最大版図を築き上げるも家を没落させた当主を語れ

1人間七七四年2011/07/17(日) 11:46:16.02ID:V6Bn3W68
武田勝頼、北条氏政、大内義隆、朝倉義景、浅井長政、大友宗麟、浦上宗景、大宝寺義氏など・・・



家の最盛期を現出しながらも外交問題、家臣団の軋轢などそれぞれ抱えた問題を解消できず戦国の徒花に終わった当主について語ろう。

2人間七七四年2011/07/17(日) 11:51:17.02ID:HEIkqf1K
>1
織田信長が抜けてるぞ

3人間七七四年2011/07/17(日) 12:03:21.17ID:V6Bn3W68
>>2
そういうの含めるとキリがないんであくまで「生きてる間に」って事で

4人間七七四年2011/07/17(日) 12:13:10.82ID:iUDWk05i
>>1
大友宗麟を含めるのであれば毛利輝元、上杉景勝、島津義久、長曾我部元親もこの仲間に入れるべき。
こいつらは最大版図を築き上げるも家を没落させた当主の象徴だからな

5人間七七四年2011/07/17(日) 12:17:56.91ID:V6Bn3W68
「滅亡させた」にした方が良かったかなぁ、スレタイ

6人間七七四年2011/07/17(日) 12:21:48.50ID:rOjdC9sV
長篠で武田が失ったものは大きすぎた

7人間七七四年2011/07/17(日) 12:39:24.50ID:3waK2nNA
ウジザネ君は?

8人間七七四年2011/07/17(日) 12:43:31.88ID:iUDWk05i
>>5
それだと大内義隆、大友宗麟、大宝寺義氏は適切な人選ではない。
厳密に言えば北条家も滅亡していない。

9人間七七四年2011/07/17(日) 15:03:10.90ID:0v2rO5aQ
>>4
毛利家の最盛期は元就の代だと思う
輝元に家督を譲ってたにしろ、実権は元就と隆元の弟が握ってた

10人間七七四年2011/07/17(日) 15:13:00.72ID:G51kriUs
毛利の最盛期は唐入り中、隆景存命中の頃でしょ

11人間七七四年2011/07/17(日) 18:19:18.14ID:HA6b8iEV
存命中に家中の最盛期を迎えながら、所領をほぼ全てを失うってことだな?

つ立花宗茂

12人間七七四年2011/07/17(日) 18:26:56.24ID:Lw7gVm/Z
毛利の最大版図は関が原前日だ。

13人間七七四年2011/07/17(日) 18:45:44.05ID:MukWyYg/
>>11
それならこの人も

つ姉小路(三木)頼綱

14人間七七四年2011/07/17(日) 18:52:54.27ID:8IWvcZX9
地味なところで村上義清もそうだよな。

15奇矯屋onぷらっと ◆SRGKIKYOUM 2011/07/17(日) 21:51:49.98ID:Eqm0+Iz7
条件の限定がスゴイないろいろと。

16人間七七四年2011/07/18(月) 00:16:14.25ID:wXI0vxNj
「豊臣や徳川に減封されたのを除く」でいいんじゃね、単純にさ。

17人間七七四年2011/07/18(月) 07:23:33.93ID:XO4PqaZT
なんで肝付兼続の名前がまだ出てないんだよニワカどもが

18人間七七四年2011/07/18(月) 07:47:31.63ID:U7qSJlws
肝付よりも伊東義祐だろ

19人間七七四年2011/07/18(月) 08:10:33.62ID:tw0Ppf3K
全体的にみんな最後は優柔不断さが仇になってるよな
勝って兜の緒を緩めって感じ

20人間七七四年2011/07/18(月) 08:12:59.54ID:jbxxf4hx
小田政治、蘆名盛氏辺りも最盛期を作ったが晩年は衰退傾向のまま死んで後継は家を支えられなかった。

21人間七七四年2011/07/18(月) 08:20:21.80ID:DPDxgx2i
浦上が一番滅亡とは無縁のところから暗転した感じがする。

22人間七七四年2011/07/18(月) 08:48:39.31ID:mcYcn4Ps
>>11
宗茂の場合、全て失った後取り戻してるからまた特殊だな

23人間七七四年2011/07/18(月) 10:01:30.16ID:U7qSJlws
>>19
大友とか伊東とかそんな感じだよな。
姉小路は優柔不断って言うより外交ミスだと思うが。

>>21
浦上は直家の本質を見抜けなかったのが仇になった形だな。

24人間七七四年2011/07/18(月) 10:14:46.76ID:247PXhTP
大友は義統が戦国屈指の暗君だったからな…

25人間七七四年2011/07/18(月) 13:51:06.91ID:rErzQmAO
パターンがいろいろあるね。
・家臣の統制に失敗
  大内義隆、浦上宗景、
・ライバル勢力に敗退
  武田勝頼、朝倉義景、浅井長政、大友宗麟、島津義久、肝付兼続、伊東義祐
  毛利輝元
・中央政権との外交に失敗
  北条氏政、姉小路頼綱、佐竹義宣、上杉景勝
・中央政権の援護が間に合わず敗退
  大宝寺義氏
・後継者が失敗(育成の失敗とも言えるけれど、スレ違い?)
  長曾我部元親、蘆名盛氏、小田政治

26人間七七四年2011/07/18(月) 15:15:06.10ID:Nz927ITI
佐竹の最大版図を築いたのは佐竹義重だと思ふ

27人間七七四年2011/07/18(月) 16:14:03.36ID:DPDxgx2i
瞬間最大石高が36万石に達したがすぐ失った秋月種実も一応

28人間七七四年2011/07/18(月) 17:07:49.75ID:mY5sqpoT
>>1
浦上宗景は浦上家の最盛期、最大版図には程遠いな。
父親の代の方が勢力圏はずっと大きい。

29人間七七四年2011/07/18(月) 18:57:29.26ID:jbxxf4hx
村宗か宗景か微妙な線じゃないか?

村宗は確かに上洛直前は東方に丹波の西側まで伸びてたがその分、松田領や備中、美作の一部は勘定に入らんし。

30人間七七四年2011/07/18(月) 19:25:58.14ID:B0XW34T6
宗麟は引退してキリシタン修行に没頭してたし
宇喜多直家と浦上に主従関係はない。

31人間七七四年2011/07/19(火) 06:15:43.68ID:Kitl4s6w
戦国を始めた男、細川政元を忘れちゃいけない

32人間七七四年2011/07/19(火) 07:42:28.41ID:I/mX2Etk
魔法使いだな

33人間七七四年2011/07/21(木) 04:57:11.24ID:kYynMLQA
秀吉子飼いに相当数いるような。

34人間七七四年2011/07/21(木) 08:37:03.36ID:e20eoQWY
バラクオバマ

35人間七七四年2011/07/21(木) 21:16:58.24ID:ofWGlHRU
1がやる気を無くしたのでこのスレは終了します

36人間七七四年2011/07/22(金) 19:01:22.13ID:JA/G4Jf9
尼子晴久もそうだな

37人間七七四年2011/07/26(火) 18:41:30.81ID:hECeP+zM
>>33
佐々成政、木村吉清あたり?

38人間七七四年2011/07/26(火) 19:21:55.25ID:c8svgGsK
>>37
佐々成政は秀吉子飼いじゃないだろ…
それで挙げるとしたら福島正則じゃないか?

39人間七七四年2011/07/27(水) 06:55:30.61ID:/bi4huvY
>>38
子飼いでないとなんなの?最大版図から没落した人じゃない?

40人間七七四年2011/07/27(水) 14:15:39.24ID:eKpIeL5T
佐々は前田利家、池田恒興、川尻秀隆らと同格と見るべき
子飼いで挙げるなら福島正則、脇坂安治だな

41人間七七四年2011/07/27(水) 15:04:34.21ID:1F4uHtCH
豊臣恩顧ではあるな

42人間七七四年2011/07/27(水) 16:47:06.55ID:ti07AVoX
羽柴の名をもらった大名は恩顧大名だな。

43人間七七四年2011/07/27(水) 19:05:27.45ID:br3Ty+iF
地方の小豪族が統合されていく過程で勝ち残った家同士が
統一の最終段階でブツカリあうんだから、最大版図になったら
天下とるか滅亡するかしかないんじゃないの?

トーナメントのベスト8まで勝ち進んだけどそこまででした、
みたいなのは無能とはいえない気がする。

もちろん領国が大きくなりすぎて目が行き届かないとか、
辺境の維持費で家政が傾くとかもあるかもしれないけど。

44人間七七四年2011/07/27(水) 21:04:27.44ID:6FuTxAtf
>>39
お前レス先見ろよ。

33で「秀吉子飼い」に相当数いるような。

って言ってるのに

37で佐々成政、木村吉清あたり?

