取負、エソカ島ヘ没落云々、仍和睦事連々申間、先度被仰遣候処、
南部不承引申也
(『満済准后日記』)

康正二年(1456)
春乙孩(オッカイ;アイヌ少年のこと)来たりて鍛冶に〔靡リ〕刀(マキリ;
アイヌの使用する刃物のこと)を打たしむるところ、乙孩と鍛冶、〔靡リ〕刀の
善悪、価を論じて、鍛冶、〔靡リ〕刀を取り乙孩を突き殺す。これによって
夷狄悉く蜂起して、康正二年夏より大永五年(1525)春に迪るまで、東西
数十日程の中に住する所の村々里々を破り、者某(シャモ;アイヌ語で
和人のこと)を殺す事、元は志濃里の鍛冶屋村より起こるなり。活き残る人
皆松前と天河に集住す。
(『新羅之記録』)

少なくともこの辺から語らんと

40名無しさん@お腹いっぱい。2006/08/23(水) 19:00:14ID:XYpc0Kht
石炭も鉄鉱石も砂鉄もあるんだから、
やる気になって誰かが3世代ぐらい頭下げて鍛冶学んだら
アイヌも刀やら針やら作れたのになあ。

アイヌとシャモの通婚はあんまりなかったのかな?

41名無しさん@お腹いっぱい。2006/09/02(土) 01:50:38ID:dy4u1H0t

42名無しさん@お腹いっぱい。2006/09/04(月) 03:47:02ID:ds5b1Pfh
>>40
アイヌのチャシ跡から、鉄かどうかは覚えてないが太刀が見つかったりということもあったりするそうな
もちろんアイヌが作ったものかはわからないけど

武器になりそうなものや技術については、和人側が秘匿していた可能性があるかも
事実、江戸期にはアイヌに対して鉄砲を交易対象とすることは禁じられてたそうな
それでもアイヌは中国との交易で入手してたらしいが

43名無しさん2006/09/09(土) 15:46:51ID:blSu6Vp7
戦国時代のアイーンこと、志村けんは、エゾの草原にある一軒家で外人相手にダイジョーブだぁと言っていた事は、CMでも証明されている。

44名無しさん@お腹いっぱい。2006/09/09(土) 15:59:25ID:pG12Uk4+
松前氏が実はアイヌだったって説もあるよね。あと、青森なんかには同化したアイヌがいっぱい住んでたとか。

45名無しさん@お腹いっぱい。2006/09/09(土) 18:37:03ID:1n0o6FqB
>>44
蛎崎家は若狭武田家の流れを自称してますが、
激しく疑わしいのは事実ですね
若狭武田家の記録に蛎崎家の祖武田信広は存在しませんし、
南部家の記録では南部氏庶流の流れであると書かれているように、
そのルーツは謎という感じです

後、アイヌの居住圏や行動範囲は想像以上に広いとされ、
東北地方・北海道・樺太・千島にその分布は広がり、
交易圏も対本州のみならず、中国・朝鮮や沿海州一帯までをも含んでいたようです
それ故、東北地方にもアイヌ語由来の地名とされる地名が残っているそうです

46名無しさん@お腹いっぱい。2006/09/10(日) 04:03:41ID:8jE3DX9j
>>44
>松前氏が実はアイヌだったって説もあるよね。あと、青森なんかには同化したアイヌがいっぱい住んでたとか。
日本人は元々全員がアイヌだろ。

47名無しさん@お腹いっぱい。2006/09/10(日) 11:32:26ID:2TIXcf3W
大坂の陣に徴集されたとかいう話は

48名無しさん@お腹いっぱい。2006/10/27(金) 21:23:02ID:YdlG9k3F
俘囚と部落民の関係をきぼんぬ

49名無しさん@お腹いっぱい。2006/11/09(木) 02:13:03ID:8NMEb7pa
>>48
俘囚は、奈良・平安時代だろう。
朝廷が蝦夷の捕虜を各地に強制移住させた。
部落民は、江戸時代以降じゃないのかな。
家畜の屠殺・解体業者が集まって住んでいた地域。
血の汚れの連想から、賎しい職業と蔑まれたことから差別が始まったのかな。

50名無しさん@お腹いっぱい。2006/11/09(木) 16:47:03ID:pajD3B1Q
>>48
俘囚は蝦夷のうち、朝廷の支配を受け入れたもの。
俘囚全部が強制移住になったわけでもないらしい。
西国に移配されたのは賤民になったみたいだけど、出羽や陸奥に残った俘囚は
後の奥州安倍氏や清原氏、奥州藤原氏とかにつながってるとか何とか。
平安時代まで和人も東北にどんどん移住してたし、奥州藤原氏が滅亡した後は
完全に和人と同化したらしい。
どっちみち江戸時代に確立された身分制度に基づく賤民とは800年くらい違うしねぇ。
律令制の賤民制度は10世紀くらいに崩壊してて、中世以降の被差別民とは連続性薄いし。

それに非人とかは鎌倉時代に全国に作られた、非田院関係が多いらしいしね。
穢多(河原者)とかは、皮革製品が重要だった戦国時代を中心に、職能集団としての性格が
結構強かったりするし。まー穢れが多いってんで嫌われてはいたみたいだけどね。
合戦でわさわさ人殺しといて、今更牛や馬をさばいたからどーだという事もあるし、
そんなに目立って差別されてたわけじゃないらしい。
もともと中世は世襲制でガチガチの身分制度があったわけじゃないしねぇ。
大体中世までには混血が進んじゃって誰が俘囚とか言えないだろうし、関係ないだろう。

51名無しさん@お腹いっぱい。2006/11/21(火) 21:47:10ID:/HQYVZ4y
保守

52名無しさん@お腹いっぱい。2006/11/21(火) 22:16:20ID:gRyPQRAK
>>45
他にカムチャッカ南部や沿海州にもアイヌがいたらしいね。

53名無しさん@お腹いっぱい。2006/11/22(水) 10:04:53ID:7ymtN8YW
丸木舟でよくやったもんだ

54名無しさん@お腹いっぱい。2006/11/23(木) 09:09:09ID:AKMWmCZU
>>53
アイヌには「イタオマチプ」と呼ぶ板綴船がある。丸木舟の両側に板を
皮ひもでくくりつけたもので、丸木舟より荷物を沢山積めるし、安定性も
増す。アムール川下流域のウリチ人なども同じ技術で製作された船を
持っているので、そっちの方から伝わった技術と思われる。
ttp://www.welcome.city.sapporo.jp/pirka/itaomacip/index.html

55名無し議論スレにて投票方法審議中2007/01/01(月) 00:56:44ID:43OZpJdt
あげ

56名無し議論スレにて投票方法審議中2007/01/01(月) 01:51:43ID:v1HlaR7b
新年の行事とかあったのかね?

57名無し議論スレにて投票方法審議中2007/01/01(月) 17:27:09ID:4BoTKAO7
>>56
今のアイヌはアシリパノミ(アシリパエクカムイノミともいう)を行う。
祭壇にイナウ(木幣)を立て、料理と酒を供える。アペフチカムイ
(火の神)などの神々に「今年もつつがなく過ごせますように」と
祈り、イクパスイ(酒捧箆)で酒をイナウに振りかけて神に捧げる。
その後はたいてい宴会になる。
なお、正月にこのようなカムイノミ(祈願儀礼)を行う習慣が
いつ頃から出来上がったのかはよくわからない。戦国時代まで
遡るものではないかもしれない。

58名無し議論スレにて投票方法審議中2007/01/01(月) 17:41:08ID:4BoTKAO7
>>40-43
アイヌのルーツのひとつである擦文文化人は鍛冶の技術を持っていて、
自分で金属加工を行っていたが、アイヌ文化の成立(13世紀)以後、
鍛冶の技術や土器製作技術を捨て去ってしまう。
鎌倉幕府の成立前後から船による日本海交易が盛んになり、品質の
よい金属製品や漆器を和人から大量に購入できるようになったので、
自分で作る必要がなくなったからと思われる。

和人との交易の規模が大きくなった結果、擦文文化時代までは結構
盛んだった雑穀農業もあまりやらなくなり、漁労と狩猟に重点を置いた
生活にシフトした。これがアイヌ文化の基盤となった。

59名無し議論スレにて投票方法審議中2007/01/01(月) 19:11:31ID:v1HlaR7b
>>57
ありがとう。
なんか観光客相手の商売用イベントって感じだな。

60名無し議論スレにて投票方法審議中2007/01/02(火) 01:49:04ID:Vtp1Mnyx
>>59
どのあたりが観光用に見えるのかわからないが、カムイノミは観光用に
むやみに見せる儀式ではないよ。和人が神棚にお神酒を上げて
かしわ手を打ったり、神社にお参りしたりするような、ごく普通の行為。

61名無し議論スレにて投票方法審議中2007/01/02(火) 02:10:47ID:Vtp1Mnyx
(蝦夷の)国は、甚だ大にして都より300レグワ(1レグワ約4.9km)あり、
彼等の中にゲワ(出羽)の国の大いなる町アキタと称する日本の地に
来たり、交易をなす者多し
(ルイス・フロイス『イエズス会日本通信』1565年年報より)

彼等(蝦夷人)は、銀や砂金をたくさん持っていて、それらを払って
日本人から米やその他のものを買う、米と木綿布を最も欲しがった。
鉄と鉛も、日本から来る
(ジョン・セーリス『日本渡航記』より 1613年の叙述)

62名無し議論スレにて投票方法審議中2007/01/31(水) 21:06:47ID:OYqfyyFK
てことは、、
漁労・狩猟の産物や、銀や砂金で、
米、木綿布、金属製品や漆器、その他生活に必要なものは交換で入手できたんだな。
戦国時代までは、独自に船を操って交易していたんだよね。
若狭あたりにはアイヌが住んでいたという話もあるし、(商社の駐在員?(w)
中国や朝鮮とも交易していたらしい。
だけど、江戸時代に和人が海岸部に住むようになって、交易活動ができなくなったのかな?
たぶん、松前藩が交易を独占したんだと思う。

63人間七七四年2007/02/19(月) 22:02:49ID:mkcz5zRE
あげ

64人間七七四年2007/02/20(火) 06:29:14ID:2aFbhkeP
ガリガリ君抹茶味だな

65人間七七四年2007/02/20(火) 10:48:11ID:pNskBU5x
>>35-36
朝鮮の捏造は過去の話なので実害は小さいが、中共の膨張は未来志向なので
極めて危険。

66人間七七四年2007/02/20(火) 13:45:23ID:DwWDiuyS
戦国時代のアヌス

67人間七七四年2007/02/21(水) 16:19:55ID:2cayFLst
総理は安倍比羅夫の子孫。
(父の晋太郎氏が、奥羽で行なわれた地鎮祭に出席)
アイヌの血も入ってるかな



68人間七七四年2007/02/23(金) 21:24:53ID:YjyC9c4/
アイヌ民族自身は「ナコルル」を毛嫌いしている。

今までアイヌ民族に興味を持つ和人といえば、民族学者でなければ
朝鮮人や沖縄や部落と組ませて大和民族社会の破壊を企むブサヨか、
興味本位の観光客だった。
いずれにせよ、招かざるものどもだ。

そのうえそれに「キモオタデブ」が加わったんだからね。「ナコルル」のせいで。

69人間七七四年2007/03/05(月) 18:42:12ID:Uy/dKAn9
まあ、なんであれ興味持つ人が増えるのは良いことなんじゃないのかな。

と思う。

70人間七七四年2007/03/18(日) 02:41:56ID:V1flTZpo
「ナコルル」は知られていないだけ。

サムスピでのナコルルは、作を重ねるごとに設定やキャラクターの「精度」は改善されていったが、必殺技の名前がアイヌ語としてマトモになったころには人気も下火になっていて、ちょっと微妙。
サムスピが出始めた当初は、いろいろな情報が今ほどスムーズに流通していなかたので、これは仕方がないね。

「アイヌ民族」とは「日本人」と同じく、いろいろな人を含んでいる言葉。
その中には当然サムスピ好きもいる(キモオタデブもいる)。

71人間七七四年2007/04/04(水) 10:29:58ID:cbg5soKx
>>67
俘囚は何か、の検証によって変わってくる
蝦夷の子孫と個人的には思うが

おっと比羅夫個人は違うか

72人間七七四年2007/04/27(金) 12:01:40ID:peIHCS8N
比羅夫は古代豪族の阿倍氏、仲麻呂は孫、後世に安倍氏と改名

73無名で2007/05/03(木) 16:36:41ID:0Kx/tkgl
民俗学は深いですね もっと知りたいけど、真実を学べる正しい情報を選ぶのって大変ですね
知里真志保さんの作品からは真実を学べますよね

74人間七七四年2007/05/03(木) 17:16:11ID:1AMPBues
コシャム+アイヌ(コシャマイン)、シャクシ+アイヌ(シャクシャイン)、メナシ+アイヌ(メナシャイン?)

