もしも秀吉が明ではなく蝦夷地以北を攻めていたら

1人間七七四年2012/11/14(水) 21:28:57.82ID:bj9p/ZAP
シベリアは日本になっていただろうか

2人間七七四年2012/11/14(水) 21:55:24.77ID:ukIi7M/A
おーーーーナイス好奇心☆

3人間七七四年2012/11/14(水) 22:31:12.03ID:ngiMIftZ
シベリアに行きたがる大名も農民も商人いないだろ
切り取り成功しても赤字

4人間七七四年2012/11/15(木) 00:09:10.32ID:R8PvHFHK
カムチャッカとかはアイヌと同族のクリルだから余裕だな。
シベリアは微妙だけど極東ロシアはほぼ無主状態だからこれも余裕。唐入りを失業対策って側面て考えたら1が五奉行にいれば地図が大分変わってたんじゃねー

5人間七七四年2012/11/15(木) 00:28:06.66ID:8ZJtl3k3
要注意大名はシベリア送りになるのか

6人間七七四年2012/11/15(木) 00:59:36.33ID:I/plaqZ1
シベリアとかあんな不毛の地取ったって意味ねーだろ
二百年後くらいの間宮林蔵に任せとけばいいんだよ

7人間七七四年2012/11/15(木) 02:21:32.23ID:8u8KgbHY
シベリアより外国勢力のない
国後、択捉と島を辿ってアラスカ辺りまで勢力を伸ばせたかも

8人間七七四年2012/11/15(木) 02:32:26.56ID:R8PvHFHK
だから意味は失業対策だって。
屯田兵だって不毛の大地にいったじゃん。

9人間七七四年2012/11/15(木) 07:35:52.88ID:I/plaqZ1
ご当地ロシアだってもて余し気味・流刑地のシベリア流しって死罪と同義じゃん
屯田兵の実情は死んでも構わないような罪人だぞ

10人間七七四年2012/11/15(木) 14:27:32.58ID:psFWQwfs
いっそみんなでオーストラリア大陸めざそう

11人間七七四年2012/11/15(木) 16:11:58.18ID:nvJ9rtWP
いやいや、ここはやはりインダス河、ザグロス山脈、ボスフォラス海峡、ライン河を打通して南蛮国へ。

12人間七七四年2012/11/15(木) 17:31:26.70ID:lXvY0Pro
シベリアの木を数える仕事どころか、シベリアの木になりに行く仕事だな
今もってアレなのにシベリア、アラスカとか鮭やクマでも狩りに行くのか

13人間七七四年2012/11/15(木) 20:28:02.62ID:bgAwRkvI
名護屋城的なものはどこに建てるのかな

14人間七七四年2012/11/15(木) 21:02:16.60ID:I/plaqZ1
宗谷岬から出発するなら今の旭川の位置くらいかな
札幌函館(今の)かも。本州に近いし。
道民だがたまに絵島と渡島の違いが分からなくなる
っていうか今わからない

15人間七七四年2012/11/15(木) 22:28:35.56ID:TuTvEt+i
鮭、にしん、鱈、、昆布、おっとせい、あと石炭

16人間七七四年2012/11/15(木) 23:29:27.62ID:ZFfMcIXF
アリューシャン島伝いでアラスカもありだな

17人間七七四年2012/11/16(金) 00:04:14.03ID:Sy3n1KIq
ロシアじゃラッコの毛皮が超高値で取引されてたらしいよ。
江戸でもけっこう売れたらしいけど。

18人間七七四年2012/11/16(金) 00:31:25.17ID:OFKTbhQj
せいぜいオホーツク海沿岸までだろうね
内陸部とか無理。死ぬ

19人間七七四年2012/11/16(金) 10:41:17.98ID:Z5tiblIT
石炭は当時価値あるんだっけ?

20人間七七四年2012/11/16(金) 11:16:04.08ID:/V+bX9R6
石炭採掘したとして、気候とか輸送経路とか考えると、安定的に供給できる気がしない

21人間七七四年2012/11/16(金) 16:29:35.20ID:7NHrsZ3p
米も育たぬ土地を攻めてどうする

22人間七七四年2012/11/16(金) 18:20:06.67ID:5jBfyzop
近代化はどうなったんだろう

23人間七七四年2012/11/16(金) 20:40:47.79ID:/mB9XMbi
とりあえず一つだけハッキリしていることがある

ヒデヨシにすべてを奪われたニダ!謝罪と賠償を要求するニダ!

……とは言われないことだ
やったね維新ちゃん石蔓子も大河になれるよ

24人間七七四年2012/11/17(土) 01:43:29.39ID:DXwHGMhE
全員凍死だろ

25人間七七四年2012/11/17(土) 06:03:26.44ID:3dS/m0vM
オホーツク沿岸やサハリンとかなら凍死もたぶんしないしロシアがくるのは百年くらいあとだからいけるんじゃね?
でも結局ウラジオストクらへんまで南下して日本海が内海になり大都会富山が誕生する‥

26人間七七四年2012/11/17(土) 06:26:13.47ID:cZaC3SvS
ウラジオというか沿海州は清の領域になるから無理だべ。

27人間七七四年2012/11/17(土) 13:11:47.99ID:mflJVV6U
ここに出張ってくるのはロシアだけで、それもまだ後の時代だから
樺太がもう少し確たる領土扱いになって、樺太の交換条約はなかったんじゃないか

28人間七七四年2012/11/17(土) 13:57:54.15ID:HKOWp36g
江戸時代後期ですら蝦夷で弘前藩士遭難事件みたいなのも起きてるし、シベリアとか無理なんじゃないかな
松前藩は勘察加や樺太まで領有してるとかホラ吹いてたけど

やっぱ攻めるなら琉球、フィリピンだな

29人間七七四年2012/11/17(土) 19:16:22.94ID:SX1KJyZp
なんで切り取り放題の蝦夷地をほっぽってたの?って思う
京都から遠いから?交易で莫大な利益を産めるのに
津軽海峡くらい軽くこえていけるのに

30人間七七四年2012/11/17(土) 23:13:48.38ID:g1ht5Gik
>>29
交易だけで充分だったからだよ
米も取れん土地切り取ってもうま味無いし、ならアイヌから買い叩いて稼いだ方が、直接支配するより安上がり

31人間七七四年2012/11/18(日) 02:22:02.82ID:JVH5vDLQ
米作れない以上無理

32人間七七四年2012/11/18(日) 02:59:19.10ID:jLYo2zuU
何もない土地に進出して、支配地を広げようという意識は
当時なかったのかもね
朝鮮、あるいは明を攻めたのはそこに国があるからで、
それを服属させるためではないだろうか

33人間七七四年2012/11/18(日) 08:13:42.20ID:un4XC6ob
明に攻め入り沈毒(インド)まで征服するつもりだったので
たかが通り道の朝鮮人程度にあんだけ苦戦するなどボケかかった太閤殿下には
なおさら理解できなかったんだろうさ

34人間七七四年2012/11/18(日) 11:06:44.35ID:WCHFMqI1
>>33
信長の命令で、壮齢の秀吉が直接行ってたら面白かったのにな

35人間七七四年2012/11/18(日) 20:01:40.16ID:CGrWROAb
石高制だとお米がとれないとこは無価値なのなか

36人間七七四年2012/11/19(月) 05:07:55.95ID:qxa6a6IU
人足や農民がいないと重農主義社会が成り立たないからかな
石高制のせいで米ばっか作ってた印象があるけど違うんだろうなw

37人間七七四年2012/11/19(月) 09:15:37.92ID:7H4kfpGY
北海道で安定して栽培出来るような米の品種が開発されたのはここ数十年でしょ

38人間七七四年2012/11/19(月) 19:38:50.23ID:9uzjo7w2
台湾に入植したりパプアニューギニアに入植すれば良かったのに

39人間七七四年2012/11/19(月) 20:12:55.71ID:tDbmY3PK
小氷期真っ只中のシベリアor千島列島に突っ込んでもねぇ…。
台湾領有は割と現実的だったかもしれない。でもそれだと産業革命後に西欧勢力が押し寄せてきて植民地化して今ごろ沖縄も日本領じゃなかったかも。

40人間七七四年2012/11/21(水) 01:36:29.84ID:5qnTmti7
>>34
82年当時で余命17年だからな・・・
しかも最後の5〜6年はもうろくしてたし
実質10年ぐらいしか陣頭に立てない

さらに82年当時で北条上杉はまだ領土保ってるし、
東北は混乱してるし、
実質3年ぐらい働ければいいほうだったんじゃね?