って 返してるのに対して「何で佐々が秀吉子飼いなんだよ」って話だよ。
んで「秀吉子飼いの中で挙げるなら」福島じゃないのか?って事だろ。

確かにお前の言うとおり最大版図から没落した奴ではあるけどな。

45人間七七四年2011/07/28(木) 18:40:38.69ID:vlyYk2rU
大内義隆って最大版図か?
オヤジの時の方が大きかったんじゃないの?

46人間七七四年2011/07/29(金) 09:25:32.23ID:dfEYTCUA
いや、義隆だよ。いちいち説明すんのめんどいからあとはググれ

47人間七七四年2011/07/29(金) 11:49:46.82ID:tnKnyyGU
月山城攻めの時かな

48人間七七四年2011/07/29(金) 12:20:40.70ID:BFmRf5jX
おーともそーりん

49人間七七四年2011/07/29(金) 18:43:24.01ID:vblR4ocT
>>45
武田勝頼もそうだけど、偉大な親父の版図をその勢いで少し広げた後で没落って
パターンが多い気がする。

50人間七七四年2011/07/31(日) 00:24:58.79ID:1dbSe2/y
大内は義弘の代が最大だろう。
畿内にも領土を持ってたはず。

51人間七七四年2011/08/06(土) 12:12:10.05ID:JzPmSMGV
織田信長

52人間七七四年2011/08/07(日) 01:02:53.28ID:6j+Ig3dC
>>51
それを言い出したら今川義元も当てはまる

53人間七七四年2011/08/07(日) 01:14:23.28ID:m+eR0rk4
勢力が急拡大すると規模に見合った運営管理が間に合わなかったりで大変だよなぁ

54人間七七四年2011/08/07(日) 01:17:40.72ID:xV98zcZI
ホラズムのムハンマド

55人間七七四年2011/08/07(日) 01:31:31.82ID:laL0TAeg
斉藤義龍とか蘆名盛氏とかもな

56人間七七四年2011/08/07(日) 02:47:49.26ID:6qDIYWP7
>>55
斎藤龍興の間違いだろ

57人間七七四年2011/08/07(日) 03:47:59.59ID:ke1Udjpe
伊達輝宗も家督を譲るのが早すぎた為に
せっかく築いた覇権を見事に壊されてる。

58人間七七四年2011/08/07(日) 04:16:40.24ID:6qDIYWP7
輝宗は次男に継がせるべきだったよな。

59人間七七四年2011/08/07(日) 04:32:31.99ID:BjZGTeeP
輝さんマトモな人だったからなぁ。
前後(特に後ろが)酷すぎ。

60人間七七四年2011/08/07(日) 12:19:54.55ID:ROnlLjrp
なんで?
政宗頑張ったじゃん。
あれでまだ働きが不足ってか? それとも暴れすぎだってこと?

61人間七七四年2011/08/07(日) 17:25:48.67ID:ZQbG9UIz
持ち前のDQNぶりを遺憾なく発揮した政宗は
無益にも親戚同士での内紛を開始し
伊達勢力圏を瓦解させた愚君。
父の親葦名政策にも反発して
上杉と結んで葦名侵略を開始し
父と対立すると暗殺して排除したから
佐竹まで政宗を懲らしめるために出張してくる始末。

62人間七七四年2011/08/07(日) 19:21:27.13ID:ROnlLjrp
でも芦名潰して佐竹も撃退したんだから別によくない?
秀吉に60万石に減らされたけどその代わりその60万石は保証付きの土地じゃん。
見事なもんだと思うが。

63人間七七四年2011/08/07(日) 19:46:51.76ID:6qDIYWP7
葦名の自爆が無かったら政宗大敗してたような話だしな。
秀吉が北条攻め優先して伊達討伐中止したから
上杉と佐竹の挟撃が避けられただけだし。
それですら上杉の後援で会津南部と佐竹後援で須賀川が反乱して統治失敗し
小田原に行く道が封鎖されて兼続に土下座して越後路を借りてるし。
秀吉の保証?そんな保証されてないし、荒れ地ばかりを理由に伊達家臣が謀反したりした挙げ句に、
鬼庭と成実が出奔したり
伊達家は財政崩壊して秀次・前田・黒田から大借金しまくりと散々じゃん。

64人間七七四年2011/08/07(日) 19:57:35.70ID:ROnlLjrp
まあでも仙台藩の藩祖として屈指の大藩として江戸時代を迎え幕末まで生き残ったし
治水や新田開発事業もよくやったしあの時代の大名としては上出来じゃないの?

65人間七七四年2011/08/07(日) 20:09:07.94ID:jeItKJK/
>父と対立すると暗殺して排除した

大河でお涙頂戴たっぷりに描かれた
あのシーンのことか

66人間七七四年2011/08/07(日) 20:18:11.47ID:aPqCz0Lr
DQN母ちゃんから生まれたし

67人間七七四年2011/08/07(日) 20:27:26.52ID:ke1Udjpe
>>64
治水、新田開発はどこもやってるからwww

68人間七七四年2011/08/07(日) 20:57:47.85ID:2G0/sZ2p
どの藩の藩主も上出来ってことかwwwwww

69人間七七四年2011/08/07(日) 21:11:57.96ID:ROnlLjrp
ただの藩主じゃない、藩祖だ。
江戸開幕の時点で62万石でスタートを切れたところが偉大じゃん。
あんな田舎の遅咲きが秀吉や家康を相手に立ち回って30代で外様では表高第三位だよ。
まあ薩摩なんかはリアル貧乏だから実質政宗が外様第二位だからね。

70人間七七四年2011/08/07(日) 21:36:00.21ID:x0Py968o
ずっと輝宗だったら小田原征伐まで一石も領土増えてないだろうな
まあその代わり周りも安泰のままだろうが

71人間七七四年2011/08/07(日) 23:02:17.55ID:ke1Udjpe
そうか?
佐竹、蘆名と衝突を避けつつ越後、出羽
場合によっては大崎、葛西領を切り取ろうとしてた
輝宗の方が石高を増やしてそうな気もするけど。

72人間七七四年2011/08/08(月) 00:12:28.36ID:LCTmkRXu
>>71
無理

73人間七七四年2011/08/08(月) 01:11:10.30ID:w1DFo/6P
>>69
藩祖政宗が土下座命乞いを繰り返した結果、
財政破綻し貧困と飢餓地獄になった仙台
http://toki.2ch.net/test/read.cgi/sengoku/1164706052/128-132

74人間七七四年2011/08/08(月) 02:39:09.69ID:GfbkrmGY
そもそも定義がはっきりしてないスレだな。
最大版図はいいが、「没落」の定義をもっとしっかりと。
「自分の代で滅亡」なのか「息子の代で滅亡」なのか。
「自分の代で最大から半国以下へ」なのか・・・等々

75人間七七四年2011/08/08(月) 02:59:26.31ID:eNBArCsM
長曾我部元親や島津義久や伊達政宗は没落ってイメージはないな。
領土が半分以下になっても国としてしっかりした形で残ってれば没落というより生き残ったという感じだな。

でも毛利輝元や上杉景勝は立場の下落も考えると結構没落した感じがする。

76人間七七四年2011/08/08(月) 06:55:16.28ID:U33/M/c4
伊達も島津も有力家臣に大領を与えざる負えなくなり
彼らは城下を形成し割拠し治外法権化。
結局、当主権限が後退し改革に失敗したダメ大名の代表でしょ。
これが災いになり伊達騒動に発展してるし。

77人間七七四年2011/08/08(月) 08:10:20.69ID:LCTmkRXu
でかい領土もらったら家臣にもそれなりの領土与えるのは当たり前でそれをどうこういうのはね

78人間七七四年2011/08/08(月) 08:44:14.90ID:U33/M/c4
伊達の要害制と島津の外城制は中世への後退。
晴宗が米沢へ移転した時の成果が失われ政宗時代には仙台城下に住まわせて禄米による給与方式ではなく
知行を与えて地方に割拠させ介入すべき根拠たる裁判権まで奪われてる。
政宗からの伊達当主は有力家臣との合議を強制され決裁権を失ったことを意味してる。

79人間七七四年2011/08/08(月) 10:41:11.09ID:eNBArCsM
でもスレタイみたいに没落したとまでは言えないな。

80人間七七四年2011/08/08(月) 11:57:18.28ID:TviMI2W4
伊東とかの典型的な「最大版図>没落」大名と比べるとなぁ。

81人間七七四年2011/08/11(木) 00:46:21.36ID:zK4EmHe8
伊達は明らかに没落してるな。
そもそも家臣団が幕府と連携癒着して当主イジメしまくりだし
伊達宗勝を筆頭に権臣家臣団の共謀で3代綱宗は21歳で強制隠居
4代藩主にわずか2歳の綱村を擁立させて傀儡にしたからな。
綱村も成長して邪魔になると隠居に追い詰められるし。
伊達財政も崩壊してて借金返済不可能で重臣により改革も阻止された綱村は
徳川綱吉に伊達の領地を返上したいと申し出たくらい自暴自棄になってる。
松前藩祖慶広の孫の景長の娘の子である吉村が伊達当主になったことで
松前藩による伊達氏簒奪の野望が成就したし。