75人間七七四年2007/05/03(木) 17:51:36ID:/msQN8B0
ナコヲタは侍魂ファンの間でもうざがられてるよ。



アイヌって、インディアンみたいにいろんな部族に分かれてたんでしょ?
たまにもし、織田信長レベルの統率者が現れてたら、って妄想してしまうw

76人間七七四年2007/05/04(金) 00:17:05ID:Cl5rsVJE
>>75
麻原彰晃

77人間七七四年2007/05/04(金) 02:16:22ID:36J4g+Y2

78人間七七四年2007/05/18(金) 14:31:32ID:RKsBLI8T
大永〜享禄年間はアイヌが蠣崎のことを押しまくっているんだね
松前と天河の地域に和人が封じ込められたり

79人間七七四年2007/06/27(水) 01:58:50ID:d/qnYcFN
 

80人間七七四年2007/06/27(水) 16:19:16ID:m6vbeXQb
東北の人ってアイヌっぽい顔立ちの人が多いよ
髪の毛がクルクル天然パーマな人もけっこういるし
この辺で出土する縄文人の人骨はアイヌそのものらしい
朝廷と戦っていた民族エミシは本州アイヌだそうだ

日本刀の起源はアイヌの湾刀だそうだが

81人間七七四年2007/06/30(土) 08:28:39ID:AyDb5ubv
アイヌというのは縄文人の一種。


82人間七七四年2007/06/30(土) 13:54:33ID:8VGWKKoQ
手掌紋D線3型出現率から求める人種距離では、縄文人にもっとも近いのはアイヌ人。
次いで沖縄県、南西諸島、東北地方という順。

83山形義光2007/06/30(土) 17:20:33ID:88VX0vqV
九州と関西は半島系

84人間七七四年2007/06/30(土) 17:44:19ID:WzTor6ZX
>>83
厳密には縄文人系と渡来人系の混血
外見は渡来人系の色が強いけどね
だから酒に強い弱いが半々ぐらいになってるそうな
縄文人系の遺伝子は酒に強く、渡来人系の遺伝子は酒に弱いという

85人間七七四年2007/06/30(土) 17:45:47ID:WzTor6ZX
あ、>>84は日本人一般の話ね
血の濃さこそ地域で多少の差あれ、今の日本人はほぼ縄文人と渡来人両方の血を引いてる

86人間七七四年2007/06/30(土) 18:18:07ID:8VGWKKoQ
現在の日本人は完全に弥生系が主流だそうだ。
ただ、当時の朝鮮民族と今の韓国人もちょっと違う。
今の韓国人はモンゴル人や女真族と混血しているから。
また、朝鮮民族といっても北方系モンゴロイドだけではなく、南方系の遺伝子も入っているそうだ。
日本は華南からの移民もあったらしく、日本人の人種DNAのうち3分の1は中国人に由来するものらしい。
中国の芸能人とかけっこう日本人に似てるしねw
もう3分の1が朝鮮半島に由来し、残りが縄文人などに由来する。

逆に、韓国人や中国人は縄文系に由来する遺伝子をほとんど持ってないってさ。

87人間七七四年2007/06/30(土) 18:24:47ID:8VGWKKoQ
そういえば、日本人の歯並びが悪いのは異民族間の混血が原因らしい・・・
上の前歯が大きく下の前歯にかぶさる弥生人に対して
縄文人は前歯が小さく上と下の前歯の先端どうしがきっちり噛み合わさる。
俺出っ歯だし弥生系だ・・・

88人間七七四年2007/06/30(土) 18:31:10ID:8VGWKKoQ
>>83
九州は隼人や熊襲とかいたしけっこう縄文系が残ってるよ。
鹿児島の女性は縄文ぽい美人がけっこういました。

89人間七七四年2007/06/30(土) 18:52:32ID:AyDb5ubv
>>87
異民族の混血で歯並びが悪いなら、日本よりももっともっと混血の進んでいる地域は
歯並びが悪いことになるが・・。
中国大陸とか、中南米とか。

日本列島の太平洋側の黒潮に沿うラインには、昔に南洋から来た
人の子孫が多いからクッキリ眼の濃い顔立ちが多い、と聞いた。
うちの親戚がそうだから・・。

>>88

90人間七七四年2007/07/01(日) 00:57:58ID:Ts3iPW5Q
ヤマタイカ面白かったなぁ

91人間七七四年2007/07/01(日) 02:05:19ID:e+RKEL1n
能登半島はアイヌの子孫多いって聞いたことある

92人間七七四年2007/07/01(日) 07:02:50ID:+0aolxvL
>>89
縄文人は古代人種で最も前歯が小さく、弥生人は逆に最も大きいんだよね。
かみ合わせも歯並びもぜんぜん違う。
歯に関しては両極端の混血だから、歯並びが崩れる原因になったそうだ。

93人間七七四年2007/07/04(水) 10:33:23ID:KYiXzCnC
アイヌ勢力が天下撮りしたら面白いかも。

94人間七七四年2007/07/13(金) 01:42:29ID:SteXWgbU
>>93
アイヌを統一する勢力自体が生まれなかった。

95人間七七四年2007/07/18(水) 02:35:07ID:EDTjZf0/
本州も弥生人の侵入や中国文明の流入がなかったら
アイヌみたいな狩猟採集生活してたんだろうな

96人間七七四年2007/07/18(水) 02:52:08ID:FRhGKe59
>>95
弥生人は縄文人と渡来人の混血

縄文人は丸木舟を操って大陸と交易していたから、いずれ独力で稲作を導入していたと思う

97人間七七四年2007/08/04(土) 10:44:15ID:/0dgnXOe
一応アイヌも農耕してなかったか?
粟栽培とか

98人間七七四年2007/08/14(火) 03:51:31ID:P19Qg47d
天下人が見向きもしなかったから
平和だったろうね

99人間七七四年2007/08/14(火) 05:01:53ID:ndgwc3Na
東北も見向きもされてません^^

100人間七七四年2007/08/15(水) 11:50:26ID:IeXkGn8t
アイヌだって、戦争はしたし、
強盗団が横行して、必ずしも平和だったとはいえない。

戦争も、略奪が目的だろう。
北海道統一して独立国家建設が目的だったら、ずっとましだったのだが。

101人間七七四年2007/08/16(木) 05:07:31ID:PC9va7mf
へえーーアイヌ語わからないけど面白そうなー。アイヌの人たちと友達になってみたい。

102小銀玉@ ◆Gay/Ho..tI 2007/08/16(木) 10:39:47ID:RRysb9lC
^^

103人間七七四年2007/09/10(月) 14:12:12ID:ktNuQCAU
>>100
どちらかというと狩猟系だから

104人間七七四年2007/09/16(日) 01:26:11ID:fGWhJsuF
>>103
アイヌは一部農耕もしていたようだが、基本狩猟採集経済だからね。
まだ、国家を形成する段階ではなかった。
遊牧民も、部族ごとにまとまりはあるが、国家以前だね。
やはり、農耕をやって、田や畑を外部から守らねばならないてことから、
まとまって戦う→統率する人物が必要→身分階級が発生てことから、国家ができてきたのかな。

105人間七七四年2007/10/02(火) 16:02:03ID:giOdKHRL
狩猟採集経済を主とする 国家の形成ってあったなかな?
遊牧系は心当たりがあるが

106人間七七四年2007/10/04(木) 16:34:12ID:GRJnLAGx
ツングース系が一番近いかなぁ。女真族とか

107人間七七四年2007/10/10(水) 15:43:38ID:oGz26LwK
良スレだからあげ

108人間七七四年2007/10/11(木) 16:35:50ID:5UjKnepV
>>106
女真か、なるほど、アイヌ国家も無きにしも非ず?

109小銀玉@ ◆Gay/Ho..tI 2007/10/11(木) 18:02:57ID:xJ9nJw6E
創価?
アイヌは地域間で特色あるから
一つにまとまるのは難しいと思われ

110人間七七四年2007/10/30(火) 13:46:46ID:H5hnoblB
アイヌって 八〜十二世紀ぐらいは擦文文化といって 
鮭猟の他に大麦 蕎麦 粟 稗 蔬菜類の栽培を行っていた。
ところがこれ以後の古アイヌ文化に移行すると
農耕生活を希薄とし 猟漁撈民的色彩を強めたんだってさ。

111人間七七四年2007/10/30(火) 15:38:48ID:8Z6N3T6v
>>110
外から来たいわゆる和人との交流・交易の拡大が背景にあると言われてますな

おそらく、穀物類が交易で手に入るようになったので、それらを作る必要性が薄れ、
逆にアイヌ側が交易材料とする水産物等の狩猟・漁業的な部分に集中していったのでしょう

ただ、祭事のために酒を作っていたと言われてるから、
完全に作らなくなったというわけではないようですが

112人間七七四年2007/10/30(火) 15:43:21ID:H5hnoblB
>>111 なるほど勉強になります。ありがとう。

113人間七七四年2007/11/13(火) 22:01:01ID:cJ/tgOSA
>>111
なるほど、しかし、必要な量の穀物類が、和人との公益で入手できたとは、想像しにくいです。
当時、アイヌの人口はどれくらいだったんだろう?
和人は内陸まで入り込んで交易するとは思えないです。
まあ、反論する根拠は持ってないですが。

11412007/11/15(木) 22:54:47ID:Acf+2iYz
シャクシャインと円空って出会ってたのかな?

115人間七七四年2007/12/05(水) 16:06:24ID:+Gm+rmHR
日高までは円空行ってないからなあ、会ってないんじゃないかな

116人間七七四年2007/12/20(木) 16:29:14ID:OkG0qYCc
樺太や千島方面にこの時代も広がっていたのかな?

117人間七七四年2008/01/12(土) 15:27:15ID:UXS/+6Lk
いや太古から住んでたでしょ

118人間七七四年2008/01/30(水) 16:24:44ID:KqEP9P0A
起源と同じく よくわからないのでは?

119人間七七四年2008/02/13(水) 17:40:17ID:MLySOb34
そういや、中沢新一の「熊から王」とかいう本で
アパッチがただの部族の寄せ集めからメキシコ人との戦いを通して
王が率いる国家に発展する可能性があった、とか書いてあった。
和人や安藤氏との戦いを経て国家になる可能性は無かったとはいえないと思うが。


120人間七七四年2008/02/14(木) 15:38:40ID:sPAodwFw
まとまりがどうか、人口的にどうか、とか

121人間七七四年2008/02/29(金) 16:57:55ID:TUOEtiRt
戦国期のアイヌ人口は2万人ぐらい?

122人間七七四年2008/03/21(金) 16:32:08ID:ayBKqUcg
1807年に26,256人。それから1931年の15,969人まで減っていく。(ちなみに1993年は23,830)
これをどう読むかだな。

123人間七七四年2008/04/08(火) 16:25:33ID:2aVsak42
蛎崎も実力を認めたから講和したんだよ。

124人間七七四年2008/04/24(木) 15:17:34ID:B8rb+5/T
江戸期のアイヌはギリヤーク人などに比べると、大人しいかったようだが

125人間七七四年2008/05/09(金) 15:04:31ID:lwstTehl
間宮林蔵だっけ?ギリヤークにいじめられたのは

126人間七七四年2008/05/14(水) 19:09:09ID:Rrh8HyX6
アルテイ。えみし蝦夷と蝦夷えぞは読み方一緒だし。

127人間七七四年2008/05/20(火) 23:12:53ID:RUP4Wt4C
アテルイ?

128人間七七四年2008/06/09(月) 15:39:31ID:lhsueXGc
阿弖流為は続日本紀の当て字だよね。

129人間七七四年2008/06/23(月) 15:01:25ID:bNrezQ+z
樺太に古くから住んでいたのがギリヤーク人、オロッコ人、アイヌ人

130人間七七四年2008/07/10(木) 14:47:04ID:e7DqdKXG
オロッコ人は蝦夷地にもいたんだって?

131月読2008/07/12(土) 03:53:57ID:mw0QPGh/
日光よろしく!

