龍造寺氏と、たまには鍋島氏を語るスレ3

1人間七七四年2018/01/20(土) 12:28:58.52ID:RlMgDVHw
佐賀の大名龍造寺家鍋島家について語りましょう

前スレ
龍造寺氏と、たまには鍋島氏を語るスレ2
http://matsuri.5ch.net/test/read.cgi/sengoku/1402857492/

2人間七七四年2018/01/20(土) 17:12:02.57ID:6L+sgNQe
>>1

江藤新平  乙

3人間七七四年2018/01/20(土) 18:12:43.03ID:jUn903FL
>>2
good

やっぱり龍造寺家と江藤新平だよな

4人間七七四年2018/01/21(日) 12:57:15.95ID:FAgoMVzH
>>1

平井氏好き

5人間七七四年2018/01/21(日) 13:09:07.54ID:Wm2XcN7L
俺は後藤が好き

6人間七七四年2018/01/21(日) 21:54:22.59ID:VYgjYicE
>>4

平井理央好き

7人間七七四年2018/01/29(月) 23:35:48.68ID:cmQfuVQJ
隆信御馬廻衆の石井源次郎は無双の荒武者4将の内1人らしいけど残り3将って誰だろ

8人間七七四年2018/01/31(水) 07:50:41.17ID:SQncu0GV
馬渡刑部少輔=馬渡俊孝?
倉町太郎五郎=倉町信俊?
石井刑部少輔=石井常忠?
石井源次郎=石井忠修?

9人間七七四年2018/02/11(日) 17:03:21.81ID:jQxLMTtY
肥前の熊最後の日


https://www.php.co.jp/magazine/rekishikaido/?unique_issue_id=84359&PHPMEMSID=j6uorft74ingm44vv6rbpqgif1

10人間七七四年2018/02/11(日) 19:02:07.61ID:mCDeN/hw
今日読んでみたけど物語調でイマイチだった
川上左京取り上げてたのはよかったと思うが

11人間七七四年2018/02/15(木) 20:18:46.87ID:nBcPcdWg
>>8
遅くなったけどThanks


戦国九州軍記の一部を初心者向けに書いたような内容で得るものは無かった
次号は鍋島閑叟らしいが期待せずに買ってみようと思う

12人間七七四年2018/02/18(日) 21:33:09.38ID:qEIBK17X
四天王
四本槍柱 両彈ニ島
無双の荒武者四将

四の数とは縁起がいいんだろか

13人間七七四年2018/03/09(金) 00:11:05.91ID:EreCaH+E
今山の戦いの後信周が人質になったあと返還されたのっていつなんだろう

14人間七七四年2018/03/11(日) 20:15:30.54ID:YrJ/mlMZ
大友の軍勢が無事に撤退するまでの保証人みたいなものだから
一ヶ月ぐらいで帰ってきてる

15人間七七四年2018/03/12(月) 21:52:32.29ID:PZor+Rgt
>>14
ありがとう

16人間七七四年2018/03/24(土) 12:35:03.58ID:91GiwS9X
龍造寺はどうすれば沖田畷で勝てたのか?

17人間七七四年2018/03/25(日) 02:35:50.26ID:Pwh5BiYz
隆信が死ななければ損耗大きくても押し切れたと思うな
森岳城手前まで隆信が出ずにいれば忠堅の特攻受けなかったのかな

18人間七七四年2018/03/25(日) 05:24:08.29ID:dkBGOfm+
>>16

勝てないまでも引き分けには持ち込めたかもしれない。

19人間七七四年2018/03/25(日) 20:34:31.19ID:5afz6iF8
やはり隆信の出過ぎが良くなかったのかな。
隆信は前線に出たがるタイプだったのかな?
輿に乗っていたら、なおさら危険と思うんだけどな

20人間七七四年2018/03/25(日) 20:37:46.14ID:Pwh5BiYz
先陣の勝ちは次陣の勝ち先陣の負けは次陣の負けが軍律だし
崩れた浜手側を自ら後援した形なのかな

21人間七七四年2018/03/27(火) 15:08:12.52ID:N5l/dk3F
≫18 数では、龍造寺が勝ってますので押し切れるのではないかと。

≫20 そのような軍律があるとは知りませんでした

22人間七七四年2018/03/31(土) 14:05:38.24ID:zYqUygdO
でもさー長者林ェ

23人間七七四年2018/04/05(木) 21:42:11.09ID:TI1BjCGg
長者林の戦いとは、小田政光のことかな?

24人間七七四年2018/04/07(土) 22:52:33.52ID:t/tEOvbO
その場で寝返られたらヤバイのはわかるけど結構酷い話よね

25人間七七四年2018/04/11(水) 14:49:05.33ID:Ql/e+D0S
福岡のテレビで入学式が流れてたが新入生の名前が龍造寺だったw

26人間七七四年2018/04/12(木) 20:26:35.14ID:mu4tHYb1
鍋島のせいで希少な名字になってしまったわな

27人間七七四年2018/04/20(金) 11:22:30.70ID:HsLdhMFB
佐賀に鍋島の正嫡はいるのかね?

