上杉景勝ってなんで上杉憲政を殺害したの?

1人間七七四年2018/06/20(水) 11:59:21.44ID:jKPsfTRP
わざわざ殺す必要なかったよね?

2人間七七四年2018/06/20(水) 12:00:16.28ID:ID63OyNz
蝙蝠は始末するにかぎる

3人間七七四年2018/06/20(水) 12:05:35.96ID:NyKWsxxR
番兵が間違って殺しちゃったんだからしょうがないじゃん(すっとぼけ)

4人間七七四年2018/06/20(水) 12:24:48.38ID:eBoetpTl
景虎に味方したから

5人間七七四年2018/06/20(水) 12:26:44.29ID:klfrvtu5
最新説だと、最初は景勝の後継者継承でつつがなく進んでいた
御館の乱は神余親綱と景勝の対立が発端で、その仲をずっと取り持ってたのが上杉憲政
ところが景勝があまりに強硬に神余を処罰しようとするので仲介の面子潰された憲政がキレる、景勝の強硬さに反発してた上杉家臣団と合わさって景虎を擁立しようと景勝とバトル
ってことだったはず

6人間七七四年2018/06/20(水) 13:31:16.84ID:rjr2LEFU

7人間七七四年2018/06/20(水) 14:53:11.54ID:019S3LZW
のこのこ出てきたら殺すしかないやろ そういう外道なんや景勝は

8人間七七四年2018/06/20(水) 15:36:05.64ID:M1F9LJHQ
まあ勢力弱体化してしまったし、今更もう関東には未練ないだろうなw

9人間七七四年2018/06/20(水) 15:44:53.54ID:M1F9LJHQ
>>8
追記
だとすると景虎の件が無ければ北条と対立する事は無くなっていたのかな?

10人間七七四年2018/06/20(水) 18:53:49.51ID:lbKqBTNk
甥にあたる幼い道満丸まで殺害したんだよな

11人間七七四年2018/06/20(水) 19:01:27.72ID:DHqnMICd
https://www.youtube..../watch?v=_t675VZJgl4
時代を超えて受け継がれる
日本人の心意気。

12人間七七四年2018/06/20(水) 23:32:23.76ID:iKklYWmN
>>9
むしろ上杉憲政が付いてる景虎が上杉継いだ場合
北条との関係がどうなるのかが興味あるな
そもそも景虎は殺されても仕方ないような条件で上杉に人質で捨てられた身だし

13人間七七四年2018/06/21(木) 00:06:18.18ID:PWh8rN2M
上杉憲政って父親を北条家に殺されてるのになんで氏政の弟の景虎方についたんだろうな この人に関しては良い評価を聞いたことない

14人間七七四年2018/06/21(木) 00:07:11.07ID:PWh8rN2M
あと景勝が憲政を嫌悪してたのもよくわからんよな

15人間七七四年2018/06/21(木) 02:12:12.40ID:Bx62+t3h
憲政が政景の変死に関わってるのかもな
実父の敵討ちだったりして〜

16人間七七四年2018/06/21(木) 02:29:15.75ID:Zc79cJh9
>>14
神余だって最初から景勝と不仲だったわけじゃないんでしょ?
むしろ神余の領地を浸食しだして対立するように動いた気配があるとか

17人間七七四年2018/06/21(木) 07:34:05.35ID:U7PUJSaP
御舘の乱に関しては謎の部分が多いんだよな いくら景勝が憲政憎しとも謙信の養父だった山内上杉家直径の憲政を殺すって何か裏があると思うんだよね

18人間七七四年2018/06/21(木) 07:38:49.98ID:U7PUJSaP
あと景勝とか兼続って今でこそ義の武将とかいわれてるけど実際かなりえぐいことやってんだよな 景虎方に付いた謙信来の家臣や国人たちも粛正されてるし

19人間七七四年2018/06/21(木) 07:56:08.66ID:O87aLKJ4
御館の乱がおきて三国峠越えるような可能性がほぼ消えたから
上杉憲政は用無しになった
が一番シンプルだけどな
この頃には室町幕府も滅亡してるし関東管領なんてお飾りでしかない

20人間七七四年2018/06/21(木) 10:32:52.24ID:U7PUJSaP
憲政の人望の無さが笑える

21人間七七四年2018/06/21(木) 19:49:52.61ID:oPxxGMGx
憲政はやらかししかないからな 評価が低いのは仕方ない

22人間七七四年2018/06/21(木) 20:41:01.41ID:nACEVhNz
上杉憲政みたいな大物を養うには金が掛かるから
謙信死んで関東管領も雲散霧消したらもうただの金食い虫だもんな
しかも北条系である景虎側に寝返った時点でもう助ける理由がない

23人間七七四年2018/06/22(金) 05:39:00.91ID:pZNhfrVN
>>12
氏政としては弟が関東管領家を継ぐってのは政治的によろしくなかったろうね
乱のときの北条の動きの鈍さは氏政の無能さじゃなくて、そもそも積極的じゃない

24人間七七四年2018/06/22(金) 07:17:33.57ID:sFY+DqxJ
関東管領になる事だけが大事なんじゃなく上杉姓をもらったのが重要
しかもわざわざ源氏の総本山の鎌倉鶴岡八幡宮で、平氏の長尾が藤原氏の上杉になる前代未聞のパフォーマンスを謙信は見事にやってのけた
民衆へのアピールは超抜群で正攻法をもって関東支配の大義名分を得た
しかもその前の段階で朝廷と室町将軍に直接会ってその事を認めてもらってる
そこが小田原北条氏とは違う
伊勢氏は関東管領になれなかったので勝手に昔の執権金沢北条氏になりすまし、北条姓を名乗り民衆を騙し関東の棟梁として認めてもらう事にした
そして足利公方を懐柔し関東管領山内上杉憲政を関東から追いやった

25人間七七四年2018/06/22(金) 07:19:56.55ID:sFY+DqxJ
謙信がなぜ鎌倉鶴岡八幡宮にこだわったのかはもう1つ深い意味がある
謙信の先祖、長尾定景がまさにその場所で公暁を暗殺し源氏を滅亡に追い込んだ最悪の過去が、坂東八平末弟の長尾氏にはあったから
謙信は最悪の場所で堂々と長尾の姓を捨て上杉に乗り換えることに成功した

憲政が大事なのではなく上杉の姓が重要
坂東八平の下っ端の長尾より足利尊氏の実母の上杉姓の方が格上
武田信玄は謙信が上杉姓になっても嫉妬からずっと長尾と呼んでいたらしい

26人間七七四年2018/06/22(金) 07:21:14.15ID:sFY+DqxJ
道満丸を抱え込んだ憲政を討つのは致し方なかったのかも?
本当は道満丸さえ殺せば良かったんだが・・・
憲政は超超ボンボン性質なので長野業正も必要以上に苦労したな
憲政の采配は謙信を頼ったこと以外は全て大ハズレだった
譜代の家臣団は大変だったろうな
憲政が残した最大の功績は現代まで名門上杉姓を残せたことかな
それ以外はなぁ〜んもない!
殺す価値もなかったんだが.......超超ボンボン性質なのでついついいつもみたいにジョーカー役をやりたがるもんで・・・
景勝もゆとりがなかったので殺しちゃったな

27人間七七四年2018/06/22(金) 08:02:58.83ID:ehJQvjrw
>>23
なんか北条も東上野確保すればそれでよしって感じで
そこから三国峠越えて景虎支援するわけでもなく
景虎と氏政に密接な連携があったとは全く思えず
実際後で厩橋城の北条高広が息子が景虎側で戦死して
氏政の裏切り行為に激怒して武田に寝返る訳だし

28人間七七四年2018/06/22(金) 08:06:24.36ID:ehJQvjrw
上杉憲政が景虎側についたことでもし氏政の動きが鈍ったのなら
憲政の疫病神っぷりが凄いな
確かに弟とはいえ元関東管領上杉憲政がバックにいる景虎が
御舘の乱で勝利したら北条氏政の関東支配に矛盾が生じる
むしろ景虎が北条家も併呑してしまった方が大義名分も立つしw

29人間七七四年2018/06/22(金) 08:33:00.28ID:VwIpsqgS
そう思うと景虎が一番気の毒だよなぁ 兄からの支援は消極的だし降伏しようとしても許されず嫡男は惨殺されるし

30人間七七四年2018/06/22(金) 08:35:49.32ID:VwIpsqgS
とりあえず憲政は御舘の乱の頃になると何も実権ないし影響力はゼロ。飾りにもなってなかった。 全く商品価値がなく、むしろ景勝としては憲政を生かしておくと色々と不都合だったのかもしれない

31人間七七四年2018/06/22(金) 08:38:42.67ID:h+Ql7mWP
元関東管領としてそれなりの水準の生活費面倒を見なきゃいけないし、金食い虫をこの際抹殺するという強いイシを感じた

32人間七七四年2018/06/22(金) 08:52:05.60ID:NMc0uGOu
憲政みたいなのは自分の立場もわきまえずしゃしゃり出て来るタイプだから
景勝が謀殺したくなるのはよくわかるw

33人間七七四年2018/06/22(金) 13:10:10.23ID:OqVI4hzx
>>32
憲政養うのにそんなに費用かかるのかな?

34人間七七四年2018/06/22(金) 13:58:42.89ID:NF45k6ja
憲政の家臣はどれくらい
いたのだろうか

35人間七七四年2018/06/22(金) 14:11:32.54ID:dA7D4GNt
憲政ってなんで越後にいたの?
自領に戻ればいいのに

36人間七七四年2018/06/22(金) 14:18:11.00ID:NJtLWU1I
景勝が勝っても平井には戻れない、景虎に味方して勝てば北条が恩に感じて平井に戻れると思ったかもな
氏政は絶対に認めないと思うけど

37人間七七四年2018/06/22(金) 15:41:50.02ID:h+Ql7mWP
養老給付の打ち切り決定の代わりに殺害。

38人間七七四年2018/06/22(金) 18:19:20.20ID:ujx/AUfr
景虎が勝って織田と和睦して関東に攻め入ったら最高に面白かったな

39人間七七四年2018/06/22(金) 18:52:10.34ID:SuZYIGrp
意味がわかんねぇ!

40人間七七四年2018/06/22(金) 20:10:32.34ID:yXpHVNIU
道満丸って生きてる説あるよ

41人間七七四年2018/06/22(金) 20:28:21.51ID:h+Ql7mWP
景勝と家督の座を争って命を落とした、北条三郎氏秀の忘れ形見である。

42人間七七四年2018/06/23(土) 02:27:42.03ID:Z+GHrS6D
誰が宅兵衛役になるんだ

43人間七七四年2018/06/23(土) 07:03:39.77ID:Bg5MWT6U
大河ドラマ 上杉憲政 見てみたい

44人間七七四年2018/06/23(土) 08:43:46.84ID:ImTdHQ6z
謙信が後継者を明確に決めなかったことがなぁ たぶん景虎が後継者だったんだろうけど

45人間七七四年2018/06/23(土) 10:57:58.95ID:Z+GHrS6D
景虎後継者説は景虎って名前が主たる要因になっているような

46人間七七四年2018/06/23(土) 11:50:27.45ID:NE+s3jWP
案外勝頼がでしゃばらなければ、
北条に関東管領と上野の上杉領を譲渡してなんだかんだで収まってたりして?w

47人間七七四年2018/06/23(土) 11:56:55.79ID:JFT14/Nk
勝頼が出しゃばらなかったらむしろ御舘の乱はもっと早く景勝の勝利で終ってた
勝頼は結果的には火事場泥棒しただけ
それは氏政もそうで東上野を制圧してる
景虎はピエロだったということ
さっさと関東に逃げればよかったのにね
帰れない事情があったんだろうけど

48人間七七四年2018/06/23(土) 12:01:33.73ID:e6Si0ST0
景虎って氏康の死後、一度小田原に帰っているそうだな

49人間七七四年2018/06/23(土) 13:29:07.27ID:pTpEt7Z5
>>44
いや景勝に上杉姓や官位を与えたりして謙信は明確に後継者を示している。あくまで道満丸の陣代だろうけど。
単に家督を継いだ景勝と重臣の間に亀裂が入り、重臣が景虎を擁立し跡目争いが始まった

50人間七七四年2018/06/23(土) 13:45:37.30ID:e6Si0ST0
後始末も大変で、毛利秀広、新発田重家、河田実親らの離反を招いた。
とくに毛利は、上杉家執務室に入ってきて直江信綱を殺害し、景勝の居間に近かったことから、以後、重臣と景勝の執務室は遠ざけられた

51人間七七四年2018/06/23(土) 14:07:07.85ID:ImTdHQ6z
いくらなんでも憲政を殺す必要はなかったよなぁ 

52人間七七四年2018/06/23(土) 14:13:44.97ID:TFdfByxh
>>49
北条氏が景虎を養子に出すときに上野支配権を上杉に譲ったことから、
景勝には越後国主、景虎には関東管領を継がせる構想があったのではという説もあったような。
北条氏政は景虎が滅ぼされたことを理由に上野の攻略を宣言している

53人間七七四年2018/06/23(土) 16:08:05.83ID:yyYj6OVy
氏政と景虎の仲ってどうだったの?あんまり仲が良いイメージないが

54人間七七四年2018/06/23(土) 16:10:47.04ID:yyYj6OVy
景勝は憲政を嫌っていて御館の乱勃後の書状のなかで、景勝は憲政のことをすごい無礼な呼び方してるのが気になる。敵ではあっても主筋であり(景勝の実家上田長尾家は、関東管領山内上杉家の越後の所領の代官)、謙信の養父としての敬意を払わなければならなかったはずなのに…

55人間七七四年2018/06/23(土) 16:13:09.01ID:yyYj6OVy
憲政って人間的に問題があったのかもしれない

56人間七七四年2018/06/23(土) 16:16:59.49ID:TFdfByxh
仲良いとか悪いとか、そういう現代的な感覚で当てはめてもな
本家嫡男と末弟ではまず境遇も立場も全然違うし、ずっと一緒にいたわけではないだろうし
ほぼ他人に近い感覚なんじゃないかと思うけどな
血縁関係であるから政治的に利用価値があるくらいなんじゃないかと