41人間七七四年2012/11/21(水) 11:51:07.35ID:SuDFzcSC
全国規模の大事業でも失敗してるのに一武将ほかでどうにかなるわけがない
第一補給はどっからすんの

42人間七七四年2012/11/22(木) 21:21:32.62ID:1knoCbfJ
西部劇といえば侍vsインディアンになってかもね

43人間七七四年2012/12/01(土) 21:50:27.72ID:ydpWveOX
上で米が云々って言ってるけど貨幣経済に替えちまえばいんじゃね?
信長は貨幣の大事さ分かってたし維新の時にできたんだからできないってことはないだろ

44人間七七四年2012/12/10(月) 19:34:12.01ID:RfdmZQrl
ハワイに行って楽しく過ごそうぜ

45人間七七四年2012/12/12(水) 18:17:28.34ID:Y+VBVcXl
マリアナからパラオ、トラック、マーシャル、ギルバート、マキン、タワラぐらいまでなら
制圧できたかもしれん
そしたら広大な西太平洋が日本領になっていた

46人間七七四年2012/12/12(水) 18:38:18.81ID:uy/u31bH
戦国時代から近代まで維持するのも難しそうだな

47人間七七四年2012/12/12(水) 23:35:36.93ID:+U2kTy3/
せいぜいフィリピンまでじゃね

48人間七七四年2012/12/13(木) 20:29:43.47ID:DN/Qokue
重商主義の秀吉が南進よりも蝦夷地以北を目指す事はIFでも
考えられない。

49人間七七四年2012/12/14(金) 02:36:10.18ID:DCuFy69y
蝦夷地だけでお腹いっぱいだな
追放先としてなら有りかもしれんが

50人間七七四年2012/12/14(金) 17:37:04.35ID:Kfm/rF4b
北海道って行政単位は一個だけどそこらの県よりはるかにデカいからな
同じくらいの大きさの九州だけで9県あんのになんで道だけひとまとめにされてんだよ

51人間七七四年2012/12/14(金) 19:29:48.40ID:B8ZAF558
でかい釣り針だぜ

52人間七七四年2012/12/15(土) 14:59:55.71ID:lE/BoN/4
朝鮮人にかかわらなくてすむからその方が良かった。

53人間七七四年2012/12/21(金) 20:26:40.14ID:XejAruNT
そのままアラスカまでいって新大陸が日本の領土になってた

54人間七七四年2013/01/08(火) 19:18:20.18ID:EWzOIM/T
カムチャッカ半島にも、日本人が沿岸に少々住んでいたが、ロシア人は
たったの40人の兵で南下しつつ
カムチャッカ全土を占領したぞ。
秀吉が北進をかけていたら、蝦夷どころかベーリングまで占領できるわ。たぶん。

55人間七七四年2013/01/08(火) 21:11:47.05ID:uS8g2tLY
してどうすんだよ

56人間七七四年2013/01/08(火) 22:33:29.14ID:EWzOIM/T
土地占領だね。沖ノ鳥島みたいに、岩礁みたいなちっぽけな島でも
日本政府としては手放すつもりはないのと同じく、
日本最北端の酷寒の土地でも、あるならば、たやすくは放棄しないさ。

ちなみに、小笠原諸島は、武将の小笠原氏が見つけたということになって命名されている。

57人間七七四年2013/01/08(火) 22:39:29.40ID:1tO8LqgK
蝦夷逝きなんて罰ゲームでしか無いわ、反乱起きるで

58人間七七四年2013/01/08(火) 22:56:05.68ID:EWzOIM/T
水戸黄門だって、蝦夷まで漫遊してるよ。快風丸という舟でね。

59人間七七四年2013/01/08(火) 23:47:01.13ID:uS8g2tLY
だから農耕もできない土地を当時保有しとくメリットはなんだよ

60人間七七四年2013/01/09(水) 01:04:46.91ID:aZzbwdSM
流刑地

61人間七七四年2013/01/09(水) 05:02:41.55ID:4V7PEd4r
ID:EWzOIM/Tみたいな馬鹿も受け入れる戦国板住人

62人間七七四年2013/01/09(水) 07:24:00.38ID:GG+zSJOR
光圀本人は蝦夷まで行っていないが、
快風丸云々は本当。

63人間七七四年2013/01/09(水) 21:36:09.35ID:YfM6583z
先の副将軍がもっとも遠出したのは鎌倉
津軽や薩摩どころか出羽・岐阜越後にすら行ってない
ちなみに越後では丹後のちりめん問屋の隠居を称する

64人間七七四年2013/01/09(水) 22:31:34.82ID:GG+zSJOR
先の副将軍は、戦国時代が終わったばかりの時代の人であって(1628年〜1701年)、
いろいろぶっとんでて、殺人を何人もやったほど。水戸から蝦夷の石狩まで送り出した舟は、
物品を土産に帰ってきた。
秀吉は、奥州の北の果てまで占領するため大軍を派遣したし(九戸政実の乱は、青森と岩手の境あたり)
蝦夷の土地から挨拶にきた酋長を歓迎している。
また朝鮮出兵で加藤清正の軍勢は満州まで到達したが、緯度からいえば、日本では蝦夷の南部と
同じぐらいだ。そのくらい北方まで到達している。
当時は意外と、北の果てについても探る動きがあったといえよう。

65人間七七四年2013/01/10(木) 06:18:32.98ID:XIwM19Eb
キチガイが居ますね…

66人間七七四年2013/01/10(木) 08:46:31.40ID:LBM/j2da
前々からの書き込み尾をみても
>>65がガイキチそのものとしか思えませんが…
繰り返し煽ってんなよ。頭も悪そうだし。

67人間七七四年2013/01/11(金) 21:40:27.34ID:gxfZXtfn
こんなとこキチガイしかいないだろ

68人間七七四年2013/01/12(土) 14:16:10.58ID:Hud66Jnl
そもそも2chにくるやつはどこかしらおかしい

69人間七七四年2013/01/16(水) 08:44:20.92ID:gPlvwtB5
ジャガイモを持ち込めば充分食料生産は可能だし、ジャガイモを持って蝦夷地に進出していたら、1700年代にはアメリカ大陸にまで勢力を広げ、フランス、イギリスと戦争してたかもね