82人間七七四年2011/08/11(木) 07:50:27.47ID:nK2KoKVD
>>81
誰が江戸時代の3代4代の話しろといった。 

スレ違いだし板違いだからよそでやれ。

83人間七七四年2011/08/11(木) 09:21:38.03ID:FDJT/oGt
政宗が輝宗までの伊達体制を否定して
伊達の当主権を大幅に後退させて重臣による傀儡合議政権に落としてしまい伊達没落化させた元凶だからスレ違いではないだろね…

84人間七七四年2011/08/11(木) 12:11:36.51ID:nK2KoKVD
いや、何代にも渡る話になるんならスレ違いだろう。
だってそれを有りとするならほとんどの大名家が当てはまっちまうじゃん。

85人間七七四年2011/08/11(木) 12:22:55.42ID:WuYhptIU
政宗が洞の維持を認めたんだから無関係じゃないだろ

86人間七七四年2011/08/11(木) 14:23:26.51ID:nK2KoKVD
だからそれ言い出したらきりがないっつーの。

家康が鎖国したから日本がだんだん世界に立ち遅れていって幕府が行き詰まったから
徳川家の衰退の元を作ったのが家康だというのと同じじゃん。

87人間七七四年2011/08/11(木) 14:33:59.70ID:Dz6Pd+YZ
>>1-3
スレの趣旨的にはスレ違いじゃないかな。

伊達の場合は遠因の方に近いし、
実際に影響が出てるのは主に次代で、
直接的な形では長宗我部元親あたりに劣るしな。

香川之景とか、没落は確定として一応最大版図になるのかな。

88人間七七四年2011/08/11(木) 15:03:12.78ID:zK4EmHe8
>>87
ただ単に>>1が織田厨だから信長に言及されたくねーだけじゃんw
そして>>84>>86が伊達厨なだけ。

そもそも遠因どころか政宗の時代にすでに財政崩壊し要害制になっていて
重臣たちの専横に対して、放蕩する愚かな当主として警戒されないように
振舞ってるじゃん。
忠宗の治世が始まるとそのまま石母田宗頼・中島監物意成・茂庭周防良綱・奥山大学常良・津田近江頼康・古内主膳重広
遠藤式部玄信・片倉重綱・津田豊前景康・鴇田周如・古内伊賀義重らに政権を奪われたし
検地は厳しく二割出目を目標に重税を領内にかけても借金が増えていく鬼悪政は政宗が遺したものだ。

89人間七七四年2011/08/11(木) 15:17:55.95ID:Dz6Pd+YZ
>>88
いや、だからそう君が思うのは勝手だけど、
それならそれで適切なスレを建ててそちらでやれば良い話だろ。
>>1が織田厨だろうがなんだろうがそういう趣旨のスレなんだから、
此処でやる以上伊達はスレ違い。
どうしても伊達の話をしたいなら、自分でスレを建ててやるがよろしい。
でないとどれだけ主張しても荒しとしてNGIDに投げ込まれるか、伊達をNGワードにされるだけだぞ。

90人間七七四年2011/08/11(木) 16:31:47.57ID:FDJT/oGt
>>87>>89
伊達厨くん必死過ぎて顔が真っ赤で気持ち悪いですよ…

91人間七七四年2011/08/11(木) 20:10:08.52ID:310r5DyT
>>86
それはその通りだな

92人間七七四年2011/08/11(木) 20:18:06.15ID:FDJT/oGt
祖法を違えずだからな

93人間七七四年2011/08/11(木) 20:38:38.04ID:Dz6Pd+YZ
すると殆ど全ての最大版図を築き上げた当主が、
没落の要因を作ってる事になるから、
実質最大版図を築き上げた当主を語るスレになるな。

94人間七七四年2011/08/11(木) 22:29:27.27ID:FDJT/oGt
>>93
そんなわけねーだろ
ほとんどと言うなら具体例を羅列して論証してみろよ。

95人間七七四年2011/08/11(木) 22:54:38.12ID:Dz6Pd+YZ
>>94
ざっと上げても>>1の面々以外に

家康=>>86
信長=没落の要因となる光秀を起用しその謀反を防げなかったとか>>88
秀吉=朝鮮出兵で国力を削り、部下の競争を煽ったお陰で派閥分裂を招き、家康に漬け込まれる隙を作った
政宗=>>81>>88
元親=家督相続で一族を大量粛清し、更に後継者の選定に失敗して関ヶ原での失態を招いた
輝元=秀吉に大敗して一気に領土を失う
義久=秀吉に大敗し(ry
隆信=クマー
氏政=中央政権との交渉に失敗し滅亡

むしろそう主張するならこっちがやるより先に、
そちらが全盛期を築いた時に没落の要因が全くなかった大名の例を上げるべきだろ。

96人間七七四年2011/08/12(金) 06:54:47.32ID:Lw0BcsT1
>>95
徳川が祖法を守って破綻したのはこのスレですでに指摘されてるじゃん。
伊達が藩祖政宗の時に要害制度へ後退し時間を中世に逆に戻しただけでなく財政破綻していた。
信長は自滅した愚か者

だがそれだけだろ。
薩長は雄藩に成長してるし
秀吉は死んだタイミングが悪かっただけだし
そもそも「藩祖」に原因があるのは政宗の時点で財政破綻してた伊達だけだろ。
ただ最大版図は輝宗だからスレ違いと言えるかもな。

97人間七七四年2011/08/12(金) 12:56:06.50ID:p76jdl8q
>>96
>薩長は雄藩に成長してるし
維新の時代も有りならどんどん時代を下っていけば毛利も島津も徳川も伊達も今は普通の家だ。

>秀吉は死んだタイミングが悪かっただけだし
これこそ言い出したらきりがない。

こんなくだらないことしか言えないんなら邪魔だから出ていってくれ。



98人間七七四年2011/08/12(金) 22:26:32.56ID:7PA2spys
>>1
織田信長を何故入れない?

99人間七七四年2011/08/12(金) 22:34:49.64ID:ID6SVGea
そこんところ>>1が詳しく設定しないからこうやって悶着が起きるんだよ

100人間七七四年2011/08/13(土) 01:30:59.80ID:7NANUuaU
>>100
>>1自身はしっかり>>3で、「生きている間に」と言っているけどな。

101人間七七四年2011/08/13(土) 01:57:42.93ID:a8tvu/qP
その後に「滅亡させた」とスレタイの意を翻したような事を書いてるのが問題

102人間七七四年2011/08/13(土) 02:16:13.69ID:xX43Lcy3
1自身が戦国時代に対しての知識が無いのが問題
スレ条件と対象大名が合致していないところが痛い

103人間七七四年2011/08/13(土) 22:05:25.63ID:fciW2Rm8
>>97
言い訳はみっともないぜ!

104人間七七四年2011/08/13(土) 22:32:16.18ID:rrswFiP8
>>103
正論を突かれて捨て台詞とは情けないな。

105人間七七四年2011/08/25(木) 12:19:27.64ID:QLC6EpDq
>>97
維新の時代じゃなくて江戸期の話をしてるだろw
明治維新や現在まで持ち出しどんどん時代を下らせているのはお前だけ。
死ぬタイミングは重要だ。秀吉は別に政策的な失敗などしてない。
むしろ家康こそ秀吉の劣化コピーに過ぎない。

106人間七七四年2011/08/25(木) 18:32:06.50ID:7GMp5f7C
>>105
独裁の豊臣政権と組織を重視した江戸幕府を同じとは笑ってしまう

107人間七七四年2011/08/26(金) 15:21:42.46ID:avKrTObW
>>105
突っ込みどころ多すぎだな
朝鮮出兵だけでも大失策というのが一般的だろう

108人間七七四年2011/08/29(月) 19:50:43.66ID:A4Zw1Yz3
つかさ、家康が鎖国したとか本気で言ってるの伊達厨…
小学校の歴史教科書読み直してこいよ

109人間七七四年2011/08/31(水) 22:12:48.83ID:vLEsfS0u
>>106
独裁なら五大老五奉行制なんてやらんだろ。
>>107
朝鮮出兵で領域支配に抵抗してきた国人達を徹底統制し出兵させている留守中に
より正確な検地や刀狩りをやるなど内治力が飛躍的にアップし
度量衡統一、京升の徹底、隠田や田のランクの恣意的評価などを廃し平等化を徹底し日本の本格的統治を可能にした手腕は見事。