28人間七七四年2018/04/20(金) 17:46:19.05ID:9hAX2eeN
鍋島侯爵家は目立つから足跡はすぐわかるけど子爵家や男爵家はよくわからんね

29人間七七四年2018/04/24(火) 01:35:15.57ID:RCklGqAt
百武も居るよ…

30人間七七四年2018/04/24(火) 14:30:21.72ID:fn1R/2l/
百武は賜姓した時に縁遠い一族まで改名したのかね
賢兼兄弟が改姓しただけじゃここまで百武姓増えんでしょ?

31人間七七四年2018/04/26(木) 15:26:50.80ID:NtNTLIR5
幕末明治期における百武賢兼系の正嫡は洋画家の百武兼行だが
兼行の父兼貞は成松家からの養子なので血筋的には成松信勝の子孫にあたる

32人間七七四年2018/04/28(土) 23:54:03.42ID:RefBWZUr
兼行は賢兼の弟だった兼政の直系じゃなかったっけ

33人間七七四年2018/04/29(日) 17:13:41.07ID:zGHOXgrb
寺院のほうの龍造寺だが、最盛期には大きな寺だったの?

34人間七七四年2018/04/29(日) 19:48:28.40ID:cQ9wIS4a
【高天原はエルサレム!?】 アウシュビッツ −ユダヤ人→  <イスラエル>  ←天皇家− フクシマ
http://rosie.5ch.net/test/read.cgi/liveplus/1524960113/l50

35人間七七四年2018/05/02(水) 21:32:21.42ID:FlfRo7ci
寺院としては行基の時代が最盛期っぽいんで詳しいこと分かりません

36人間七七四年2018/05/07(月) 21:38:28.47ID:RqDCFj1e
高寺山龍造寺って龍造寺時代は龍造寺城の中に建立していたんだよね。
ただ龍造寺家が建立した訳ではなく菩提寺ではなかった

37人間七七四年2018/05/08(火) 06:31:26.14ID:62kU3iaZ
>>36

> ただ龍造寺家が建立した訳ではなく菩提寺ではなかった


それは意外

38人間七七四年2018/05/08(火) 18:14:21.89ID:G7nBX8Mv
56歳ニートなのに
上に立つ者は孤独ギリギリ

まことには、こういう空気が読めないところがある

39人間七七四年2018/05/08(火) 22:35:03.83ID:d3ECeQ+h
↑誤爆?

40人間七七四年2018/05/08(火) 23:37:39.09ID:1baI+kMR
>>31
それを言うと賢兼の跡目自体が石井家の人間が継いでいるので百武の子孫ではないような

41人間七七四年2018/08/03(金) 06:33:30.48ID:dDfEmNZg
佐賀藩の藩祖鍋島直茂は龍造寺家兼(剛忠)の女系子孫

龍造寺家兼(剛忠)→龍造寺家純→華渓(鍋島清房正室)→鍋島直茂

42人間七七四年2018/08/09(木) 09:39:18.41ID:h6itHW1r
1568年ぐらいからの北部九州情勢って他所の視点から見ると龍造寺が暴れ散らしてるみたいな書き方されてるけど
ぶっちゃけ龍造寺からすると秋月からの貰い事故みたいなもんで当初大友と戦うつもりは無かったっぽいよね

43人間七七四年2018/08/09(木) 16:09:46.01ID:RDnMN16E
鍋島直正(閑叟)は池田忠雄の女系子孫で蜂須賀至鎮の女系子孫

池田忠雄→池田光仲→池田仲澄→池田吉泰→池田宗泰→池田重寛→池田治道→幸→鍋島直正

蜂須賀至鎮→三保姫→池田光仲→池田仲澄→池田吉泰→池田宗泰→池田重寛→池田治道→幸→鍋島直正

44人間七七四年2018/08/09(木) 21:39:35.00ID:Q10UG2Og
>>42

>秋月からの貰い事故


うまい比喩だ!

45人間七七四年2018/08/31(金) 00:06:17.77ID:pCMyiYec
にしても人足が主君の輿を戦場に置き捨てて、自分達だけ逃げてしまうとか、冷静になって考えて
みたらすごいよなwどんだけ人望なかったんだろ?結局逃げた人足ってそのあとどういう運命をたどった
んだろ?

46人間七七四年2018/08/31(金) 06:46:11.03ID:QnvhHFsS
同時代的に有名なエピソードは隆信のそばで最後まで戦って死んだ鴨打新九郎、田中善九郎、福地千の小姓衆の話なんだけど
これは生き残りの小姓が島津方に捕縛された後に佐賀へ帰されているので双方に証言が残っている
御輿を放り出されて家臣に逃げ出されたという逸話の出元って何か逆に聞きたい

47人間七七四年2018/08/31(金) 10:06:50.99ID:QTMTscku
沖田畷は後世の脚色と当時の記録とそういうの分けるとこからすら始まってない状況だよね
戦国ブームも九州の方まで波及しなかったなあ

48人間七七四年2018/08/31(金) 10:34:25.52ID:g1upJbs2
沖田畷の後世の脚色ってたとえばどんなエピソード?

49人間七七四年2018/08/31(金) 10:43:10.88ID:g1upJbs2
>>46
敵が激しく槍で突いてきたので担いでいた連中が隆信を放置し始めたってのは
同時代人が記したフロイス日本史にも書いてあるぞ
それとは別に逃げずに一緒に斬り殺された家来のことも書かれている
輿を担ぐような下卒は忠誠心も低く逃げたんじゃないのかな?