70人間七七四年2013/01/17(木) 09:43:19.16ID:3sWhL3yx
 
秀吉にねね、ナポレオンにジョセフィーヌ。

http://ichiba.geocities.jp/gbsg0309/0203/32/209.html

革命児には、常に「女傑」がいる。

71人間七七四年2013/01/18(金) 07:42:28.96ID:G7x6bIEv
ジャガイモって秀吉時代ないだろ
つうか簡単に言ってくれんね、北海道開拓がどんだけ国費と労力使ったと思ってんだ?
秀吉の時代にとってもぶっちゃけ不良債権
ジャガイモが伝来したとしても、米は取れない、まともな洋式農法も確立されてないじゃ
やっぱり維持するだけでも金食う不良債権にしかならねえよ

72人間七七四年2013/01/18(金) 10:05:04.93ID:HXyX4k9X
地図上の面積広いほうが強そうでいいじゃん

73人間七七四年2013/01/18(金) 19:23:06.02ID:AlGqbNMf
だから不毛の地とったって維持費が大変だって繰り返しいわれてるだろ

74人間七七四年2013/01/18(金) 21:48:50.88ID:rmIhezpe
秀吉の時代にジャガイモは伝来してたし、蝦夷地を開拓すれば漁業による大幅な収入増加も見込める

75人間七七四年2013/01/19(土) 03:15:42.81ID:cjH4zZbV
本当に当時の技術で相応のリターンが見込めるなら、本格進出を試みる北奥州諸将がもっと沢山いると思うけど

76人間七七四年2013/01/20(日) 13:36:33.06ID:p9CniC3Q
>>74
戦国〜江戸中期にかけては本土に未開の地が多かったし
わざわざ蝦夷地まで開拓する必要性がなかった。
蝦夷地の開拓が構想されるようになるのは
本土をほぼ開拓しつくした江戸後期から。

77人間七七四年2013/01/20(日) 15:21:48.53ID:DA4kYSxr
蝦夷地で漁業が盛んだったのは記録にもあり、加工業もそれなりに発達していたけど
それで大多数の人口を養うのは無理。養えるならとっくにアイヌが蝦夷地の主になってる

78人間七七四年2013/01/21(月) 21:31:02.01ID:ZTNct1/C
米は無理でも小麦なら十分育ちそうなものだけどな。
本州は降水量が多くて小麦の生産には向かないところが多いから
意外と特産品として栄えたかもしれんのに

79人間七七四年2013/01/21(月) 21:53:37.60ID:+iUJ+wZV
アイヌの船と日本人の船じゃ出来が違うし、日本人が蝦夷地で漁に乗り出せば相当な収穫が期待出来たでしょ
それに加えて農産物を栽培すれば、開拓に見合うだけの生産量は見込める

80人間七七四年2013/01/21(月) 23:32:26.45ID:kA5MHHX2
ないない

81人間七七四年2013/01/22(火) 03:19:35.01ID:Us5WZ9CP
リスクの方がでかいから小規模交易に留まってた

リターンの方がでかいなら、当時として現地の状況を一番把握していた安東蠣崎らが手を出すはず

82人間七七四年2013/01/22(火) 08:40:11.91ID:SH3YFuBe
当時の蠣崎氏やアイヌにジャガイモとその栽培法を与えてやれば開拓しまくってたと思うよ

83人間七七四年2013/01/22(火) 13:59:32.67ID:M+/nhcgg
膨大な金と人つぎ込んで開拓しても、出来上がるのは寒冷地で生産性が低い土地だよ
冷害に怯えなきゃならない土地で農業するよりは、普通に内地の温暖な土地に予算投じて拓いた方が良いでしょ、この当時なら
そこまでして蝦夷地を拓かなきゃならない意義が思い浮かばないんだが

84人間七七四年2013/01/22(火) 17:33:27.09ID:/+kcOICg
当時の技術じゃ開拓が難しい
身近に未開発な土地がまだある
そもそも投資に見合った利益が出ない

これで結論じゃダメなの?
なんか妙に拘ってる人いるけど

85人間七七四年2013/01/22(火) 17:35:03.37ID:jnnjZPjh
面積広いほうがいいじゃん

86人間七七四年2013/01/22(火) 17:53:50.69ID:Us5WZ9CP
ただの馬鹿か

87人間七七四年2013/01/22(火) 20:09:14.36ID:jgl/S3aY
>>82
松前藩自体が農業を禁止してたみたいだから無意味。

88人間七七四年2013/01/22(火) 22:42:59.18ID:PaTYlgBy
だって本州の開発が終わったのが江戸中期ごろっていうんだから
戦国期に未開の蝦夷地にまで手を出す意味がない
自国の農地ですら空いてるのに

89人間七七四年2013/01/22(火) 23:07:46.02ID:yxeugdUJ
要するに、当時でも蝦夷地開拓はやろうと思えば可能で、
もし、秀吉が北方に国土を広げよう、北方経由でヨーロッパやアメリカ大陸に進出しよう等と考えた場合、シベリアや北米にまで国土を広げられた可能性は充分あるわけだ

90人間七七四年2013/01/23(水) 04:54:15.16ID:qkwcHDme
だから利益出ないどころか出費ばかりが増すとか進出してどうすんだって話

91人間七七四年2013/01/23(水) 05:07:27.45ID:obMJ4H88
莫大な犠牲と無駄を払うならそりゃ可能だわな、ただそういうのは「やろうと思えば可能」とは言わない
秀吉の時代に取れたとしても秀吉はすぐ死ぬし
次の代になれば「うわー、いらん土地とっちゃったよ、ここは放置で」にしかならんと思う
シベリアや北米進出とか、さすがに架空戦記じゃないんだから

92人間七七四年2013/01/24(木) 22:10:44.34ID:jYDkRlDi
>>89
松前藩が他藩並みに麦畑などの開墾をやってたら
樺太・千島交換条約も日本側が優位に立っていたかもな

93人間七七四年2013/01/24(木) 23:36:08.88ID:nSGUE+yy
約一名のキチガイが必死で笑える

94人間七七四年2013/01/24(木) 23:53:58.08ID:F1J0cm7k
キチガイかは知らんが自己主張だけは強いな

95人間七七四年2013/01/25(金) 06:40:58.11ID:lIvF+uwH
秀吉の時代に蝦夷地を手に入れる価値はあんまりないとは思うけど、仮に手に入れたとして
例えば拠点拠点を押さえてアイヌやニヴフから貿易の上前はねて経営、とかはダメ?
開拓はそれこそ50年100年単位で細々と進めてくとか

96人間七七四年2013/01/26(土) 21:21:40.95ID:fcuo7NWW
>>95
海賊大名だって経営が成り立つんだから
それも可能じゃないかな
でも国家事業でやる類の物では無さそう
改易大名が再起を期してとかなら

97人間七七四年2013/01/27(日) 21:30:37.89ID:z8IcJoAA
青森県に拠点を置いてた浪岡北畠氏はアイヌ人との交易で
手に入れた昆布を朝廷に献上して高い官位を得ていたしねえ。
ただ当時の日本はゴールドラッシュだったから
秀吉が蝦夷地に興味を持つのは無理がありそう。

98人間七七四年2013/01/28(月) 12:09:05.03ID:4aVrnXJs
蝦夷地は朝鮮北部やオランカイと繋がっている、と当時は考えられていたから
秀吉が北方からも朝鮮を攻撃しようと考えて、通路として蝦夷地を占領したけど――とか
無理がある想定とはわかってるけど、これくらいしか秀吉が朝鮮に兵を送る理由が思いつかん

99人間七七四年2013/01/28(月) 12:11:08.80ID:4aVrnXJs
訂正:朝鮮に兵を送る理由が思いつかない→蝦夷地に兵を送る理由が思いつかない