57人間七七四年2018/06/23(土) 17:39:19.44ID:4BJaODWu
久々に良スレ、これほんと闇が深いよな

そもそも長尾家に「上杉」の看板くれた張本人
おまけに関東管領までくれた

上杉憲政は北条に追われて長尾に逃げ込んだのに
北条派殲滅させる景勝に巻き添えでころされちゃって
悲劇の人物すぎるだろ

謙信は上杉憲政を大事にしてたんだから
あの世で悲しんでると思うし
もちろん景虎が継ぐことによって
北条に上杉まるごととられるのも違うけど

何もころす事ないのだから
景勝が謙信を本当に尊敬してたかかなり怪しい

58人間七七四年2018/06/23(土) 18:10:45.32ID:RNGq01UV
>>57
景勝は謙信を尊敬してたよ
謙信の最初の出家名の《宗心》を法名にしたしね

巨大な織田が怖くて余裕がなかったから道満丸を抱え込んでる憲政までも殺した
憲政はまさか自分が殺されるとは思ってなかったんじゃないかな

59人間七七四年2018/06/23(土) 18:14:28.76ID:d2xiKpYT
内乱起きてる敵対側につけば殺されて当たり前だわな
別に景勝的には憲政は本来殺す必要はなかったけど

60人間七七四年2018/06/23(土) 18:32:15.25ID:pTpEt7Z5
景勝が殺したって明確な史料があるのだろうか。
たまたま春日山城で落馬や心臓発作を起こして急死だとかの可能性もあるのかな

61人間七七四年2018/06/23(土) 18:54:22.68ID:RNGq01UV
>>60
それ、あの北朝鮮の得意技だよー

62人間七七四年2018/06/24(日) 01:30:57.57ID:vtJwITcD
上杉憲政と知らなくて誤殺→『上杉家御年譜』
憲政は桐沢但馬守具繁、道満丸は内田伝之丞が殺害→『景勝一代略記』 『北条五代記』等
景勝の命令で殺害→『内田家書上』

『上杉家御年譜』→米沢藩4代藩主上杉綱憲が自身の傅役だった竹俣義秀を見舞う際に上杉家の記録が不十分であることを遺言として残したことから編纂作業が始まる。
本来は綱憲公御年譜など藩主と謙信それぞれに名称がわけてあるが総称して『上杉家御年譜』という。全部で417巻。
編纂作業の開始は延宝2年(1674年)から。いわゆる藩の公式見解
『北条五代記』→元和年間成立。話の中心は後北条氏
『内田家書上』→寛永16年(1639年)成立した内田家のいわゆる覚書

63人間七七四年2018/06/24(日) 02:50:21.91ID:r01iIElz
>上杉憲政と知らなくて誤殺
嘘つくにしろもうちょっとまともな嘘つけよw
モリカケの安倍レベルw

64人間七七四年2018/06/24(日) 05:31:51.76ID:U3rTo1Kd
御館の乱スレッド読み直せよおまいら
話の流れがその時と同じで昔のスレ開いたかと思ったわ

65人間七七四年2018/06/24(日) 08:42:22.61ID:fozV7930
>>64
何回もループするのがこういうスレでしょうが。

「マッサン」では結婚出来なかったけど「風林火山」では夫婦だったというのを思い出した。放送順は逆だけど

66人間七七四年2018/06/24(日) 10:31:02.18ID:pdDOfvTp
上杉憲政の全存在の否定なんだから
「上杉」の名前は返すか捨てるかすべきだよな
長尾景勝、もしくは初名の長尾顕景を名乗れよ
大坂の陣前後に全国大名が羽柴名字 豊臣姓を一斉に捨てたようにさ

芸能人が所属事務所変えておきながら
都合よく芸名そのまま使いたいような狡猾さを感じるよ

67人間七七四年2018/06/24(日) 10:33:10.43ID:hATKKl1O
のんみたいになるのかw

68人間七七四年2018/06/24(日) 11:09:49.90ID:7q/NlbEF
広瀬弾正少弼香美

69人間七七四年2018/06/24(日) 11:56:30.56ID:3cGfyVAC
憲政は殺害するけど、上杉姓は引き続き使用します。「定」「憲」の字も通字として使用します。

70人間七七四年2018/06/24(日) 13:31:49.06ID:mr3POSbH
上杉景勝って絶対性格悪いよな

71人間七七四年2018/06/24(日) 15:26:32.64ID:7q/NlbEF
女が腐ったような性格

72人間七七四年2018/06/24(日) 15:41:17.48ID:nvsWvWrJ
むしろ殺さざるをえないほど上杉家中での影響力が意外と強かったという事なのかな

73人間七七四年2018/06/24(日) 15:43:56.15ID:P5QBenhv
>>70 >>71
現代感覚では昔の戦国武将のほぼ全てが性格悪いってなるよね
当時の家来衆は自分達が生きていけたら、それだけで良いわけです、優秀なボスになるわけです
たとえどんな汚い手を使ってでも生き残ればそれだけで良い、そして有能評価になる
つまり関わったトコでは武田勝頼よりも、織田信長よりも、北条氏政よりも、豊臣秀頼よりも上杉景勝は優秀だったってこと
上杉の家臣達だけはそう思っていたに違いない

74人間七七四年2018/06/24(日) 16:20:42.88ID:Mm2JtTgr
さすがに関ヶ原後に30万石に大減封された時は
「景勝馬鹿じゃね?」と皆思ったと思う
直江は直江状を家康に送ったくせにいざ戦いが始まると
南下せずに最上攻撃するし
結局関ヶ原の原因作っただけで関ヶ原の戦い自体には何の影響も与えていない

75人間七七四年2018/06/24(日) 16:21:39.60ID:jIySy/ua
でも逆らって死んだ景虎の悪口も特に残していないし案外いいヤツかも

76人間七七四年2018/06/24(日) 16:42:32.16ID:P5QBenhv
>>74
それでもリストラされなかったから・・・
家臣団は景勝をバカにはしてないと思う
家康は前田と違って上杉に対してはどんな手を使ってもその力を削ぎたかったのでは
徳川にとって、あまりにも上杉は近すぎたってコト

77人間七七四年2018/06/24(日) 18:15:08.05ID:nvsWvWrJ
いや前田だって折れなかったら出兵までいったでしょ

78人間七七四年2018/06/24(日) 18:31:43.61ID:K9VpSmTX
後から思えば前田が明らかに徳川にいちゃもん付けられてた時に
毛利と上杉は何してたんだって話だよなぁ
ここで前田側に立って「これ以上は戦も辞せず」とやれば
徳川も手を引いただろうに
前田の成功体験で今度は上杉を潰しに来たんだから

79人間七七四年2018/06/24(日) 18:34:04.77ID:nvsWvWrJ
告発したの奉行衆なんだよなぁ

80人間七七四年2018/06/24(日) 19:10:02.26ID:jIySy/ua
直江状は後世の創作

81人間七七四年2018/06/24(日) 20:33:02.27ID:9ko0HOMr
憲政は韓国に置き換えてみればいい
米と北との調整役の振りして北の為に工作してる

82人間七七四年2018/06/24(日) 22:17:34.79ID:7q/NlbEF
>>74
>南下せずに最上攻撃するし

そのお蔭で関ヶ原本戦に連座せずに済んで減封で済んだじゃない
でも講談ベースだと江戸の背後突きを主張した直江に景勝が首を縦に振らず
妥協案としての最上郡侵攻じゃなかったっけ?

まあ越後に存置部隊仕込んでた時点で最初から近隣しか目が無かったと思うけど
ほんとまさしく女の腐(ry

83人間七七四年2018/06/24(日) 22:32:52.21ID:7q/NlbEF
>>76
リストラは戦前に済ませてたんだなw
個人事業主として再契約
成果を挙げたら再雇用
結果(ry

なんというブラック企業w
というか完全に女の(ry
復帰させたホワイト定勝公って本当に景勝の胤か?

84人間七七四年2018/06/25(月) 01:12:39.24ID:foikynwv
>>82
あれは笑うね
敵を背後から攻めるのは武士の〜とかw
手取川の謙信はもろ背後から襲ってるが
講談書く奴も義の上杉なんて自称してる上杉家を痛烈に皮肉ってるんだろうな

85人間七七四年2018/06/25(月) 04:04:17.35ID:Utgj9lrV
関ヶ原のきっかけを作った上杉が減封されて生き残ってるって滑稽だよな
江戸時代の上杉はまずはとにかく謙信伝説を強調
関ヶ原一連については直江の「義」と「武」をひたすら主張した
実際は義なんてないし石高半分以下の最上攻めも手こずったのに
最上が改易されていなくなったから上杉の言いたい放題なんだよなー

86人間七七四年2018/06/25(月) 06:27:06.18ID:acRdoEe9
最上は自領内での追撃に失敗した池沼だから直江を褒めて自尊心守るしかないんだよなぁ

87人間七七四年2018/06/25(月) 08:25:54.18ID:jf72wI/V
最上は支城を直江に落とされまくって滅亡寸前だったのに降伏を先伸ばしにしてたら関ヶ原のほうで西軍側が負けて直江が撤退して救われただけだからなぁ

88人間七七四年2018/06/25(月) 10:14:35.72ID:S1OCymnd
直江は最上に追撃されて腹切ろうとして
本庄繁長にぶん殴られたという華麗な経歴を持つw

89人間七七四年2018/06/25(月) 10:35:37.59ID:slh6+2GP
大将の上泉が死んじゃっているからな

90人間七七四年2018/06/25(月) 10:55:34.46ID:rrPy6a7Q
もし景虎が勝ってたらどうなったんだろうな それの方が気になるし全く異なる歴史になったと思う

91人間七七四年2018/06/25(月) 12:48:09.51ID:aKzUebm/
どうだろうな北条の血統とはいえ上杉の当主になったら一線を引かないと家中に面倒くさいの多いし、周りと大した連携を取れないまま史実とそんな変わりなく行くかもな

92人間七七四年2018/06/25(月) 15:06:28.12ID:hzJmhsh+
>>89
ほらこんな認識
上泉なんて戦の直前に雇われた浪人でしかないから上杉にとっては痛くも痒くもない
最上はこんなのしか打ち取れてないから上泉の討ち死にを過大に宣伝するが(笑)

93人間七七四年2018/06/25(月) 16:14:53.86ID:Utgj9lrV
>>87
数を頼んだだけだな
関ヶ原決着の前に最上倒せないのが全て
直江信者はこれだから困る

94人間七七四年2018/06/25(月) 17:59:13.34ID:DHi75r90
>>91
例えが北条高広なんかはどうなるんだろうね
厩橋城主だけど息子は景虎側で越後で戦ってる
御舘の乱の間は北条氏政が景虎を支援してるという構図だから
何の問題もなかったけど景虎が越後を掌握したら東上野は上杉のままなのか
それとも北条に割譲するのか?
上杉憲政が景虎側にいることでさらに複雑になりそう
まぁ結局景虎が勝っても憲政は謀殺されそうだなw

95人間七七四年2018/06/25(月) 18:45:21.54ID:wadN5pZ0
上杉景勝はそもそもなんで名将扱いなのよって話
柴田勝家ごときに滅亡寸前にやられてるよね
勝家にしたって手取川や賤ケ岳の記録だけでもたいした武将じゃないんだが

96人間七七四年2018/06/25(月) 18:48:46.00ID:jf72wI/V
>>93
なんだ数を頼んだだけってのは?
関ヶ原の決着前に、ってどこの誰が関ヶ原があんなに短時間で終わると分かっていたのかって話だし最上が支城を落とされまくり
虐殺されまくりなのにビビって決戦を避けてたのは事実じゃん。

97人間七七四年2018/06/25(月) 19:07:34.20ID:5tg2f2Sy
>>95
運の良さと外交力かな
武田勝頼には決定的に欠けてた部分

98人間七七四年2018/06/25(月) 20:03:45.37ID:slh6+2GP
三郎氏秀改め上杉景虎が上杉家督承継の暁には、混同により上杉・北条間の経緯は消滅するのが通説である。

99人間七七四年2018/06/25(月) 20:12:22.20ID:W8/wKsPI
>>94
北条は支援というほど支援はしてないだろ
景虎が勝てば当然上野は上杉が領有するよ

100人間七七四年2018/06/25(月) 21:04:18.14ID:kOToj/EV
>>99
東上野は北条が占領してるので景虎に返すとは思えんなぁ
かと言って上杉憲政がいる以上は東上野を失う訳にも行かない
北条高広の扱いの部分でもむしろ手放せない
案外景虎と氏政で戦始まってまた勝頼が板挟みの予感

101人間七七四年2018/06/25(月) 21:13:39.31ID:KIAr8DH3

102人間七七四年2018/06/25(月) 21:34:19.18ID:To36ht+a
>>92
どっかの誰かさんがブラックなせいで軍団崩壊しちゃって
こんなの(つーか上野国人の元謙信旗下じゃん)を大将にしなきゃならなくなったんでしょ

103人間七七四年2018/06/25(月) 21:42:31.92ID:To36ht+a
>>94
義氏公方体制に従うってならまるっと収まるんじゃね
同盟誇示するためにも相越連合軍が下野・常陸を荒らして廻ったりね
道満丸と義氏娘を婚約させたりね

104人間七七四年2018/06/25(月) 21:50:37.71ID:ORBiyKOc
上条政繁はしれっとうまく逃げたな

105人間七七四年2018/06/25(月) 21:55:28.17ID:To36ht+a
そもそも弥五郎は傍流の仮名だしな
いらんやろあんなん
十郎が上条家嫡流

106人間七七四年2018/06/26(火) 06:11:05.14ID:Vn9qia5n
>>96
三国志じゃあるまいし少数とわかってて勝負挑む思考持つアホはお前くらいさ
徳川が西に向かったのに関東に向かえないチキン
そんなに最上が弱いなら長谷堂城くらい落として欲しかったね

107人間七七四年2018/06/26(火) 08:03:57.99ID:NW0bBN9B
最上厨は日本語が不自由過ぎる

108人間七七四年2018/06/26(火) 08:12:39.95ID:ytuD4E8b
カゲカツクッゾ!