宣教師たちはキリシタンの有馬氏を通して戦況を聞けたし大砲を操作した連中など
戦いに参加していたイエズス会の外国人もいるくらいなのでこの件に関しては情報の信頼性も高い

50人間七七四年2018/08/31(金) 12:09:12.40ID:QnvhHFsS
>>49
うん、槍で突かれて〜の記述部分は知ってる
それがどうして『主君の輿を戦場に置き捨てて、自分達だけ逃げてしまう』という解釈に至るのかがわからない
何かの版の訳がそうなってるのか

51人間七七四年2018/08/31(金) 13:19:34.74ID:jfGz3nS4
>>45
まあ、かなり残酷な事してるしね。
大体さあ、大友に土下座して助命して貰ったのに全然恩義に思うてないとか?
柳川の蒲地一族に対する仕打ちとか?
戦国時代基準でも、冷酷な人って評価だよ。

52人間七七四年2018/08/31(金) 14:04:50.02ID:/aMyTvO0
晩年は鍋島すら鬱陶しくなった(?)とかは幾ら何でも言い過ぎだよな
言いたい放題言われすぎな気も

53人間七七四年2018/08/31(金) 14:19:29.26ID:QTMTscku
鎮漣も裏切りだしなあ

54人間七七四年2018/09/01(土) 02:58:36.21ID:8GeV1HU9
直茂って勝一軒の件とかのように結構人に好かれない性格しているよな

55人間七七四年2018/09/01(土) 13:45:09.61ID:RaqCBpt7
>>54

直茂は秀吉に「天下を取るには知恵も勇気もあるが、大気(覇気)が足りない」と評されたという。
(ウィキペディア)


であるので、秀吉からも家康からも危険人物扱いされなかったのだと思う。

56人間七七四年2018/09/01(土) 15:36:51.87ID:3kiV5At6
>>53
蒲地家は、本家と分家が有り、本家12000町歩、分家8000町歩だもんなあ。
一町歩は、大体約10石換算みたいだし、筑後が約30万石だとすれば約20万石分が蒲地一族。
確かに新興の竜造寺としては勢力弱めたいだろうけど、手口が残忍すぎる。

其れに、蒲地一族には二回も匿って貰ってるしね、先祖とかじゃ無くて当人が。

57人間七七四年2018/09/02(日) 22:06:58.43ID:ty2YUKdy
蒲地は悪くない。
跡を継いだボンボンがボンクラだっただけ。

58人間七七四年2018/09/03(月) 07:42:49.17ID:AYwEvNgZ
>>56
龍造寺の着到状でそうなっているということは龍造寺―蒲池間の安堵内容でそうなっているというだけで
蒲池がそのまま20万石の大名と言えるかというとそれは話が違う
鎮漣の志向はおそらくそこへ向いていたと思うが

59人間七七四年2018/09/03(月) 11:21:57.04ID:Z0dIq6nI
すでに一度対立して何百日も戦やってるわけでもあるしなあ

60人間七七四年2018/09/03(月) 14:41:50.16ID:fxKLX5mE
龍造寺家兼は90歳すぎまで生きていたが
龍造寺家は長寿の家系なのか?

61人間七七四年2018/09/04(火) 00:22:25.66ID:Fxi66Qqh
姉川のことも忘れないでね。おばあちゃんのおばあちゃんのそのまたおばあちゃんが小さいときに神埼から武雄までぽっくりぽっくりみんなで馬に乗って引越ししていったそうな。(原文の儘)

62人間七七四年2018/09/04(火) 01:03:47.56ID:fNl1f9XN
へえ姉川氏って武雄に移ってたんだ

63人間七七四年2018/09/05(水) 07:09:38.48ID:woHYtwhe
姉川家は横岳氏攻略のときに目達原へ移されたんじゃなかった

64人間七七四年2018/09/05(水) 08:56:44.65ID:RYGWifoG
>おばあちゃんのおばあちゃんのそのまたおばあちゃんが小さいときに

明治の頃の話じゃねぇー

65人間七七四年2018/09/16(日) 19:45:03.76ID:foDhMltC
姉川鍋島の家系は今も寺やってる、寺より幼稚園経営がメインだけど

66人間七七四年2018/09/22(土) 04:56:59.46ID:y/dlJO09
某所鍋島家

67人間七七四年2018/10/11(木) 00:58:22.89ID:bxDDRM+S
口伝えなのだが、
姫がブッとオナラをしたら側使えのお清という人が「失礼をいたしました」とさも自分がしたように謝ったそうな。

姫がどの人だったか? お清という人が誰だったか? どんどん情報が消えていくのはさびしい。

68人間七七四年2018/12/14(金) 20:08:38.87ID:eQVrpxc7
鍋島家の姫様方は戦国時代から現代まで話題に事欠かないということはわかった

69人間七七四年2018/12/22(土) 13:24:12.16ID:G1ur3s+5
村田安良、氏久親子の所領内寺院に対する安堵状
https://imgur.com/a/Vzr1hpK
https://imgur.com/a/PKaLxrC

骨董屋で見つけて
「誰の書状かわからんし虫喰いもあるから2通2000円でいいよ」と購入したもの

70人間七七四年2019/01/05(土) 04:07:24.96ID:HXrWtAes
わい、後多久家

71人間七七四年2019/01/10(木) 13:09:45.16ID:T4ak4Lvy
>>56
恩が有ろうが無かろうが、島津に通じてると噂されてる奴が柳川の要所に居ることが大問題
どこの大名家であっても謀殺されてるだろ

72人間七七四年2019/01/28(月) 18:49:37.32ID:J7Cwynid
今山の戦い。

結果的には勝ったが、籠城策はまずかったんじゃないの?