132人間七七四年2008/07/12(土) 04:46:58ID:Yqiodj0t
間宮林蔵
幕府から蝦夷地の測量を命じられた間宮林蔵は、まだ未開の地であった北海道へとやってきた。
ナコルル「こんにちわ、松前藩の方ですか!」
林蔵「原住民がワシに気軽に声をかけるとは生意気な!食らえっ!!」
ナコルル「きゃあああっ!まっ股が裂けるうっ!?」
林蔵「ふんっ!ふんふんっ!!」
ナコルル「痛いっ!痛いーっ!!うっ動かないで・・・っ!!」
林蔵「嘘を言うな!こんなに乳首を硬くしおって!!」
ナコルル「うあっ!つままないでぇっ!?」
そこへまた別の少女がやってきた。
リムルル「やめてぇ!お姉さまに何をするの!!」
林蔵「うるさいやつじゃ!お前も食らえっ!!」
リムルル「きゃあああっ!はっ挿ってくるうっ!?」
林蔵「ふんっ!ふんふんっ!!」
リムルル「裂ける!アソコが裂けちゃう!!もう許してぇ・・・っ!!」
林蔵「嘘を言うな!こんなに股の壷を濡らししおって!!」
リムルル「いやー!言わないでぇっ!!」
そこへ更に村の長老コシャマインがやってきた!
コシャマイン「おのれ!我が村の娘に何をするだっ!?」
林蔵「おおっ!ついに男が来た!わしは女より男の方が好きなのじゃ!」
そういうやいなや林蔵はコシャマインに襲い掛かり、帯を解いて衣服を脱がし始める。
コシャマイン「なっ、何をっ!?」
林蔵「するに決まっておろうがっ!食らえっ!!」
コシャマイン「ぎゃあああっ!しっ尻が裂けるうっ!?」
林蔵「ふんっ!ふんふんっ!!」
コシャマイン「痛いっ!痛いーっ!!うっ動かないで・・・っ!!」
林蔵「嘘を言うな!こんなに股の竿を硬くしおって!!」
コシャマイン「あひぃ!しごかないでぇっ!?」
こうして立ち寄ったアイヌの集落で穴という穴を蹂躙した林蔵は村に火を放つとその場を後にした。
一説によると、彼が間宮海峡と名づけようとした地には既にアイヌたちが別の呼び名をつけており、
このままでは自分の名が後世に残らないかもしれないと危惧した上での行為であったと伝えられる。

133人間七七四年2008/07/12(土) 13:56:42ID:UYABRO7N
>>119
シャクシャインの乱なんかは周辺の部族を総動員したりしたしな

あれはまたアイヌ同士を噛み合わせると言う幕府の思惑が見てとれもする

134人間七七四年2008/07/13(日) 03:45:47ID:gaPDLxxo
北海道に点在していたんだろ?
人口密度やひとつひとつの集落の規模も小さかったんじゃない?
そんなアイヌ諸部族を統合するにはアイヌ自身が政治的にも未熟だし、
原始的な部族社会を継続する運命にあったんでは?

135天照大神2008/07/16(水) 19:19:51ID:+NdQaX0M


136人間七七四年2008/08/04(月) 16:00:18ID:/y+OQY7T
狩猟を生業とするとテリトリーは広いよね

137アニマル2008/08/15(金) 20:32:35ID:jh2No8oq
アイヌ民族・民族浄化

http://love.45.kg/mo0202/6/151.html

北海道の出身者の戦死者が異常に多い。

138人間七七四年2008/08/21(木) 10:29:48ID:hHuCWQrD
>>110-111
いかにも良スレなレスだね。ネタが少ないのが寂しいが。
漏れも興味はあるけど知識無いからなあ。

139人間七七四年2008/08/26(火) 00:16:10ID:HLNSeyOz
イヨマンテが復活したらしい!批判するつもりはさらさらないが。

140人間七七四年2008/08/26(火) 00:22:24ID:HLNSeyOz
イヨマンテが復活したらしい!批判するつもりはさらさらないが。

141人間七七四年2008/09/12(金) 15:03:17ID:fwx8rrhZ
>>138
ほとんど間違いというか決定するに値する妥当な根拠がないにもかかわらず
嘗てはどうだった等といい加減なことを言うのはデマの流布ということに決定付けられる。
したがってガセに流されて鵜呑みしてしまうとTONでもなく恥ずかしい誤認識の記憶保存になりかねない。

擦文がアイヌ文化へ移行したとか、ここでいうアイヌ人が連続的に担った等と臭わそうともその確認の事実はない。
つまり、アイヌ文化とオーバーラップするように消えた擦文文化は対峙していた異文化とみるほうが妥当になる。

同地域にてアイヌ文化が確認されているので、とってかわられた・・・との表現に留まっているのが現状だ。
北海道アイヌによる捕獲飼育熊型の熊送りはアイヌとは別人のツングース系民族から取り入れられたものであり
これはオホーツク文化からトビニタイ文化を経てアイヌに行き渡ったとされる儀礼のひとつに過ぎない。
イオマンテ形式の儀礼は熊の他にも鳥類を使っての送り儀礼が北米先住民族によって行われているが勿論、非アイヌだ。

アイヌは毛皮などとの交換によって鉄器を購入していたから、鉄器をつくる必要性がなかった・・・。
同様に土器もいらなくなったから作り方を忘れてしまった。さらに交易によって穀物も入手できたから
農業の遣り方も忘れてしまった・・・しかし、嘗てはそれらすべてのノウハウを持っていたから、
北海道の本当の先住民であり、四世紀に作成された余市の洞窟壁画も自分たちの民族によるそれであり、
同時にそこに残されている船の絵もアイヌ船などとまで謳うなど言語道断であるのは言うまでもない事ともなる。

142S.C.為作 ◆S.C.T/lLWs 2008/09/20(土) 03:17:03ID:nNJKymsZ?2BP(601)
━┓□ / ̄\                     ┃ ペテロパブロフスク
  ┗━ニコライエフスク エリザベート          ヤヴァニノ    ┃
        ┃    オハ              ┃     ┏┛
      ラザレフ   ┃           オゼルノフスキー┏┛
   カマオタ┃  ポギヒ┫                ┗┳┛
デレン     サハリンスキ┫              ロパトカ岬
        ┃     ┃
        ┃    恵須取             アライド
       ┏┛  ポロナイスク-┓
     ┏┛       ┃               セベロクリリスク
     ┃ ホルムスク━ユジノサハリンスク          温禰古丹
     ┃    ┃   ┃              捨子古丹
    ┏┛   内幌  大泊              羅処和
    ┃                          新知
  ┏┛      稚内               見島
  ┃         .|               床丹
.┏┛         ┃
┛       ┏━旭川━━━網走      蘂取
        ┃          ┃      紗耶
┏岩内-倶知安━━━富良野 ┃  留夜別
瀬田内    ┃      ┣━釧路-根室 泊 色丹
 ┣函館  室蘭     襟裳       歯舞
松前    下北┓
         ┃
.十三-青森-三戸
  ┃      ┣久慈
 大舘     九戸
土崎┫      ┃
  秋田    盛岡
  .┃      /

143S.C.為作 ◆S.C.T/lLWs 2008/09/20(土) 03:17:46ID:nNJKymsZ?2BP(601)
━┓□ / ̄\                     ┃    パンルルカ
  ┗━┛ フヨリ   鵞小門           ヤーウェン    ┃
        ┃    奥端              ┃     ┏┛
     アラペスカ   ┃            オゼルナヤ┏┛
   カマオタ┃  鉾部┫                ┗┳┛
デレン    ┃  落石╋縫江             ロパトカ
        ┃    丸山
        ┃    恵須取            親子場 占守
       ┏┛    敷香-┓
     ┏┛       ┃真知床            柏原
     ┃   真岡━豊原             温禰古丹
     ┃    ┃   ┃              捨子古丹
    ┏┛   内幌  大泊              羅処和
    ┃                          新知
  ┏┛   ヤムワッカナイ            見島
  ┃         .|               床丹
.┏┛         ┃
┛       ┏-チウペツ-━アパシリ    蘂取
        ┃          ┃      紗耶
┏イワナイ-ニセコ-━フラヌイ ┃  留夜別
セタナイ   ┃      ┣━釧路-根室 泊 色丹
 ┣箱舘 モロラン  エンルム      歯舞
徳山舘  下北┓
         ┃
十三湊-浪岡-三戸城
  ┃      ┣久慈湊
 大舘城   九戸城
土崎┫      ┃
 檜山城━高水寺城
  .┃      /

144人間七七四年2008/09/20(土) 04:12:35ID:Oo2uFZ9y
>>19
>中国
戦国期に中国など存在しない。歴史を捏造するな。売国奴が。日本の国土を売るつもりか。

145人間七七四年2008/09/21(日) 12:05:00ID:8gKhm4L5
元やら明やら清やら中国大陸の国をひっくるめて中国ってよぶだろJK

戦国期だとアイヌと交易してたのは大元とかオイラトかも
明→大元→樺太アイヌ→蝦夷アイヌって物流かな

146S.C.為作 ◆S.C.T/lLWs 2008/09/27(土) 01:56:46ID:MiDpkSxZ?2BP(601)
>>144
「戦国期の韓国」とかたまにあるけど韓国だったら流石にその反応でもいいと思う

>>145
アムール川河口にもアイヌはいたのだから女真とかとも接していたんじゃないかな

147人間七七四年2008/09/27(土) 15:52:34ID:IdvYvPO9
アイヌとマタギの関連は?

148人間七七四年2008/09/27(土) 17:54:42ID:di8UNwZe
>戦国期に中国など存在しない。

戦国期に日本など存在しない。
まぁ、ある意味正しいな

149人間七七四年2008/09/27(土) 19:31:43ID:GgWPMhso
まあ、大抵の場合は戦国(期)の中国(地域)とか、戦国(期)の日本(地域)、戦国(期)の韓国(朝鮮地域?朝鮮南部地域?)っていうふうに、言葉足らずなだけなんで目くじら立てるほどではないかと。

150S.C.為作 ◆S.C.T/lLWs 2008/09/28(日) 03:29:14ID:/nIDI8Ym
日本が戦国期の頃、中南米ではインカ帝国がスペインに滅ぼされているけれど
韓国の主張によるとこのインカの起源は韓国にあるんだってね。
この場合の「韓国」も朝鮮南部地域のことなのかな…?
日本の学校教育で習ってきた歴史が正しいとすると
朝鮮半島南部地域がインカ帝国を作ったとは考えにくいんだけど…
日本って歴史を歪曲しているの?
『印刷術の起源国―韓国』って展示会もあるくらいだし
日本が歪曲しているだけでもしかしたら実は戦国期に韓国があったとか?
いや、でも待てよ?最近ではビッグバンの起源も韓国だと聞くし
これに拠ると宇宙の誕生以前から韓国(もしくは朝鮮半島)は存在していたのかぁ

151人間七七四年2008/10/04(土) 23:52:20ID:7EDzbQpk
大韓民国って建国数十年の国なんだろ?違うのか?