100人間七七四年2013/01/30(水) 21:34:41.14ID:29IEg3PD
>>99
世界制覇

101人間七七四年2013/01/30(水) 21:51:28.21ID:4c/Ysv3g
江戸後期になるけど、渡辺京二の黒船前夜とか読むと北海道と周辺諸国の雰囲気がわかるよ。読みやすいし

102人間七七四年2013/01/30(水) 21:54:49.58ID:hBU/sqSm
朝鮮よりは遥かに楽に征服出来るし、武士の雇用対策にもなる

103人間七七四年2013/01/30(水) 22:00:24.45ID:OP0+JgTe
蝦夷送りになるくらいなら反乱起こして死んだほうがマシやな

104人間七七四年2013/01/30(水) 22:35:34.14ID:trhr63b5
というか江戸中期までは基本的に何処の藩も人手不足だろ。
駆落ちって言葉が頻繁に出てくるのも太平の世になって
人手不足が深刻化してからだし。

105人間七七四年2013/01/30(水) 23:33:38.48ID:8dyoKeZg
宇喜多秀家が八丈島ではなくシベリア送りになってた

106人間七七四年2013/01/31(木) 13:07:29.63ID:9ZXgBkDS
蝦夷進出していたら・・・・ニホンアシカみたいにラッコが乱獲され絶滅していたろうな

107人間七七四年2013/03/01(金) 10:26:54.82ID:JGd0A2PH
農業なら中世アイヌも普通にやれてたから、その時代でも充分可能やぞ。無理くり開拓しなくても出来るとこから開拓してけばある程度は人口養えるとおも
まあ近世初期に火山が連続して噴火したせいでどうせおじゃんになるんだがな

108人間七七四年2013/03/01(金) 10:33:10.89ID:DGw9Q4Fl
イワン雷帝は1584年没か
信長軍と雷帝親衛隊がシベリアでぶつかってたら、とか考えるとワクワクしちゃう

109人間七七四年2013/03/02(土) 12:45:41.27ID:ZWJV7pki
激突する前に日本の貧弱な装備じゃ寒くて死ぬわ

110人間七七四年2013/03/02(土) 13:11:51.24ID:4TWycCFq
>>108
真冬の八甲田山を損害0で制覇するレベルは必要だろそれ

111人間七七四年2013/03/02(土) 15:37:50.43ID:cko9eDc4
北海道の開拓って明治に西洋の農業技術を導入してやっとだからなぁ
戦国期に開拓は厳しそうだな
蝦夷の昆布や干し鮭はメジャーな貿易品だったけど。
武将がヒグマと格闘するエピソードが出来たかも知れんがw

112人間七七四年2013/03/03(日) 02:39:56.61ID:I5qZX+gw
加藤清正の虎退治ならぬ熊退治か

113人間七七四年2013/03/05(火) 02:38:40.15ID:dB5Ta4+F
鍋島さんを連れてって実際に熊退治してもらうか
「どうじゃわしが本物の熊じゃ」

114人間七七四年2013/05/15(水) 00:26:57.23ID:c5Pj1CDO
理由があるとしたら貿易独占ぐらいのもんか

115人間七七四年2013/05/15(水) 00:40:43.25ID:wyJiECdk
>>113
熊は龍造寺じゃね?

116人間七七四年2013/05/27(月) 00:59:10.34ID:kYE/TTiL
豊臣政権は基本的には重商主義だからなー
半島に手を出したのも明への「通り道」ってのが大きな理由だろ

北海道に金山か銀山でもあれば北進もあったかなーとは思うけど

117人間七七四年2013/05/30(木) 13:36:46.83ID:RubObYuA
他にライバル市場がないからわざわざ占領しに行く必要ないしなぁ

118人間七七四年2013/06/02(日) 11:42:55.58ID:/cy+m4gf
明治以前はコメが経済の基盤。
コメの採れない蝦夷地に行きたがる武将はいない。
コメの年貢が得られないから。

119人間七七四年2013/08/09(金) NY:AN:NY.ANID:ncuvZMCu
>>118
俵物とかって江戸からだっけ?

120人間七七四年2013/08/30(金) NY:AN:NY.ANID:Ykm5M4bT
蝦夷の方が落とすのは簡単。。。

121人間七七四年2013/08/31(土) NY:AN:NY.ANID:KY/2I9Zf

122人間七七四年2013/09/14(土) 19:23:52.26ID:w+j4FQ1f
バカテスの木下秀吉について語りましょう。

123人間七七四年2013/09/23(月) 09:00:30.86ID:eYJpiQH0
蝦夷地を占領維持するつもりなら、少なくとも最初は確実にコメを本土から移入しないといけないだろうから
(史実の松前藩のように)本土で飢饉になったら連鎖的に移入が止まってさらに悲惨なことになりそう

124人間七七四年2013/09/23(月) 15:53:21.24ID:Y2ymKovC
後世の為にも「ここは日本」と書いた石碑を、樺太北端と千島列島に立てまくって欲しかった
口実になる既成事実さえあれば、あと数世代で大きく国力の落ちるロシアからの奪還も・・・

125人間七七四年2013/10/15(火) 12:22:48.26ID:Nrn5UZkZ
316 ウホッ!いい名無し… sage 2013/10/11(金) 22:59:24.53 ID:Mo+RVCT1
金ローの途中で糞行きたくなって我慢してたがあと一時間だから迷ってたけど
もしかしたらコマーシャル中に速攻で出して出てきたら間に合うかもと思った
しかし下痢便だったらから長引いて余裕でコマーシャル中に間に合わなかった
おまけに物語の結構革新の部分で便所行ってたから後になって想像するだけで
一気に興が冷めたが下痢便にここの所悩まされてるのも全部お前等のせいだし

126人間七七四年2013/10/22(火) 17:30:06.38ID:0RtjqjV1
島根県、隠岐郡、五箇村、竹島と書かれた柱に韓国の旗をくくりつける
http://livedoor.blogimg.jp/newstwo/imgs/5/6/56c24397.jpg
   ↓
日本領土だと書いてあるものを抜き取る。
http://livedoor.blogimg.jp/newstwo/imgs/a/f/af49d9f1.jpg
   ↓
韓国領土のものだと主張する石碑を設置。
http://livedoor.blogimg.jp/newstwo/imgs/f/f/ff4d1d08.jpg
   ↓
「独島」はこうして誕生した。

127人間七七四年2013/10/30(水) 01:35:09.73ID:dB/o2vbR
>>123
寒冷期の蝦夷で稲育つかな
むしろ俵物と米を物々交換したほうがいいんじゃない?

128人間七七四年2013/11/01(金) 08:15:47.56ID:4Vwz3opD
秀吉がトチ狂ったにしろ江戸期の浪人対策にしろ
そこそこの大人口が自給できるビジョンが浮かばない

129人間七七四年2013/11/02(土) 01:43:19.35ID:DioCluUG
現地の住民に「カラバ侯爵の領地です」と言わせれば
後々領有権を主張する名目になる

130人間七七四年2014/07/07(月) 01:42:05.78ID:t7vKjnnZ
やり方次第でうまくいく気がした。

131人間七七四年2015/01/19(月) 02:29:43.57ID:jmoyw4ff
>>127
蝦夷米が軌道にのるなんてたかだか30年くらいだしなぁ
俺たちが生まれたちょっと前の近代技術をもってしても不毛の地だったわけで
当時の人に開発して農業酪農大国にしろと言っても無理だろw
現代ですら町でも農園でも牧羊地でも公園でもなく
道路以外ガードレールも信号もなにもないなんでもない土地がたくさんあるからな

132人間七七四年2015/05/22(金) 13:08:52.40ID:NhcsogIZ
ルーサ人とギリヤーク人の土地を分捕ってヌルハチを
現地採用して中国北辺から侵攻とか?ロマンあるけど
支配後の旨みはあるかね?