109人間七七四年2018/06/26(火) 13:46:05.85ID:IeXsGww7
景勝と新発田重家の関係も不思議だよな。
景勝はなんで新発田重家をあんなに冷遇したんだ?

https://i.imgur.com/ZQ19Ryb.png

110人間七七四年2018/06/26(火) 14:55:23.64ID:Kps/Ts++
新発田が上杉景勝家督承継に尽力したのは事実だが、いちいち恩賞で報いていては領国支配の貫徹ができないと、敢えてやり過ごしたという
安田顕元は腹を切って毛利秀広や新発田に詫びたが、彼らには通じなかった

111人間七七四年2018/06/26(火) 17:19:39.05ID:ytuD4E8b
一方仇敵本庄は洞ヶ峠決め込んだだけでなく
嫡男が敵方に廻ったのに褒賞を貰った

まあ普通怒るよね

112人間七七四年2018/06/26(火) 17:21:26.70ID:ytuD4E8b
※顕長スパイ説はここでは考えないものとする

113人間七七四年2018/06/26(火) 18:14:16.14ID:Q+7Wx8qH
実際上田衆がどれほどの活躍したんだって話だわな
蘆名と伊達の介入を撃破したのは新発田なんだから恩賞があって当然だろ?
だからこそ今後上杉家中で影響力増大するの恐れたっていうよくあるパターンかもしれないけどさ
直江兼続なんかが讒言しそうだよな
直江兼続なんて新発田にはボコられてるし最上にもボコられてる
こいつ口だけで勝ち戦あんのかよって言う
本庄も揚北衆だし上杉軍団の強さって揚北衆が支えてると言っても過言ではないよね?

114人間七七四年2018/06/26(火) 18:19:09.25ID:85or7Ssd
>>109
おぉぉぉ、、、
これは怒るわ

115人間七七四年2018/06/26(火) 20:52:18.69ID:+tXlGwhK
>>109
これ本当なら本能寺が起こらなかったら後世の景勝の評価どうなってたんだろ……

116人間七七四年2018/06/26(火) 22:13:35.70ID:ytuD4E8b
南部さんと同じくらい?

117人間七七四年2018/06/27(水) 10:17:12.81ID:R1gdXPbn
景勝は権力持ちそうな奴に乱を起こさせるのだけは上手い

118人間七七四年2018/06/27(水) 12:10:39.36ID:T4iQAfn/
上田衆だけを優遇する政策に満腔の怒りを隠さない毛利秀広、新発田重家、上条政繁、河田実親

119人間七七四年2018/06/27(水) 13:25:46.79ID:GSPf8GI4
まぁでもある程度上田衆だけで固めていたからこそ
武田みたいに総崩れせずに済んだ面もあるしな
難しい所だな
まぁ武勇だけなら明らかに新発田>>>>上田衆だろうけど

120人間七七四年2018/07/01(日) 07:26:22.68ID:VcaxE5gC
https://www.youtube.com/watch?v=_t675VZJgl4
時を超えて受け継がれれる、
日本人の心意気。
辞世の唄。

121人間七七四年2018/07/01(日) 12:58:34.31ID:+Dw0ftbu
>>115
勝頼以上の愚将扱いされてただろうね

122人間七七四年2018/07/01(日) 16:08:41.66ID:ulpDJttN
>>115
これ本当なの?
事実なら景勝の口の軽さと直江のクズさが凄いな

123人間七七四年2018/07/01(日) 21:45:12.12ID:PxcVJuXw
謙信は天国でこいつら何やってんだって思ってただろうね まぁ謙信が後継者を明確にしなかったのがいけなかったわけだけど景勝は憲政殺してるから謙信は景勝にお怒りだっただろうな

124人間七七四年2018/07/02(月) 10:20:25.73ID:UjTRPuoZ
謙信って後継者は絶対景虎にしたかっただろうなぁ

125人間七七四年2018/07/02(月) 12:15:24.22ID:KpiyjL60
絶対?根拠は?

126人間七七四年2018/07/02(月) 12:50:28.76ID:bR/a18wF
絶対からの、だろうって一体

127人間七七四年2018/07/02(月) 14:13:47.29ID:KeqForjF
景虎後継者説は景勝の権威強化の説明がつかない

128人間七七四年2018/07/02(月) 16:58:51.97ID:yh+2EHPs
由良由繁→遠山康英密書にある家督相続とは誰の決定権で(少なくとも景虎側が主張として)為されたのかってのが問題
景虎派として落書にまず名を挙げられた山本寺は門外
憲当も労役の免除を泣きつかざる得ないぐらい発言力は落ちてる
なにより景虎方諸将が山内の名を正統性主張に使った形跡が全くない
これで密書の言う家督が憲当の名籍を継いだことと解釈するのは無理がある
それなりに越後国内で政治的発言力のある者の意思にによって家督相続が決められたからこそ
家中を二分する大乱にハッテンしたと見るべき

129人間七七四年2018/07/02(月) 17:01:11.43ID:yh+2EHPs
でも「政治的発言力のある者」が謙信であるとは言ってないからね

130人間七七四年2018/07/07(土) 23:36:57.25ID:1mxEruc/
景虎が継いで景勝がおとなしく景虎に従って上杉安定してたらどうなったんだろうという興味はある
武田は滅びて毛利長宗我部は追い込まれても
上杉北条連合は織田にとって毛利や石山本願寺以上の最大の脅威であり
信長が秀吉加勢のために中国に移動する余裕もなかっただろうし
本能寺の変も起きなかったかもしれない

131人間七七四年2018/07/08(日) 06:27:27.27ID:XrLpvg8i
上杉北条連合が脅威?w馬鹿も休み休み言えよwww

132人間七七四年2018/07/08(日) 07:14:03.18ID:orpE95VR
あの当時の上杉と北条が連合でもたいして脅威にはならないだろうな

もし景虎が家督継いでたら素直に北条と一緒に織田に従ったんじゃないか?

133人間七七四年2018/07/08(日) 08:15:29.07ID:BQvGZyfo
上杉と北条が結んだらそこに武田も加わる

134人間七七四年2018/07/08(日) 08:19:31.53ID:pNGkz53b
上杉と北条が組んでも北条は上杉がピンチになっても助けられないし、その逆もしかり

史実通り各個撃破な感じで進むように思う

135人間七七四年2018/07/08(日) 08:21:37.00ID:pNGkz53b
>>133
武田上杉北条の同盟はそもそも勝頼が目指したものなんだけど
上杉

136人間七七四年2018/07/08(日) 08:22:23.85ID:pNGkz53b
と北条の事情で成立しなかった

137人間七七四年2018/07/08(日) 16:37:38.78ID:rgTXckVF
上杉憲政が支援してる景虎が上杉継いだら
北条との関係上かなり微妙

138人間七七四年2018/07/09(月) 13:57:22.95ID:ed32KCKD
上杉景勝の偉業ってのは謙信公なきあと
織田・豊臣・徳川の脅威から上杉を守りきった事にあるんだけども
長尾に上杉のタイトルくれた憲政張本人をどさくさまぎれにポアしてるんだから笑える、いや笑えない

景勝が生涯に1度も笑わなかったのも納得

139人間七七四年2018/07/09(月) 14:04:29.34ID:ed32KCKD
>>131
>>132
御館の乱が起きなければ謙信不在とはいえ
川中島、小田原攻め、北陸制圧、手取川の経験ある上杉精鋭がそのまま温存されていたしまた違うのでは

140人間七七四年2018/07/09(月) 14:22:28.69ID:1cTFSFKB
景勝って義の武将(笑)だよな

141人間七七四年2018/07/09(月) 15:05:16.59ID:9m75hAMl
手取川(笑)

142人間七七四年2018/07/09(月) 15:32:41.59ID:mJbJTUYO
兼続は愛の武将(笑)

143人間七七四年2018/07/09(月) 16:07:31.57ID:49EQn7XM
川中島(信玄と渡り合ったのは凄いね、わかる)
小田原攻め(北条の本拠地に一気に攻め入ったのは凄い、わかる)
北陸制圧(加賀は半国だが越中能登は見事だったね、わかる)
手取川(・・・?)

144人間七七四年2018/07/09(月) 17:17:35.05ID:9m75hAMl
さてここで問題です
手取川の戦いで戦死した織田の武将を上げてください

145人間七七四年2018/07/09(月) 17:41:23.73ID:ln2hLOtv
景勝が笑わなかったって後世の創作ちゃうかった?
一次史料とかじゃ普通に笑ってるって聞いたけど

146人間七七四年2018/07/09(月) 18:37:12.79ID:+KXxzuiu
研究家の丸島氏は米沢藩が謙信の神格化に伴い景勝にも威厳が強かったエピソードを作ろうと考えた結果が無口で生涯笑わなかったと言う逸話だと指摘していたが
晩年、景勝は領地を減らされたせいか鬱になっていたと言う記録もあるからそこから発展した逸話の可能性もあるな

147人間七七四年2018/07/09(月) 18:40:23.17ID:lP12ACyU
手取川では鯰江貞利が討ち取られてるね
情報戦に完敗した織田軍は加賀からの情報を得られず、目的だった七尾城の後詰めに失敗し追撃を受けて敗走

148人間七七四年2018/07/09(月) 18:40:26.53ID:9m75hAMl
越後から東北、米沢じゃ鬱にもなる

149人間七七四年2018/07/09(月) 21:12:02.66ID:q9NWSznT
長岡のハズレの山城の国境守の家柄にしてみたら
30万石は上出来だろ

問題は15万石に半減された挙句とんだ金食い虫を引き入れてからだ

150人間七七四年2018/07/10(火) 00:51:29.17ID:2hpLj86O
>>147
その「目的だった七尾城の後詰め」ってよく考えりゃ無謀だよな
当時の織田の領域が加賀のどこまで及んでいたか、わかりやすく「手取川以南」だとして、
手取川から七尾までどんくらいあると思ってんだ?

織田の領国を離れた遠征だと長篠や高天神(失敗)があるけど、同盟の徳川領を通ってるしな
後詰めというには七尾はあまりにも遠くて目的にするには不自然すぎる

151人間七七四年2018/07/10(火) 03:11:44.95ID:CEqridqn
織田の主力を撤退に追い込むだけでも十分凄いけどな、上杉謙信。
普通の大名なら出てきた所を柴田勝家に返り討ちにされてるでしょ。

152人間七七四年2018/07/10(火) 06:11:08.69ID:IB2wgmiK
あのね?上杉も織田も戦略目標は七尾城の攻略・救援であって先に上杉が七尾城を攻略したから織田が撤退するのは自然なの
(あっさり退却を選択出来るのも織田の強大な経済力のおかげだが)

っで鯰江貞利が戦死したが、殿任せるにはあまりにも格が低すぎる
つまり大規模な会戦などなく小競り合い程度しかなかったと考えるのが普通
もしくは上杉の追撃がクソしょぼいのか、柴田の退却が実に見事だったのか、まぁ両方考えにくいな

しかし戦略目標を失い退却した織田が負けたのは「事実」で上杉は当然声を大にして宣伝する
「織田の大軍が上杉軍に敗北して逃げ帰った!」とね

153人間七七四年2018/07/10(火) 06:13:59.75ID:IB2wgmiK
たらればになるが織田軍が七尾城に到着したら九分九厘上杉は負ける
基本的に城兵と援軍に挟まれたら余程の事がない限り敗北必至だからね

自軍の2倍の兵力と城兵に挟まれたら下手したら長篠の戦いの再現やからな

154人間七七四年2018/07/10(火) 06:31:12.51ID:k8ORJAiI
うんそれができなかったんだね
情報戦の時点で完敗してたから

155人間七七四年2018/07/10(火) 10:21:42.85ID:818GM1rp
まぁ手取川の結果加賀失ったわけでもないし
実際の被害は大したことないんだろうね
柴田は羽柴に滅亡させられてるからこの扱いは仕方ない

156人間七七四年2018/07/10(火) 10:34:04.85ID:pV/UoVim
後詰めが成功してれば加賀まで版図に入っただろうから加賀争奪戦に負けたってことだ

157人間七七四年2018/07/10(火) 10:37:35.77ID:pV/UoVim
能登か

158人間七七四年2018/07/10(火) 11:51:07.98ID:L2IvvRhQ
>>154
情報戦って具体的になんだよw

159人間七七四年2018/07/10(火) 12:23:21.35ID:pV/UoVim
能登からのじょうほ

160人間七七四年2018/07/10(火) 12:24:27.41ID:pV/UoVim
能登からの情報が全く入ってこなくて進軍が思うように進まないと柴田らが信長に報告してる

161人間七七四年2018/07/10(火) 15:11:16.16ID:2hpLj86O
越中を制圧した謙信、加賀南部まで勢力圏に治めた信長
七尾までの距離考えたら最初から上杉有利なのは明白だわな
一向宗も控えてるのに手取川から七尾まで直線距離でも80kmくらいありそうだが柴田は本気だったのかねw

162人間七七四年2018/07/10(火) 16:42:32.77ID:jZgVkDog
秀吉が勝手に帰ったりした話もどこまで本当なんだろうな
後世に秀吉持ち上げるために柴田の猪っぷりを捏造したんじゃないかと思えてくる

163人間七七四年2018/07/10(火) 17:45:30.00ID:DcKbv7Rj
太田牛一は秀吉が無断で撤退した話は書いたが柴田勝家が手取川で負けたとは書いてないはず

執筆経緯からすると秀吉を持ち上げる意図は絶対ある筈だけど、秀吉賢明・柴田猪突とする絶好の機会は逃してる
というかやはり手取川についてそんな重要という認識がなかったんじゃないかと

164人間七七四年2018/07/10(火) 17:58:12.15ID:pV/UoVim
謙信に情報封鎖され動きを封じられて負けるべくして負けたという訳

165人間七七四年2018/07/10(火) 18:27:10.57ID:LWu/oSBP
手取川の戦い後、謙信が織田軍は大したことないって評した史料って本物なのだろうか。直江状なんかは近年の研究で後世の人物が創作したものと明らかになったわけだが。
まぁ織田軍は上杉軍と違って兵種別編成をしていないただの人数が多いだけの軍勢だから謙信が本当にそう感じた可能性もあるけど。
もしかしたら撤退した織田軍を一方的に上杉軍が追撃しただけなのかもね

166人間七七四年2018/07/10(火) 18:35:32.03ID:pV/UoVim
敗走してるところを追撃したというのが書状の内容だね
書状自体は史料批判されてて良質な史料という扱い

167人間七七四年2018/07/10(火) 21:13:55.20ID:FKNeliE8
そろそろスレチだから御館の話に戻りましょうか

168人間七七四年2018/07/11(水) 21:33:38.67ID:rumdbpAR
まあ実際に戦果あったら感状とか物証が残るんだけどね

169人間七七四年2018/07/11(水) 21:45:14.84ID:8aREFiDD
敵に追いつかれる状態で撤退ってそれはもう敗走ではないだろうか

170人間七七四年2018/07/11(水) 22:19:53.83ID:P9wnMoco
敗走ですよ

171人間七七四年2018/07/12(木) 20:22:48.28ID:IHKTeqsM
はい そうですよ

172人間七七四年2018/07/12(木) 22:52:28.11ID:bkHvDBqO
ネタ切れかよ

173人間七七四年2018/07/13(金) 06:46:00.56ID:n7bXvjZ2
邪魔だったから
で結論でたしな
手取川については謙信スレでやればよろし

174人間七七四年2018/07/13(金) 10:13:17.65ID:xjVJnI0T
何の実権もなかったので殺す意味がない、なんてのも実際殺されたから言えること
殺される直前まで跡目争いを仲裁するという形で影響力を行使しようとしてたとも言えるしな

175人間七七四年2018/07/13(金) 17:08:38.78ID:lMekqUgy
憲政が生きてたら、
江戸幕府では高家扱いだったかもな

176人間七七四年2018/07/13(金) 19:11:37.85ID:IUMbD/BJ
謙信と景勝語るうえで手取川は外せないよ
謙信は柴田をボコボコにしたが
景勝は柴田にボコボコにされた
それからたった4年で信長によって上杉滅亡まで追い込まれた
その柴田が秀吉にあっさり倒され、景勝は徳川島津伊達より早く豊臣になびき豊臣5大老になったのに
豊臣破滅の関ヶ原のきっかけをつくり、その間減封されつつも戦国を生き残った

上杉景勝公は義の武将だ

177人間七七四年2018/07/14(土) 06:12:49.62ID:/142BRn+
>>13
は?
父親の憲房は1525年に天寿を全うしている。
北条氏に殺されたとか、何言ってんの?