152人間七七四年2008/10/18(土) 14:17:31ID:pJgkJfZ0
アイヌは国家とか考えなかったんだろうね。

153人間七七四年2008/10/29(水) 21:13:24ID:3XtFk6uH
ア イ ヌ の 歴 史  http://www.geocities.jp/sonomama_da/ainu.html


インディアン、アボリジニ、アイヌといった 誇り高き民族がこのころ、地球上で相次いで迫害、虐殺されていた。

154人間七七四年2008/10/30(木) 20:17:21ID:27kH8Goy

155人間七七四年2008/11/01(土) 13:18:25ID:DiHKahmi
>>141
>>138>>58は考古学界で主流になっている説だ。
アイヌ文化にトビニタイ文化を経由してオホーツク文化の影響があることは
そのとおりだが、トビニタイ文化そのものが
「オホーツク文化の要素が残存している擦文文化」だからねえ。
擦文文化とアイヌ文化に一定の連続性があるのは、発掘調査などから
明らかなこと。

156人間七七四年2008/11/01(土) 18:57:25ID:uY1prfmp
>>155
おいおい、ここは2ちゃんだよw
研究費欲しさに噛み付きマッチ論文や暴露本を書いて警鐘を乱打して注目を集めておいて
ポンプのホドコシ銭を恵んで貰った後にはスッカリ牙を抜かれた獣のように温和しくなり
どっかのだれかに飼い慣らされて擦り寄ったイエスマン口調に変貌する学者みたいなレスなど。・;(RY〜@@)v
同じ穴から複数の文化の遺物がでたら連続性云々とか馬鹿言ってる連中が群れをなして標準化された認識などクソ喰らえだWwW)v
オホーツク文化にしてもハッキリわかっているのにそれを言われちゃ困るもんだから、、プッ(GG}…_(‥)チーン

157人間七七四年2008/11/18(火) 13:00:11ID:94jHFNOo
>>155は面白いってば。

158人間七七四年2008/12/02(火) 11:12:39ID:sdaMBEFQ
こんなに内容があるところは珍しいと思う

159人間七七四年2008/12/16(火) 14:30:31ID:qqT1l0E6
擦文文化をあっさり捨ててしまうのが面白いね。

160人間七七四年2008/12/16(火) 18:57:32ID:6AH9Luzs
つか、人種がまるっきし違う異人種の民族文化を真似ようがパクろうが
奪い取ろうが、所詮はす住み着きが後だという史実は払拭できない。
連続性とか担うとか継承などと日本語マジック使ったところで後発の住民がアイヌだ。
これは逆に言うと北海道の先住民は北方民族人種であって北方民族ではないアイヌは後の移住民だ。

161人間七七四年2008/12/17(水) 02:09:17ID:kV1QbaPZ
俺が松前藩主ならしっかり同盟結んで兵募って最北から天下狙う

162人間七七四年2008/12/17(水) 17:30:36ID:NVFW9EUH
俺がシャクシャインなら飲み会や合コン、忘年会では
天井に岩が吊るされてないか確かめる。

163人間七七四年2008/12/18(木) 09:26:01ID:cZLa7YhD
>>162
その前に川を挟んだ対岸のアイヌと獲物の取り合いや縄張り争いをしなければ
倭人を襲って戦争にいたって最後に和睦を装った罠に死ぬこともなかったんだから
熊にしても魚にしてもカムイの主権争いからのアイヌどうしの殺し合いが間違いのはじまりだ
資源ナショナリズムの利己によって戦争をはじめたのはアイヌとアイヌなんだからね

164人間七七四年2008/12/18(木) 17:15:14ID:CF5ZPkZD
>>163
その争いを
「ニューイヤーズデイ」や
「サンデーブラッディーサンデー」
って歌にしたり、
「アイニッシュオクトーバー」
ってアルバムを出せばミスチルがパクッてくれますか?

165人間七七四年2008/12/29(月) 15:25:19ID:rUJdqvyX
>>161 強そうですね。

166人間七七四年2009/01/05(月) 00:50:02ID:nJ9yi+YJ
>>161
賢そうですね。

167人間七七四年2009/01/23(金) 14:54:46ID:VLXF5gEA
兵募るほどの人口がいたかな

168人間七七四年2009/02/06(金) 14:33:29ID:WPaJpFE3
2万人ぐらいかな

169人間七七四年2009/02/08(日) 07:07:22ID:KqIi4XCm
コシャマインの時に1万人規模を動員したとあるな。
これが事実だとしても、まぁ総動員・短期間だから出来たんだろうけど。

170人間七七四年2009/02/08(日) 13:17:26ID:4C2pf64Q
元軍とやりあって破ったりもしてるんだよね

171人間七七四年2009/02/14(土) 22:18:32ID:ilM9Pht7
>>95-97
縄文時代は温暖期だったが戦国時代あたりは小氷期だったろ。

172人間七七四年2009/02/26(木) 15:07:52ID:61SgAeYf
気候と関係あるのかな?農耕を忘れたイメージがあるんだけど。

173人間七七四年2009/03/10(火) 16:00:29ID:yBNbuXO/
北海道は余程豊かだったんでしょね、自然の恵みという点では

174人間七七四年2009/03/28(土) 15:08:42ID:2eSitk2H
人口も少ないだろうから。

175人間七七四年2009/04/11(土) 15:40:16ID:JvBiP+0/
天文二十年に講和。

176S.C.為作 ◆S.C.T/lLWs 2009/04/12(日) 07:36:16ID:JSw1bolR
安東國では北蝦夷から蝦夷地に掛けては蠣崎氏が筆頭の地位に立ちアイヌや他の館主に対し優位を築いていたが1550年に
上國守護蠣崎季廣,セタナイ首長ハシタイン,シリウチ首長チコモタインの三者を招集し会談講和させる。
蝦夷管領は蠣崎氏に上國と松前の守護を兼任させ力を与えてしまっていたが
この時に安東舜季はアイヌ側有利(蠣崎氏不利)に領内の勢力圏を改訂し
瀬田内酋長を西夷伊,志利宇知酋長を東夷伊に任じた。
翌1551年には夷狄商舶往還法度を定め、アイヌ酋長の領内を通過する際には帆を下げ敬意を示すことや
一方で蠣崎氏には自商賈役の一部を「夷役」として両尹に献上させることを課した。

177S.C.為作 ◆S.C.T/lLWs 2009/04/12(日) 08:01:37ID:JSw1bolR?2BP(4000)
天文十九年六月二十三日
河北郡桧山の屋形尋季の嫡男安東太舜季朝臣此国を見んと慾し渡來し給ふ。之を東公の嶋渡と謂ふなり。
勢田内の波志多犬(ハシタイン)を召寄せ上之國天河の郡内に居へ置きて西夷の尹と爲し
亦志利内の知蒋多犬(チコモタイン)を以て東夷の尹と爲し夷狄の商舶往還の法度を定む。
故に諸國より來れる商賈をして年俸を出さしめ其内を配分して兩酋長に賚ふ。之を夷役と謂ふ。
而る後西より来る狄の商舶は必す天河の沖にて帆を下げ休んて一礼を爲して往還し東より來る夷の商船は必す志利内の沖にて帆を下げ休んて一礼を爲して往還する事、偏に季廣朝臣(蠣崎季廣)を慫せしむる處なり。

178人間七七四年2009/04/27(月) 15:13:04ID:ghMzrNZc
季広が家督を継いだ五年後だね。

179人間七七四年2009/04/27(月) 17:48:52ID:9Q34Xmtc
釧路や留萌で厳星兜が見つかってるようだけど
誰か内地から渡って来たんだろうね
それともアイヌが交易で手に入れて使ってたりしたんだろうか

180S.C.為作 ◆S.C.T/lLWs 2009/04/27(月) 22:18:58ID:IIE/arJi?2BP(5000)
アイヌだけでなく、現カムチャツカの南端にまで交易目的の日本人が住んでいたともいわれるし
両方が考えられるな

181人間七七四年2009/04/28(火) 10:34:41ID:qa+yOz9g
古写真にあるアイヌ鎧もどことなく胴丸・腹巻に近いものがあるね
ところで、アイヌ、和人問わず道内各地にある武具なんかを探したいんだが
このスレで情報求めても構わないんだろうか

182人間七七四年2009/05/14(木) 15:53:34ID:2xtTCKom
博物館か。

183人間七七四年2009/05/25(月) 14:54:15ID:6RAsVGil
アイヌ民族博物館。

184人間七七四年2009/06/09(火) 15:43:01ID:DptuwKc6
>>181蝦夷に似てるか。

185人間七七四年2009/06/11(木) 21:26:51ID:L127ZnZ1
このころのアイヌて人口3万とか50万とか言われてる
けどどっちが本当なの?

186S.C.為作 ◆S.C.T/lLWs 2009/06/11(木) 22:02:03ID:l8xlJHaF
アイヌは蝦夷や津軽だけでなく出羽や千島や北蝦夷にもいるぞ

187人間七七四年2009/06/25(木) 15:43:24ID:tZyHKSFC
北蝦夷とは?樺太か?

188S.C.為作 ◆S.C.T/lLWs 2009/06/25(木) 16:38:54ID:hinMZd6U
>>187
現在の樺太のこと

189人間七七四年2009/06/30(火) 19:46:44ID:Avqq87Xn
トリカブトの毒矢を使ったとか。
殺傷率最強。

190人間七七四年2009/07/16(木) 15:15:30ID:lypd0Ap6
江戸期も北蝦夷と呼んでいたんだね。

191人間七七四年2009/07/16(木) 21:27:26ID:IHQuUoNQ
実は最強。
騙すしかない。

192S.C.為作 ◆S.C.T/lLWs 2009/07/17(金) 00:10:49ID:xGOJSzS0
北夷と呼んだこともあるらしい

関連スレ
ttp://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/nanminhis/1246273764/

193人間七七四年2009/07/30(木) 16:00:45ID:z0oYOCC4
北夷とか漢語みたいだ。

194人間七七四年2009/08/08(土) 14:58:19ID:VjkmO5fJ
それは北狄だよ

195人間七七四年2009/08/18(火) 13:48:03ID:VoHTtNNN
北にいる 東夷なのか。

196人間七七四年2009/08/29(土) 12:44:36ID:Ynu8LcPG
国学の影響だよ。

197人間七七四年2009/09/09(水) 16:00:25ID:WBeMf/eM
そうなの?

198人間七七四年2009/09/17(木) 15:16:54ID:95/heHNC
古代から蝦夷だから。

199人間七七四年2009/09/29(火) 15:09:41ID:zvwpTz6F
北蝦夷の略。

200S.C.為作 ◆S.C.T/lLWs 2009/09/29(火) 23:32:57ID:R/svLfQI
たぶんそうだと思う。

201人間七七四年2009/10/09(金) 14:57:01ID:tWGd3wYx
樺太には結構アイヌいたみたいね。

202人間七七四年2009/10/19(月) 15:59:50ID:WUJzUyW2
でも日本人が圧倒的に多かったんだしょ。樺太の人口構成。

203S.C.為作 ◆S.C.T/lLWs 2009/10/20(火) 09:10:18ID:KB4UXnz2
>>202
戦国時代の時点で既に樺太の人口は
日本人>アイヌだったのか?
安東氏の下でアイヌが自治していたと思ったが

204人間七七四年2009/10/20(火) 14:54:16ID:UtEKUzYb
カムイ伝の連載開始当初の構想では、最終的にカムイがアイヌの反乱に
加わる展開だったらしい。
いつの間にか江戸で将軍家相手にまったりしてるけど。

205S.C.為作 ◆S.C.T/lLWs 2009/11/03(火) 01:54:47ID:MEmJLCLd
カムチャツカのアイヌや日本人は戦国時代に何やってたんだろうな

206人間七七四年2009/11/13(金) 15:47:15ID:UsyqzWu9
ロシア人が居ないから 平和に交易でもしてたのでは。

207人間七七四年2009/11/25(水) 15:20:08ID:cHMk97PG
アイヌって平和好きだよね

208人間七七四年2009/12/08(火) 20:44:11ID:Ijta9tPF
モンゴル軍なんかも撃退できるくらい平和好きだよね

209人間七七四年2010/01/04(月) 12:15:57ID:RervCUF0
そう好戦的ではない。

210人間七七四年2010/02/21(日) 07:19:53ID:ZgALtC0v
攻め入ったりしないからな

211人間七七四年2010/03/09(火) 20:47:35ID:ImtB59yg
大きなコタンでも20戸程度って規模の「戦争」ってどんな感じなんだろうな
ウィルタのトナカイ騎兵VS道東アイヌ連合が湧別川を挟んで激突、とかそんなファンタジー

212人間七七四年2010/03/14(日) 06:39:12ID:lENSqeta
侵略があった場合は近辺の部落に情報とばす→
その部落内で狩猟の得意なやつ(戦えるやつ)が部隊を組む→
それぞれの部隊がたまに連携を取り合ったりもするが基本的には独立してゲリラ戦法

こんなイメージ

213人間七七四年2010/03/27(土) 18:53:11ID:vCTqG7+t
考えようによっては安東氏や南部氏が台頭してきて一応戦国大名っぽくなろうとしてた頃って
奥州藤原氏が滅んだころから400年も経ってないんだよな。
生活や文化のここそこに俘囚とかえみしとか言われてたような感じの何かが
東北のほうにも色濃く残ってたのかもしれないよな。
神社の神さまの名前も残ってるだけでトナコシ神とかちょっと耳慣れないのが多いし

214人間七七四年2010/05/15(土) 15:16:40ID:g5Ennv01
近代でも習俗として残ってたよ

215人間七七四年2010/06/07(月) 23:30:20ID:S1i2H87T
アイヌは好戦的ではなく、
かなり平和主義だったみたいだな…

「近世蝦夷人物誌」

とか読んでて鬱になる…

216人間七七四年2010/08/20(金) 11:23:56ID:uV1YfWUI
戦国アイヌの武器を教えて下さい

217人間七七四年2010/08/20(金) 11:44:41ID:jIztnSAQ
弓矢の鏃の素材が気になるな。
刃物は交易で手に入れたにしても。

218人間七七四年2010/08/20(金) 12:14:20ID:uV1YfWUI
>>217
弓矢に関しては毒矢は間違い無いにして問題は石鏃の使用の有無ですよね
石鏃の使用も考えられますがこの時代まで石鏃作成技術を伝承してたか微妙なとこ
逆に和人の鉄鏃鋳造技術がキチンとアイヌに伝わってかも微妙なとこ