110人間七七四年2011/08/31(水) 22:31:45.49ID:Pj9BksCH
>>109
五大老五奉行は秀吉が死に際して決めたこと

111人間七七四年2011/08/31(水) 23:42:37.90ID:vLEsfS0u
アホだなあ。
秀吉は死に際に決めたわけじゃないし
そもそも五大老五奉行制と言う言葉自体が後世の造語なわけだが。
そして五大老に入る隆景は秀吉より先に死んでるわけだ。
五大老とは言って見れば探題みたいなもんで豊臣政権内のエリア統括者。
秀吉への直接の取次が出来ず、エリア統括者の大老か豊臣中枢実務官僚の奉行と言うワンクッションを間に置いて取次・指図・手筋・秦者の役目を持たせることで、
秀吉の権威を高めると同時に各エリアの意見集約による日本全国統治を試みた画期的偉業。
そして家康は自派を作るために支持が必要ゆえに
大名達の歓心を買うために中央集権的全国支配を放棄し、地方分権による自立性の高い幕藩体制で妥協するハメになってしまった。

112人間七七四年2011/09/01(木) 02:45:56.26ID:YtlFbEYG
つまり豊臣ダメじゃんってことだね

113人間七七四年2011/09/01(木) 09:43:03.96ID:5w/Aux26
つか結局それはその中央集権が無理すぎたってだけの話でしょ
それこそ江戸幕府の分権体制がその時代にあってたってだけの話
基本思うんだがなんで常に最新の制度がどんな時代にでも一番優れてると思う奴が多いんだろう?
中央集権が出来るだけの環境がととのってないのに形ばかりやっても失敗するだけの話なのは自明だろうに

114人間七七四年2011/09/01(木) 19:34:30.26ID:vbyn/O+3
>>111
五大老が政権を担当することや五奉行が決まったのは秀吉が死に瀕してからだが

115人間七七四年2011/09/06(火) 21:52:30.60ID:g7PY6DVG
>>113
中央集権はまさに完全まじかで秀吉が死んだだけ
朝鮮出兵なんて巨大事業が実行できるだけでも充分に中央集権化がはかどっていた証。
秦が二代目で滅亡したから始皇帝の中央集権が失敗だったなんて論法はおかしいぞ。
欧州でも絶対君主制&武力を背景に重商主義を推し進める方向へ移行する時期であり
秀吉のやったことには世界史的な歴史的必然性があった。
>>114
秀吉の死に際に決まったのは秀頼後継体制であり家康が伏見、利家が大坂に配置されることや五奉行が設置されるなどの取り決めであり
五大老による諸大名から秀吉への取次ぎ制度は隆景存命時からとっくに決まってる。

116人間七七四年2011/09/07(水) 10:03:45.15ID:JyCPRZSB
秀吉が死んだだけで瓦解してるって事は完成間近でも何でもないじゃん
体制ってのはさ…継続出来ないと何の意味もないんだよ

117人間七七四年2011/09/07(水) 10:13:46.26ID:JyCPRZSB
つか巨大な地方大名の存在を許してるのに中央集権が成り立っているってさ…

118人間七七四年2011/09/07(水) 10:15:47.73ID:JyCPRZSB
つか地方探題が豊臣政権から派遣されているというなら中央集権化かもしれんけどさ…
結局その地方の最大の大名に任せてるって言うのは…

119人間七七四年2011/09/07(水) 10:21:06.57ID:JyCPRZSB
つかスレタイ的にどんだけ秀吉が優れた政策とってたとしても秀頼の代で瓦解しちゃってるという時点で…
秀吉がやるべきだったのは中央集権化よりも多少無理してでも家康を潰す事だったろうに
家康みたいに15代250年後ならともかく2代目20年程度で潰れるのは直接の責任は問われるだろ

120人間七七四年2011/09/07(水) 10:24:28.54ID:JyCPRZSB
やるべき事をやらずに死亡

121人間七七四年2011/09/07(水) 10:29:26.28ID:JyCPRZSB
秀吉は死ぬタイミングが悪かったとかぬかしてるけど後何年生きなきゃいけなかったんだよ
別段あの時代の平均寿命的には若死にでもなんでもないし、いつか死ぬ事を全く考えないで自分がいなきゃ進められない政策ばかりやってる時点で為政者としてクズだろ

122人間七七四年2011/09/07(水) 10:36:00.29ID:JyCPRZSB
武田厨とかもそうだけどなんで人間はいつか死ぬという事すら理解出来ないのかね(笑)
それを無視してもし長生きしてればとか馬鹿じゃないか
クスリを定期的に与えていればいつまでも生きる戦国ゲームとは違うんですよ

123人間七七四年2011/09/07(水) 10:39:37.64ID:JyCPRZSB
例えば家康だって朝廷、薩長を潰しておくべきだったかもしれない
でも250年持たせた家康と20年でぶっつぶれた秀吉の差は大きい

124人間七七四年2011/09/07(水) 10:59:52.33ID:fdg0gTUh
同じ年数で比較しても、秀吉が死ぬ前の豊臣政権と家康が死ぬ前の江戸幕府は、
後者のほうが遥かに機構として優れている

125人間七七四年2011/09/14(水) 09:04:14.52ID:NwXKMjSn
>>119
多少?多少無理した程度で秀吉公に徳川が潰せるとでも?
ゲームじゃあるまいし、自前の兵隊を抱えてない限り戦争なんてそんなに上手くはいかない


何にせよ、このスレに一番当てはまるのは秀頼公じゃね?
継いだ時は関白の嫡子だし、領土もあったし。

普通なら母親の実家と親戚筋が子供の為に手を尽くすんだろうが
身よりの無い女に嫡子を産ませて、正妻の実家と疎遠になった秀吉公もバカだがな

126人間七七四年2011/09/18(日) 20:33:11.59ID:2040RLd+
武田厨といい、秀吉厨といい、ゆとりのアホさ加減は何とかならんのかね
ゲームばっかやってっから60こえた人間の死ぬタイミングが悪かったみたいな恥ずかしい事言っちゃうんだよ

127人間七七四年2011/09/19(月) 14:43:18.07ID:V8lMLWH1
キチガイチョン大爆裂のスレだな。論理的レスは皆無w

128人間七七四年2011/09/21(水) 04:40:32.93ID:cO/iIDeX
死ぬタイミングが悪かったなんてのが論理的レスと言われても

129人間七七四年2011/09/21(水) 07:48:06.13ID:YT7qgThP
単芝にまともなヤツはいない

130人間七七四年2011/12/01(木) 16:52:15.42ID:LYUg/0oG
上杉武田負け犬同盟でも組んどけ

131人間七七四年2011/12/01(木) 16:56:44.50ID:geMZdhtj
>>1
信長のことを指してるのは明白

132人間七七四年2011/12/01(木) 17:01:47.85ID:LYUg/0oG
もう滅んだ武田家上杉家は早く成仏しろ

133人間七七四年2011/12/01(木) 17:03:41.59ID:LYUg/0oG
↑豊臣家もだった。
島津伊達に対する嫉妬がすごいスレですね

134人間七七四年2011/12/06(火) 19:56:32.97ID:xS3DmNXT
>>126
信玄が60こえて死んだとは歴史の常識を塗り替える新説乙
>>132
あれあれ?信長の所業のせいで嫡流が最後は野垂れ死にして滅んだ織田家は抜きですか?
分家なら武田も現代まで続いてますよ?

135人間七七四年2011/12/11(日) 22:15:09.35ID:R+PwrGGA
信長が最凶だろ。

136人間七七四年2011/12/11(日) 23:25:17.12ID:HKYURfLF
>>126
織田厨は、珍説唱えすぎだろw

137人間七七四年2011/12/12(月) 02:24:35.46ID:L2JmkxU+
今川はどうなの?
大名としては終わったけど高家として残ったよね

138人間七七四年2011/12/12(月) 16:29:25.25ID:j9HT87oM
今川は、義元が原因かな?

139人間七七四年2011/12/13(火) 10:47:24.58ID:XalCMGDV
>>137
どうなのって?
ひたすら没落していく家を一瞬繁栄させて、その貯金で家を残したくらいじゃね
義元があそけまで盛り返してなけりゃ武田か後北条あたりに消されてたと思う。

140人間七七四年2011/12/13(火) 13:03:34.44ID:HL2fza3x
守護大名から戦国大名へ転進させたもんな。
守護不入の特権を廃止して検地したんだよね義元って
しかも桶狭間の戦いも一次史料にない捏造だし
本当は病死でもしただけだろ。
三河の北半分以上はいまだ今川の統治に至ってないから
義元が死んだ後に三河が自立指向になるのは当然だし
だから信長も今川領へ侵攻してないわけだ。

141人間七七四年2011/12/13(火) 20:38:06.87ID:0fIEEuER
織田の末路が惨めだったのは、譜代の家臣を容赦なく追放したからだな。
まあ信忠がいるから安心と油断してたんだろうが。
実際は信忠が生きてたとしても、あの版図を治められたかは微妙かもだけど。

142人間七七四年2011/12/14(水) 00:36:42.42ID:q7zshtE5
本能寺起きなくて信長病没したとしても信忠相手に反乱起こす奴もおらんと思うがな

143人間七七四年2011/12/14(水) 07:16:13.18ID:A2+9SYPU
>>142
本能寺が起きない。=明智光秀が生きてる。
明智光秀にしても羽柴秀吉にしても、そもそも徳川家康自体従うかどうか怪しい

144人間七七四年2011/12/14(水) 09:39:07.06ID:NCdN9Nqz
信忠が生きていれば、有りで生き残る家庭よりは、家臣団も盛り立てていくと
方向で進むと思う。
家康は、小田家臣団の乱れがなければ、当時の勢力で逆らうとも思えない。
が、戦国時代だけに、要素がないわけではないと思う。

145人間七七四年2011/12/14(水) 11:50:16.00ID:I6pEgeYn
信忠では団や森らを抑えることはできても
柴田や明智や秀吉や滝川ら武功を持ち
多数の配下をも指揮している軍団長のような立場で
信長にも謀反したことがある織田家老の重鎮や
実力重視で這い上がった者らは
とても支配できない。

146人間七七四年2011/12/14(水) 19:08:22.39ID:q7zshtE5
そらソイツらが一斉に謀反おこしたら無理だわ

だから家中で揉めないように家督とかも早めに譲ってるのに
仮に羽柴、徳川が謀反起こしたとして何を勝算に他の奴を謀反に誘いこむの?