73人間七七四年2019/01/28(月) 23:17:51.41ID:Dl3OL8P5
籠城と言うよりも内線の利を活かした防衛線と言われてるね
一番本拠に寄られたときも撃退してるし
…しかし二年続けて大包囲網しかれると収穫とかできずにヤバかったのかなやっぱり

74人間七七四年2019/01/30(水) 16:51:10.26ID:0zSiQ9OG
>>73

> …しかし二年続けて大包囲網しかれると収穫とかできずにヤバかったのかなやっぱり


当時の九州は兵農未分離だから
農繁期には大々的な包囲戦ができなかったのではないか?

どうだろう?

75人間七七四年2019/01/31(木) 08:12:56.68ID:ESfUqB3V
そもそも戦国時代の兵農分離というものは江戸後期に想像されたものだったんじゃ…

76人間七七四年2019/01/31(木) 14:09:43.66ID:sDeX8u0q
確か包囲されてたのは春から夏にかけてだしだいたい農繁期じゃないかな?

77人間七七四年2019/01/31(木) 20:38:30.96ID:+rAh0zO5
毛利の筑前攻勢のおかげで豊後三老の初撃時から再侵攻まで半年以上の時間的猶予があったわけで
物資集積は相当に進めていたのではないかと
仮に物資を城に収奪しきって民政に打撃が出ても攻撃してくる大友に責任転嫁できた

78人間七七四年2019/02/01(金) 17:43:23.49ID:WHwywVoB
普通の大将なら城に籠ってるところを
なぜ肥前の熊は籠らず自ら軍を率いて迎撃し続けるというオカシイ事をやったのか
語るならむしろこっち

79人間七七四年2019/02/01(金) 18:37:14.61ID:oz8DIZHb
毛利の後方攪乱が当てにならなくなったから
とにかく積極的に戦わなくてはならなかったからとか?

80人間七七四年2019/02/02(土) 17:06:08.33ID:mO7p4Ueg
不利な戦況のなか家臣が裏切らないように眼を光らせる必要があったんだろう。

81人間七七四年2019/02/02(土) 19:40:26.91ID:OOYVDak7
>>78

籠城はそのうち援軍が来て包囲軍の背後を突いてくれるから成立するのであって
このときには援軍が来る気配がなかったのではなかったか?

82人間七七四年2019/02/03(日) 11:13:34.28ID:9BKv2HRV
>>81
相手を攻め滅ぼすっていうよほどの強い意志を持って侵攻しない限り、農繁期前には適当に講話して撤退していくもんでは。

83人間七七四年2019/02/03(日) 17:51:36.48ID:2K0rSeEa
大友が撤退したのは旧暦十月だから農繁期というより本格的な冬が来る前に退散したかったのでしょ

84人間七七四年2019/02/04(月) 07:35:48.78ID:BEOVryeC
質問だが。

戦国時代の籠城戦で、
城が包囲された期間がもっとも長くて
なおかつ籠城した側がなんとか持ちこたえて落城しなかったケースというとどこになるの?

85人間七七四年2019/02/04(月) 08:13:42.87ID:RLMWUUFd
第一次月山富田城の戦い
尼子vs大内、期間約1年、籠城側の尼子が勝利
敗れた大内はこの被害が元で滅亡まっしぐら

第二次月山富田城の戦い
毛利vs尼子、全体の戦役で2年、攻城側の毛利が勝利
敗れた尼子は大名としては終わった

尼子再興軍の月山富田城攻略戦
毛利vs尼子再興軍、約半年、篭城側の毛利が辛うじて勝利

86人間七七四年2019/02/04(月) 12:48:55.03ID:5nMxLJKy
柳川の鎮並攻めたときもだいぶ長い期間じゃなかったっけ

87人間七七四年2019/02/04(月) 19:18:08.03ID:WFSI3Pz8

88人間七七四年2019/02/04(月) 19:19:16.12ID:n+N2lCCK
蒲池鎮漣が城主の時、龍造寺隆信や鍋島直茂が2万の兵で柳川城を攻めたが落城させることができなかった。
柳川の蒲池氏滅亡後は、蒲池氏時代の造作のままの柳川城に龍造寺氏の武将である鍋島直茂や龍造寺家晴が入り、
居城とした。
大友氏の勇将立花道雪は、柳川城を懸命に攻めたが落とすことができず悔しがったという。


ウィキペディアには包囲期間は書いていないなあ。

89人間七七四年2019/02/04(月) 19:20:13.25ID:WFSI3Pz8
肥前佐賀藩藩祖・鍋島直茂
http://or2.mobi/data/img/222843.jpg