219人間七七四年2010/08/21(土) 07:01:38ID:5tORuDL8

北海道の出身者の戦死者数の多さ

http://akiba.geocities.jp/pxzuwp/0202/6/151.html

日露戦争にもアイヌ人は従軍したと言われていた。

220人間七七四年2010/08/21(土) 17:49:02ID:C+Pm/Ucg
>>202-203
おいおい、それは根拠ないぞ。

221人間七七四年2010/08/21(土) 17:52:23ID:C+Pm/Ucg
>>205
言うまでもないがカムチャッカに日本人はいなかったし、
アイヌ人も南端だけ。
普通に江戸時代末期までは日本人の居住地は牡鹿半島南端に限られてたし、
樺太、千島、カムチャッカに日本人はおろか日本支配すら及んでなかった。

明治以降に幾分、「日本人がいた」という捏造がされただけ。

222人間七七四年2010/08/21(土) 18:02:59ID:C+Pm/Ucg
基本的に樺太の日本人入植は近代のもの。
ただし、探検や布教や交易のために日本人がわたったことはあるが。
http://www.k3.dion.ne.jp/~karafuto/rekisi.html]
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A8%BA%E5%A4%AA

あと、千島にいたっては恒常的な支配があったのは国後、色丹どまりだね。
カムチャッカに日本人の陣屋があったという説にいたっては捏造かトンデモだろ。

223人間七七四年2010/08/21(土) 22:53:26ID:EGnJ4bu6
>>218
弥生末期には流石に鉄は入ってるだろ
間をおかずに鋳造技術も入ってる
そしたら石器なんて誰が作るかよwww
長年かけて培った技術が必要なの石鏃ってのは

224人間七七四年2010/08/26(木) 01:27:17ID:TMjHyXVa
和人と交易するようになって製鉄技術を捨てたって話がなかったっけ?

225人間七七四年2010/08/26(木) 04:30:41ID:MTqLswLJ
 
年頃のアイヌ女性は漁師達の慰み物になった

http://akiba.geocities.jp/pxzuwp/0203/32/207.html

日本の民族浄化、弱い者いじめの伝統は、生半可ではない。

226人間七七四年2010/08/29(日) 12:25:11ID:JrhQDNnf
>>224
鋳造技術は捨てたとしても石鏃製造技術を伝承してないんじゃないかな

227人間七七四年2010/09/04(土) 22:02:27ID:fQ1BZzIz
>>221
誰も突っ込まないから俺が突っ込んどくか。
牡鹿半島じゃなくて渡島半島だろ!
宮城と北海道の区別がつかないとか、どんだけ〜。

228人間七七四年2010/09/05(日) 00:22:41ID:TyCplCZb
>>225
こんな電波発信サイトを見ているのか?
おまえ、本人だろうw

229人間七七四年2010/09/06(月) 11:51:43ID:K9oDkl/n
江戸時代のそれも中期以前から
樺太、千島、カムチャッカにアイヌ人以上の数の
日本人が居たとかいう言う奴はデムパだと思うぞ。

230人間七七四年2010/09/07(火) 16:52:02ID:SkEPT5qr
その日だったか、いたるところのスレにそのサイトが貼られていたような気がする

231人間七七四年2010/09/16(木) 15:07:09ID:Ge4MOODt
>>83

>九州と関西は半島系

世界でALTウイルスのみつかった日本
そのなかでも九州は高い数値
チョンは0ですよ

232人間七七四年2010/09/16(木) 15:10:09ID:Ge4MOODt
>>231

まちがえたATLウイルス

233人間七七四年2011/02/04(金) 16:46:19ID:ZDfdOfeP
津軽氏(大浦氏)は津軽のアイヌと激戦を交えてたな
五所川原あたりには幾つものチャシの跡があって
津軽アイヌは津軽人の中に同化してしまったが

234人間七七四年2011/02/05(土) 01:07:51ID:OD+uWf7K
東北の立派な髭殿はアイヌ人って感じがする
以外にも北部にはまだ残ってたんだよね、半信半疑だけど

235戦国時代にアイヌは居ない。 相生はいた2011/04/29(金) 23:54:56.02ID:FngLDVXW
戦国時代はモスクワ民族がモスクワを占領した頃なので、日本で言う戦国時代には、アイヌ人はまだ極東アジアへモスクワ民族に「押され」、一緒にやってきておらず、
その当時のアイヌ人は、まだ、モスクワの近郊で野人をしていました。
   
モスクワ民族が黒船で捨てに来た「ロマの民」がアイヌです
  http://www.geocities.jp/orionseijin_cacacakah/02_jyoumonnjin/02_jyoumonnjin_img/Siome_web.html
◆ どうして? なんで?  現代ではウソが正義なの?
  http://www.geocities.jp/orionseijin_cacacakah/01_pheromonelogy/Whats/Pachmuh_Zaccheem.html
● 世の中、アイヌ話はサヨク本しか書店にない。
  http://www.geocities.jp/orionseijin_cacacakah/ainu_rosuke/yoroz_HTML/All_AinujinUsoBook.html

236朝鮮アイヌ(トケビ)2011/04/29(金) 23:58:09.58ID:FngLDVXW
Ainu Memo: 
 アイヌの中卒は天然中卒(学力的中卒)。
 アイヌの中卒の多さは、和人が冤罪被害。 
 差別由来の貧困経済問題ではなく、遺伝知能の問題。
 http://www.geocities.jp/orionseijin_cacacakah/UsotukiJinsyuAinu/RomaHedohkaCyuusotuMnoge.html
   
● 朝鮮アイヌ(トケビ)
http://www.geocities.jp/orionseijin_cacacakah/gorira_type-b/yah_kamui/Bonnta/Slave_artificial_breeding.html

237戦国時代ごろはアイヌの「Sex仕込み中」2011/04/30(土) 00:00:49.31ID:lD+uMi20
● 孫悟空 ロマ
http://www.geocities.jp/orionseijin_cacacakah/yahooBBS/26710305KanningGoriraRoma.html
  
● 孫悟空と猪八戒がSEXをして、アイヌ人誕生
http://www.geocities.jp/orionseijin_cacacakah/gorira_type-b/YAP/songokuh_26700815.html

● 「万世如意」棒 - Lou LAN Empire, Mansei Nyoiboh
http://www.geocities.jp/orionseijin_cacacakah/gorira_type-b/YAP/LouLAN_ManseiNyoiboh.html

● 江戸幕府の鎖国は、日本人のB型・ゴリラ顔化を予防した
http://www.geocities.jp/orionseijin_cacacakah/gorira_type-b/SoutaiseiUari/sakoku_BG_face_690103a.html

2389\dh2011/11/07(月) 13:24:12.92ID:fhdP2rW7
>>236
差別はあったよ
私は突然音楽の教科書を豚饅頭みたいなキツネ目女に盗まれて
「返せ!」と言ったら「知らない」
「ふざけるな!」と言ったら「アイヌが嫌いなんだよ」
周りのキツネが大爆笑
そんな状況で卒業した自分はちょっと偉いと思った

239人間七七四年2011/11/07(月) 14:11:51.00ID:Nn9qnT2H
>>238
そんな人間居るのか・・・
それって何年くらい前の話?
月並みだが大変だったね
耐えて卒業したアンタは偉いよ

2409\dh2011/11/07(月) 19:51:41.80ID:fhdP2rW7
>>239
20年以上前かな
アラフォーです
あちこち転校したけど関東では何も無かった
九州では「北海道から来ました」に敏感に反応したシナチョン顔に攻撃され
イケメン達(もちろん日本男児)が味方してくれた
列に並んでてシナチョン不細工女が数人割り込んで来ると
「どうしたの?何かあった?」とイケメン、「この人たちが割り込んできた」と言うと
「お前らちゃんと並べよ!」と撃退してくれたりした
九州の婆さん方によると私の顔は典型的な東京人らしい
全国各地色々あるね

2419\dh2011/11/08(火) 07:36:33.84ID:xqNfOvP/
そういえば北海道の豚饅頭を撃退してくれたのもイケメン達だったなー
「この白豚!」って
そんな日本男児がどうしてハニトラに遭うのかというと
日本女性に対する激しい風評被害なんじゃないかと最近思う
ある事ない事、誇張、捏造、何でもありのバッシング

242人間七七四年2011/11/14(月) 02:01:19.71ID:Jb1t5oRT
嘘つきユダチョン
気付けばどれほど酷かったか
フラッシュバック!!!

243人間七七四年2011/11/14(月) 19:59:06.92ID:yTgKSqdf
>>236
日本語でおk

244人間七七四年2011/11/25(金) 18:45:31.38ID:M8FK7x/Y
tes

245人間七七四年2011/11/26(土) 01:46:35.81ID:z4CfQljb
>>12
ありがちだが欧州ワラタ

246人間七七四年2011/11/28(月) 22:33:05.76ID:i7DriaKO
>>245
ロシアかもよ
距離的に

247人間七七四年2011/11/30(水) 09:27:48.79ID:vyxRYxiR
>>241
風邪の噂では豚饅頭は今精神病院にいるらしい

248世界市民2012/02/07(火) 23:21:39.24ID:rZyKzqNM
日本人が、アイヌの剣も、お辞儀も、腹切りも自分の文化にした
http://japanese.ruvr.ru/2012/02/06/65448380.html

249人間七七四年2012/02/08(水) 02:31:04.54ID:xbsae8uW
【南米】アマゾン奥地で先住民族”パイパン族”を発見(画像有り)
http://engawa.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1320157236/

250人間七七四年2012/02/08(水) 03:19:44.59ID:/S/nxhT/
アイヌ政党結成したころから縄文関連スレとアイヌ関連スレに工作員が出没するようになったな

251世界市民2012/02/09(木) 22:25:23.73ID:fCL1PYNF
日本人が、アイヌの剣も、お辞儀も、腹切りも自分の文化にした
http://japanese.ruvr.ru/2012/02/06/65448380.html
【北方領土】ロシアの声「刀も腹切りも元はアイヌ文化」「我々は650年間日本の侵略と戦ってきた」「クリル諸島はアイヌのもの」[2/7]★2
http://awabi.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1328654283/

252人間七七四年2012/02/10(金) 11:12:43.08ID:did6RLua
ロシアも煩いな
そのうち、北海道をアイヌひいてはロシアに返還しろとかいいだすかw

253人間七七四年2012/03/14(水) 10:23:20.65ID:KsVGOP2U
ツングース系民族・ツングース諸語圏の歴史
http://awabi.2ch.net/test/read.cgi/whis/1331650455/l50

254人間七七四年2012/03/23(金) 13:48:29.17ID:XYM26r8r
やっぱり羆と壮絶な生存競争を繰り広げてたのかな?

255人間七七四年2013/10/13(日) 00:36:17.72ID:R7l2VrQ8
シア

256人間七七四年2013/10/13(日) 09:24:46.91ID:PVTs6kl+
戦国アイヌの武器を教えて下さい

257人間七七四年2013/11/01(金) 18:10:46.45ID:QjQ2PZ9V
アイヌ勢力が天下撮りしたら面白いかも。

258人間七七四年2014/02/14(金) 21:44:20.19ID:3CDPpJ5Q
>大阪府三島郡島本町の小学校や中学校は、暴力イジメ学校や。
島本町の学校でいじめ・暴力・脅迫・恐喝などを受け続けて廃人同様になってしもうた僕が言うんやから、
まちがいないで。僕のほかにも、イジメが原因で精神病になったりひきこもりになったりした子が何人もおる。
教師も校長も、暴力やいじめがあっても見て見ぬフリ。イジメに加担する教師すらおった。
誰かがイジメを苦にして自殺しても、「本校にイジメはなかった」と言うて逃げるんやろうなあ。
島本町の学校の関係者は、僕を捜し出して口封じをするな

>島本町って町は、暴力といじめの町なんだな

子供の時に受けた酷いイジメの体験は、一生癒えない後遺症になるなあ

259人間七七四年2014/10/20(月) 17:50:08.07ID:bjKQdnUJ
俺はアイヌ民族のサッカー選手が日本代表になってもらいたい。
そして在日の帰化選手。
これで本当の日本代表になる。

260人間七七四年2014/12/02(火) 13:28:16.37ID:soDMlfHA
モンゴル帝国vsアイヌも互いに侵略し合った戦闘力だと見た記憶あるけど
>>218
金属製の武器はいつごろから大量に普及したの?
アカエイの尾の毒針を矢に使った事はあるの?