178人間七七四年2018/07/14(土) 08:38:42.28ID:zJTmbso0
>>115
新発田の乱はもともと揚北衆同士の闘争に端を発しているというのが最近の研究結果
景勝が仲裁しようとして上手くいかなかったのは事実

179人間七七四年2018/07/14(土) 08:40:30.61ID:zJTmbso0
>>177
息子を殺されたのと勘違いしてるんじゃね

180人間七七四年2018/07/15(日) 16:07:02.59ID:0XvkkZiS
>>176
手取川の詳細もわかってないのに外せないとかいう妄想

181人間七七四年2018/07/15(日) 19:37:22.13ID:DIYgCzRZ
外したいという願望

182人間七七四年2018/07/16(月) 04:42:50.81ID:iaq0bW/K
詳細知らずに逃げてて草

183人間七七四年2018/07/16(月) 05:28:01.64ID:8ZlLgl5R
憲政はまだ名前残ってるからいいだろ。息子達を見ろ

184人間七七四年2018/07/16(月) 14:09:13.48ID:5HcSPd6K
無能の代表みたいな扱いで名前残るくらいなら
無名の方がよくないか?

185人間七七四年2018/07/18(水) 18:20:06.67ID:gUp4rjsk
景勝がこれまで名将扱いされてたのが不思議だ・・・上杉家を残したのが評価らしいけど
関ヶ原後に豊臣様から徳川様に切り替えて幕末で存続した家なんてそんなのいくらでもころがってるだろ
自分の代で家を滅ぼしたとしても武田勝頼や斎藤竜興や北条氏政の方が戦国武将としてはるかに有能に見える

186人間七七四年2018/07/18(水) 19:35:52.10ID:i5BgzuS0
【放射能の影響か?】 道路の真ん中で直立不動で失神しているトンビ、多発している認知症事故と関連!?
http://rosie.5ch.net/test/read.cgi/liveplus/1531880720/l50

187人間七七四年2018/07/19(木) 04:54:18.56ID:pi0UVLSm
最近の研究では憲政は足利義昭レベルの陰謀家というか野心もあったようで長尾家は上手く転がされてたという評価も出てきた
憲政が何か企んでたか知らんが少なくとも敵方に担ぎ上げられる前に混乱に乗じて殺害されたな

188人間七七四年2018/07/19(木) 08:07:37.25ID:tyZKOWli
具体的に誰の研究で憲政がうまく転がしてたなんて言ってるの?

189人間七七四年2018/07/19(木) 11:34:41.63ID:DYJnByGH
義昭レベルなら気にする必要もない存在だな

190人間七七四年2018/07/19(木) 12:27:07.67ID:bR0l5fU5
デマだしまともに相手にする必要ないよ

191人間七七四年2018/07/19(木) 15:21:17.97ID:5qYgl+Qf
「景勝の名将扱い」ってそんな言うほどされてるの?
江戸時代には上杉家の米沢藩に限らず何処の藩の藩祖もだいたい名将・名君扱いだろ?

192人間七七四年2018/07/19(木) 15:30:27.31ID:x1WpXyZt
ていうか名将ってより義将扱いなんだろうけど
実際は関ヶ原の原因作ったくせに拘束できたのは結城秀康だけで
関ヶ原に何の寄与も出来なかったという意味で本当に義将なのかと
火事場泥棒に直江みたいな戦下手大将にして小城に手こずって大敗
直江は新発田との戦いでも壊滅してたり戦下手なのはわかってたはずだが
手柄立てさせてやろうとしたんだろうが裏目に出てるのは三成と被るな

193人間七七四年2018/07/19(木) 16:44:47.28ID:96j1sLSf
エンタメでは
コーエーのゲームは能力値高いし
NHK大河の葵三代、利家とまつ、天地人では名将として描かれた

194人間七七四年2018/07/19(木) 17:52:07.73ID:5qYgl+Qf
ゲームでの能力値的な話だと秀吉家康クラスとは明らかに格下で柴田勝家とかと比べて同じか下くらい
ドラマとかで描く同時代人的な評価でもその辺には比べられないが一目置かれてはいるってなるのは自然じゃね?

195人間七七四年2018/07/19(木) 19:21:29.91ID:BevxvQ4Z
>>192
流石にそれは……そもそも事前に相談もされてなかったみたいだし
むしろ共に上方の逆賊討ち果たしましょうと家康に協力すると言ったらどうなったんだろw

196人間七七四年2018/07/19(木) 22:14:30.79ID:kFLrtDWN
蜂起のタイミングがな
白河あたりで戦闘始まってから上方で蜂起しないと追撃しろっていっても無理があるし
でもそれだと多くの西軍武将が会津攻めに参加するので東軍側になっちゃう

完全に詰んでるな

唯一の可能性で言えば会津攻めに手こずって長期戦になった場合だな

197人間七七四年2018/07/19(木) 22:41:49.03ID:gxxBpy37
蜂起のタイミング?
加賀征伐の前じゃないの
一択

198人間七七四年2018/07/20(金) 04:20:08.62ID:pTI/EANT
上杉景勝の軌跡
御館の乱で前関東管領上杉憲政を殺害
織田信長軍の一部・柴田勝家北陸方面指令軍に連戦連敗
信長死後も柴田軍の一部・佐々成政に阻まれて越中を回復できず
秀吉にへりくだって協力もらってようやく新発田討伐
東北方面への取次は家康や浅野らに取って代わられる
家康に戦吹っかけておきながら実際に攻めたのは1/4の石高の最上領
江戸幕府成立後は本多正信のイヌになる

義に溢れた名将ですな

199人間七七四年2018/07/20(金) 14:22:48.76ID:ay/Em0VB
それだけやって生き残れたんだから大したもんだよな。
対織田路線は謙信のものを引き継いだとして、強い者に巻かれるの苦でもなさそうだし徳川に対して前田路線もあったかね

200人間七七四年2018/07/20(金) 17:08:58.66ID:e1UCzO1E
景勝は織田軍と戦ってない
本国からの援護一切無しで越中在番衆だけで織田軍と戦ってた

201人間七七四年2018/07/20(金) 21:25:47.79ID:pTI/EANT
本国の維持に精一杯で越中在番衆を見捨てたのさ。まさに勝頼における高天神城。

202人間七七四年2018/07/20(金) 21:33:53.24ID:Rc2RucqH
後詰めには行ってるが織田軍が大軍なんで攻撃を仕掛けることができなかった
後詰めを一切しなかった高天神城とは違う

203人間七七四年2018/07/20(金) 22:12:12.45ID:8LoGtEHS
最初から援軍が来ないのと
援軍が来たと喜んでいたら一戦もせずに逃げ出すのとでは
篭城兵のダメージはどちらがでかいだろうかw

204人間七七四年2018/07/20(金) 22:17:20.41ID:w5lKeYuj
>>193
>天地人では名将として描かれた
北村一輝が可哀想になるくらいの描かれ方だったような

205人間七七四年2018/07/20(金) 22:21:35.23ID:w5lKeYuj
>>203
>援軍が来たと喜んでいたら一戦もせず
刎頚の友の張耳と陳余は、これで殺し合いに発展したな

206人間七七四年2018/07/20(金) 22:55:15.49ID:WWAjbBar

207人間七七四年2018/07/21(土) 00:08:38.83ID:K0KuGojq
天知人は自称歴オタの妻夫木がNHKの番宣で「こんな脚本で本当にいいのかな?と思うことがある」
とマジで言ってたのがワロタ

208人間七七四年2018/07/21(土) 04:41:15.99ID:Rw05S7w6
ちょうど>>202の状況で、兼続が天神山城から謎のワープで魚津城に入り篭城衆を説得するシーンがあった
失敗して史実通り篭城衆は死ぬんだけど、兼続は謎のワープで天神山城に帰還してた
そら妻夫木も苦悩するわなw

209人間七七四年2018/07/21(土) 07:29:56.69ID:tYE4j4xS
>>208
直江なんて無能だろ。
あの時期の上杉は斎藤朝信と本庄繁長が柱だったはずだがなあ。

210人間七七四年2018/07/21(土) 09:40:36.44ID:no/rpBLS
謙信期と景勝期では大分重臣も変わるよね。
景勝的には家臣の粛正に必要な御館の乱だったし憲政はついでに殺っとくかぐらいだったのかね

211人間七七四年2018/07/21(土) 13:24:39.98ID:CMc9vD0N
大河ドラマの上杉景勝といえば
それこそ最近の2016年真田丸で描かれた遠藤憲一の上杉景勝が
わりと史実に近い感じだな、いつも優柔不断で、ウジウジしていて直江頼り
極悪人ではなさそうだけど、何がすごいのかわからなかった
無名時代の真田信繁に対して見栄きってたのもリアル

脚本三谷幸喜は上杉景勝をよく研究しているといえよう

212人間七七四年2018/07/21(土) 13:35:45.17ID:rnVQlzSy
いや史実の景勝はもっと毒々しいよ

213人間七七四年2018/07/22(日) 01:14:18.56ID:HOJqxHiB
その斉藤すら代替わりの機に失脚、放逐されちまうからな
景勝無能説は景勝を善人にとらえ過ぎ

214人間七七四年2018/07/22(日) 12:22:03.44ID:yRs/ury2
まあ善人にしとかないと三十万石に減封されちゃったの格好つかないからな
むしろ後世の上杉家の方で景勝をそういう方向に持っていったんでは?

215人間七七四年2018/07/22(日) 13:11:25.89ID:/GLJYrlG
減封の数字だけ見れば毛利輝元と同レベルなのにな

216人間七七四年2018/07/22(日) 13:29:49.54ID:ulXKh4M4
頭下げて生き残るだけなら誰でも出来る

足利義昭や今川氏真だって景勝よりもいろいろやっていて
恨みかわれてどこかでやられても不思議じゃない状況だが生き残った

217人間七七四年2018/07/22(日) 22:27:59.19ID:96QzKr1y
頭下げても許されなかった人も沢山いるじゃないですかー

218人間七七四年2018/07/23(月) 20:09:03.10ID:bfjxtwXW
あと頭下げて自分だけが生き残るとかじゃなく半減とはいえ30万石のところか

219人間七七四年2018/07/23(月) 20:10:59.60ID:84LCISWZ
>>210
重臣総入れ替えした張本人が景勝公やぞ

220人間七七四年2018/07/24(火) 16:24:30.41ID:R8arMZEd
秀吉・家康に何されたどころか
謙信時代の国力半減させて柴田勝家に追い込まれた男

221人間七七四年2018/07/24(火) 23:26:22.08ID:F+ccfyPb
輝元や景勝は、やばくなったら光秀やら三成みたいなのが現れて滅亡から救ってくれるという
一種の神風信仰に逃げているからな

222人間七七四年2018/07/25(水) 04:02:38.06ID:L9VGzBTG
そういや両人共その2人のおかげで家存続出来たなw

223人間七七四年2018/07/26(木) 10:18:57.43ID:T0UEq5Nt
と考えると勝ち組は上杉憲政だな
殺されたけど上杉の名前は残した
やはり天才だな

224人間七七四年2018/07/26(木) 13:25:41.99ID:dxMG4wU3
でも巡り合わせによっては斯波や土岐みたいに元名家として暮らす可能性もあったわけだしなー。
殺すほどの理由がやっぱりあったのかね。関東管領譲って20年近くでしょ。影響力あったのかなぁ

225人間七七四年2018/07/26(木) 13:56:09.24ID:WNyZg90D
名前は上杉だけど中身は吉良

226人間七七四年2018/07/26(木) 16:39:55.18ID:F3nyBHRQ
御館の乱のwiki見たけどびびったわ
勝頼滅亡後、越後の回りは敵だけしかいなく孤立してたんだな
本能寺イベントなかったら完全に滅ぼされてたのか
家康、氏政、政宗みたいに抵抗もせず、
すんなり豊臣傘下にくだったのも納得、それしか生き残る道がなかった

でも冬の陣ではイキってたなー景勝w

227人間七七四年2018/07/26(木) 17:52:57.66ID:prkv6agz
引退してるから影響力ないかというとそれは微妙で権威による影響力って新興勢力が従うかどうかだからね
景勝が殺したから全く何の影響力もなかったということになるけど調停案呑んじゃったらやはりまだ無視できないんだなってなる
調停案無視して憲政だけ生かした場合も政敵に利用される可能性は残るわけだし

228人間七七四年2018/07/26(木) 18:19:03.17ID:xUvHQTZk
>>226
その三人の中で抵抗せずに降ったの政宗だけじゃないか

229人間七七四年2018/07/26(木) 18:23:52.35ID:xUvHQTZk
>>228
あ、勘違いm(_ _)m
でも政宗は抵抗したかな?