肥前佐賀藩第10代藩主・鍋島直正
http://or2.mobi/data/img/222844.jpg
http://or2.mobi/data/img/222845.jpg

90人間七七四年2019/02/04(月) 19:21:53.61ID:WFSI3Pz8

91人間七七四年2019/02/05(火) 17:49:32.04ID:JR5sCF+/
北肥戦誌ヨリ

天正8年02月13日 龍造寺隆信、其党筑後柳川城蒲池鎮並の背くに依り、子鎮賢等を遣して之を同城に攻めしむ。
筑後鷹尾城主田尻鑑種より隆信へ注進あり。

天正8年11月28日 龍造寺氏の兵、筑後蒲池鎮並を攻む、是日、鎮並、之と和す。
300日余り籠城したって事だね。隆信娘玉鶴との婚姻を約束

天正9年05月29日 龍造寺隆信の党筑後柳河城蒲池鎮並、島津氏に通ず、是日、隆信、之を誘殺す。
與賀の馬場での待ち伏せは小河、石井、水町、秀島等、鍋島の息がかかった手勢ばかり。
蒲池鎮並始め、300余名中、173名が討死、此の外負傷する者、生捕りされる者多数。

92人間七七四年2019/02/06(水) 08:09:09.72ID:jYGCtads
北肥戦誌を通しで読んだことがある人なら分かると思うのだが
大部分は編年体で構成組んであって読みやすいのだけど
鍋島直茂が関わってくる事柄になると、歴史小説のような文体に構成が変わる

蒲池鎮漣を与賀馬場で包囲する場面でもそれが出てきて
北肥戦誌だと鎮漣に「汚き龍造寺が仕業かな」という台詞を言わせた直後に
直茂からの書状を蒲池鎮久に破り捨てさせる場面が挿入されている

北肥戦誌で小説っぽくなっているところは佐賀藩から直々に脚色しろと作者の馬渡が言い渡されてたんじゃないかと想像する

93人間七七四年2019/02/22(金) 23:02:38.51ID:ZRFGLspK
http://sagasengoku.seesaa.net
佐賀の戦国研究会の沖田畷検証広まらないかなあ

94人間七七四年2019/03/03(日) 17:59:09.81ID:Hgw7xNnW
悪名を恐れただけで、鍋島家は最初っから佐賀藩を乗っ取る気満々

95人間七七四年2019/03/03(日) 22:30:03.76ID:FNvnPzzt
その心は?

96人間七七四年2019/03/05(火) 01:57:37.92ID:GZ0VLN0D
鍋島が直前に愛想つかして沖田畷で内通した。

97人間七七四年2019/03/05(火) 03:42:18.77ID:xfi9F9L1
沖田畷で内通したってのは何が根拠?
内通したからって山手攻めてる直茂がどうやったら浜手側にいる隆信討ち取れるように内通できるの?
寡聞にしてわからないから是非是非ご教授願いたい

98人間七七四年2019/03/05(火) 23:35:13.05ID:1f+y/JOI
豊臣、徳川、時の権力者と上手く立ち回って、佐賀の支配権を勝ち取ったでいいじゃん
竜造寺には力が無かった

99人間七七四年2019/03/06(水) 02:06:05.94ID:7j4EEJct
>>97
隆信は山手の予定だったんだがな。何故か変更された。

100人間七七四年2019/03/06(水) 02:16:24.20ID:G6XRTlio
>>99
それが直茂によるものだって言うのかな?
具体的にはどこでそう言われてるの?

101人間七七四年2019/03/06(水) 05:32:31.61ID:yhaCiYCe
安倍さん達は日本を支配したい気持ちが強くて、日本を支配している気になっている普通の日本人と気が合い支持されてるわけじゃん
日本を変えたいとか日本を良くしたいなんて殊勝な日本人は殆ど居ないんだよ
そういった空気読まないやつが支持されるわけがない

102人間七七四年2019/03/06(水) 09:27:17.26ID:2Ct9X9Mx

103人間七七四年2019/03/06(水) 14:21:53.64ID:6tdy5QA1
龍造寺隆信は性格的に秀吉や家康とうまくやっていけないから
どこかの時点で福島正則みたいに改易されたと思う。

104人間七七四年2019/03/07(木) 14:34:26.69ID:1CARUk+H
>>97
同板島津家久公スレにヒントがありそう

105人間七七四年2019/03/07(木) 20:07:26.20ID:ozCkX74P
鍋島が言論封鎖や操作をその後してるんだろう。勝者の歴史。隆信が討ち取られたあとに自害しょうとしたとかワザとらしさしか感じない。

106人間七七四年2019/03/07(木) 20:10:34.79ID:ozCkX74P
隆信→島津→秀吉→家康
世渡り上手でしかない

107人間七七四年2019/03/07(木) 23:54:02.92ID:V1aTM4GX
島津を主君とか言うけどあいつマジでそんな態度じゃねえぞ
島津四兄弟と九州統一戦読んだらマジで食えねえ

108人間七七四年2019/03/08(金) 07:43:17.81ID:E8r/V/mM
鍋ちゃんは処世上手ではあるが、松永久秀みたいな陰謀家ではないだろ。

109人間七七四年2019/03/08(金) 07:51:15.72ID:E8r/V/mM
鍋島直茂は耳に腫瘍ができて病死したとあるが
耳のガンなんてあるの?