261人間七七四年2014/12/04(木) 00:17:43.88ID:imB9yVfx
近くに鉄の生産が盛んな南部家がいたし
意外と早い時期に金属製の武器は入手してたと思われ

262人間七七四年2014/12/30(火) 11:28:34.05ID:iwr1Mw5m
アイヌに侵略されて困ってる部族を助けに元が援軍送ってるから、かなり強いだろ?

263人間七七四年2015/06/13(土) 12:27:26.19ID:C1hZTT6v
当時アイヌには騎馬戦術はあったの?
樺太や北海道に馬が入ってきたのはいつ頃だろう?

264人間七七四年2015/08/28(金) 20:49:33.12ID:AaiLuo/a
アイヌ自体は成人男子なら弓、刀、槍は普通に使えるから、足軽なんかより兵としては普通に強いだろう。
問題はこれら優れた兵士を戦争で上手に活用できるシステムが根付いてなかったことで、組織としての戦力
をうまく発揮できなかったこと。

ここら辺がモンゴルのような遊牧民族国家と違うところ。

265人間七七四年2015/12/09(水) 00:27:27.63ID:xATV0KOD
アイヌには頑張って欲しい

266人間七七四年2015/12/19(土) 19:37:09.53ID:SG5nfOSG
アイヌの世界に男色は、どの程度
一般的だったのでしょうか?
本土の衆道ほど盛んでは無かったとしても
通過儀礼的な制度といった風習はなかったのでしょうか?

267人間七七四年2015/12/22(火) 17:31:31.20ID:dS7BPhVR
http://ninkyou.blogspot.jp/?m=1
ヤクザグッズなら当店にお任せ下さいませ。
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268人間七七四年2016/02/20(土) 12:16:51.16ID:MGzBwech
>そいえば自分もベッキーパターンで不倫した時あるけど
>既婚者ってわかった時は男に激怒したわ
>「私の綺麗な経歴を汚しやがって(怒)」
>てな感情しか出てこなかった

綺麗な経歴w

269人間七七四年2016/06/21(火) 01:02:19.60ID:ebCeGx1j
アイヌの神話伝承やユーカラから政治史は復元できんのかな
松前への旅や和人の悪徳商人についての伝承は残っているらしいが

270人間七七四年2016/06/21(火) 23:26:46.07ID:J26/HRUz
内地の無年号文書ですら特定に苦労するのに
ましてや伝承なんて漠然としすぎてて無理でしょう

271人間七七四年2016/06/22(水) 15:32:11.82ID:961YIpTM
アフリカのドゴン族のシリウス神話しかり
無文字文化の「伝承」なんて、実はすごい最近の話だったりするからな

272人間七七四年2016/06/22(水) 22:53:36.04ID:hdKFF4MZ
俺はアイヌ応援するよ。
大和民族は日本人にアイヌ民族も含まれていること忘れてるから。

273人間七七四年2016/07/14(木) 17:07:22.51ID:dAtQ1Ra8
アイヌの外見的性質は5割〜9割の一致がある
逆に言えばそれだけしかない

つまりアイヌの中に倭人もかなり入ってて人種的にはかなり同化しちゃってる

274人間七七四年2016/08/07(日) 22:59:19.32ID:m7Tyn7GL
アイヌ遺骨 返還に壁、独研究140年の歴史
毎日新聞2016年8月7日 08時00分(最終更新 8月7日 08時19分)

【ベルリン中西啓介】ドイツで見つかったアイヌ民族の遺骨について、北海道アイヌ協会は返還を求める方針だ。だが、ドイツ側は「不適切な収集」の裏付けなどが必要だとの考えだ。長年放置されてきた遺骨の調査には、140年以上という歴史の壁が立ちはだかっている。

「不適切収集」の証明必要
ベルリン中心部の国立図書館に19世紀発行の民族学誌が収蔵されていた。すり切れた布張りの表紙を開くと、アイヌの頭骨のイラストが次々と現れた。

執筆したのは、ベルリン大教授のルドルフ・ウィルヒョウ(1821?1902年)。細胞病理学や人類学の礎を作った「権威」だ。

欧州でのアイヌ研究は、1860年代に英国で初めて遺骨が公開されたことで活発化した。「最も原始的な民族」とされたアイヌの骨を計測し、民族の特徴や人類の系統を解明しようとしたのだ。

ウィルヒョウは、1873年、同誌でアイヌの遺骨を入手したことを報告。93年の同誌では、7体の頭骨を保有していることを明かし「サンプルを増やしたい。東アジアの仲間にアイヌの骨を送るようお願いしたい」と熱心に訴えた。

「シュレージンガー氏が札幌の農業試験場(偕楽園)で収集した頭骨」。82年の民族学誌で、ウィルヒョウは具体的な収集者や収集場所を記載した。偕楽園は1871(明治4)年開設の札幌初の公園だ。

他の記録では、旅行家のウィルヘルム・ヨーストら複数のドイツ人が遺骨を独国内に運んだことも分かった。

運ばれた遺骨は今、どこにあるのか。人類学の資料を保管する研究機関に問い合わせる中で、ウィルヒョウが設立を主導した「ベルリン人類学民族学先史学協会」(BGAEU)と、彼が勤めたシャリテー・ベルリン医科大の収蔵品に残されていることが分かった。

BGAEU代表のウォルフラーム・シーア・ベルリン自由大教授は6月上旬、6体の遺骨が記録された収蔵リストを提示。「33番にシュレージンガーとあります」と説明した。

該当欄には「Aino(アイヌ) Yeso(蝦夷(えぞ)) Sapporo(札幌) Schlesinger(シュレージンガー)」とあった。毎日新聞の取材を受け、BGAEUは7月、ベルリン市内にある収蔵庫を調査。この遺骨を含む6体が今も保管されていることを確認した。

シュレージンガーはどのように遺骨を入手したのか。それを解く鍵は、ベルリンから約540キロ離れた独西部ボンにあった。

「冒とく行為がもたらす危険を避けるため、夜の闇に紛れ、素早く手前にあった頭骨を入手した」。1880年の民族学誌で、シュレージンガーが盗掘を報告したことが記録されていた。

この民族学誌を所有するボン大のハンスディーター・ウールシュレーガー博士は「当時は墓の盗掘に恥の意識がなかったことの表れだ」と指摘。「さらに多くの遺骨が収集された可能性が高く、独国内の研究機関は独自に調査すべきだ」としている。

http://mainichi.jp/articles/20160807/k00/00m/030/131000c
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=4131830&media_id=2

275人間七七四年2016/08/27(土) 17:40:12.18ID:pv9OPWYS
超格差社会アイヌでは、酋長が大勢の妾を独占
→若者が結婚できない→人口減 (見かねた幕府が、妾の数を制限してあげた)

また、格差社会アイヌ伝統の、女性を贈答品とした同化作戦
http://30932531.at.webry.info/201205/article_4.html

 > 擦文人やアイヌが
 > それほど親交関係にないオホーツク人を同化させた方法は、
★ > まず女性を贈答品として彼らに送ることであった。

オホーツク人の文化(イオマンテの起源等)も、アイヌは同化侵略で吸収

シャクシャイン内乱では、砂金利権をめぐり、かなり鉄砲も持った武装アイヌ集団が
一般の本州人をまず大量殺戮 (島原の乱などに比し、鎮圧は激甘)

字も数え方も知らない、酒好きの格差民族アイヌに、望めば教育提供したのが幕府

276人間七七四年2016/08/27(土) 22:49:15.12ID:8T6KP+lZ
もしもアイヌが部族単位で秀吉の北条攻めに参加してたらどうなるのっと?

277人間七七四年2016/08/29(月) 12:12:48.10ID:RIImlV2k
戦闘民族アイヌは、ニヴフを繰返し侵略※した結果
(※鷹狩り職人拉致・猛禽の羽根集め目的といわれる)
ニヴフのケツ持ちの元朝が出てきて、懲罰遠征くらった程だ

アイヌ部族は、後に砂金で儲けて火縄銃もけっこう持って松前勢と戦ったとあり
砂金の発見が早ければ、歴史がかなり変わってたな

278人間七七四年2016/08/30(火) 23:57:20.19ID:7EqA2V9M
アイヌが狩った狐・犬・オオカミ等の毛皮を売って、服や布や青玉を買うとか
サンタン交易って何の得があったんだろ・・・砂金無いと北方から武器輸入は厳しい

279人間七七四年2016/08/31(水) 12:28:32.49ID:cFWnwlQW
本州の商人に渡せばより多くの米と鉄が得られるからだろ

280人間七七四年2016/08/31(水) 13:35:53.50ID:n3t2meyP
オホーツク海を中心とした独立した北方文化圏から離脱し
南方志向を強めて日本文化の周縁化したのがアイヌ文化
という見方をしてみる

281人間七七四年2016/08/31(水) 22:28:12.97ID:Xu/etJXE
アイヌは「マタギの祖先」との説もあり
本州にもアイヌがいて、狩猟の専門家として特別待遇だったと知られてる

 本州アイヌと蝦夷錦にみる海峡往来
http://www.frpac.or.jp/about/files/sem1905.pdf
> クマやオオカミ、特にオオカミは和人が獲るのは難しか. ったようです。
> そこで、クマ退治、オオカミ退治をする. 時には、
> アイヌの人たちを動員してクマ狩り、オオカミ. 狩りをしました。


 アイヌ文化振興・研究推進機構
http://www.frpac.or.jp/application/files/28seminar_yamagata.pdf

> 江戸時代の津軽半島にはアイヌが住み、人喰い熊や人喰い狼が現れると
> 津軽藩(弘前藩)の. 依頼を受けて駆除をしていました。

アイヌは人食いオオカミ退治が得意な割に、本州で目だった戦功が少ない気がする

282人間七七四年2016/09/01(木) 23:02:36.17ID:f881wmKT
>>280 シャクシャインが扇動し、民間人多数虐殺した武装テロやった1646年
ロシアがオホーツク海進出
北方民族を侵略してきたアイヌも、さすがに極東進出したロシアには制圧された

ロシア人は千島アイヌに酷い毛皮税を課し、南に逃れるアイヌを追ってロシア人も南下

283人間七七四年2016/09/02(金) 18:14:37.39ID:j+S9uejY
>>279
米と鉄が欲しければ南下すればよかったのになんでしなかったんだろう?

284人間七七四年2016/09/02(金) 21:33:28.31ID:O9n3sZCd
松前は幕府側に同化した蝦夷(ある意味異民族)で、東北とアイヌは昔から交流深かった>>281

285人間七七四年2016/09/03(土) 00:32:51.59ID:wjbaY4Jg
>>283
アイヌ程度の人口勢力なら津軽海峡渡るよか貿易の方がペイする

286人間七七四年2016/09/03(土) 21:32:00.40ID:IDM1cUCD
アイヌ民族の男は強くないと女とセックスできなかったのですか?

287人間七七四年2016/09/05(月) 14:46:55.70ID:h+RYd0hR
男は強くなければ生きていけない

288人間七七四年2016/09/05(月) 17:58:55.41ID:BfT3h7QR
男はたくましくないとね

289人間七七四年2016/09/11(日) 16:01:45.91ID:osrIHwHu
アイヌは酋長が妾として女性を大勢独占してたから、必要なのは地位だろ
だから結婚も人口も少なくて、後に幕府が妾の数を制限してあげた

290人間七七四年2016/09/13(火) 00:54:33.04ID:XpVwx7A1
アイヌ民族の一般の多くの男は女とセックスできたのですか?
それとも酋長に独占されてできなかったのですか?

291人間七七四年2016/09/13(火) 14:18:05.71ID:TpMIdp4R
>>6 秀吉が小田原城を攻め滅ぼして、そのまま東北地方を占領したあと、
そのあとで、アイヌからも使者がきてたはず(降伏?)。

292人間七七四年2016/09/25(日) 00:15:03.55ID:DCQEjAku
アイヌ以前の擦文文化では鍛冶・農耕などしてたそうだが、文字もあったのだろうか

293人間七七四年2016/09/25(日) 18:44:59.60ID:bissQdvm
秀吉は、蝦夷の先の樺太まで占領すればよかったのに。あと台湾。
朝鮮半島南部よりも、樺太と台湾の方がよっぽど面積が広い。
欲しくないかもしれないが。

294人間七七四年2016/10/02(日) 16:55:19.09ID:EV62ENpd
砦を作るなど激しい戦いだそうだが
銃撃戦だったのかな? >クリルアイヌvs侵略してきたコサックの大きな戦闘

例えばシャクシャインの内乱では、アイヌもかなりの鉄砲を所持してたが
クリル方面にはどの程度鉄砲が行き渡ってたのだろう?