147人間七七四年2011/12/14(水) 23:04:18.64ID:n/3ywaAj
信忠では統御できないから
佐久間らを口実をもうけてリストラし始めたら
親子揃って光秀にぶっ殺された愚か者親子。

148人間七七四年2011/12/14(水) 23:04:52.30ID:Op8aZF4I
謀叛というより
独立路線に進むんじゃね

149人間七七四年2011/12/15(木) 05:51:08.52ID:Swn8yyyq
そもそも、明智光秀はまだしも、信長の同盟者が建前の家康に、謀叛って言葉を持ち出すのが異常。
浅井長政の行動でさえも、謀叛っていう人に心当たりが無い

150人間七七四年2011/12/15(木) 10:20:33.82ID:YdxEiRVO
長政を信長は家臣扱いしてるし、
家康も信長から駿河を加増してもらった時点で家臣。

151人間七七四年2011/12/15(木) 11:02:32.27ID:Swn8yyyq
>>150
はあ
そういう発想なんだ?
だから、別スレで関ヶ原を徳川家康の謀叛とか言ってる奴が出るんだ。

だから、信長が謀叛されまくりって発想になるのか

ふーん

152人間七七四年2011/12/15(木) 11:57:37.41ID:YdxEiRVO
信長本人が長政を「近年別して家来せしむの条」と書状に書いてるよ。
家康が本能寺関与説の本などでは駿河を安堵されたことで
家康が家臣になったので、そのお礼として安土へ行ったが
家康は臣従するのを内心では嫌がり、
本能寺に関与したとする説もあるね。
まぁ信康を信長の命で殺した時点で家康と信長には友情なんてなくて冷徹な上下関係があると思うけど
(家康が信康を殺した説もあるが)

153人間七七四年2011/12/15(木) 19:50:22.42ID:0J3/Sfht
家康が謀反って言ったのは秀吉と纏めたから
厳密には違うけどいちいち分けて書かなきゃわかんないの?

154人間七七四年2011/12/15(木) 20:23:28.22ID:myIjT5wQ
>>153
織田チョンの自演だっのかw

155人間七七四年2011/12/15(木) 20:35:23.38ID:0J3/Sfht
日本語でおk?

156人間七七四年2011/12/15(木) 21:09:49.71ID:fXPjPJCV
一瞬にして大繁栄して数カ月後には秀吉に土下座した秋月種実のためのスレ

157人間七七四年2011/12/16(金) 06:27:08.30ID:ibBZFOQd
>>152
信長が信康を殺したっていつの珍説支持してるんだよ
あんなの強引な陰謀論に無理やり傘にかけただけ。
あの時期に徳川を敵に回すメリットなんざ織田に皆無。

信玄はむしろあの歳で死んでいてよかったろ
あそこで死んでなかったらこのスレで殿堂入りしていた。

158人間七七四年2011/12/16(金) 08:21:19.88ID:f/uv5BwD
徳川公式の歴史にある
信長の命で殺さざるをえなかった話が
珍説だなんて誰が主張してるのか教えてくれ。
家康が自分の意思で殺したとするアホ説には
信長公記に信長の命で殺したなんて書いてないから、
たぶん岡崎の信康派閥と浜松の家康ら武功派による
重臣対立の結果だとか根拠ゼロの妄想なんだが。
頭がおかしい織田脳になると
信長がそんな悪いことを命じるわけがないと根拠無しに思い込んじゃうんだろうなw
信長公記は信長に都合が悪い話は一切書かれてない信長マンセー軍記に過ぎないのにw

159人間七七四年2011/12/16(金) 08:31:16.87ID:ibBZFOQd
信康に不品行があったというのは当代記はじめ史料に書かれているが、
三河物語や家忠日記でも信長が信康殺害に関与したなんて書いてなかったはずだが。
逆にどの史料見たら信長に信康は殺されたって言うんだ?
悪いがその史料を提示してくれ

160人間七七四年2011/12/16(金) 08:37:34.78ID:ibBZFOQd
そもそも信康を信長が殺させたという説が
信長が息子の信忠と家康の息子の信康の器量を比べ
信康の器量を恐れたからという、おおよそ理にもつかない陰謀論で
高柳が言ったことで、今までは反芻意見が出てなかっただけだろ。

161人間七七四年2011/12/16(金) 12:44:07.20ID:SLM5Lmyq
>>158
徳川の公式ってどんな書物?

162人間七七四年2011/12/16(金) 14:32:25.27ID:I0Z9jJiQ
信康の死の前には武田との内通を疑われた叔父の水野信元が信長に討たれたり
信康の死の後には佐久間、林秀貞、安藤守就(当代記だと武田内通)、丹羽氏勝らも処分されてる。
信長が信康も武田内通を口実に殺すとしても何の不思議もないし
信康と徳姫との不仲は家忠日記にも出てくるし
三河物語でも信長の娘である徳姫が12箇条の手紙を信長に出し、
それを読んだ信長が酒井忠次に詰問して家康に信康の切腹を要求したと書いてるだろ・・・
信康が無実とする話や、家康が信康を思い出して落涙する話や
忠次に家康がお前も息子がかわいいかと言う話や信長が信康の器量を恐れた話などを
徳川実紀内の柏崎物語・武辺雑談・東武談叢・寛元聞書で紹介してるぞ。

163人間七七四年2011/12/16(金) 19:33:28.81ID:+gMPK06g
信長が信康殺害を命じたとして何かメリットあんの?

164人間七七四年2011/12/16(金) 21:25:00.09ID:3UWdoZvh
拒絶したら徳川を叩き潰して完全直轄領化できる。

165人間七七四年2011/12/17(土) 10:16:54.52ID:bTX/X0fJ
>>164
武田と通じてるって噂に欠片の真実味があるなら、信康なんか関係無く攻め込む理由にはなる。
信康が優秀だから殺すって発想なら、アチコチの嫡男を殺して廻らないと無駄。

まあ、信長が信康を殺させる理由としたら
娘を虐めた
の一点じゃね?

有力者の娘を貰って、そいつの親父にそこまで睨まれたとしたら
信康って相当なバカってことだろうな

166人間七七四年2011/12/17(土) 10:30:38.96ID:i93mRpHw
信康に器量があるとは思えんのだが

167人間七七四年2011/12/17(土) 10:45:39.33ID:bTX/X0fJ
>>166
思う思わないは別だろw
輝かしい戦歴があるわけでも無いし統治に関わる文書があるわけでも無いみたいだから
一概に無能を証明するものは無いだろ

悪行があったとするのも有能だったとするのも伝聞だけじゃないの?

神君家康と足利一門今川の血をひく女の間に生まれた子供だから、サラブレッドの成り立ちを参考にすれば優秀でもおかしくはない。

168人間七七四年2011/12/17(土) 15:03:04.27ID:vBsllqee
基本的に家康が若い頃の精子は
けっこう能力値高そうな子が生まれてんだよな。
信康と秀康って武辺者としてはけっこういい方っぽいし
秀忠も平均値をちょっと越えてるみたいな。
忠吉以下はザコ臭がしないこともない。

169人間七七四年2011/12/17(土) 15:35:28.58ID:MKXh0hgA
>>162
徳川実記が作られたのなんて戦国からだいぶ後の話だろ。
それこそおまえのいう「信憑性がない」にあてはまるんじゃねーの?