133人間七七四年2015/05/25(月) 03:16:19.90ID:wxuWqx0t
戦国時代は今より10度くらい平均で寒かったらしい
旭川とか住めないだろ

134人間七七四年2015/06/09(火) 23:43:38.76ID:PDXpIBEi
豊臣政権にとって、小競り合い程度で、ほとんど意味のない土地を得るのと、
朝鮮に2度出兵して、2度とも退散するのとでは、どちらがマイナスでしょうか?

135人間七七四年2015/06/10(水) 10:16:48.30ID:pTeN15RU
>>134
かたや結果論
かたや妄想

136人間七七四年2015/06/13(土) 09:46:56.41ID:Yn6z/AW+
戦国時代に金銀が取れなかったら蝦夷への本格的な進出はあったかもな
江戸幕府が蝦夷産の俵物に力を入れた背景には
金銀の産出が激減し、貿易に支障が出始めたことが原因

137人間七七四年2015/07/08(水) 14:15:11.95ID:AmNtM5vg
エスキモーって、日本人そっくりなんだぜ。朝鮮や中国人よりも、エスキモーは日本人に似ている。
東北あたりのおっさんとそっくり。
もともとは、日本から歩いて極北まで移住した人なんだよ、エスキモーは。2、3万年前だが。

なお、エスキモーといえども、アラスカやシベリアでも、海岸沿いに主に住む。
せめて、現ペトロパブロフスクの土地を秀吉が占領していれば、
日本の面積に匹敵するカムチャッカ半島全土を取ったも同じ。兵は100人もいれば充分勝てる。人口希薄地
だから。朝鮮半島南部を秀吉は、日本の領地として割譲させようとしたが、5万人の人命喪失と膨大なカネの損失を
したあげく丸損だったしな。

138人間七七四年2015/07/15(水) 11:27:29.49ID:k3hCMrm1
朝鮮から職人たちを連れてきたり、技術をえたんだから丸損とはいえないだろう

139人間七七四年2015/11/24(火) 01:38:21.07ID:e329sRfZ
江戸初期からいわゆる和人地の外にも漁業民や金堀が相当数流入してるぞ、金堀のほうは砂金枯渇したら消えてったけど
シャクシャインの乱の原因の一つが金堀だし、当時蝦夷地の金山は相当あったわけで
金山を狙って出兵とかなら普通にありだろ、採算も十分だし。金山掘りつくした後は知らん

140人間七七四年2015/11/26(木) 23:44:57.10ID:0BuZko8g
菅沼遼太は在日

141人間七七四年2015/11/29(日) 13:07:11.59ID:4V6IcghJ
本土でゴールドラッシュ中なのにわざわざ蝦夷に行く意味がない

142人間七七四年2015/11/29(日) 19:46:31.01ID:flPaPNgW
本土がゴールドラッシュの時蝦夷地でもゴールドラッシュだよ

143人間七七四年2016/04/10(日) 19:22:50.27ID:GylS8Wlm
山手線の中で「なんで関東は電車内がこんなに静かなんや?みんな病気か?大阪は賑やかで楽しいで〜」とかいった内容を延々と言ってる若い兄ちゃんがいた。

大阪行くと老若男女みんな、いかに自分が東京に詳しいか必死にアピールとか自慢合戦してる。

東京にいるときは関西出身であることがステータスで、関西にいるときは東京に詳しいことがステータスであるように振る舞う。

関西人の自意識過剰っぷり。爆笑だよ

144人間七七四年2016/04/29(金) 22:46:42.28ID:hJKfFPLX

145人間七七四年2016/04/29(金) 22:51:57.26ID:cLXy4vV1
明攻めはキリスト教からの解放じゃないの?

146人間七七四年2016/04/30(土) 10:22:22.57ID:sNoMg3Cp
じゃあロシアと戦争になってたんですか?

147人間七七四年2016/05/03(火) 22:21:51.31ID:7Yyaoyca
三毛別羆事件が起こるな

148人間七七四年2016/05/03(火) 23:41:19.81ID:/fRyxqIk
熊と戦争かw
21世紀でもほとんど未開の地なんか取っても利益どころか費用ばっかかかるだろw

149人間七七四年2016/05/04(水) 12:12:33.81ID:w8DlSb8E
国防の観点からは有益

150人間七七四年2016/05/04(水) 19:50:02.27ID:PkGuWN1t
樺太を北上しカムチャッカまで進出していれば…

151人間七七四年2016/05/05(木) 09:00:39.62ID:PBDOw5eY
秀吉でも家康でもいいけど、これやってたら結構エラいことやと思う
時代は下るけど、大日本帝国期の戦争って突き詰めると全部ロシアの南進対策に端を発してるわけで
中国もアメリカも他も全部その延長線上で戦争になったに過ぎないとも言えるというか
だからロシアに対して先手でフタが出来ていたとしたら歴史は大幅に変わっていると思う

152人間七七四年2016/05/05(木) 15:05:57.05ID:OOUHZpd+
今思えば朝鮮なんかほっといてロシアにされるがままにさせとけばよかったなw
でもロシアが朝鮮半島まで来たらやっぱ不気味かw

153人間七七四年2016/05/06(金) 09:44:34.73ID:Nb6iprDJ
台湾占領して、東南アジアへ侵攻するのは難しかったの?

154人間七七四年2016/05/06(金) 15:36:45.46ID:rV91SSHE
それは信長だったらやってそう

155人間七七四年2016/05/06(金) 19:41:40.98ID:ENdLp7bW
竹島を占領して100人くらいの守備隊で守らせるのはどう?
蝦夷地の占領は無意味だな。今でさえ無人の荒野が広がってるのに。当時、そんなとこにいくのはわざわざ死にに行くようなもんだ。

156人間七七四年2016/05/06(金) 22:14:26.53ID:qLlg2ioP
>>154
たぶんアメリカも分捕ってた

157人間七七四年2016/05/07(土) 16:20:18.51ID:l+tDabsl
昔は土地より人の取り合いだったし、人がろくに居ない北に進む意味がない

158人間七七四年2016/05/20(金) 18:59:18.42ID:XztDbLux
>>145
違いますよ
明はキリスト教化してないし(キリスト教布教は完全に失敗した)、
秀吉は明侵攻にあたってキリスト教勢力の協力を打診しています

その、明攻めはキリスト教からの解放という妄説を提唱したのは、
小名木善行という筆名の、言葉を発する度に突っ込まれるトンチキでして、
ネタ提供者として注目を浴びています
詳しくは以下でどうぞ
http://potato.2ch.net/test/read.cgi/sisou/1462429737/l50

159人間七七四年2016/06/13(月) 11:44:03.79ID:mHbBuTE1
一定の土地を区画してそこを「固有の領土」と見なす概念は近代ヨーロッパ独特のもの
近代以前のアジアは土地より人間と利権が支配の対象であり、王権は一定の土地を均質に満たすのではなく中央から放射されるものだった

とか言っても理解できねんだろうな

160人間七七四年2016/10/16(日) 20:36:07.63ID:T9vTaEbs
アイヌ部族は、銃を大量に所有していたし
東蝦夷地でも銃が確認され、津軽藩の偵察船が攻撃された