295人間七七四年2016/10/03(月) 19:56:09.65ID:FC4xbkJn
当時はアイヌ社会でも

本土と同じように


男色が盛んだったのですか?

296人間七七四年2016/10/03(月) 20:20:29.23ID:3qKsam/v
またお前か

297人間七七四年2016/10/05(水) 23:57:59.26ID:gIzABrOG
アイヌ部族は大量の鉄砲を所有し、東蝦夷地でも鉄砲が確認された

近世アイヌ民族の社会と生活 - アイヌ文化振興・研究推進機構
http://www.frpac.or.jp/about/files/sem1215.pdf

> 津軽藩士は松前城下でアイ ヌ民族の武装についての情. 報を収集していますが、
> それには、. 「〇本具足は少しばかり之れ有るべき由。
> 〇自分にて木具. 足仕立て、 着け申し候う。 〇鉄砲三、 四拾挺も之れ有る. べき由。
> 〇弓丶 鍵は大方所持仕り候う由」 とか

298人間七七四年2016/10/06(木) 10:45:54.10ID:7/pWSQk9
アイヌはどこから鉄砲手に入れてたの?
まさか自分たちでは鉄砲作れないでしょう。

299人間七七四年2016/10/07(金) 23:23:50.87ID:RJ6bQ/zE
そりゃ、物々交換でしょう。
エスキモーだって鉄砲の所有は早かったよ。白人との交易から。

300人間七七四年2016/10/07(金) 23:59:14.09ID:qXYtOhBN
本州以外から銃を手に入れることはあったのか・・・

301人間七七四年2016/10/15(土) 06:55:06.73ID:+uMk1ake
実はアイヌも樺太でモンゴル軍と戦っていた

302人間七七四年2016/10/17(月) 11:47:25.12ID:eOeQJuKC
アイヌも人間である以上、極く普通に男色を愛好していただろう。
しかし、何分記録が乏しいのぢや。

303人間七七四年2016/11/11(金) 23:52:48.82ID:s34wbJXr
http://30932531.at.webry.info/201205/article_4.html
> アイヌの鎧、甲冑は基本的に倭人のものと同様で、
> 武器の備えもかなり先進性を帯びており、
> たとえば1669年のシャクシャインの戦いにおいては、 倭人側の相当数の武士が
> アイヌの火縄銃の犠牲になったということがわかっているそうである。

304人間七七四年2016/11/18(金) 23:58:42.15ID:tSdwh6JU
鉄砲はいつごろから手に入れてたのか

305人間七七四年2016/12/06(火) 23:02:35.22ID:3DF7U+H9
> 江戸時代の津軽半島にはアイヌが住み、人喰い熊や人喰い狼が現れると
> 津軽藩(弘前藩)の. 依頼を受けて駆除をしていました。
>>281 )
アイヌは、本州でも北海道でもオオカミ駆除で活躍する優れた狩猟能力を後世まで維持

エゾオオカミ研究史の検討
http://eprints.lib.hokudai.ac.jp/dspace/bitstream/2115/60544/1/15_004_umeki.pdf
> 開拓期の北海道で.
> アイヌがオオカミを嫌い,手当金の支給を受けるために捕獲していたことに
> 言及した事例も存. 在する[山田 2002:80]。

ただ、この個人能力を集団としての発展に生かすことはできず
渡党との紛争、北方からのロシア囚人兵軍団の侵攻で勢いを弱めてしまった

306人間七七四年2017/01/01(日) 12:27:17.44ID:YCFyAQoh
砂金の在処と価値を早く気付いていれば

307人間七七四年2017/02/20(月) 01:13:16.71ID:tzSthsYx
物の価値を知らずに文明人に搾取されるのは未開な野蛮人の宿命

308人間七七四年2017/02/20(月) 23:16:08.64ID:9rXiCyzY
ほぼ>>6が全てだが

「 アイヌ学入門 (講談社現代新書) | 瀬川 拓郎 」によれば
渡党とは、北海道南西にいた日本文化をかなり取り入れたアイヌのことらしい

渡党(日本文化を取り入れたアイヌ)が、やがて松前藩を形成する
(引用元)http://gioan-awk.com/daimyou-01hokkaido.htm

 北海道は古くは蝦夷の居住地であり、8世紀頃から12世紀頃までは擦文文化の地域でした。
 13世紀以降はアイヌ人の文化圏であり、
 日の本(太平洋側)、唐子(日本海側)、渡党(津軽海峡周辺)の三部に分かれており、
 鎌倉期には北条家の被官である安藤家が実質的な蝦夷管領として統治に当たりました。

 南北朝期〜室町期にも安東(下国)家が「日の本将軍」を公称して支配を続けましたが、
 1456年に配下の道南十二館を松前・下之国・上之国に三分して守護を設置しました。
 これを契機にコシャマインの戦、それに続くアイヌ人と日本人との抗争が発生し、
 1514年に蠣崎家が松前へ進出して勢力を拡大、1550年には安東家の仲介で
 日の本・唐子・蠣崎家(≒渡党)の三者の和議が成立しました。
 蠣崎慶広は1590年に豊臣秀吉から正式に独立大名と認められ、
 名実ともに安東家の支配を脱し、松前家と改称して秀吉から蝦夷地の交易調整を命じられました。
 江戸期に入ると慶広は徳川家康から交易統制権を部分的に承認され、
 松前藩として東蝦夷地(旧・日の本)・西蝦夷地(旧・唐子)を含めた
 実質的なアイヌ人居住地域の支配を進めました。

309人間七七四年2017/04/02(日) 16:18:44.45ID:TLRLeCTc
>>307
金堀で少しは潤ったが、寛成11年(1799)でも足軽含め武家は170戸規模のみの弱小
少ない収益独占しようと、松前藩が和人の流入制限してたほどで

清勢力にはサンタン交易通じ入り込まれて
アイヌは借金のカタに外人に連れ去られ 、清に直接朝貢するアイヌも多かった

松前藩はあまりに貧乏、軍備や統治能力も弱すぎて幕府は危機感を持ち直轄にした

310人間七七四年2017/04/03(月) 07:11:02.28ID:ErAdAhRO
Y染色体別世界地図
http://livedoor.blogimg.jp/polio0/imgs/4/6/466bd3f1.jpg
緑 D系統 縄文系
黄 オレンジ O系統 弥生系

生粋の日本列島人とは

アイヌ民族
琉球民族
本土縄文系
↑ここまでは縄文人の子孫「生粋の日本列島人」


↓ここからは朝鮮半島人の子孫「朝鮮人」
本土弥生系
在日韓国朝鮮人
帰化人

「にチョン人」とは
朝鮮渡来人たちと混じってしまって、朝鮮人と見分けがつかなくなった日本人を「にチョン人」という。

311人間七七四年2017/04/03(月) 07:11:22.42ID:ErAdAhRO
縄文顔と弥生顔
http://www.kahaku.go.jp/special/past/kao-ten/kao/jomon/jomon-f.html

           縄文顔      弥生顔

顔形      四角/長方形   丸/楕円
造作の線構成   直線      曲線
プロフィル    凹凸      なめらか
彫りの深さ   立体的      平坦
眉      太い/濃い/直線  細い/薄い/半円
髭      濃い/多い     薄い/少ない
瞼        二重       一重
頬骨       小さい      大きい
耳たぶ     大きい/福耳   小さい/貧乏耳  
耳垢      湿る/猫耳    乾く/粉耳
鼻骨      広い/高い    狭い/低い
唇        厚い       薄い
歯        小さい      大きい
口元      引き締る     出っぱり気味

312人間七七四年2017/04/03(月) 07:11:37.07ID:ErAdAhRO
アイヌ民族→( ´∀`)

琉球民族→( ´∀`)

縄文系本土人→( ´∀`)
 

朝鮮人→<丶`∀´> 

帰化人→<丶`∀´>

弥生系本土人「にチョン人」→<丶`ん´>

弥生系本土人「にチョン人」→(丶`ん´)

313人間七七四年2017/04/03(月) 07:11:55.21ID:ErAdAhRO
小浜基次「形質人類学から見た日本の東と西」
『国文学の解釈と鑑賞』二八巻五号

畿内型は西日本の畿内を中心として、瀬戸内海沿岸を経て、朝鮮につらなり、
東北・裏日本型は東日本より裏日本に広がり、西日本では、畿内型の周辺を
とりかこんでいる。西日本の離島には代表的な東日本型形質が残されている。
このような両型の地理的分布によつて、集団の移動を推定すると、はじめに、
東北・裏日本型集団が広く日本全土に先住し、のちに、畿内型集団が朝鮮半
島より渡来し、瀬戸内海沿岸を通つて、畿内に集中し、その一部はさらに、
東進したものであろう。古代の高い文化が、畿内を中心として栄えた史実に
一致することは興味深い(以上、75頁)

(追加)形質人類学的にみた未解放部落
われわれの全国的な日本人調査のうちには、未開放部落もふくまれ、その調
査地区は近畿、山陽、九州、四国に散在する四七部落にわたつている。
(中略)
身長は一般に低身であるが、部落の生活環境によつては、長身の集団もある。
頭部については、いずれの地区も共通の中頭型を示し、頭長は大きく、頭幅
は小さい。したがつて、畿内のような高度の短頭地区内にはさまつた部落は、
一般集団との間に明らかな差異が認められる。しかし、山陰、北九州、四国
東北部などの中頭地区内にある部落は、一般集団と近似し、差異は少ない。
畿内地区における両集団の差異は畿内人と山陰人とのちがいにすぎないので
ある。そのほかの形質、たとえば、頭頂高指数や頭部の測度、指数などにつ
いても、部落はまつたく東北・裏日本型に類似している。
大陸朝鮮型形質のもつとも濃厚な畿内地区に、もつとも非朝鮮的な形質を持
つ東北・裏日本型の部落が孤島として介在することは、注目に値する。おそ
らくは、婚姻と住居の制限によつて内婚率が高く、特異の形質がよく保たれ
ているものと思われる。このような部落の成因については、文化史その他の
分野より検討せらるべき課題であろう。(成績はいずれも男子資料による)
(大阪大学医学部教授)

314人間七七四年2017/04/03(月) 07:12:26.63ID:ErAdAhRO
未開放部落の地域分布をみると北九州から近畿、関東あたりまで分布しているが東北にいくと存在しない。ピタリと無くなる。
http://media.tumblr.com/e53ec929e8e75166f736f2f70a2cd4d5/tumblr_inline_mrp20yKPrA1qz4rgp.jpg
http://tyanpondai.exblog.jp/iv/detail/?s=23972459&=201504%2F22%2F01%2Fc0361001_1952351.gif
これに関しては 
>>313の大陸朝鮮型形質のもっとも濃厚な畿内地区に、もっとも非朝鮮的な形質をもつ東北・裏日本型の部落が孤島として介在することは、注目に値(あたい)する。
おそらくは、婚姻と住居の制限によって内婚率が高く、特異の形質がよく保たれているものと思われる。

というのがが非常に関連している。

つまり、水稲稲作以前の日本列島全域に居住していた縄文人に対して朝鮮半島から北九州あるいは出雲を経由して流入してきた弥生系渡来人が
鉄器をもって駆逐していった。しかし、当時の技術では水稲作は関東あたりが限界だったので東北への侵入は平安期以降になる。
関東以南に住んでいた縄文系先住民は弥生系渡来人に土地を奪われ狭い居留区に押し込められた。これが現在に続く未開放部落だ。
東北に未開放部落が無いのは渡来人の武力侵入が後世平安期になって起こったためだろう。

315人間七七四年2017/04/03(月) 07:12:45.02ID:ErAdAhRO
今よみがえるアイヌの言霊〜100枚のレコードに込められた思い〜

https://www.youtube.com/watch?v=2b_du2Q8P08

番組では明治政府の植民地化政策を主に取り上げている(1869年の「北海道」命名、
1899年の「旧土人保護法」、それらに基づく鮭・鹿などの狩猟制限と農業の押しつけ、
同化政策、日本語の強制)。もっとも、日本政府(松前藩)による侵略は江戸期から
顕著になってきており、1669年に蜂起したシャクシャインは騙し討ちにされている。
琉球・沖縄とアイヌモシリ・北海道とを対比してみれば、ヤマトンチュ・和人の行為
として、1609年の島津藩による琉球侵攻と松前藩の侵略とを、また明治政府の第二次琉球処分
と開拓の本格化とを並置すべきものだろう。