信長公記の一つ、安土記では信康が謀反を企んでいるから家康はどうしましょうかと信長に尋ねているし、
家忠日記では家康がわざわざ浜松から出向いて信康と仲直りを催促するような文が書かれている。
当代記に至っては信康が信長どころか家康の命令にすら従わず、家臣や被官が困り果てたとすらある。

信長が積極的に関与したってのは、3つ見るだけでもかなり可能性が低い。
大体毛利本願寺上杉を考える時期にアテにならん徳川の粛清なんかしている場合じゃないからな。
半分家臣になってた水野や丹羽とは全然違う。

170人間七七四年2011/12/17(土) 15:37:38.26ID:MKXh0hgA
訂正:アテにならん情報で

ついでに言うと信康の不品行や態度をチクったのは信長娘だと思われがちだが、
当代記では酒井忠次によるものだとしている。これも忠次がいろいろとほかの人物に恨まれてることに合致する。

171人間七七四年2011/12/17(土) 15:48:14.37ID:vBsllqee
実際、それらの中で一番信用できる史料が
大久保忠教の三河物語なんだから
信長の命で信康は殺されたんだろ。
家忠日記は鴨川達夫氏も
これは日記ではなく、
後世になって纏められた著作物と書いてる。

172人間七七四年2011/12/17(土) 16:02:12.82ID:MKXh0hgA
当代記はどうするんだよw
一級史料中の一級史料だぞw
大体三河物語なんて半分は大久保物語なのにどこを見れば信憑性が高いとか言えるんだw

173人間七七四年2011/12/17(土) 16:09:35.27ID:MKXh0hgA
ついでに言うとな、家忠日記が後世のものなんてのは、
家忠日記増補追加と区別がついてない証拠だ。つか増補追加がある時点で
原文があるということになり、後世の創作なんてのが全く嘘っぱちであることがわかる。
まあなんでもかんでも徳川史観で誤魔化そうとする鴨川なら言いそうな話ではあるがw

174人間七七四年2011/12/17(土) 16:17:40.78ID:fUy1pWrY
もともと世間に出すつもりで書いてないのが三河物語だから大久保物語なのは仕方が無いよ。
門外不出仕様なんだから。
しかし他のは神君家康擁護色丸出しだし、
当代記は信長公記を流用したり、
信憑性が怪しい部分も多々ある。

175人間七七四年2011/12/17(土) 16:37:26.37ID:MKXh0hgA
門外不出とか言いながらこの本はよその家のために書いたものじゃなくて
うちの家のことを書いただけだよと巻末に言い訳がましく書いてるじゃん。
本当に見せる気ないんならこんなこと書く必要はないだろ。

まあそんなことより一級史料の、しかも徳川の人間が徳川のことを書く、不正なんか少なくとも悪い方には存在しないものを
信憑性が怪しいと根拠もなくいう言動が一番ねーけどなw

176人間七七四年2011/12/17(土) 16:40:41.29ID:fUy1pWrY
子々孫々に注意する為に書いただけなのに、
何で言い訳がましいと解釈するのか意味不明。

177人間七七四年2011/12/17(土) 16:42:39.49ID:MKXh0hgA
>>176
子々孫々のためだけなら見せるなよで終わるんだけど、
わざわざ見せた後の対応とか言質とか必要ないんだけど。

ついでに言えば子々孫々のものだから他人に見せないから、って
とりあえず自分のいいように書いとくかって可能性はすごく高いんだけど。

178人間七七四年2011/12/17(土) 16:45:24.66ID:MKXh0hgA
つか当代記信用できないんならもう何も信用できんわなw
あれは幕府の重鎮だった松平忠明が過去の資料を集め推敲しながら作った代物。
大久保が適当に殴り書きした書物とは出来栄えも桁も違う。
これ越える信憑性持ってるのは幕府の公文書くらいだ。

179人間七七四年2011/12/17(土) 16:53:17.76ID:vBsllqee
まぁ酒井忠次と大久保忠教が信長に詰問されて
うまく返答できずに信康を殺すことになったのに
大久保が酒井にすべての責任を押し付けたような気もする。

180人間七七四年2011/12/17(土) 16:56:05.15ID:MKXh0hgA
肝心の信康と家康自体の仲が悪いんだからどうしようもない。
家康からすればワシの婿だから殺すなくらい言ってほしかったんじゃねーの
あるいは婿を切りやがってと後から信長に怒られても困るって思ったか。

181人間七七四年2011/12/17(土) 18:19:05.25ID:RW4gTXdl
>>171
>実際、それらの中で一番信用できる史料が大久保忠教の三河物語なんだから
何の根拠も示していないのに「実際、・・・」という言葉で誤魔化そうとしているのが笑えた

182人間七七四年2011/12/17(土) 18:45:08.59ID:vBsllqee
家康と信康の仲が悪かったら
あぶなかっしくて
根拠地の岡崎を任せたりしないだろ・・・
武田義信だっていきなり殺されたわけじゃなくて
美和神社に義信と参加したメンバーが信玄への謀反グループで、
義信付きの家臣が殺されたり、
他の家臣も態度が悪いと注意されたり、
御気色悪しき人(義信)と入魂しないよう誓わされてる。
こんな感じで情勢が変化してて明らかに前兆があるし
しかも信玄は考えを改めるように義信を殺さず幽閉していた。

しかし信康の場合、信長の婿の立場でありながら
いきなり家康がキチガイにでもなって必死になって
築山殿や信康をあのタイミングで死刑にする理由こそ意味不明。
明らかに家康より上位権力の信長の命令で有無を言わせなかったとしか思えない。

183人間七七四年2011/12/17(土) 19:15:46.63ID:RW4gTXdl
誰も最初から仲が悪かったとは言っていない件

184人間七七四年2011/12/18(日) 08:29:26.95ID:9Xge0ZUF
家康が信康を殺す動機は?
信康が家康への謀反を考えていたから殺されたの?
なら武田義信みたいな前兆なり証拠は?
それとも武田を恐怖するあまり家康が狂って、信康殺したの?

185人間七七四年2011/12/18(日) 11:05:33.66ID:bT3iUGAS
>>182
根拠地としての発想が微妙なんじゃね?
爺さんが、勢力の拡大を始めた地ではあっても、本人は駿河育ちで側近には浜松衆も岡崎衆ばりにいるんだろ?
信用に足り、才に溢れた後継者なら副官として近侍させてもおかしくはない。
岡崎に置いたのと、不仲云々は別だろ?


史実では、信康は武田との関係が問題視されて切腹を命じられたんだろ?
空想は自由だけどさ

186人間七七四年2011/12/18(日) 11:45:53.79ID:Yv9H6II8
そうだよ。
武田との内通を正妻から信長にチクられて
信長の召喚に大久保と酒井がごまかしきれずに罪を認めて
家康は、それを信長に隠していたのがバレて
是が非でも信康を殺さないと信長に処断される恐れから急いで殺した。

187人間七七四年2011/12/18(日) 14:47:42.05ID:bT3iUGAS
>>186
何かの、やる夫で見たが
嫡男と書いて『トカゲの尻尾』とルビを振られるような嫡男が信康だったりなw

188人間七七四年2011/12/27(火) 07:23:00.46ID:mluKMsX/
>>157
してなかったろ
逆に信長ころして天下最大勢力になってたな
つか、このスレってもろに信長の為にあるようなスレだろ
>>185
信用に足り、才にあふれたと見たから
三河を任せたとみたほうがいいんじゃないのか
だって結局当時の徳川の主力は三河衆で
徳川はその勃興期に三河侍を率いて勢力拡大したんだから

189人間七七四年2011/12/27(火) 07:42:33.49ID:mluKMsX/
>>151
普通に信長は山ほど離反や謀反されてるが
信長領国離反録でも貼っとくか?
膨大すぎて笑えるぞ

190人間七七四年2012/02/08(水) 23:03:40.53ID:AFIhmU2s
伊藤義祐

191人間七七四年2013/06/27(木) 16:05:37.98ID:pmVJsRAu
信長

192人間七七四年2013/06/28(金) 13:09:34.81ID:sKxtjVUp
家臣に下克上され家を没落させた愚主信長
下克上で信長の乳母だった池田家を始めとして、
前田家や森家や丹羽家など旧家臣筋は繁栄した。

193人間七七四年2013/07/19(金) NY:AN:NY.ANID:XvJfRcGw
前田家100万石の国威を恐れて這いつくばって土下座する織田・・・・
どんな気持ちなの?

194人間七七四年2013/07/19(金) NY:AN:NY.ANID:6He1UvOU
100万石を守る為にわざと鼻毛を伸ばしてバカの振りをした前田利常の気持ちは?