110人間七七四年2019/03/08(金) 08:04:34.32ID:HozbgBj4
人間の体は髪の毛と爪以外はどの部位でも癌になるらしい。

111人間七七四年2019/03/08(金) 08:05:24.30ID:afvKcbt6
腫瘍はたいていの場所ならできるんじゃないのかな

112人間七七四年2019/03/08(金) 09:45:30.42ID:KnWh2hst
>>107
龍造寺視点でみたら大友と戦う時にまで一々邪魔してくる島津がなに考えてるか分からんし
龍造寺の領内を散々荒らしまわった憎き高橋紹雲を退治出来れば島津に協力する動機が無くなる

立花山城攻め失敗時点ですぐ島津の後方遮断に出て、今まで良い同盟関係だった秋月まで攻撃対象にするのはやられた側は堪ったものじゃないだろうけど

113人間七七四年2019/03/10(日) 19:05:00.30ID:gVbPtI1h
政家が権力失ったのは肥後一揆

114人間七七四年2019/03/10(日) 19:06:48.06ID:gVbPtI1h
で怪しい動きしたのが原因説を唱えたい

115人間七七四年2019/04/29(月) 21:28:22.03ID:JEzh8uPk
馬場頼周が討ち取られた神社ってどこ?、連休中行ってみたい
祇園岳城跡にも

116人間七七四年2019/04/30(火) 01:14:23.24ID:cnEdjmxe
>>115
佐賀市大和町川上の與止日女神社
龍造寺家兼の長男家純、次男家門、家純の三男純家が頼周の命で暗殺されたのも同地

家純は龍造寺隆信と鍋島直茂の祖父に当たる

117人間七七四年2019/04/30(火) 10:13:55.21ID:rVg8C/xX
>>116
多謝!

118人間七七四年2019/05/02(木) 01:15:42.28ID:n2ZPnvly
ということで、行ってきました與止日女神社!
令和初日ということで車がたくさん止まっていた。川上峡の鯉のぼり目当ての子供もたくさん。唐揚げやカルメラなどの屋台も出ていた。
神社の人に芋釜のことを聞いたがわからないようだった。

その後北上して三瀬城跡へ行った。神代勝利の居城。
駐車場から本丸までの距離は30分弱くらいだが、滑り台みたいな急傾斜の上落ち葉だらけで登りにくかった。帰りに滑っちゃったし。
本丸は土塁で囲ってある珍しい形。二の丸の外に野面石の石垣あり。
勢福寺城跡にも足を伸ばしたかったが時間切れ。

119人間七七四年2019/05/02(木) 08:00:59.44ID:jbjgEpxO
神社の人には自分の所の出来事くらいは抑えてくれないと困るなあ
佐賀の歴史は弥生時代や幕末維新だけじゃないのに

ともあれ充実したGWを過ごすことができたようで何よりです

120人間七七四年2019/05/20(月) 11:30:29.89ID:QIs1gRAF
鍋島家の男系は少弐氏だけど
祖先の武藤資頼の出自が不詳
松平家の徳阿弥と並んで謎の人物

121人間七七四年2019/05/20(月) 12:30:59.67ID:QIs1gRAF
鍋島氏って同族であるはずの少弐氏追討に加担してるんだな

122人間七七四年2019/05/20(月) 20:23:00.71ID:TXK6qYBI
そもそも少弐潰しは大友主導で肥前国衆動員してやってるっぽいな

123人間七七四年2019/05/20(月) 21:58:27.58ID:oD7roME/
そもそも鍋島の祖先が少弐かどうかも怪しい

124人間七七四年2019/05/21(火) 17:35:50.43ID:kpnb8G0/
>>123
そうなの?

125人間七七四年2019/05/22(水) 07:50:55.75ID:jAoKIYHE
武藤資頼って何者?

126人間七七四年2019/05/22(水) 08:21:40.97ID:3lBRIxyU
>>120
鍋島女が武藤(小弐)の妾になって子を産んだって話かな

127人間七七四年2019/05/22(水) 19:48:56.72ID:OJqu18hq
>>123
まあ、都合良過ぎる話だしね。

ゲームなんかでは、竜造寺家兼は少弐家臣では無くて同盟勢力にされる事も多いけど、少弐
譜代の郎党だった事は事実だしな。
何か、微妙な動きしてたんで大内に寝返ったと思うわれて竜造寺排斥だけどさ。

竜造寺家を乗っ取った鍋島が少弐庶流はねえ?
少なくとも、戦国時代にそう思われてたとは?

128人間七七四年2019/05/23(木) 10:35:26.58ID:gy3C3qye
戦国時代に鍋島が少弐庶流と誰一人思ってないだろ

勝茂が適当に作ったニセだと江戸300諸侯が知ってることだからw

129人間七七四年2019/05/23(木) 11:39:08.23ID:aH8YU0e5
本人たちも佐々木の後裔を自認していたんじゃないの?