アテルイ平安朝廷とたたかった東北の英雄
https://www.youtube.com/watch?v=NFKqhNjVBNo

坂上田村麻呂とアテルイを超わかりやすく説明してみた【アテルイ登場まで】1
http://manareki.com/sakanouetamuramaro

坂上田村麻呂とアテルイを超わかりやすく説明【アテルイ無双】2
http://manareki.com/sakanouetamuramaro2

坂上氏
ttps://ja.wikipedia.org/wiki/坂上氏
出自
坂上氏系図によれば坂上直姓の初代は東漢氏の坂上直志拏。東漢氏は後漢霊帝
の後裔と称し、応神天皇の時代に百済から日本に帰化した阿智王(阿知使主)
を祖とすると伝わる。

316人間七七四年2017/04/03(月) 07:13:01.39ID:ErAdAhRO
日本人と沖縄人は異民族


その昔、日本列島には縄文人が、約1万5,000年前から大自然の中で平和な生活をしていた。

縄文人は、多毛・低身長・彫りの深い顔の人たちだった。

しかし、約2,300年前、朝鮮半島から、薄毛・高身長・のっぺり顔の弥生人が大挙して、

日本列島に襲来し、「日ノ本」の縄文人を追い払い、自分たちの国「大和」を打ち建てた。

それ以来、朝鮮渡来人の流入は止まらず、渡来系の物部氏・蘇我氏の争い、源氏平家の争い、

に始まる戦乱の世に、縄文人たちは翻弄され、支配され、東北に追い込まれ、かろうじて

蝦夷地と琉球が、縄文人の末裔として生き残った。さらに明治期に入って、蝦夷、琉球は

朝鮮渡来系の「大和人」に乗っ取られた日本政府に、土地と生命を収奪された。

今、日本政府は米軍基地を琉球に押し付けるため、裁判所までもが結託して琉球人の主権を

踏みつけ、機動隊を送り込み、琉球人を「土人」とさげすみ基地建設を強行しようとしている。

いまこそ立ち上がれ、「真の日本人だった縄文人」の末裔の琉球人よ!

この美しき島に再び、「平和を愛する縄文人の最後の楽園」の国をつくろう!

317人間七七四年2017/04/03(月) 07:13:20.14ID:ErAdAhRO

318人間七七四年2017/04/19(水) 23:33:49.01ID:euLwdfrb
だいたい >>6  あとは >>308 くらいがアイヌの歴史

鉄砲はアイヌは戦国時代のころから使っており、大陸由来の鉄砲もあったとされる

319人間七七四年2017/04/20(木) 21:05:32.96ID:mj/2WeHM
戦国時代のアイヌが鉄砲使ってたとか初めて聞いたんだけど
何の本に載ってたの?

320人間七七四年2017/04/20(木) 22:36:03.66ID:kVLyPdYO
安東や南部の様な本州最北の地にさえ鉄砲は普及してたし
アイヌ人が持ってても不思議はないかと

321人間七七四年2017/04/21(金) 23:46:42.16ID:TI2B2ng6
不思議じゃない、じゃなくて、持っていたという記録がどこにあるのか聞いてるんだけど
特に『大陸由来』なんて書いてるわけだし、そういう風に書いてたってことだよね?

ちなみに隣接する北奥羽で鉄砲が部隊単位で使用される程度に普及したのは同時代の史料だと天正も末か早くて半ば
シャクシャインの時ですらたいした数持ってないのに
武器としてまともに使えるほど持ってるとは到底思えん

322人間七七四年2017/05/28(日) 14:53:03.07ID:2I9Ka2Ba
松前藩は、1799年でも藩主以下足軽含めても武家170戸だけの弱小藩
(まあ松前も、渡党というアイヌ一派閥なんだが)

松前単独よりは、他アイヌ勢力の方が、兵力や鉄砲の数で上だったそうな
シャクシャイン一派が、民間の和人らを虐殺した武装テロ事件の際に

中立勢力ですら 「ハウカセは、近江八幡出身の金太夫を娘婿とし、
シャクシャインの戦い当時40〜50挺もの鉄砲を所持していた。」 とあるし

323人間七七四年2017/06/03(土) 18:10:15.54ID:z0BZodPo
日本文化を取り入れたアイヌである、渡党≒蠣崎家≒松前藩>>308を含め
各部族が争う北海道の戦国時代は、各勢力ごと、数十挺ほど鉄砲持ってたとか>>297

324人間七七四年2017/06/29(木) 00:04:38.53ID:FtOfnh2y
シャクシャインとかハウカセが鉄砲大量に持ってたってそれ寛文年間の話だろ、さすがにスレチだろ
それとも寛文って戦国時代なの?

325人間七七四年2017/07/09(日) 20:42:12.52ID:AfdVPFwk
アイヌ各部族の戦国時代だな

326人間七七四年2017/07/10(月) 03:46:42.99ID:h2HfpTxP
シャケでも食って昼寝してたんかな

327人間七七四年2017/07/31(月) 23:08:09.66ID:AmO2lnx5
中世に働き場を探し北上した移民には、本土からアイヌへの同化例があるらしい

日本人の瑞穂の国の生活では、北の寒冷地には対応できず
後の時代、操船技術向上で生活必需品が輸送可能になると一般日本人も入って行った

328人間七七四年2018/01/14(日) 19:43:06.50ID:LqVMmDcF
アイヌ登場以前にも、和人が北海道に移住して
各先住民族が入り混じって暮らしてたしなあ

329人間七七四年2018/01/17(水) 06:11:36.95ID:rRounzF5
渡党、とか言うやつか。
海保先生の本で昔読んだな。

外見は毛むくじゃらだが辛うじて言葉は通じる。
だが、その訛りは津軽弁よりさらに酷くて会話は非常に難儀を極める

みたいなことが書いてあったな。

330人間七七四年2018/03/31(土) 23:32:50.32ID:ya7FpLq+
渡党もまたアイヌの一部族

331人間七七四年2018/04/04(水) 10:39:02.05ID:5/9T42AF
プチャコロプチャコロ
https://goo.gl/tZ5oZx

332人間七七四年2018/04/08(日) 01:28:59.54ID:BfBz0c7w
>>330
き気取りにくいとはいえ日本語を母語にしていた

容姿は毛むくじゃらであった

との記述から、渡党は和人とアイヌとの混血だろう。

333人間七七四年2018/04/11(水) 18:18:27.92ID:cmzQgrZi
アイヌ交易で和人に騙される

アイヌキレて戦を起こす

和睦の席上で和人にだまし討ちされて首長が殺される

アイヌの残党が追い散らされ最初に戻る


何回このパターン繰り返しとんねん

334人間七七四年2018/04/12(木) 09:35:45.60ID:N8xKf52N
>>333
シャクシャインも含めて4回

335人間七七四年2018/04/16(月) 14:13:38.53ID:h3lMX5ox
プチャコロプチャコロ
https://goo.gl/Bw8TV5

336人間七七四年2018/07/02(月) 23:32:41.28ID:BsWXocOV
いや待て
メナシクル(シャクシャイン一派)が他と利権めぐり抗争してたのが

抗争の仲介役だった松前藩≒蠣崎氏≒渡党こそ敵だとデマで煽って武装蜂起して
しかもデマ流して和人の民間人を大量に殺し回ったよね

しかも全体はメナシクルvs渡党のアイヌ同士の抗争だし

337人間七七四年2018/07/07(土) 20:49:27.63ID:1c6CIm+6
まず利権抗争でアイヌ同士殺し合うのが平常運転の時代

シャクシャインは、抗争の仲介役の松前藩をデマで悪者に仕立てて
さらに
シャクシャインが嘘で煽動して、民間の和人を大量虐殺した流れ

338人間七七四年2018/07/08(日) 09:20:01.49ID:wzs1Ddhy
アイヌの伝説みてると、イペタム伝説なんかは結構アイヌ同士で略奪殺人しまくってるもんなあ

339人間七七四年2018/07/08(日) 20:13:23.04ID:9qBl9iy9
アイヌを始めとするオホーツク圏の北方諸族は
日本や中国とも活発な交易を続けてきた利に敏い連中だからな
別に無欲でもないし素朴でもない

340人間七七四年2018/07/08(日) 22:05:51.32ID:id9kquiu
安東や南部が北方交易を仕切っていた時代は特に問題なかったが道南しか領地がない
松前藩が仕切るようになってから問題が噴出し始めたって感じだな

341人間七七四年2018/07/12(木) 03:58:23.83ID:Ipf7Nvi1
武田信広のころはまだ戦国じゃねーんだな

342人間七七四年2018/08/25(土) 22:09:33.56ID:N/jvVWEm

343人間七七四年2018/10/26(金) 15:29:08.36ID:kKUccDQi
wikipediaコピペからの年表

1264年 - モンゴルの樺太侵攻始まる。

1268年 - 津軽でエゾの蜂起があり、安藤氏が討たれる。

1295年 - 日持上人が樺太南西部(後の樺太本斗郡本斗町阿幸)に上陸し、日蓮宗の布教活動を行った。

1297年 - 「王不廉古(ユプレンク)」に率いられた骨嵬(樺太アイヌ)が黒龍江流域に侵攻しキジ湖付近で元と交戦。

15世紀 - 蝦夷管領・安東氏の支配下にある和人の豪族たちが蝦夷地南部12箇所(道南十二館)に勢力を張る。

1457年 - コシャマインの戦い。

1485年 - 樺太アイヌの首長が、蝦夷管領・安東氏の代官武田信広(松前家の祖)に銅雀台を献じ配下となる。

1514年 - 蠣崎氏が他の和人館主層に優越する地位(上国・松前両守護職)につく。

1515年(または1519年) - ショヤ・コウジ兄弟の戦い

1529年 - タナサカシの蜂起、蠣崎義広に討たれ平定される。

1536年 - タナサカシの娘婿・タリコナの蜂起、蠣崎義広に討たれ平定される。

1550年 - 安東舜季、蝦夷地の国情視察を目的に蝦夷地に渡る(東公の島渡)。

1591年 蠣崎慶広が豊臣秀吉に謁見、所領を安堵される。慶広、九戸政実の乱の討伐軍へ参加。多数のアイヌを動員し、アイヌを束ねていると豊臣政権に印象づける。

1593年(または1598年) - 慶広、秀吉から全蝦夷地(樺太、北海道)の支配権を与えられる。

1599年 - 慶広、名字を蠣崎から松前に改める。

1604年 - 慶広、江戸幕府からアイヌとの交易独占を認められる。

1635年 - 松前藩の松前公広が村上掃部左衛門に蝦夷地の調査を命じる。

1669年 - 漁猟権をめぐる蝦夷同士の争いがシャクシャインの戦いに発展。

344人間七七四年2018/11/11(日) 20:10:58.24ID:y/ixvVWn
自称アイヌで、遺伝子データまで捏造した事件があったな

アイヌY染色体DNAデータ偽装事件のあらまし

https://folio.ink/JxVLER-37a737c279e9c44eab40c031e508ab61
キットナンバーN79329、登録名Shingo Matsumoto

https://folio.ink/1dTwwJ-6e703d48f6d63e14a92e430f3f211db8
ナンジャモンジャ・ブログのプロフ欄(全体)

https://folio.ink/desER9-8abcb4ab37d724e85decddd9cd38bc92
ナンジャモンジャ・ブログのプロフ欄(不審点)、キットナンバーN79329、位置情報を新潟に移し、
名前をMatsumotoから、Shichiri → Nanasatoに
偽装

https://folio.ink/0H3gFQ-94944522ac99e800f3627024e9045e39
キットナンバーN79329、位置情報を北海道の礼文島に偽装

https://folio.ink/42HsTJ-7d6d4883f680283e1bbded37829b892b
キットナンバーN79329、「repunmosir-un-kur」という名前のアイヌ人のデータに偽装

ナンジャモンジャブログのプロフ欄にあることから、N79329は
Shingo Matsumotoであることは間違いなく、アイヌ人のデータに
偽装した犯人は、当人であることは間違いない。

345人間七七四年2019/04/30(火) 14:17:58.27ID:7J1jvJGe
アイヌ否定論はネトウヨには浸透せず、ネトウヨのデマ・トンデモ・憎悪の矛先は沖縄に向かった
https://hayabusa9.5ch.net/test/read.cgi/news/1556599794/

346人間七七四年2019/06/08(土) 02:20:58.93ID:Fo7OAOdn
   アイヌ朝鮮同和 100億円以上のぼったくり、無駄な税金が使われる
ユーチューブ 【DHC】虎ノ門ニュース 2019/6/7(金)上念司×大高未貴×居島一平
 
     https://www.youtube.com/watch?v=Tc75IrYtlqI

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