195人間七七四年2013/07/20(土) NY:AN:NY.ANID:vgqKBFR+
そりゃあ足利家が喜連川陣屋10万石国主待遇で国勝手や諸役御免を許され
伺候席が前田家や越前松平家などと同じ大廊下って言う待遇で
天下ノ客位としてプライドを保っていたんだから
織田家は屈辱に満ちていただろうね。
大名たるもの滅亡する時にちゃんと滅亡しないで
命欲しさに命乞いをすると屈辱とブザマな生き方しかできんのよ。

196人間七七四年2013/07/20(土) NY:AN:NY.ANID:ON1LNrMN
織田も途中まで国主格なのに流石捏造大好きだがw
武田の当主が伊豆大島に流されたのはどんな気持ち?w

197人間七七四年2013/07/21(日) NY:AN:NY.ANID:he8AGbFi
たった3万石の織田が国主格なんて完全に願望妄想じゃんwww
しかも参勤交代で破産した織田wwww

198人間七七四年2013/07/23(火) NY:AN:NY.ANID:858zPjVU
地味なところで秋田実季

199人間七七四年2013/07/25(木) NY:AN:NY.ANID:8OSGuhG8
勝頼

200人間七七四年2013/07/26(金) NY:AN:NY.ANID:bdf5HbAF
>>197
池上裕子氏
丹波柏原2万石
上野小幡2万石
出羽天童2万石
って書いてるから3万石じゃないよ。

201人間七七四年2013/07/28(日) NY:AN:NY.ANID:5kc0DlDT
>>1
>武田勝頼、北条氏政、大内義隆、朝倉義景、浅井長政、大友宗麟、浦上宗景、大宝寺義氏など・・・
浦上家の最大版図は、浦上村宗のとき。
播磨・備前・美作・摂津の一部の100万石。

202人間七七四年2013/08/02(金) NY:AN:NY.ANID:yVSc22/N
信長の嫡孫は野垂れ死んだじゃん。
嫡子系以外を持ち出したら後北条は氏規の孫の氏盛が、
後北条本家とは縁もゆかりもない河内国で狭山陣屋1万石で継続したから、
後北条は滅亡してないと見苦しく強弁することと変わらん。
なぜ織田好きは織田だけは特別扱いの例外と妄想するんだ?気持ち悪い。

203人間七七四年2013/08/03(土) NY:AN:NY.ANID:2GdH9KPg
>>202
普通に後北条は滅んじゃいないだろ?
何と戦ってんだ?
織田なんてどっかの神官の出が、血統ロンダリングで平氏になっただけの氏素性も怪しい家なんだから、良く残った方だろ
足利は元より、武田は言うに及ばず、伊勢と比べるのも無謀

204人間七七四年2013/08/03(土) NY:AN:NY.ANID:sq5e4+Yg
いやいや氏政自刃&氏直の高野山への追放をもって大名後北条は滅亡なのは常識だろ。
その後、家康の婿と言う関係から氏直赦免活動で信雄改易&大坂の信雄邸の氏直への譲渡があったが、
それはもう蛇足だろ。
せめて10万石以上の国主格扱いじゃねぇと再興とも言えねぇ。
そんな論理が通用するなら拡大解釈で大友や今川も滅亡してないと主張しても可能になるわ。

205人間七七四年2013/08/03(土) NY:AN:NY.ANID:cE3iY8A5
大坂の氏直邸を遠くから眺める、いまは秀吉によって強制出家させられ
伊勢国司北畠信雄改め信意はどう思ったんだろ。
婿の氏直と歓談する家康に対して、
信意は小姓一人のみ連れて行くのを許されて
これより流罪となって歩いて奥羽へ向けて出発。

206人間七七四年2013/08/03(土) NY:AN:NY.ANID:cE3iY8A5
訂正 出家したから常真って書いた方が混乱ないか。

207人間七七四年2013/08/07(水) NY:AN:NY.ANID:WVNwzxQ4
傘下の国人一揆連合による上位統治権力への抵抗が基本にある寄親寄子制は
トップダウン方式による命令と迅速な執行を妨げ、
不利とみるや大量の造反国人が敵に寝返るために強い統治支配が出来ず
国人達の顔色を伺いながら、意見調整をせねばならない。
そこから脱却し守護や旗頭から戦国大名へと脱皮するためには傘下の国人達の権力を剥奪し
併合し官僚化し統治の深化を進めなければこれ以上の遠隔地拡大が出来ない脆弱な統治機構のままになる。
そこで宗家の権力確立を目指し国人を圧迫していたのが、
戦に強い陶晴賢や大友宗麟や尼子晴久が代表だろう。
逆にこういう中央集権への国人達の反発から
口うるさくない傘下に入れば、領内に介入しない、国人一揆連合の盟主くらいな軽いユルユルで
国人として独立性を保てる我が儘が利く関係で支配がより後退した関係で媚びて実力に伴わない単に肥大化しただけなのが
戦に弱く下手に出て支持を受けた島津義久や毛利元就や北条氏康や伊達政宗でより上位権力がやってくるや傘下国人の瓦解や国人間分裂対立も早かった。

208人間七七四年2013/08/09(金) NY:AN:NY.ANID:mXlb6OFS
家政に介入しない。惣領権を認める。軍役を課さない。一揆的結合の解体を強制しない。独自に外交やってもいいよ〜地元に住んでてもOK
このあたりを標榜すれば大名の騎下へ国人や惣村はなびく。戦が下手な大名ゆえの対応だろうね。
織田の場合はおおむね上記のとおりだけど、唯一、軍役に従わないなら消滅させる!って言う例外があるな。
というかこの例外の一点以外は超ゆるいのが織田。

逆に逆賊討つから関東管領の下へ集合な!正義のために損害気にすんな!
とか源氏の元へ集合〜敵と野戦決戦する決意持て!とかやっちゃうと逃げる。
佐竹なんかも洞の問題もあるけど上杉とかと似た性格を持ってる戦が強い軍がr統制し、
国人を行政に取り込んで家政に介入し官僚化を進めていく大名。

209人間七七四年2014/02/21(金) 08:32:01.83ID:Ggw6zyfY
信長専制独裁は反発を生み、
信長はついに家臣に殺された。
国人重臣との合議制にしてれば、
信長が殺されることは無く、
また例え殺されても織田政権合議を支持する家臣団により織田家乗っ取りは防げた。
国人重臣家臣団が織田政権の独裁制に反発していたので、
自分らが才覚で切り取った領地を好きなように統治する道を選んだ為に織田政権は滅亡した。

210人間七七四年2014/02/21(金) 09:13:40.41ID:r5R2/Tqr
しかし現実は国人合議の武田が再興されなかったという皮肉w

211人間七七四年2014/02/28(金) 13:20:25.08ID:ljMB8nVx
伊達政宗114万石→62万石
上杉景勝120万石→30万石(実高51万石・高直しせず)
毛利輝元112万石→29万石(10年後に36万石に高直し)

このあたりはたいして差はないと思う。

212人間七七四年2014/03/02(日) 02:46:27.29ID:j7Xq2qfU
福島正則50万→4.5万

213人間七七四年2014/03/02(日) 14:36:46.39ID:WvN5JmSD
長宗我部80万石→0

214人間七七四年2015/06/05(金) 00:23:45.40ID:kVMalbha
龍造寺隆信

215人間七七四年2015/06/05(金) 01:15:30.94ID:rypBCweZ
ふぐすまw

216人間七七四年2015/06/05(金) 02:30:10.53ID:mlxbh5vN
宇都宮忠綱

217人間七七四年2015/06/07(日) 10:36:43.46ID:MKIPOWkb
没落ってのは調子よかったのにやることやらずグダグダになって落ちぶれたという感じで
上杉、伊達、毛利はやることしっかりやった上での結果だから没落とは違う気がする。

218人間七七四年2015/06/11(木) 14:13:17.03ID:rv76RoY7
>>156
秋月種実は最前期からしたら没落だが
大名としてのスタートが亡国の君主からだから
全てが0から大名として残っただけ儲けもの

219人間七七四年2015/06/12(金) 08:10:45.85ID:HLFXkYfx
なんで、織田はチートな国力もってたのに滅んだん?

220人間七七四年2015/06/12(金) 10:49:49.53ID:682oJdU+
チートチートうるさいのはだいたい菅沼

221人間七七四年2015/06/12(金) 18:47:01.13ID:ez+mlQw9
領域だけをみるとチートに見えるが
内政放棄し領地支配がザル。


信長の戦力集中できる最大兵力は3万が限界。
大和一国支配者の興福寺
1580年の織田による差出検地→興福寺大乗院跡750石 興福寺多聞院跡の私納分37石・納所分83石
かんぜんにナメきってる報告っぷりw
秀吉の文禄検地→興福寺春日社は2万1000石とされた。
秀長がこれを知り大激怒してる。

信長の差出の検地なんてこんなズサンなもの
石高で他勢力との比較をしたがる織田厨の無知さがわかる。
しかも織田はその差出の石高に応じた軍役の賦課すらしてない。つかできない。

北条は天正9年7月に前年に氏政が家督を氏直に譲渡したこともあり
軍役に関して記された改定着到之事を施行して指物や槍の寸法や装備や馬上具足に至るまで、
それまでの基準を改定し、軍役を課す基本台帳たる着到帳も氏政から正式に渡されてる。
また翌月には段銭増分を設定し村郷の代官に納入を命じてる。
織田にはこんな内治政策などまったくない。信長が国内を統治していた証拠など無いに等しい。
織田諸将が直接、在地と主従関係を結んで地域割拠していたので
地域一円謀反が多発し信長が死んだら、即、織田が瓦解したのであろう。