130人間七七四年2019/05/23(木) 16:15:46.32ID:lUcpnYi+
天文14年(1545年)、祖父・龍造寺家純と父・周家が、主君で
ある少弐氏に対する謀反の嫌疑をかけられ、少弐氏重臣の馬場頼
周によって誅殺された。円月は、曽祖父の家兼に連れられて筑後
国の蒲池氏の下へ脱出した。天文15年(1546年)、家兼は蒲池
鑑盛の援助を受けて挙兵し、馬場頼周を討って龍造寺氏を再興す
るが、その一年後に家兼は高齢と病のために死去した。家兼は円
月の器量を見抜いて、還俗して水ヶ江龍造寺氏を継ぐよ
うにと遺言を残した。それに従って翌年、円月は、重臣石井
兼清の先導で、兼清の屋敷に入り、還俗して胤信を名乗り、
水ヶ江龍造寺氏の家督を継ぐことになった。しかし胤信が
水ヶ江家の家督を相続するに及んでは一族・老臣らの意見は割れ
た。そこで八幡宮に詣でて籤を三度引き神意を問うたが、籤は三
度とも胤信を選んだため、家督相続が決定したという。
(ウィキペディア)

           ↑

なぜ家兼の遺言があったにもかかわらず
相続が揉めたのか?

普通は遺言を最優先するはずだが。

131人間七七四年2019/05/23(木) 18:17:50.82ID:gy3C3qye
いつの世も自分に都合のよい人物を推す訳ですな
この時、反対派だった鍋島の首を取ってればよかったのにな

132人間七七四年2019/05/24(金) 02:09:12.70ID:cHfgyAtW
なんでだよ

133人間七七四年2019/05/24(金) 07:08:20.87ID:MKYne7HG
>>131

> いつの世も自分に都合のよい人物を推す訳ですな


それは前当主が遺言を残さないまま死んだ場合であって
遺言があればイヤイヤながらも従うのが日本人。

134人間七七四年2019/05/24(金) 10:49:56.38ID:E9d+nyAJ
鍋島はその時にはイヤイヤながらも従ったってことか
だから後の沖田畷で鍋島は本懐を遂げた訳ね

135人間七七四年2019/05/24(金) 13:21:27.09ID:F1Ws4deh
康房や信俊も死んでるのに鍋島家の陰謀みたいな訳がねえだろ

136人間七七四年2019/05/24(金) 14:32:42.58ID:rfvNhpg3
400年たっても龍造寺一族の逆恨みは消えてないって事ですな

137人間七七四年2019/05/24(金) 20:12:36.89ID:E9d+nyAJ
康房や信俊は鍋島の陰謀で養子に出されたからな
さらに2人とも沖田畷で鍋島の裏切りのせいで戦死とはね 南無

138人間七七四年2019/05/24(金) 20:20:03.51ID:LSRLVYBw
武藤氏→少弐氏→鍋島氏だと思ってたけど
経房が少弐氏から鍋島氏を継いだのが怪しいの?

139人間七七四年2019/05/25(土) 00:02:48.49ID:Lo7qW1gd
毎度毎度鍋島家の陰謀だって言説はどこが論拠なんだ?

140人間七七四年2019/05/25(土) 08:00:32.46ID:67p8W7AE
少弐氏(しょうにし、旧字体: 少貳氏)は、日本の氏族の一つ。筑前、肥前など北九州地方の御家人・守護大名。藤原北家秀郷流と称した武藤氏の一族。

少弐氏は、武藤資頼が大宰府の次官である大宰少弐に任命されたことから始まる。資頼は藤原秀郷の流れを汲む武藤頼平の猶子となって武藤の名跡を継ぐが、資頼の出自は不詳である。
その意味では、少弐氏は、資頼の養父の武藤頼平の家系からすれば、頼平の先祖である藤原秀郷の後裔になるが、資頼の血筋からすれば、先祖不詳ということになる。

同時に、資頼は藤原道長の後裔と称し、代々が武蔵国に知行を持ち、武藤氏を称したという[1]。
さらに、鎮西豪族の興亡を記した戦記物によると、「左中将尾張守藤原長頼は、相伝の知行地である武州戸塚郷に下り、武藤中将と称した。
その子頼氏は、八幡太郎義家に従って奥州に出陣し、寄懸の紋の旗を賜った」とある。
これによれば、頼氏の子孫とする資頼は道長の後裔ということになる[2]。

141人間七七四年2019/05/25(土) 12:51:05.81ID:doTMPcli
>>139
>毎度毎度鍋島家の陰謀だって言説はどこが論拠なんだ?