  近世アイヌ民族の社会と生活 - アイヌ文化振興・研究推進機構
http://www.frpac.or.jp/about/files/sem1215.pdf

> 津軽藩士は松前城下でアイ ヌ民族の武装についての情. 報を収集していますが、
> それには、. 「〇本具足は少しばかり之れ有るべき由。
> 〇自分にて木具. 足仕立て、 着け申し候う。 〇鉄砲三、 四拾挺も之れ有る. べき由。
> 〇弓丶 鍵は大方所持仕り候う由」 とか

ただ、砂金で潤った金での銃ではあろうし
ロシアにとって毛皮は価値高いが、日本で蝦夷地の海産物や毛皮が高価かというと…

アイヌに大陸交易させてその上前を、というより直接大陸進出した方がよほど早い

161人間七七四年2016/10/17(月) 00:59:46.03ID:aO25lQEE
寒いとこより暖かいとこに行くのは仕方ないよね

162人間七七四年2016/10/17(月) 12:05:07.09ID:4cC+bWd5
米が獲れないどころか畑作すらまともに出来ない場所をせめたりしない。
明治の入植者たちの苦労を見てみろ

163人間七七四年2016/10/17(月) 16:13:08.80ID:3+wXyaBn
そんな所でも攻めまくるロシア人の欲と執念は怖いわ

164人間七七四年2016/10/17(月) 18:48:34.54ID:C3XeVK4z
徳川をシベリア切り取り次第とかいって大陸に転封すれば
ウラルあたりまで押さえてたかもな

165人間七七四年2016/10/17(月) 23:58:22.11ID:d8N+Zjd0
少し偏りがあるかもだが、カムチャッカ・千島への帝政ロシアの侵攻の簡単まとめ
樺太の歴史1590〜1791
http://www.k3.dion.ne.jp/~karafuto/karafutosi1.html

とくにコサック百人長「イワン・チョールヌイ」による侵攻と弾圧
ウルップの女性多数集めハーレム作り、など記録あり

苛酷な毛皮税の取立てで南に逃れるアイヌを追い、ロシア人も南下
>>163
ロシアでは毛皮を重宝するから原住民に毛皮集めさせれば元取れる
>>164
北海道の砂金の資源を当時知ってたなら・・・

166人間七七四年2016/10/20(木) 23:48:47.93ID:5UM6wp/6
松前≒渡党(中央に同化した蝦夷)が中央に納めた
アイヌ(未同化の蝦夷)の大陸交易品の価値よりは、自分らが大陸に出るのが良い

167人間七七四年2016/10/20(木) 23:51:28.59ID:GmO/M1fr
家光以降の平和な時代にゆるゆる北海道占領してたら完璧だった

168人間七七四年2016/10/21(金) 00:04:44.45ID:IZmoJTac
畑作はおろか馬産にさえ適さない土地なんだけど・・・

169人間七七四年2016/10/25(火) 17:11:26.89ID:KFsiPSQH
材木なら大量にあったぞ。しかも建築に適した針葉樹だ。

日露戦争以後に樺太が日本領になったが、主な資源は木材と石炭だった。農業は不適。
当時の蝦夷なら、平野部にも太い木材が大量にあっただろう。
明治維新後は切り尽くしてしまったが。

170人間七七四年2016/10/25(火) 17:14:42.68ID:KFsiPSQH
朝鮮半島占領とか、結果論では割りにあわなかったから、歴史から逆算すれば、
台湾占領と、樺太占領でいいだろう。朝鮮半島はいらない。せいぜい済州島ぐらいまででいいや。

171人間七七四年2016/10/26(水) 09:48:10.24ID:tmDvsZJC
当時の状況では樺太や台湾は住めるかどうかのレベルであって朝鮮以上に酷かったから選択の余地はなかったよ
それに秀吉は広大な唐天竺を欲していた訳だし

172人間七七四年2016/10/27(木) 08:18:31.93ID:gyzf5g4B
台湾はオランダ軍が城を築いていたな。
地球の裏側から遠路はるばるやってきてだ。
日本からなら、太平洋横断して
ニュージーランド占領ぐらいやるべきだった。南半球に日本を作ろう

173人間七七四年2016/10/27(木) 21:25:28.55ID:gyzf5g4B
>>171>>1を8回ほど読め
「もしも秀吉が明ではなく蝦夷地以北を攻めていたら」というスレだよ。

174人間七七四年2016/10/27(木) 23:55:09.15ID:dSC8hIb0
津軽藩士殉難事件ってのもあるくらいだし無理だろ
飢えや寒さと雪に慣れてるはずの津軽藩の士族でさえ
北海道の寒さに耐えきれず次々と命を落としてる有様だぞ

175人間七七四年2016/10/28(金) 00:50:00.04ID:KA5W5WQc
樺太→ウラジオストク→満州→北京。完璧なルート。朝鮮攻めと並行してやってりゃ神だった

176人間七七四年2016/10/28(金) 07:18:38.06ID:s6K9j5/U
>>173
だから無理って結論だよ
大日本帝国が南方ではなく火星を攻めていたら、という仮定と同じレベルで荒唐無稽な話だし

177人間七七四年2016/10/28(金) 13:11:09.04ID:VcZyF8OW
>>176 ではお前はここを去れ!。二度とくるな!。

178人間七七四年2016/10/28(金) 13:25:38.86ID:VcZyF8OW
>>175 そのルートいいな。船で補給もしやすい。ウラジオストクまで。

>>174 津軽藩士殉難事件を初めて知ったが、かなりの死者数だな。
白瀬の千島探検を連想した。これもビタミン不足などで死者多数。

ロシア人はそんな北の地域を活動していることが驚異的。

179人間七七四年2016/10/28(金) 13:34:38.28ID:p1FMXC6l
>>177
真面目に語る気がないお前が出てけよ

180人間七七四年2016/10/29(土) 20:40:24.86ID:itzillgZ
>>175
調査船程度ならともかく、軍勢送るとなると宗谷海峡と間宮海峡越えるだけでも多分時間かかるだろうな
名護屋並みとはいわないけど、それなりにデカい拠点北海道のどっかに作って
膨大な資源消費してやっといけるレベルだろう
やる価値が無いとは言わないけど、そのまま明に侵攻しても補給線続かない

181人間七七四年2016/10/29(土) 22:17:54.21ID:oOHGgGf/
気候とか真面目に考察してないからな

182人間七七四年2016/10/30(日) 11:42:15.17ID:rTkxv6dQ
樺太経由だとウラジオストクまではかなりの遠回りになるし
なにより当時のウラジオストクは何もないただの満州の一部でしかないから
うまいことそこまでいけたところでなんになるのか

183人間七七四年2016/10/30(日) 22:23:19.02ID:DC0mcG/A
>>182 仮説を前提としたスレで、バカか。
ドラえもんのタイムマシンを使った話で、
タイムマシンを否定しつづけて
話の腰を折る話をして、そんな話が面白いわけがないだろ。
偉いね、立派だね、と思うのだろうか。読んでもちっとも面白くないわ

184人間七七四年2016/10/31(月) 00:11:25.51ID:zrcInD4v
もしロシアが先に北海道にいたら日本結構やばかったよな?