222人間七七四年2015/06/12(金) 18:53:10.67ID:ez+mlQw9
排便などの衛生管理は非常に重大な問題で北九州の戦国研究で有名な吉永正春氏も
毛利や大友などを調査しても一戦場に3万が限界だと言ってる。
一次史料を見ると信長も1万〜3万くらいだよな。
この限界の壁と突破できるのが内政軍制改革の結果であり、
圧倒的大軍による威信を背景にした「位攻め」戦略であり、
これが達成できない限り全国支配など夢のまた夢。

石高がいくら広くても、それを把握していないから、
石高に応じた軍役や装備が課せないため
中世の寄親、寄子の原始的暴力集団だったのが織田軍
武田や上杉や北条は領土を把握し軍役を課し、
兵種に応じた編成と、陣立が表すようにそれを自在に移動、
配置が可能な組織的近代軍隊だった。

信長公記70種類以上をすべて閲覧研究した唯一の人で信長研究の第一人者の金子氏の信長評

「戦国大名は天下統一の為に競い合っていた」という戦国大名観は近年では否定されていますが、
信長だけは例外と見做されてきました。しかし著者が発見した書簡を初めとする史料から見えてくる
客観的な信長像は、他の戦国大名とさほど違ったものではありません。
有名な「天下布武」の印章も、信長が「天下を取る」ことを宣言したものではありません。
天下とは日本「全国」ではなく、京都を中心とした畿内のことに過ぎません。
「天下布武」とは、畿内の秩序維持を、足利将軍をサポートして自分が執り行うという意味なのです。
秀吉が行ったのはまさに「全国統一」でしたが、信長にはそういう意志はなかったのではないでしょうか。
しかし『天下布武』の構想も信長の言うなれば「脳内」のものに過ぎず、
「大義名分」として説得力のあるものではありません。信長が足利義昭になりかわって
事実上の将軍の職務を担っているからといって、
他大名には信長の「言い分」に従わなければならないいわれはないのです。
結局、信長は武力で「言い分」を認めさせるしかなくなります。
自称「天下をおおせつかっている」信長は、かくして諸大名との衝突を繰り返します。
例えば上杉氏とは当初、良好な関係にありましたが、
信長の版図が拡大し直接境を接するようになると両者は戦争になります。
そのような行動が後世の目で見ると、着々と諸勢力を征服して
「天下統一」へと邁進していたかのように見えたのです。
そもそも信長は、組織的な「政権」は作りませんでした。
征服した領土の経営も家臣に丸投げで、支配の方式に革新的な面はありません。
その点でも秀吉に比べ信長の「権力」は中途半端な中世的な段階に止まっていたと見做した方がよいのです。


池上裕子著「織豊政権と江戸幕府」より
「(佐久間盛信への)折檻状から読み取れるように、信長自身は所領の大きさに比例して、
家臣一人ずつの軍役数を定めると言う方法をとっていない。家臣をどれだけ抱えるかは
各自に任されていた。
これは鎌倉・室町期の武士たちの有り方と類似で、北条・武田らが所領貫高に比例して
軍役数を決定した方法といちじるしい対照を成す。
従って武篇道と戦果が問題となる。

池上裕子→武田家の軍役衆は武田家直轄でそれを家臣に預けるだけ。
よって槍3人・弓3人などの賦課で軍役に応じて集結した彼らを解体し
兵種ごとに再編成することが可能。
これは武田が寄親寄子制からいち早く脱却したことを表している。
黒田基樹 →信玄の永禄10〜12年年のものと思われる陣立書によって兵科別の編成が証明できる。

223人間七七四年2015/06/12(金) 18:54:03.81ID:KkMkMCcq
>>221
じゃあ、織田の長槍隊とかなかったとですか?堺やら持ってたのに最新式の装備やらできなかったんすね?

224人間七七四年2015/06/13(土) 08:54:18.81ID:X13vJz/I
>>219
有り金全部突っ込んで博打を打ってりゃ、一度こけたらスッカラカンになる
そんだけのこと

チートだから全方位に戦争を仕掛けることは出来たけど
一つこけたら全部パーになるのは当たり前

225人間七七四年2015/06/13(土) 11:22:15.88ID:G9tDHS2e
>>224
なるほど、信長には戦略眼ってのがなかったんすね

226人間七七四年2015/06/13(土) 12:27:27.75ID:X13vJz/I
>>225
信長にとっては、それが戦略だったんだろ
大内、三好でさえ出来なかった将軍追放をやってのけることが出来たのも
ネジが入ってない信長ならではだろ
そして、そこに普通の人間は憧れたりする
まともにやってたら、三好の端材や松永や六角あたりが畿内を荒廃させ続けてるだけで
誰もまとめられやしない

227人間七七四年2015/06/13(土) 12:36:15.80ID:G9tDHS2e
>>226
つまり、三好や松永では畿内を治める器がなかったって事ですね。

信長が将軍を追放したのは、まあ分かるけど、それで窮地になったりしたしね

228人間七七四年2015/06/13(土) 13:24:10.21ID:X13vJz/I
>>227
無くて当たり前
足利高氏なんて家格、実力とも飛び抜けた存在だから畿内を掌握出来たし
それを継承した幕府だからそのまま統治出来た。
足利一門の前に屈服することしか出来なかった、伊達、佐竹、武田、佐々木一門、大内、大友、島津
足利の支流の今川、庶家の家臣の尼子
どれ一つ畿内を掌握出来そうな勢力は無い

229人間七七四年2015/06/13(土) 14:50:51.02ID:G9tDHS2e
>>228
でも、応仁の乱のときは山名宗全や赤松やら有名所が京で争ってたやん

230人間七七四年2015/06/13(土) 16:06:09.01ID:X13vJz/I
>>229
応仁の乱って足利って権力構造の下での内ゲバじゃね?
結果として畿内が荒廃しただけだし。


親が熱烈な佐々木好きだから、佐々木の肩を持つと、
あんなのに関わってる暇があるなら、分家を滅ぼして、近江統一、
勢力下にあった伊賀経由で伊勢介入しとけば、大名家として残れただろうにと妄想してしまう。

231人間七七四年2015/06/13(土) 16:30:58.96ID:9FF1YWme
>>230
まぁ、足利の内ゲバってか源氏はほとんど内ゲバばっかりだけどね。
しかも応仁の乱の発端が日野富子がらみだし。つか 佐々木道誉さんは何してたの?

232人間七七四年2015/06/13(土) 16:45:00.65ID:X13vJz/I
>>231
京極高氏なんてとっくに死んでるだろ
足利高氏と、大して年は変わらん筈だが?

233人間七七四年2015/06/13(土) 16:49:42.41ID:9FF1YWme
>>232
そかそか、勘違いしてましたわ、てっきり応仁の乱の時に活躍した人かと思ってました。

つか、日野氏って滅亡したのかね?戦国時代には名前はなかった様に思うのですが

234人間七七四年2015/06/13(土) 16:50:18.81ID:X13vJz/I
因みに、この後佐々木さんは、近江から甲賀伊賀にかけて逃げ回ってます。

235人間七七四年2015/06/13(土) 17:00:05.94ID:X13vJz/I
>>233
日野って武士じゃないよ。
近衛の2ランク下くらいの貴族。

236人間七七四年2015/06/13(土) 17:23:09.38ID:9FF1YWme
>>234
逃げ回ってる間に六角に南近江を取られたんですね。分かります

237人間七七四年2015/06/13(土) 17:24:20.62ID:9FF1YWme
>>235
ん?日野は貴族だったのか!教えていただきありがとうございますm(__)m

238人間七七四年2015/06/13(土) 17:55:24.85ID:X13vJz/I
六角=佐々木嫡流
因みに、京極さんは佐々木支流
鎌倉幕府に逆らって近江の半分を分家(京極)に取り上げられました。
足利高氏の時は、鎌倉幕府方について嫡流こそ取り上げられませんでしたが、冷や飯を食わされました(その時、躍進したのが京極道誉です)
応仁の乱では西軍について乱後は実質幕府の敵扱いです。
でも頑張ったんです。
でも最後は信長に滅ぼされました

239人間七七四年2015/07/29(水) 15:11:32.80ID:aYyctKDA
信長は義昭に戻ってきてくれと交渉するも義昭が拒否して鞆幕府を成立させていたし、
信長は代わりに管領の細川氏綱の弟の細川藤賢を担ぎ出して外戚関係を成立させてんじゃん。
三好長慶だって将軍追放して芥川政権と呼ばれる時代を成立させてんじゃん。

240人間七七四年2016/08/17(水) 07:44:09.93ID:Qz5o/mfG
保守します

241人間七七四年2017/07/23(日) 07:21:51.71ID:SyKmAkla
毎度

242人間七七四年2018/09/13(木) 14:22:10.88ID:LvEZ5HFU
>>8
大名家としては滅亡してるだろがアスペ

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