鍋島に乗っ取られてなければ今頃オレは…が論拠

悲しいね

142人間七七四年2019/05/25(土) 14:37:30.17ID:b5VSnC+l
龍造寺一族で後援しての直茂の立場だろうし
会津龍造寺の末裔の人も普通の人だし
なんかの本を真に受けたアホだろな

143人間七七四年2019/05/26(日) 12:05:45.16ID:S+9wKwd8
鍋島は沖田畷で真っ先に逃亡してるな
逃げ隠れた柳川で布団を被って震えてたのか

144人間七七四年2019/05/26(日) 14:40:10.77ID:0lfpOJ/a
九州国割で龍造寺が筑後を奪われる謂れはないのに酷いよな秀吉

145人間七七四年2019/05/26(日) 15:43:08.87ID:IC8JsGnj
龍造寺は蒲池さんに酷いことをしたから仕方ないんだよ

146人間七七四年2019/05/26(日) 16:32:18.24ID:p6xIJQVr
田尻氏が龍造寺が筑後を追われても臣下で有り続けるくらいにはきちんと領土化してたからな

147人間七七四年2019/05/26(日) 16:55:24.88ID:0lfpOJ/a
まぁそういう感じで告げ口外交を展開されていただろうという事で
龍造寺の勢力維持の障害は大友勢力との外交関係の拗れっぷりだったんだろう
大友からしたらまず龍造寺なんてただの反乱勢力って立場だろうし

148人間七七四年2019/05/27(月) 00:52:23.53ID:VW7bVukj
>>145
蒲地は本家が12000町歩、分家が8000町歩だから一族合わせて約20万石も有った事に成る。

竜造寺が勢力弱めたいのは解るけど、手口がエグイしね。

149人間七七四年2019/05/27(月) 01:36:12.05ID:QDaKWU/z
でもね裏切る動き見せる鎮漣も悪いんですよ

150人間七七四年2019/05/27(月) 06:53:04.89ID:O1xo0vnQ
石高的にみたら龍造寺が筑後の大部分を支配していても
外縁部に大友派や島津派がいたのが九州征伐直前の筑後情勢をややこしくしている

151人間七七四年2019/05/27(月) 20:08:16.67ID:nZl21SJ9
>>139

鍋島はそういう陰謀をやらない人だから
秀吉や家康が信用していたと思う。

152人間七七四年2019/05/28(火) 06:08:09.32ID:sr7gY+ao
>>151
だから無知は困るんだよな
沖田畷の折、川上忠堅へ隆信の居場所を教えたのは鍋島ってはっきり書いてあるだろ

153人間七七四年2019/05/28(火) 07:36:28.26ID:PdjMWK8b
無知と見下すわりにはきちんと教えないんだね

154人間七七四年2019/05/28(火) 11:10:18.49ID:897JbsPD
>>152
どこに書かれてるんだ?

155人間七七四年2019/05/29(水) 08:45:00.30ID:tPZYyxaW
鍋島家の尾張徳川家は二代で終了か…

156人間七七四年2019/05/30(木) 08:34:21.42ID:XojTkPVS
>>109
あるよ耳下腺腫瘍とか真珠腫とか。死因になるかどうかわからないけど

157人間七七四年2019/05/31(金) 01:10:09.57ID:9PKo1kMS
500年後に

龍造寺氏も旭日旗が問題になるとは思ってもいなかっただろう

龍造寺氏は旭日旗ににた意匠の旗を使用

158人間七七四年2019/05/31(金) 12:39:26.62ID:i0OOuG7e
龍造寺「ちっ、耳削ぎ鼻削ぎが足らなかったようだな」

159人間七七四年2019/05/31(金) 20:35:55.00ID:95jSrIV3
>>155
後継いないの?

160人間七七四年2019/05/31(金) 20:56:47.56ID:1jPdAy8J
当代は日本のネットワーク技術の黎明期に関わっていた人なんだっけ?

161人間七七四年2019/05/31(金) 21:49:34.24ID:rF8IqiZ8
鍋島は江戸末期以降の閨閥がハプスブルクかよってぐらい繁栄してるな何故か
やっぱり男系が続いてる家はこの分野強いわ

162人間七七四年2019/06/01(土) 19:40:01.67ID:Qxkc8jID
>>160
そう。

163人間七七四年2019/06/02(日) 17:15:01.95ID:PIoDx7Sw
>>161
尾張徳川家、堀田家、鷹司家も鍋島家の男系だからすごい

164人間七七四年2019/06/04(火) 15:46:56.56ID:KMKk7TJl
>>154

民明書房の本ではないか?

165人間七七四年2019/06/04(火) 20:25:38.74ID:6sS6k8Kr
井沢元彦あたりかもしらん

166人間七七四年2019/06/04(火) 21:25:31.07ID:F6EIudUr
>>163
鍋島家による尾張徳川家は当代で終わりだけどな

167人間七七四年2019/06/05(水) 11:14:24.44ID:DB64kItE
前田、尾張徳川、鍋島の三家は富豪華族同士スクラム組んで戦前戦後の資産流出危機を凌いでいるから

168人間七七四年2019/06/08(土) 10:40:51.52ID:5RyD2/Z1
佐賀城本丸歴史館でテーマ展「佐賀城の殿様たち」を開催します
〜龍造寺家三代、鍋島佐賀藩歴代藩主の肖像画を一挙公開!〜
http://www.pref.saga.lg.jp/kiji00369013/index.html

169人間七七四年2019/06/21(金) 22:30:20.29ID:VsteIZ9y
死ぬまで公式には帰国出来なかった高房を佐賀城主扱いとは酷なことだと思う

170人間七七四年2019/06/24(月) 00:52:31.55ID:eSKay4G7
かと言って高房を仲間外れにしたら天佑寺付近でまた怪奇現象が起きかねない

171人間七七四年2019/06/27(木) 21:01:03.10ID:JpWQVunC
龍造寺は胤栄以前と隆信以後で別物になりすぎ

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