230人間七七四年2018/07/26(木) 21:12:08.57ID:VKvEjU+/
森武蔵に春日山2kmまで迫られた男
長尾政景と同じように戦はそんなに上手くないのかもしれん

231人間七七四年2018/07/27(金) 18:07:38.21ID:A3FZ+8LP
伊達政宗は秀吉屈服に当初は抵抗してたよ

232人間七七四年2018/07/28(土) 12:02:27.13ID:/FU79d1o
政宗は抵抗というか小田原で秀吉が失敗してのワンチャンを期待して時間稼ぎやっていただけだろう
他のみちのく大名と違って博打を打てるだけの体力は一応あったから
佐竹組が秀吉とずぶずぶだからそうそう簡単に降伏できない側面もあっただろうけど

233人間七七四年2018/07/28(土) 12:13:41.23ID:gxTOI1Q/
佐竹ってノブヤボでもやたら評価高いけど
実際は大したことないよなw

234人間七七四年2018/07/28(土) 13:07:33.75ID:OrTImu/R
でも他の名門が消えてく中で生き残り続けた一族だからね。大したもんだよそれは

235人間七七四年2018/07/28(土) 13:31:53.47ID:nILt78MT
平安時代から江戸時代まで一定の勢力を維持し続けたのって
佐竹と島津くらいやん

236人間七七四年2018/07/28(土) 13:41:47.01ID:CSaN7dkl
南部

237人間七七四年2018/07/28(土) 15:29:54.13ID:C0taoweB
南部は鎌倉時代から

238人間七七四年2018/07/28(土) 15:55:53.01ID:/FU79d1o
島津も頼朝のご落胤でございます宣言しただけの地頭上がりだろう
南部に至っては晴政すら出自の怪しい部類で戦国乗り切ったのも近所の誰もが南部認定のたまものだ

239人間七七四年2018/07/28(土) 18:10:48.98ID:7r78/XvU
>>226
冬の陣の時点だと多くの大名・武将が初陣で景勝ら戦国武将上がりからみたら素人同然だろう

240人間七七四年2018/07/28(土) 18:57:56.73ID:1wYVsM8H
>>239
わざわざ米沢から遠路はるばる大阪まで来て
神君家康公の前で張り切ってたよね景勝
結局何の恩賞もなかったけどw

241人間七七四年2018/07/28(土) 22:33:59.27ID:HALuaXUH
なんかそういうところも抜けてるよね。したたかさが無いというか

242人間七七四年2018/07/28(土) 23:11:57.12ID:kPcBz5Kr
上杉家的には関ヶ原でやらかしてるから大阪はそりゃ張り切っていいとこ見せるでしょ
実際東軍に着いた外様大名でも難癖つけられて取り潰されてる訳で

243人間七七四年2018/07/28(土) 23:15:24.45ID:/FU79d1o
頑張ってますを見せなかったら取りつぶしの格好の口実だからな

244人間七七四年2018/07/29(日) 00:27:42.25ID:cPTOhl0l
藤堂みたいに壊滅までして媚び売ったのに
幕末の鳥羽伏見であっさり裏切る奴w

245人間七七四年2018/07/29(日) 02:41:36.42ID:iGeWY/qm
結局さ上杉景勝って何した人なの?

と言われても答えようがないのがすべてだと思う

246人間七七四年2018/07/29(日) 08:22:57.82ID:/V5qQvCr
何も出来なかった人って感じかね

247人間七七四年2018/07/29(日) 13:35:01.12ID:a/UnKDhx
まぁ関ヶ原でも景勝の名前出てこない人の方が多いし
上杉と言えば謙信か鷹山だよなぁ

248人間七七四年2018/07/29(日) 13:37:49.57ID:xCQgyXZp
>>245
何をしたかというと御舘の乱でようやく上杉を戦国大名にしたぐらいじゃないかね
すぐ近世大名に切り替わるけど

249人間七七四年2018/07/29(日) 13:45:21.08ID:qKufDUmZ
それ言ったら何かやったと明確に言える武将はかなり限られる。
何やったかのラインがそれぞれの私見だろうけど

250人間七七四年2018/07/29(日) 14:36:12.37ID:T43WxXyw
中央集権出来ているかが基準なら謙信だって出来てるだろ恐怖なり武力なりで。
権力の安定譲渡を基準にするなら戦国大名はほぼ存在しないことになるわなぁ

251人間七七四年2018/07/29(日) 14:47:36.83ID:xCQgyXZp
謙信は恐怖と武力じゃなく権威と経済な
景勝のように物理的に権力者を殺すというのはあまりやっていない

252人間七七四年2018/07/29(日) 20:47:42.58ID:/V5qQvCr
ごめん会話できる気せんわ

253人間七七四年2018/07/30(月) 18:05:07.45ID:3ZKQ/5EU
景勝と勝頼だと、ノブヤボのパラだと戦闘で勝頼がわずかに勝る以外は景勝の勝ちなんだが、景勝あんなに有能なんかな?

254人間七七四年2018/07/30(月) 18:43:51.22ID:/1vNUNjh
>>240-243
30万石のくせに1万5千くらい動員したのだっけ
120万石時代から家臣は減らさなかったらしいから人はいるだろうが金が無いだろうに

255人間七七四年2018/07/30(月) 18:46:39.97ID:/1vNUNjh
>>249
一番わかりやすいのは築城かな
熊本城の清正とか

256人間七七四年2018/07/30(月) 18:53:12.92ID:Y/QIFnd0
+点
御館の乱で勝利した
武田を上座に置いたものの手玉に取った
織田が死んで秀吉が死ぬまでは最善の選択を選び続けた(大幅能力値加増)
庄内をぶんどった(景勝じゃないけど)
北条征伐で活躍した
関ヶ原の戦いは直江主導って事にして能力減点を免れる
前田慶次を圧する威圧感があるらしいので+査定
刀剣収集家であり目利き+査定
大坂の陣で石高以上の動員を行った

−点
御館の乱後の戦後処理に失敗した
新発田の乱が長期化した
越中を喪失し滅亡寸前になった
関ヶ原の戦いで大幅に所領を減らした
にも関わらず大坂の陣で石高以上の動員を行う歪な内政状態

257人間七七四年2018/07/30(月) 19:22:28.38ID:/1vNUNjh
そもそも関ヶ原の上杉は西軍なのか?
徳川と上杉の喧嘩に西軍が乗っただけじゃね
反東軍って意味なら間違ってないけど

258人間七七四年2018/07/30(月) 19:55:48.95ID:KLq7KEGS
>>253
それツッコむとスレが荒れるぞ?

259人間七七四年2018/07/30(月) 20:40:01.90ID:ASOS+YEb
知略75政治40くらいか
そのぶん兼続が政治90で

260人間七七四年2018/07/30(月) 20:51:58.42ID:Av8qpsL3
30万石で1万5千は5人役として計算すればほぼ全軍だけどそこまでおかしくはないとおもう

261人間七七四年2018/07/31(火) 14:18:29.74ID:v8NBfgqo
近場への出兵や防衛出動なら30万で1.5万はまだわかるけど
大坂くんだりまではどれほど負担あったことやらだね
しかも家康のマイナス評価をなんとか減らそうという戦で加増が期待できない状態で

262人間七七四年2018/07/31(火) 14:25:56.64ID:C6Irz8i2
かなり無理して大軍なんて連れて行ったら忠義を示すどころか家康に警戒されるんじゃないのか

263人間七七四年2018/07/31(火) 15:26:49.81ID:kM8yFAHn
>>261
家康のマイナス評価を減らそうとする措置ならそこまで批判されるものではないとおもう
あと、敵地は大坂城周辺だけだし圧倒的戦力差で短期決着も見込めるし
それ考えると秀吉の唐入りがどんだけキツかったかというね…
たしか九州は5人役で中国・四国は4人役だったんだよね

264人間七七四年2018/07/31(火) 15:51:28.32ID:U2SUX8QV
江戸時代の上杉家の財政困難見れば景勝の方針がアホだとわかるだろ

265人間七七四年2018/07/31(火) 16:29:30.34ID:kM8yFAHn
>>264
江戸期の上杉の財政困難は大坂の陣の影響が原因だったんですか?
大坂に1万5千動員しようがしまいがあまり変わらなかったとおもうんだけど

266人間七七四年2018/08/01(水) 03:35:53.21ID:TVddISJu
国民軍でもあるまいし軍に1から10まで藩がカネ出さねえよ
江戸時代の参勤交代と江戸藩邸の維持の方がよほどカネがかかる

267人間七七四年2018/08/01(水) 11:19:10.47ID:mmJkLPVz
根本的には厳封された時にリストラしなかったからと言われてるね

268人間七七四年2018/08/01(水) 12:57:44.29ID:Iq0bF4T4
輝元は農民になるの推奨したな
長州は半士半農だらけなんじゃ?
結果論だけどそれが維新の力になったとかなんかの本でみたぞ

269人間七七四年2018/08/01(水) 15:11:51.85ID:Mht/tYQx
うさんくせーすげーうさんくせー

270人間七七四年2018/08/01(水) 18:19:54.06ID:arvgsA99
>>268
毛利は36万石に減封されたけど実高はそれ以上だった
それのほうが大きいのじゃないの?

271人間七七四年2018/08/01(水) 20:44:57.74ID:Iq0bF4T4
表高が高かったかはどうかハッキリ分かんないねー
家格を高める為に無理して50万石あるよって言ったのかまじで50万石近くあったのかわからん

272人間七七四年2018/08/02(木) 19:15:47.03ID:xPFngZYY
>>265
景勝のアホな方針は家臣のリストラをしきれなかったことだよ
大坂の陣はその結果の1つに過ぎない

273人間七七四年2018/08/04(土) 15:24:01.65ID:CLqp8Rh0
石高というのはあくまで米の収穫高のみであって漁獲高やその他の農産物収入は入らない
蝦夷の松前藩が遠国であるがゆえに参勤交代の頻度を減らすことを許された上に海産物取引で莫大な資産を持っていたんで石高以上に財政が潤っていた
他の藩も同様
ということを念頭に置けば上杉は石高=実際の藩の収入というその他の財源を確保できなかったことが一番大きい

274人間七七四年2018/08/05(日) 07:34:30.11ID:UEdYE8uy
まぁ潤ってたから還元したわけじゃないし松浦は沿岸警備もあったから貧しい地域だけどな

275人間七七四年2018/08/07(火) 16:14:23.40ID:Rmr+oY2m
石高
石高(こくだか)とは、近世の日本において、土地の生産性を石という単位で表したもの。
太閤検地以後江戸時代を通じて、田畑や屋敷などの土地の価値に至るまで、
面積に石盛という一定の係数をかけて米の生産力に換算して石単位で表示するようになった。
このような制度を石高制と言い、米以外の農作物や 海産物の生産量も、米の生産量に換算されて表された。
(Wikipedia)

だってお

276人間七七四年2018/08/07(火) 17:40:37.33ID:jNg8cM1w
「内高」と「表高」も調べてみな
誰が編集したか知らんがwikiの内容は残念な感じだな

277人間七七四年2018/08/07(火) 22:54:12.97ID:f6sWFVDI
石高というのはあくまで米の収穫高のみ(キリリッ

残念な感じ満載だなw

278人間七七四年2018/08/08(水) 01:40:42.25ID:yKPRlgdG
江戸時代の年貢は米納が原則でしたが〜
https://www.nta.go.jp/about/organization/ntc/sozei/network/167.htm

wikiを参考にすると恥をかく

279人間七七四年2018/08/11(土) 07:16:25.06ID:NbzYEdfa
誤解されてる太閤検地
https://togetter.com/li/333939

これ見ると江戸時代前期には石高の意味があやふやになってたみたいだな

280人間七七四年2018/08/11(土) 22:47:13.64ID:HCNmEnLC
明日は柏崎の北条城跡に行ってみます

281人間七七四年2018/08/11(土) 23:23:49.27ID:WS3L0Sjb
大坂の陣は超豊臣恩顧大名のパワーを擦り減らす戦いでもあった、それも家康の狙い
陣取り見ればわかるけど木下時代からの前田・蜂須賀とか最前線に投入されている
上杉も羽柴時代からの付き合いなので

282人間七七四年2018/08/12(日) 00:57:20.36ID:e2j/v6ni
その割には徳川譜代の損害も多かったよな

283人間七七四年2018/08/12(日) 02:25:42.56ID:xyMaTtO7
譜代も世代交代失敗したすっとこどっこい多いからな
外様にだけ仕事されたら沽券にかかわるからある程度武功挙げるというのはわかるけど
その線引きできずに無駄に死んだ本多とかその最たるものだろう

284人間七七四年2018/08/12(日) 04:12:38.19ID:YknnBSV+
世代交代失敗も何も10年以上戦がなかったんだからそうなるだろ

285人間七七四年2018/08/12(日) 17:57:55.92ID:vFHYM+PN
>>13
憲政は父は殺されてない。息子を殺されてる。

286人間七七四年2018/08/14(火) 12:36:47.86ID:sB9M4Umm
>>270
長州藩が幕末にあれだけ大規模な戦争できたのは、100万石と言われる経済力があったのが大きいけど、それは幕末の藩政改革が大きい。

287人間七七四年2018/08/15(水) 23:19:09.47ID:HUeOPyYa
上杉景勝は大坂冬の陣で5000の軍を引きつれて参加した。今福の戦いで佐竹義宣軍1500は壊滅寸前だったのを、上杉軍が救援に駆け付けて危うく全滅を免れた。

288人間七七四年2018/08/16(木) 13:31:16.04ID:8xdyx0Zt
今福の戦いは渋江が死ぬとか佐竹の戦の中でもかなりの大打撃だな
1500じゃ緒戦で勝った後に今福を維持できるだけの戦力なかっただろうに

289人間七七四年2018/08/16(木) 14:37:29.27ID:LYZAKnZ1
思えば上杉家が近世大名に脱皮する手始めになったのが憲政、景虎、道満丸一括デリートだったな。

290人間七七四年2018/08/20(月) 18:09:23.91ID:y/yAPHjR
wiki上杉景勝を読んだが武将としての功績でもっとも評価すべき点は大坂冬の陣で間違いなさそう。
セットにされる毛利輝元は自身が指導した具体的な戦績がないからそこで大きな差が生まれたといえよう。

291人間七七四年2018/08/23(木) 19:00:08.14ID:I66oVEyF
どうしてお家騒動をやっちゃったのかねえ。
景虎を推し立てて北条と結び対織田交渉を進めるのが景勝陣営の楽な道にしか見えないけど。