185人間七七四年2016/10/31(月) 00:23:47.64ID:QXtHuyzy
当時の北海道の土壌は東欧やロシア以上に農耕には不向き
ロシアがやって来る理由がない

186人間七七四年2016/10/31(月) 00:56:07.40ID:au0IVN9X
ロシアがシベリアに進出したのは毛皮目的だぞ、別に農地目的じゃない
コサックの一隊がオホーツクに到達したのがたしか1639年
1650年代にはサハリンまで出張ってヤサク(毛皮税)取ってる

187人間七七四年2016/10/31(月) 16:13:38.10ID:X/UjAnDx
唐入りより死傷者増えるだろうな

188人間七七四年2016/11/01(火) 02:48:08.86ID:FoQ1VCZ9
現代ですら寒いのに当時は10度くらい気温低いんだろ?
家の中で凍死するよ

189人間七七四年2016/11/01(火) 09:43:52.58ID:ohC+u2L4
戦う前に全滅ですね(´・ω・`)
まずはビタミン不足で大半が病死、そして冬になったら凍死で全滅

190人間七七四年2016/11/03(木) 23:04:39.62ID:K+uIcl23
稲作はおろか麦作さえできない土地を攻めてどうするのかと

191人間七七四年2016/11/04(金) 07:34:07.89ID:LSZQN2mA
自己満足

192人間七七四年2016/11/04(金) 13:20:48.25ID:iPtyLnxG
領土が増える。島流しや犯罪者を隔離できる。あわよくばそいつらに開拓させる

193人間七七四年2016/11/04(金) 14:20:18.74ID:NDzXTUNk
明治初期ですら開拓集落が全滅したり壊滅して放棄されたりがザラだったのに
戦国時代に蝦夷の未開地に送られるなんて実質的に死刑だわ

194人間七七四年2016/11/05(土) 17:18:18.73ID:+JohyK3Z
戦国時代は小氷期で今より寒かったんだろ
ヤバイよな

195人間七七四年2016/11/05(土) 17:32:33.76ID:uQj1kzm1
今より寒いとか軽く死ねるな。暖房が発達しないと

196人間七七四年2016/11/05(土) 17:49:28.84ID:V5W8ZWrw
日本は家の構造や服装を見ても北方系の文化圏じゃないからな
明治以降、日本軍は対露対策に北方で色々行ったけど防寒対策が不十分で苦しんだし
戦国時代に軍隊行動は完全に不可能と言って良いだろう
少なくとも晩秋から初春にかけては

197人間七七四年2016/11/05(土) 19:13:41.45ID:3pvwUsY8
>>169
北海道の平野は泥炭地が多い、よって大木は育たない。
内陸部で育てるにしても人の手入れが必要だが、そもそも人が済めない

198人間七七四年2016/11/05(土) 23:58:32.68ID:4UGPl8mX
>>196 八甲田山の悲劇もあったな
ただ、人食いオオカミ退治など活躍しの東北アイヌを戦力化できてたら、とは思う

 アイヌ文化振興・研究推進機構
  http://www.frpac.or.jp/application/files/28seminar_yamagata.pdf

> 江戸時代の津軽半島にはアイヌが住み、人喰い熊や人喰い狼が現れると
> 津軽藩(弘前藩)の. 依頼を受けて駆除をしていました。

199人間七七四年2016/11/06(日) 22:53:11.78ID:WUqlX2q2
>>197
然り。
しかも材木伐りだしても内地まで運ぶ手段がない。

200人間七七四年2016/11/20(日) 16:59:56.61ID:jpDYJ5L+
>>147-148 ヒグマより、エゾオオカミが脅威

  アイヌは、女子供、家畜のアイヌ犬などがエゾオオカミに襲われてたし
女性が大勢オオカミに食い殺された事件も口述で伝わるなど、各地で大被害だった

 梅木佳代/口承文芸にあらわれるアイヌのオオカミ観
 http://douminzoku.web.fc2.com/kaishi_pdf/10/10-04umeki.pdf
> 3-3-1. 人を襲うオオカミ

> 人を襲うオオカミ「狼から逃れた娘」<資料 12>と
> 「狼の襲撃から危うく難を逃れた女の話」<資料 46>は、酷似した内容のテキストであり、
> 大勢の女性がオオカミの群れに襲われ、食い殺された事件が描かれる。

201人間七七四年2016/11/22(火) 23:55:17.76ID:61WwoBBE
アイヌの女性らが大勢でウバユリ掘りをするために山に入ると↑
夜にエゾ狼の大群に襲われてほとんど食い殺されてしまった事件

202人間七七四年2016/11/28(月) 02:30:24.01ID:5ItOSwt8
南蛮人に相談して、ジャガイモなど、寒冷地向けの農作物を沢山持ってきてもらう
後は少しずつ開拓していけばよい

203人間七七四年2016/11/28(月) 11:04:19.27ID:ls5NfClV
500年はかかったろうな
明治以降に政府がテコ入れしても結局100年はかかったし

204人間七七四年2016/12/13(火) 23:50:35.92ID:3dZf4wLr
アジアの伝統作物じゃ寒冷地は厳しいな

205人間七七四年2016/12/14(水) 00:06:09.79ID:Eypj20zs
どっちかってと占領というより、植民計画だわな
しかも地図がピシッとできてる訳でもない。
石高も分からん、どうやって政治体制作るかも見えない
寒冷の大地、冬は凍る海の土地に入植しろと。
蝦夷地ですら開拓できてない時代、更にに北に行けとか
島流しより過酷でござるな

206人間七七四年2016/12/14(水) 01:10:52.11ID:1Z2j00WF
漁民が和人地より先に拠点作って季節に合わせてそこに住んだりとかは史実でも普通にあったけどな
寛文の時点で蝦夷地全土に商場は設置出来てんだし、やり方次第である程度の植民は可能だよ。もちろん大量植民は無理

207人間七七四年2016/12/15(木) 13:36:33.45ID:MV+5wofi
本州だけでも立地や地質の悪さから手付かずの土地が膨大にあったし
わざわざ極寒の北方に自殺的な移住をするより、そういう場所を開拓した方が現実的

208人間七七四年2016/12/15(木) 14:06:28.66ID:y+Jpkk1+
何回目のループかな

209人間七七四年2016/12/19(月) 11:26:26.64ID:AqcLMgvT
他に手つかずの土地が〜っていうけど、利益が上がるとみれば人間なんてどこでもいくべさ
実際金山解禁した後、万単位の金堀が蝦夷地の奥に入ってったわけだし(もちろんその数は眉唾にしても)
農地開発だけしか考えない方が浅はか

210人間七七四年2016/12/19(月) 17:36:18.71ID:nF46mCFd
そういえば明末期って意外と文化的に進み出して頃
だって聞いた事あるな、秀吉が半島に行かずに北に
行ってたら明が疲弊せずに発展清も誕生せずで
東アジアが却って大戦乱にとかあったかもね

211人間七七四年2016/12/20(火) 11:00:51.42ID:J6hJrJkR
現代の単身赴任じゃあるまいし移住とか開拓が簡単に出来る訳ない
簡単に出来るぐらいだったら安東や蠣崎がとっくにやっているわ

212人間七七四年2016/12/20(火) 20:45:30.60ID:lsi5Bapo
実際史実上で移住してる連中がゴロゴロいるのに何が何でもかんでも出来ないって否定してるのがおかしいわ
というかなんで政府主導の明治以後みたいな大規模開発ばかりをイメージしてんの?