292人間七七四年2018/08/23(木) 19:17:09.85ID:LXud/pe/
景虎が家督相続したら、相模衆が景虎の周囲を固めて越後の生え抜きは隅に追いやられ、織田信長以前に、捨て石にされてしまう
甲斐の生まれではない武田勝頼に反対が根強かったのと一緒だ。

293人間七七四年2018/08/23(木) 22:05:01.97ID:L3yjQBL8
むざむざ他国者に国を取られて走狗に甘んじるか、国衆をまとめて一国の支配者になるかって話だからな

後者を選んで当然て人ばかりなら戦国乱世になんてならんでしょう

294人間七七四年2018/08/24(金) 02:21:39.35ID:G6gS89Qo
強力な外敵を目の前にしていながら
内部の主導権争いに夢中

実はそれほど珍しい事でもない

295人間七七四年2018/08/24(金) 03:37:46.10ID:SCIpIUpo
上杉憲政を生かしておいて、真田信繁と一緒に大坂城へ連れて行って、
秀吉に預けて、
「領地の政治が忙しいから」と言ってさっさと越後へ帰っておけば、
あとは秀吉次第。
とりあえず、馬回りとして信繁と一緒に、七本槍なのに冷遇されて性格がひねくれた
平野さんの部下としてこき使われる。

296人間七七四年2018/08/24(金) 17:30:58.88ID:LyuLcATg
>>292
上田衆以外はたいして変わらないのでは
>>294
本能寺後織田家も似たようなものだしな

297人間七七四年2018/08/26(日) 17:31:30.63ID:wZHyLycz
すんなり景虎が継いでたら北条と一体化して上杉が消えるような

298人間七七四年2018/08/26(日) 20:06:41.67ID:6+bgFbuS
消えない
北条の関東統治の根拠は関東公方を抱えてるからであって
少なくとも越後直接統治は不可能

そもそも北条統治は原則北条権力の下での既存中間統治者の排除という特殊な形態だから
ジェノサイドでもやらない限りそのまま越後に導入するのは無理
ただでさえ面倒臭い阿賀北がいるのに

はっきりいって越後上杉に丸投げにするのが一番手っ取り早い

299人間七七四年2018/08/26(日) 22:57:56.98ID:sFOVkbV2
謙信在命中は関東管領ってまだ使える看板だったんだろうな。
景勝期になるともうそんな時代じゃない感凄いよな

300人間七七四年2018/08/26(日) 23:21:09.24ID:ZZ1Nih+s
室町幕府が滅亡した以上、関東管領ポストの渕源も消滅していますしねえ

301人間七七四年2018/08/27(月) 00:22:11.71ID:nSsIEiLx
景虎VS景勝の抗争で上杉弱体化はわかるけど
(これは謙信の責任もある)
本能寺のとき、織田軍が越中魚津城まで迫ってたというのは驚きだよ
春日山の目の前でしょうが・・・

302人間七七四年2018/08/27(月) 00:41:25.34ID:CYg6bKaC
魚津兵は玉砕。死ぬ前に耳に穴をあけて木鑑を通し、誰が誰だか分かるようにしたという。
越中から佐々成政、飛騨から金森長近、信濃から森長可が迫り、佐竹義重宛てに死を覚悟する手紙を送っている。

303人間七七四年2018/08/27(月) 12:47:31.25ID:8G2srNyc
越後越中の境は親不知子不知があるからそう簡単に攻め込めないだろう
為景や謙信が越中に手こずったのも兵站のせいだからね
そこで森による信濃からの侵入よ、これは堪えたみたいだ

304人間七七四年2018/08/27(月) 17:30:04.43ID:HdhmUc8d
>>301
北条もそうだけど領地の西端に本拠地を置いたら隣国まで来られただけでそうなる
>>303も言ってるけど武田時代から海津城のほうが脅威だったろうな

305人間七七四年2018/08/27(月) 19:05:38.89ID:jf8npdOG
森長可は妙高関山を越えて春日山近辺まで迫ったと聞いたが

306人間七七四年2018/08/27(月) 19:07:51.56ID:jf8npdOG
関山神社はその時に一度森長可によって焼き払われたそうな

307人間七七四年2018/08/29(水) 13:12:24.93ID:N8hPuzWM
当たり前だろ
亡命してきた居候のくせに
あろうことか自分を追い出した奴の実子を支持して敵に回るとか
恩知らずにも程があるわ

308人間七七四年2018/08/29(水) 17:39:32.95ID:9BSa/HKi
>>146
まさしくコレじゃんね
https://i.imgur.com/ypYVHfX.jpg

309人間七七四年2018/08/29(水) 18:09:19.82ID:W+tq2LuD
豊臣政権になると上条政繁、河田長親が出奔している。
御舘の乱で憲政が赦免されていても、憲政に秀吉から誘いの手が伸びて出奔したかも

310人間七七四年2018/08/29(水) 18:11:09.04ID:vDpNMkve
たったその一点で鬱呼ばわりもどうかと思うが
おまえは香山リカかーwww

311人間七七四年2018/08/29(水) 18:13:18.20ID:QRZJO/y8
憲政が生き延びてたら一族は高家になる目はあったかもな
景勝家が長尾に戻らない以上は上杉正統を名乗るのに邪魔な存在だったのだろう

312人間七七四年2018/08/29(水) 22:22:49.03ID:qb4jMeGe
憲政はかっての仇敵に庇護求めるとか氏真さんの先駆け的存在なんだが、政治的な動きをしなかった氏真さんは処世術あるし、氏真さんは歴史的な評価より賢かったのかも

313人間七七四年2018/08/30(木) 02:37:36.74ID:A4dmffcO
流石に秀吉も憲政には手を伸ばさんでしょ。
戦国時代の無能のレジェンドだぞ。
美人の娘か孫娘がいない限り。

314人間七七四年2018/08/30(木) 09:18:51.84ID:xcB/fJCh
わからんな、家康を関東に封じた後に嫌がらせで関東管領に復帰させるかもしれん

315人間七七四年2018/08/30(木) 09:22:15.45ID:CYPsjk3P
そんな不安定化策とらんでしょ
唐入り控えてたし嫌がらせにしても露骨だし

316人間七七四年2018/08/30(木) 12:18:11.09ID:iT5FNm99
わからんぞ。織田信雄や山名豊国を御伽衆という耳学問と話し相手の役に命じておる。政治や軍事がダメでもそれくらいは憲政も、勤まろう

317人間七七四年2018/08/30(木) 12:27:09.55ID:CYPsjk3P
御伽衆とかはむしろ現実的な線だろう

318人間七七四年2018/08/30(木) 14:47:03.97ID:zsPTjDX5
でも関東の争乱に越後の長尾の軍事力を引き込んだ憲政の外交能力は再評価されている

319人間七七四年2018/08/30(木) 15:52:15.53ID:WknBBQHr
謙信への家督譲渡はいかにも奇策って感じで評価難しいよな
ただそれによって血筋は絶えたが家名は残ったとも関東管領としての影響力も一時的とは言え回復したとも言えなくはない

越後統率も関東への遠征もやったのは謙信なんで謙信の手柄で間違いないところ
ただ憲政のこの奇策なきゃ同じように展開しなかったろうからそこをどう評価すべきかでは?

320人間七七四年2018/08/30(木) 16:09:18.56ID:bzw3oP1Q
>>318
単にそこしか逃げ道がなかっただけでは・・

321人間七七四年2018/08/30(木) 20:31:08.31ID:kr/41zp8
ググったけど本能寺前夜の上杉周辺やばすぎで草
本能寺なければ本当に滅亡したかどうかは実際はわからんが
かなり高確率でやられていたが
それ以上に越後回り全部敵、春日山寸前まで織田軍が迫っているという事実は言い逃れ出来ない

景勝は明智光秀にに救われたんだなぁ

322人間七七四年2018/08/30(木) 23:15:24.14ID:CYPsjk3P
謙信(景虎)の上杉家督&関東管領継承ってその時点での反北条陣営にとってはウルトラCだったとは思うけど、そもそも憲政の発案・主導だったのかね

323人間七七四年2018/08/31(金) 01:10:28.25ID:cDJEipKK
謙信は一度断ってるな

324人間七七四年2018/08/31(金) 04:17:37.38ID:vcSazh+y
紆余曲折はあったと思うよ、憲政にとって長尾なんて血筋の上では格下も下だし
そら謙信も(本音か建前かは別として)即、承諾はしないだろう

325人間七七四年2018/08/31(金) 08:45:57.52ID:hwa8UK37
その辺憲政が落ち延びて来て譲ってくれましたみたくさらっと言われるけどよく考えると結構不思議
景虎も主筋の上杉の本家になることで利害関係が一致したとは思うけど無理筋で地位を要求した感じでもないよね
越後入りの仲介が前古河公方だったり謙信も上洛して義輝にあったり近衛前久が関東入りに従軍したりする

単に進退極まって地位を譲っただけじゃない方々巻き込んだ動きだと思うけどそのプロデューサーが憲政なら凄いと思う
その割に関東遠征後御館の乱まで空気になるのも不思議な気がする

326人間七七四年2018/08/31(金) 14:09:06.95ID:/aMyTvO0
佐竹義昭「上杉の家名?要らなんがなww」

327人間七七四年2018/08/31(金) 17:15:46.79ID:T5YpKqAY
>>321
本能寺前夜の上杉は魚津城陥落が武田の高天神同様で詰んでると思うな
籠城する春日山城があるだけ武田よりマシというくらいか
権六の北陸軍を南から滝川・森に支援させれば織田親子が親征する必要すら無いな

328人間七七四年2018/08/31(金) 18:58:18.05ID:2C+sc+kQ
>>327
新発田も動くだろうしね
新発田の反乱は景勝の自業自得だし
本能寺なければ勝頼より下に評価されてたと思う

329人間七七四年2018/08/31(金) 22:36:27.40ID:/TOZfSxm
本能寺がなければ
ってさらっと言うけれどそれって信長に大きな奇跡が起きたってことだよね
それなのに景勝だけ史実のままって不公平すぎね

330人間七七四年2018/08/31(金) 22:42:04.56ID:+s69Egri
「本能寺回避すんのは信長にとって大きな奇跡」というより
「信長信忠まとめて殺せそうなチャンスが光秀の目の前に
転がり込んだのが大きな奇跡」じゃないかな

331人間七七四年2018/08/31(金) 22:49:53.51ID:/TOZfSxm
その光秀の大きな奇跡が消えて信長の命が助かるんだから
信長にとっても大きな奇跡じゃん

332人間七七四年2018/08/31(金) 23:23:47.97ID:mIdAUZ+i
確率論的にいや信長にとっちゃ本能寺は起きないのが当然、
勃発がありえないレベルの不幸なんで当たり前のように回避したら
上杉も粛々と潰されると考えるのが普通なのでは

333人間七七四年2018/08/31(金) 23:32:33.08ID:mIdAUZ+i
確率論がどうこう言うのもおかしいか
とりあえず「もし本能寺が起きなければ」の先で
景勝にどんな奇跡が起きるのか仮定するのはさすがに不毛だし、
俗説としての評価なら >>328 くらいにまとまるのが妥当

334人間七七四年2018/08/31(金) 23:40:37.91ID:/TOZfSxm
信長のやり方が本能寺を招いたとすれば本能寺の確率は100%だよ

335人間七七四年2018/09/01(土) 00:00:13.31ID:ENhmipb9
怨恨とか完全な思い付きが動機ならな
織田家の体制崩壊狙うなら信忠の動向いかんによっても
変化しうる

336人間七七四年2018/09/01(土) 01:02:02.69ID:Ar4aL+yZ
本能寺の変が起きないようにするには信忠を岐阜か安土に置いておけばいいだけだから、かなりイージーなんだよね。
光秀も信長と信忠を殺らないとすぐに謀反が鎮圧されてしまうわけだし。
信忠が生きていれば秀吉もあそこまで上手くやれないでしょ。

337人間七七四年2018/09/01(土) 02:13:00.62ID:b8gOqRDI
未来予知でもできない限りは行動を変えることなど出来ないんだから
イージーもハードもないだろう

338人間七七四年2018/09/01(土) 05:53:03.19ID:fn8prJ8v
なんにせよ、本能寺の変で助かったのは事実だ

339人間七七四年2018/09/01(土) 10:20:17.98ID:1M/q6yOC
そもそも本能寺の変が回避された奇跡が起きた場合は景勝にはどんな奇跡があれば助かるんだろ
本能寺回避は信長の滞在場所とか他の部将の配置とかちょっとした信長の気まぐれがあれば可能だけど

340人間七七四年2018/09/01(土) 10:24:44.15ID:pX3h9lCR
勝頼に比べれば織田の敵意そこまで高くないから景勝がジャンピング土下座からの切腹で家名くらいは残るかもよ

341人間七七四年2018/09/01(土) 10:51:08.00ID:1GVQ4M84
>>340
敵意が薄いなら荒木みたいに身一つで逃げ出せば生き延びられるかも

342人間七七四年2018/09/01(土) 13:55:42.47ID:VgHBqwed
そのまま武田みたいに滅ぼされてたら織田側から長尾呼ばわりされてた景勝は後世上杉景勝と呼ばれていたのだろうか

343人間七七四年2018/09/01(土) 15:11:58.22ID:QzsVff5M
そもそもその辺も後継争いに絡んでんじゃね?
織田家と協調模索してる北条の御曹司を戴くかどうかっていう

344人間七七四年2018/09/01(土) 15:35:53.81ID:NcmBWirg
>>339
景勝個人が助かるだけなら逃げればいいって話になるけど関東・東北の諸将は匿わないだろうしな
隣国の最上・芦名・北条らは敵対関係な上に親織田だろうし 船で蝦夷に逃亡するか

345人間七七四年2018/09/01(土) 16:35:03.71ID:9j5RsIqA
甲州崩れは織田徳川の調略だったが、新発田は景勝が自分で作った致命的反乱だからなぁ

346人間七七四年2018/09/01(土) 20:03:37.83ID:uDNQuj9v
いろんな意見あるけどよ
本能寺あってもなくても景勝の評価には繋がらないし
本能寺があったから上杉まるごと生き延びたというのは事実

上杉が織田徳川連合により武田勝頼滅ぼされヤバイ事になった
本能寺で助かった
そのあと羽柴豊臣と結んで5大老とか関ヶ原全夜ギリまで豊臣代表としていい感じになったのに
最後の最後で救い主の羽柴豊臣切って徳川様ーと冬の陣で大活躍というのものどうなの

347人間七七四年2018/09/01(土) 21:05:39.39ID:CvRqrKiB
豊臣政権のだいひよは盛りすぎだろ

348人間七七四年2018/09/01(土) 21:06:28.74ID:Fn64jS96
>>343
外交チャンネルがあったことは否定しないけど
協調はまだ無い
つーか北条より佐竹のほうが先だから

349人間七七四年2018/09/01(土) 21:25:58.86ID:tdp0Z2zo
新発田の反乱も御館の乱も景勝が原因で起きたことだし、織田軍が来てる時に何やってんだと

350人間七七四年2018/09/01(土) 21:30:03.22ID:86wix46m
>>151
柴田勝家に負かされた普通の大名てどんなのがいるの?

351人間七七四年2018/09/01(土) 22:17:03.74ID:Xat5Ki4T
>>348
御館の乱で破綻するまでは甲相同盟は生きてるか

タイミング勘違いだわすまん
北条的には信長との接近も視野に入れてたとしても越後の後継争いがその前提で動いてるというのは確かに無理あるわ

352人間七七四年2018/09/02(日) 04:51:17.46ID:ggAbsCDo
>>346
お家取り潰しを免れた家康の御恩に報いただけだろ
それまでの関係や筋にこだわればお家が滅亡するというのは戦国時代の教訓とした成長の証だよ
上杉も大人になったんだよ

353人間七七四年2018/09/03(月) 17:39:46.87ID:tFGRZD24
>>346
本能寺無かったら一軍団に過ぎない柴田に滅ぼされて別所や波多野と同等の評価まで堕ちたかもな
関が原前は会津120万石で大大名の格はあったけど転封前は越後と周辺せいぜい60万石、本能寺時点なら30万石くらいじゃねえの
ただし当時の越後の石高がはっきりしないのよね そのせいで後に越後に入った松平忠輝家は推定石高に幅がある

354人間七七四年2018/09/03(月) 18:00:47.90ID:ihYxH8IV
内乱の挙げ句に柴田程度になすすべもなく滅ぼされるなら氏真以下の扱いかな

355人間七七四年2018/09/03(月) 18:33:14.78ID:0UlWfhU6
そんな世界はお前の脳内にしかないからわざわざ出てバカ晒す必要はないんだぞゴミクズ

356人間七七四年2018/09/03(月) 22:49:50.99ID:cx/sKKXF
景勝が滅んでいたら甲陽軍鑑のお家を滅ぼす4人の大将が
5人になってただろうなw

馬鹿な大将=今川氏真
臆病な大将=上杉憲政
利口過ぎる大将=武田義信
強過ぎる大将=武田勝頼
強欲な大将=上杉景勝

357人間七七四年2018/09/03(月) 22:56:21.51ID:PTGF6jLV
強欲というより「策謀を好み過ぎる」って感じかな
全力で駆け回った結果滅んだ勝頼に比べて、
景勝は過程では賢そうなムーブしてる分
滅んだ時の落差デカくて評価低くなりそう

358人間七七四年2018/09/03(月) 23:30:06.44ID:JEIwVpSP
>>353
転封前で越後45万石、信濃川中島18万石、佐渡14万石、出羽庄内14万石で計91万石と何かで読んだ記憶がある

359人間七七四年2018/09/04(火) 04:57:03.68ID:lFqcKv2A
でも織田を切って一向一揆側につく外交判断をしたのは謙信なんだろ
景勝は外交の敗戦処理をさせられたようなもんじゃないか

360人間七七四年2018/09/04(火) 16:15:38.91ID:kf7V3E4N
中世越後の魅力は石高じゃなくて湊だからな
会津120万石なんて内陸部、実質左遷だよ

361人間七七四年2018/09/04(火) 17:07:54.04ID:JJQWK7v/
>>358
佐渡島が14万石はあり得んのか?金山とかも石高換算しての数字とか?

362人間七七四年2018/09/04(火) 18:47:23.38ID:e3ONF6iO
>>360
蒲生宇都宮にやった後長船明石付けて秀家を会津に入れて、
備前は戸川岡花房つけて詮家に与えるとかしてれば
もうちょい豊家はもったんじゃないかと思う

363人間七七四年2018/09/04(火) 22:01:40.82ID:Vqf3TyZx
>>361
あの頃は経済力を貨幣単位でなく米の取高に換算してたから、純粋な米生産量じゃないでしょ
米だけなら佐渡は確か1.7万石だから金山だろうね
会津120万石の内訳が旧蒲生領92万石(米沢含む)、出羽庄内14万石、佐渡14万石の筈

364人間七七四年2018/09/04(火) 22:09:27.06ID:5p8RNH70
長過ぎてエラーでた…
関ヶ原で上杉が最上攻めたのは出羽庄内がほぼ飛び地だから、東西対決が長期戦となると思ってた景勝が各個撃破されないように最上領を奪って連絡路確保して備えようとしたってあったな

365人間七七四年2018/09/05(水) 00:04:30.58ID:D1viKM0K
>>363
軽くグーグル検索してみると佐渡金山が発見されたのは関ヶ原の翌年なんだよね
それ以前も銀山とかはあったみたいだけどそれだけで12万石分あったのかなあ?

366人間七七四年2018/09/05(水) 00:09:28.80ID:ZUcg7hR1
佐渡は宝の山よ。

367人間七七四年2018/09/05(水) 00:49:26.68ID:MD2no3Hr
>>365
wikiなら上杉景勝の項で1595年に秀吉から越後佐渡の金銀山の支配を任せられたとあるし、コトバンク 佐渡鉱山の項では1598年に秀吉に運上金を納めたともあるよ
少なくとも鶴子銀山は1500年代半ばには発見されていた

368人間七七四年2018/09/05(水) 09:03:39.04ID:tbsDUzzC
ゲームの話で申し訳ないが
景勝が信長の野望でやたら能力値が高いのが昔から不思議だった
毛利輝元とかはシリーズが進む度に適正評価に落ち着いていくが

369人間七七四年2018/09/05(水) 09:44:12.15ID:D1viKM0K
>>367
別に存在は否定してないよ

370人間七七四年2018/09/05(水) 10:39:43.49ID:ZUcg7hR1
輝元も景勝も野心や目標に現実がついてこれなかったのが残念だったな

371人間七七四年2018/09/05(水) 13:38:37.39ID:BlANgsVt
砂金より交易収入でしょ
戦国時代は敦賀→山越え→琵琶湖→宇治川→京都の交易ルートが栄えていた

372人間七七四年2018/09/05(水) 19:56:21.79ID:eoy9NMa4
>>368
先代や長尾上杉家自体の武門の家のイメージで戦闘力は底上げされてるのだろう
本能寺無しで滅びてたら政治・戦闘とも60前後くらいだったろうが

373人間七七四年2018/09/06(木) 01:11:14.09ID:sky7/Sfa
武力だけは柴田勝家よりちょい低めで他はどの能力値もそれなりだけどトップクラスではない
でも合計でランキング取ると割と上位って感じか

374人間七七四年2018/09/06(木) 01:11:23.76ID:sky7/Sfa
ゲームだと

375人間七七四年2018/09/06(木) 12:03:09.63ID:7nAxdsGR
余だと?

376人間七七四年2018/09/07(金) 23:19:06.10ID:fVc6Qh4B
景勝って、謙信時代は何してたの?

377人間七七四年2018/09/07(金) 23:29:30.75ID:B/F9ka4b
>>376
基本春日山でお留守番

378人間七七四年2018/09/08(土) 01:12:32.22ID:SwUPFwAX
元亀天正の頃にもなって、経験積ませたり実績作らせたりして
後継者育てること考えないのって信玄と謙信くらいだよな
数が多い小勢力がひしめいてる時代なら、
敵もその敵に囲まれてて滅ぼしに来る余裕ないし
ぽっと出が当主になって手探りでやっていくこともできるけど
周りが大勢力に収束した時代は敵が全力で向かってきて
一回の負けが滅亡に直結する
自分が家を飛躍させた頃から時代が変わったことに気付けなかったのかね

379人間七七四年2018/09/08(土) 01:33:58.99ID:1enAzDnc
信玄も謙信も身内下剋上で当主になっとるし、身内が優秀なのも不安やろ




適当だけど

380人間七七四年2018/09/08(土) 01:58:06.67ID:U9etoAHl
武田の後継者は信勝で
上杉の後継者は道満丸
なんてな


とりあえず真田信幸は信勝からの偏諱

381人間七七四年2018/09/08(土) 13:12:58.17ID:HALbqjuR
>>379
最上の鮭様や大友宗麟、肥前の熊も似たようなもんだけど
息子への段階的な権力移譲はしてたよな
(三者とも残念な結果になったが)
他に親や本家どかして家督継いで息子置物にしてたのは
…南部信直くらい?

382人間七七四年2018/09/08(土) 14:38:53.71ID:mDJC2R+8
三好長慶も政長を倒して身内下克上してるけど、義興が
病死してなければきっとうまくいってたはず

383人間七七四年2018/09/08(土) 15:40:45.89ID:uzE555ek
武田信玄は義信への継承を図ってて失敗した
謙信は権力移譲しようにもそこまで家中の統制ができてなかっただけなんじゃ?
実際謙信が死んだら内戦突入した訳で

あと人生50年とは言いつつもうちょっと生きれると思ってたかもね
謙信は早死にの家系だろって思っちゃうしよくわからんけど信玄の親父は全然健在だったらしいし

384人間七七四年2018/09/08(土) 15:57:58.14ID:5K5c6eMc
その辺を探るための、1570〜78年の上杉家中の史料が驚くほど少ないんだよな
上杉家は現代まで残ってる家だから基本、史料は豊富なんだが、ここだけわからない

385人間七七四年2018/09/08(土) 22:21:25.14ID:QN6QVF0U
>>384
そうだとするとなんか怪しくねw

386人間七七四年2018/09/08(土) 22:41:40.76ID:Ca/Q59SI
混乱期の資料の散逸はまぁあることではある

387人間七七四年2018/09/08(土) 22:53:39.18ID:pt79V5Dl
敢えて邪推するなら景虎への権力移譲が進んでて、
北条との手切れをきっかけにストップしたけど
どちらか正式に指名する前に謙信が死んだってところか
残ってる記録からだと景勝が不当に簒奪したようにしか見えなくなるから

388人間七七四年2018/09/09(日) 04:25:14.44ID:6C7pWL/B
謙信が何をしてたかはある程度把握できるんだよね、でも景勝はほとんどない
軍役帳では家中2位なのに謙信の関東、越中、能登での戦に名前が出ない
滅びた武田の勝頼だって、信玄存命時の記録も結構あるのに・・
上杉家文書は山内上杉時代の文書も豊富なのに、ちょっと不自然

389人間七七四年2018/09/09(日) 22:59:34.86ID:BJOMbwKq
景勝は謙信が謀殺したとの疑いがある政景の子だし、甥とはいえ与板衆に囲まれてたろうし微妙な空気でもあったのか

390人間七七四年2018/09/10(月) 13:11:32.33ID:OdEnOSr4
景勝は元々快活な性格だった(との記述がある)らしいが母親の仙桃院が景虎に付き従ったことがショックで寡黙な性格になってしまったというのは本当かね

391人間七七四年2018/09/10(月) 17:30:02.18ID:K/O4qAuo
斎藤朝信「大積にある神余領、近いから潰すわ」
安田「北条の睨みはまかしとき」
斎藤朝信「与板までの西山連峰周辺と曽地から長岡への街道にあたる城砦10数ヶ所全部開城したるわ」
安田「北条の睨みはまかしとき」
斎藤朝信「与板城が危ないわ、味方おらんやんけ!助け行くわ」
安田「北条の睨みはまかしとき、ついでに新発田味方にしたで」
斎藤朝信「武田家への外交一緒にやってくるわ」
安田「あ 北条景広しんだで」
斎藤朝信「ほな北条と隣同士のわしらも北条城追い詰めようや」
景勝「アッパレ、もうほんとアッパレアッパレ斎藤くんにはご褒美奮発しちゃうよ」
斎藤朝信「えへへ」
安田「ワシが説得した新発田くんも結構働いたから何かやってくれや」
景勝「でも働いたのは長敦だろ、いま長敦じゃないから…相続だけは認めるね、じゃ」
新発田「!?」
安田「立つ瀬ないし腹切るわ」
新発田「暴れるわ」
景勝くそやな

392人間七七四年2018/09/10(月) 17:43:53.22ID:73wrMkZP
全国規模で同じようなことして反乱を起こさせなかった家康との器量の差よの

393人間七七四年2018/09/10(月) 19:44:17.54ID:CGs4sFO0
本能寺なかったらガチ無能評価だったろ

394人間七七四年2018/09/11(火) 01:49:40.76ID:rKxgFEgq
>>384
>>386
スレチだけどそれよくあるやつで基本だね、消されてる
実際、真田信之と石田三成の手紙とか超厳重に保管されてたし
親友だった前田・蜂須賀と豊臣の書状が
前田・蜂須賀側に残ってないのも不自然とされる

秀吉が筆まめじゃなければもっと違う感じになってたろうねえ

395人間七七四年2018/09/12(水) 03:19:08.24ID:lyv+D79w
勝頼のスレでは、なんやかんや議論やスレチあっても結局は「武田潰した勝頼は無能」との答えが大半だが、
景勝だって本能寺なければ滅んでるし、そうなれば今頃ここで勝頼以下の扱いだよな

396人間七七四年2018/09/12(水) 08:24:14.27ID:In0pTlz+
>>395
新発田重家に反乱おこされたのがかなりマイナスポイントだし、滅んだ場合はその点で愚かと呼ばれるだろうけど、
勝頼ほどじゃないよ。
勝頼は相次ぐ出兵で負担かけまくってる最中に新府城なんて無駄なもの作り始めたり、
武田攻め始まったら駿河信濃甲斐美濃上野にいた家臣がろくに戦うことなく1ヶ月余りで解散したほど求心力無くしてた。
景勝も東北の伊達や葦名、織田に完全包囲されて家督継いだ直後間違いなく滅びる結末ではあったが、
魚津城なんかみても家臣団が景勝の降伏しろとの指示を蹴ってまで粘り玉砕したり、信濃では島津勢が長沼一帯までを確保したり、東北方面では葦名ら東北大名の侵攻を阿賀北衆のみでボコボコにして返り討ちにしたりして各方面で家臣らはとても健闘している。

そのへん見ると景勝はみんなである程度戦いぬいて終わる結末、勝頼は木曽や穴山みたいな血族親戚が真っ先に裏切り見捨てられ終わった結末になる。
どちらが愚将か

397人間七七四年2018/09/12(水) 22:35:22.69ID:/uabXPf1
武田勝頼と上杉景勝

大名としてはともかく「戦国武将」としては勝頼の評価の方が圧倒的
武田勝頼は信玄以上に領土の拡大に成功
長篠合戦敗北の瞬間までは織田信長・徳川家康にとって最大の脅威として君臨していたのは事実

一方、上杉景勝は織田(柴田)と交戦中であった事が幸いしてか
豊臣(羽柴)政権初期段階で早急に従い、5大老に位置付けられる
また豊臣政権が揺らいだ関ヶ原以後は
徳川家康に従い救世主豊臣政権を滅ぼす大坂の陣(冬)で
救世主豊臣相手にイキイキと攻撃し生き延びた

どんな手を使ってでも家を残す事を第一とする大名としての評価は勝頼以上ではある

398人間七七四年2018/09/13(木) 14:35:32.46ID:S0Rdzgcp
初期段階で早急に従ったのに後から従った徳川家康や、信長の家臣であった前田利家、小早川の援助ありきの毛利輝元より格下なんだよな。
「上杉ブランド」のおかげでかろうじて末席に名を連ねてますって感じ。

399人間七七四年2018/09/13(木) 14:51:26.12ID:f+2faX1z
てかなんでそこら辺より格上になると思ってんのか謎
上杉ブランドを過大評価しすぎじゃね?