213人間七七四年2016/12/22(木) 08:11:32.13ID:3Cl8KD0z
10人単位の移住なんてして何の意味があるんだよ
ここで言ってるのは征服して本国同様に経営するって事だろ
一人や二人移住するなら北極圏でも可能だろうけど、だから何だと
明征服の代わりに極寒地に少人数送り込んだらどうなるかとか議論にならんわ
ただの流刑じゃないか

214人間七七四年2016/12/22(木) 21:10:40.77ID:gLVn2Iio
金山解禁後に万を超える日本人が政府機関の統制なしに蝦夷地に入り込み、
金枯渇後も相当数が蝦夷地に定着していた事実を無視すんなや。少なくとも10人単位どころでない人間が蝦夷地に入っとったわ
あと蠣崎や安東が蝦夷地に積極的に進出できんかったのは蝦夷の軍事力を排除できなかった(しなかった)のが大きな要因だ
このスレのタイトルのように秀吉が蝦夷地を軍事制圧したなら、鵡川余市ラインすら越えて和人は進出してたわ

215人間七七四年2016/12/26(月) 17:16:37.58ID:h3kY32H/
そんな一時的な出稼ぎ人とか何の関係もないだろ
少なくとも人口調査が始まった18世紀初頭で定住民は僅か2〜3万人程度しかいない
しかも殆どが沿岸部に住み漁業や交易により生計を立てていて厳密には開拓とすら言えない
ほぼ未開と言って良いだろう

216人間七七四年2016/12/26(月) 20:32:54.43ID:K6ISsmNW
だからなんで農地開発=開拓なんだよ、漁業開発や交易も立派な開拓やがな
あと人口統計で言うなら、まだほとんど農地開発されていない幕末の時点で和人が8万以上に増加している。十分多いからなこれ?
さらに言えば、この幕末当時、蝦夷地(特に日高)の多くの川筋ではアイヌが無施肥の粗放な農業地を広範囲に拓いてる
米は作れんが稗や野菜の類は普通に生産してる、施肥すりゃなおさら収量は増えるだろうや。海産物は言わずもがな
(農地開発が難しいから)利用価値が低いからって利用価値が無いわけではないし、ある程度人口も養えないわけではない、利益も上がらないわけではないんだよ

217人間七七四年2016/12/27(火) 13:08:22.83ID:1OD2WGt7
まずは開拓と言う言葉の意味を知るべきだな

218人間七七四年2017/01/05(木) 00:02:07.34ID:URaYYkOJ
南部藩は江戸時代でも大豆や漆、馬といった換金作物を作り
米を輸入してたからその辺は問題ない

蝦夷地なら鱶鰭、煎海鼠、干鮑の高級食材である俵物三品を輸出し
米を輸入することも十分に可能

219人間七七四年2017/01/09(月) 16:39:18.92ID:2c4WOjl0
それやってた松前藩が弱小貧乏藩だったような

220人間七七四年2017/01/09(月) 22:48:54.30ID:L0hksvkB
考えてみりゃ北海道はシャクシャイン時代までミニ戦国だった。西アイヌと東アイヌで戦闘してたし。

221人間七七四年2017/01/29(日) 19:35:41.77ID:mGghZDot
>>219
米が取れないから石高0で申請してたからじゃないの?
経済的には潤ってたとか

222人間七七四年2017/03/13(月) 16:58:38.86ID:8DpTkYc3
松前藩は弱小藩だよ
寛成11年(1799)、藩主以下足軽をも含めて武家は170戸の規模しかない

223人間七七四年2017/03/15(水) 21:47:37.42ID:aWyDLv2c
小さな政府の方が輸出事業の利も大きかろう

224人間七七四年2017/03/17(金) 09:52:19.85ID:rcvwTzMG
>>35
当時は米=お金だったからね

225人間七七四年2017/03/18(土) 00:36:59.88ID:09XmZc1a
利が薄いからこその、弱小貧乏地帯だった

226人間七七四年2017/03/18(土) 14:53:13.11ID:9AkIF/ZN
弱小=貧乏ではない

227人間七七四年2017/03/18(土) 19:10:06.80ID:rfLUPT2t
遠くて大変だし弱小だから松前藩は参勤交代免除されてたんだっけ
同じく遠くて大変な島津家は弱小ではないから一切免除なしだったのにw

228人間七七四年2017/03/18(土) 23:10:24.00ID:09XmZc1a
松前藩が和人の流入制限してたのも、収益独占するためだが
それでも貧乏藩だ
金堀で少しは潤ったが、進出中の帝政ロシア相手などまるで無理

清勢力には交易通じ入り込まれ、アイヌが借金のカタに外人に連れ去られ
清に直接朝貢するアイヌも多く
松前藩の軍備や統治能力の弱さに幕府は危機感を持った

229人間七七四年2017/03/24(金) 23:58:21.58ID:77B+tyY+
島津は強すぎて幕府に警戒され
松前は弱すぎて幕府に危惧された

230人間七七四年2017/06/04(日) 16:55:34.78ID:AURGaMj+
ハウカセ: 江戸前期の蝦夷地の5大勢力のひとつの首長
<参考文献>
海保嶺夫『近世蝦夷地成立史の研究』,喜多村校尉編『津軽一統志』(『新北海道史』7巻)

> また,ハウカセは近江八幡出身の金太夫という娘婿に軍事顧問的役割をさせており,
> 蝦夷地への武器輸出が不可能になったシャクシャインの戦の時点で
> 40〜50挺もの鉄砲を所持していたといわれる点などから,
> 松前藩のほかにも和産物輸入ルートを確保していたとも考えられる。

シャクシャイン一派が民間の和人らを虐殺した、武装テロ事件の際、
5大勢力の1である中立のハウカセすら、40〜50挺もの鉄砲を所持してたし

単独では弱小の松前藩に対し、他のアイヌ勢力の戦力は充実してたことがわかる
(※松前藩も、渡党、というアイヌ一派が元ではある)

231人間七七四年2017/07/29(土) 22:13:53.66ID:BI+3RqXj
島原の乱に比べれば、アイヌのテロ勢力の所業に対する処分が甘過ぎる

シャクシャインの武装テロによる、民間の和人虐殺
http://www2.rikkyo.ac.jp/web/esdrc/products/zoku_senjuminzokutoESD.pdf
> 小屋を懸けさせ、くつろき候時分、
> 狄共夜に入りよせ、皆皆殺し申由に付……」すなわち寛文9年の蜂起の和人殺害は、
> シコツではじまった。

232人間七七四年2018/01/17(水) 22:56:35.39ID:7CXzpdGc
ロシアが毛皮求めて進出するのはまだ先の話だし
金山っても僻地から運ぶコストがあるし
わざわざ大軍を出す価値は無い

233人間七七四年2018/01/17(水) 23:42:44.98ID:hFQop9lg
蝦夷が注目を浴びるのは本州の金銀山が枯渇し日清貿易での赤字を解消するために
蝦夷地の海産物が重要な輸出品としてからだからねえ

234人間七七四年2018/10/13(土) 01:02:14.08ID:V7xJD6fD
くだらん

235人間七七四年2018/10/15(月) 22:57:31.10ID:gRAHLVgP
単純に軍事進駐して、植民地化するのならありだったかもしれない。
しかし、あのころの樺太は住めたのか(食糧自給とか)

236人間七七四年2018/10/16(火) 19:30:20.44ID:iKyMf2Mr
モンゴルが樺太に攻めてきたって話しがあるから
人は住んでたんじゃね?
かなり前から

237人間七七四年2018/10/17(水) 08:40:57.86ID:UHS9n67D
樺太どころか北シベリア、アリューシャン列島、アラスカにも先住民族はいたぞ。

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