400人間七七四年2018/09/13(木) 15:28:00.90ID:z356iaFz
格下と言ってる理由が全く伝わらない

401人間七七四年2018/09/13(木) 15:30:22.22ID:Rn2cnq+O
徳川:秀吉に局地戦で勝った武名持ち
前田:織田政権時代からの付き合い
宇喜多:当主が秀吉の猶子
毛利:織田政権時代に十分叩いたので格付け済み、
    交渉も長く続けてるので扱いやすい
上杉:敵の敵は味方理論で何となくくっついた
家格と石高以外豊臣政権内で重んじられるべき根拠が無いな

402人間七七四年2018/09/13(木) 15:39:38.00ID:S0Rdzgcp
東北大名との取次も家康に取って変わられてるしね
ホント使えなかったんだなーって
兼続いなかったらどうなってたんだろ

403人間七七四年2018/09/13(木) 15:58:26.70ID:8OJ+H/lY
他に50万石以上の実力あるとこだと
惣領無事令違反の前科ある島津と伊達、当主が若すぎる蒲生、
北条と伊達に潰されそうなとこ助けてやった佐竹くらいか
他よりマシ、くらいの理由で大老になれたのかな

404人間七七四年2018/09/13(木) 16:32:02.59ID:3AU5W3DZ
毛利、小早川は中国大返しの時の恩もあるだろうし

405人間七七四年2018/09/13(木) 16:39:47.58ID:f+2faX1z
単純にほかの諸侯より政権に近く有力だから大老とされてるだけだよ
数合わせ的な発想はなくその実力ないとみなされてたら入ってないでしょ

406人間七七四年2018/09/13(木) 18:24:43.81ID:lf9Ok/Yz
>>395
勝頼無能論者が大半ってことは無いだろ
意地でも無能ってことにしたい人が一定数いるのは確かだが

407人間七七四年2018/09/13(木) 18:29:38.26ID:lf9Ok/Yz
>>401
縁故抜きなら徳川>毛利>前田≧上杉>宇喜多かな
上杉以外は複数国をほぼまるごと所持してるってのもある 上杉も佐渡を一国扱いするなら二国+αではあるが

408人間七七四年2018/09/13(木) 18:53:33.38ID:ynkSRDBH
宝治合戦で三浦氏、毛利氏と一緒に没落した長尾氏に復興の手を差し伸べた恩人上杉氏を殺すなんてサイテー

409人間七七四年2018/09/13(木) 20:32:30.64ID:ji2YcxWv
堀秀政や蒲生氏郷が大老に就いてもおかしくなかった

410人間七七四年2018/09/13(木) 20:57:04.14ID:bf/3N5zP
そのふたりは単純に早世しただけで健康で生き延びてたら大老扱いだったでしょ
堀秀政が生きてたら蒲生がそこまで出世してないとかはあるかもだけぉ

411人間七七四年2018/09/13(木) 21:04:31.32ID:Eh0D8Q99
堀が生きてたら家康の代わりに関東入ってたってのはあくまでも俗説なのかね
関東で適度に中央のサポート貰いつつ統治システムの整備に取り組んだ経験が
家康と家臣団を天下運営できるレベルまで成長させちゃって
簒奪に繋がったと考えると豊家にとってはマジで惜しいな
関東移封で組織運営力や交渉力養わなかったら
家康も「戦強くて腰が低い真面目なオッサン」のまま終わってたかも

412人間七七四年2018/09/14(金) 04:28:09.44ID:amK09U2F
北条攻めが噂から確定になる段階で北条領は徳川にという噂も流れてたようだ(家忠日記)
それに現実的に見て20万石足らずの堀がいきなり200万石超の大名になるのは厳しいかろう、家臣が足りなさ過ぎる
蒲生氏郷が会津貰ってからの家臣団が他所の、既に滅亡した家の家臣を大量に抱えてるの見ても苦労がわかる

413人間七七四年2018/09/14(金) 10:37:06.68ID:qLGg8kdj
関東丸々ではなく関東を家康と堀で分けるというならわかる
例えば堀は上野下野で家康は残り関東と信濃甲斐とか
唐入りのために有能な者に関東を速攻で治めさせ
家康には中央から離れてもらう構想は十分達成できてるし

414人間七七四年2018/09/14(金) 12:03:06.20ID:i6BjV/y5
堀秀政が生きていたら会津若松を委ねるつもりだったという話なら聞いたことある。
それにしても会津若松の蒲生氏郷の石高ははじめ42万石でのちに92万石とされたが、別途50万石の加増があったのか、検地等の結果大幅な余剰が発覚して92万石になったのか、分からなかった

415人間七七四年2018/09/14(金) 12:25:06.16ID:VNBpR+A1
最初は旧蘆名領だけで、和賀一揆扇動の罪で政宗の旧領
召し上げたの加えたんじゃなかったっけ

416人間七七四年2018/09/14(金) 13:29:38.91ID:Tj2w6hwX
堀の会津入りプランも関東入りプランも聴いたことはあるが風聞・俗説の類いじゃないの?

417人間七七四年2018/09/14(金) 19:24:26.07ID:l7DPnR63
>>401
前田:織田家臣時代のコネ
宇喜多:秀吉の子というコネ
徳川:戦で潰せなかったので取り込んだ
毛利:本能寺の変後の和議から続く相互不可侵を守る
上杉:北陸、北信濃、北関東で終始秀吉に従った

上杉も十分、五大老の資格あるじゃん

418人間七七四年2018/09/14(金) 20:16:09.67ID:ukSWKclH
五大老といっても平等でなく、上杉と、小早川隆景の補佐を失った毛利はただの員数あわせで
宇喜多にいたっては見習いのようなもの
実際中央で何かやることより会津から関東を牽制すること以外
上杉には何も期待されてなかったと思う。

419人間七七四年2018/09/14(金) 20:37:11.91ID:VNBpR+A1
「秀吉に忠実だった」ってだけなら他にいくらでもいるしな
結局その他大勢と何が違ったかって言えば実力だけだろ
惣領無事令に抵触しかねない庄内への進軍特例で
認めてもらう程度には秀吉も気遣わなきゃいけなかったし
東北は親秀次の最上、問題児の伊達がいるし
実力ある上杉に格も与えてそいつら抑え込まなきゃいけなかった

420人間七七四年2018/09/14(金) 21:49:52.31ID:amK09U2F
実際大老としてなんかしたか?っていうと・・・だもんな

421人間七七四年2018/09/14(金) 22:35:19.38ID:i6BjV/y5
互いに牽制しあって何もしないでいるのがねらい

422人間七七四年2018/09/14(金) 23:09:24.51ID:Tj2w6hwX
「大老として」っていうけどそんな役職ないでしょ?
「員数合わせ」というけど別に定員もなにもない

ちょっとなにを議論してんのかよくわからん

423人間七七四年2018/09/14(金) 23:21:41.45ID:qLGg8kdj
大老の仕事が何か分かってないんだろう

424人間七七四年2018/09/15(土) 13:58:16.26ID:gW71EgvW
定員があったわけでもないし

425人間七七四年2018/09/15(土) 16:14:34.98ID:r76IZOMe
秀吉死後の中央には殆ど関わってないからな、関われないと言ったほうが正しいか

426人間七七四年2018/09/15(土) 16:21:53.87ID:tDC7C6Zo
>>417
前田は友達(旧織田家臣)代表 宇喜多は一門代表
徳川は潰すのが面倒だったのと旧主の同盟者ということで織田時代から考えたら付き合いは長い
あとは毛利と上杉だが秀吉との付き合いも天下取り時の貢献度も国力もすべて毛利が上だわな
上杉と島津や伊達との違いは降伏ではなく一応自発的に傘下に加わったくらいか

427人間七七四年2018/09/15(土) 16:39:30.23ID:jkANEq/J
じゃあ何で上杉なんだ?
ここで否定したって事実まで否定できないんだよなあ

428人間七七四年2018/09/15(土) 18:12:42.21ID:qagOlEoC
単純に実力というか石高が高く、かつ伊達や最上といった爆弾に
睨み効かせられる位置にいたから

429人間七七四年2018/09/15(土) 18:20:14.91ID:ukSD81v4
大御所扱いとして豊臣入りする前の戦績は
御館の乱の失態とVS柴田勝家により削られる結果しかないから
上杉ブランドというか謙信ブランドの栄光以外何ものでもない
「上杉謙信の後継者」というのは大きいよ

そんな景勝だが御館の乱ドサクサで
長尾景虎に関東管領と「上杉ブランド」を与えた張本人を討ってるってのがなあ
これでようやくスレッドタイトルの話に繋がる
ほんと景勝は毎回毎回何がしたかったんだ
批判とかではなく
御館の乱、柴田戦、豊臣入り、関ヶ原と
毎回の行動に謎がつきまとう戦国武将だなあと

ところで、勝頼と景勝の比較議論に戻ってしまうが
勝頼は武田征伐の本格化のさい、信長と和睦を試みるも拒絶されたとされるけど(1582年武田征伐wikiなど参照)
景勝は本能寺直前まで信長に追い込まれる中、信長に対して降伏・和睦の行動はしているんだろうか

430人間七七四年2018/09/15(土) 18:20:25.83ID:0pV+wEUj
必要なのはお前ではなくお前の地位だ

431人間七七四年2018/09/15(土) 19:05:02.13ID:Buc2/Ew3
てか逆に「上杉家」の名前がそこまで重いならなおさら「上杉のご隠居」が生きていたらまずいじゃん
血も繋がってない上に政治的に対立した当代の惣領としては殺しといて正解ってことになるんじゃね?

432人間七七四年2018/09/15(土) 20:04:43.96ID:pdbPfe9N
上杉憲政が生きてる限りいつまでも長尾呼ばわりされるのが嫌だったんだろうというのは冗談で
まさに家中が乱れている最中でこれ以上乱れる元を置いておくわけにはいかないと判断して乱のドサクサで憲政を討つというのはこれ以上ないタイミングだと思うよ
これを逃すと他にチャンスがない

433人間七七四年2018/09/15(土) 20:10:25.79ID:Qqv/Vji5
政敵を殺すのって別段不思議な行動でもなんでもないと思うがなぁ
上杉憲政をありえないくらい無能で無害だと思い込むから逆に不思議に観えるんじゃないかね?

後所謂「大老」って要は秀次処刑後に有力家臣代表として連署させられた訳だからブランドより実力と政権への協力度貢献度で決まってると思うよ
謙信死んで15年以上、室町幕府が滅んでそれ以上、中央政権に影響してたってのはさすがにちょっと

434人間七七四年2018/09/15(土) 22:23:34.02ID:sLBDD7t1
>政権への協力度貢献度

ここが極めて疑問
さらに政敵だった徳川がいきなり豊臣閨閥に滑り込んできたもんだから
ポジション危ういし実際会津に飛ばされたし
やはり奉行衆との密約はあったか

435人間七七四年2018/09/16(日) 00:51:45.82ID:unXXsIN3
いや何が疑問?
他の人が言ってるように外様の大大名の中でいち早く従ってるぞ

徳川が来てポジション危うくなって会津な飛ばされた?
時系列おかしいしマジで大老って何だと思ってるんだ?

436人間七七四年2018/09/16(日) 03:57:09.47ID:9jP6w7PE
初期の時点で柴田方につく、もしくはどこにも与しないという判断を上杉が下せば秀吉の北陸から甲信越、関東侵攻、対徳川戦にかなりの影響があることを考えると、上杉の秀吉支持は秀吉にとって不慣れな東日本に楔を打つという点で地政学的にかなりの貢献をしている
戦の勝敗だけが貢献ではない

437人間七七四年2018/09/16(日) 04:41:28.96ID:N+Dj1Ncv
>>433
憲政は謙信には上杉家督を譲ったけど、景勝にも与えるとは限らないからな
普通は謙信が決めることなんだろうけど、実子もいないし憲政が存命ならその意向は無視できまい

438人間七七四年2018/09/16(日) 05:56:14.92ID:K32N1+pN
謙信の意向が必ずしもハッキリしなかった。それがために家督や管領職を謙信に譲った憲政が、はからずもクローズ・アップされることになった

439人間七七四年2018/09/16(日) 12:09:42.16ID:nOfFFD5O
上杉は佐々を牽制して封じ込めてるからそれなりの貢献はしてると思うが

440人間七七四年2018/09/16(日) 12:27:24.74ID:HgOQ/2zU
景勝の官位の上がり方見れば秀吉のお気に入りってわかるだろ

441人間七七四年2018/09/16(日) 14:28:37.08ID:OGqRIwQ5
むしろ新領内に楔打ちこまれてんじゃんw

442人間七七四年2018/09/16(日) 14:36:40.88ID:OGqRIwQ5
小田原に至っては北國組は御叱りの御手紙まで頂いちゃって
慌てて八王子を撫で斬りにしちゃった

443人間七七四年2018/09/16(日) 17:01:48.64ID:1EZTDx+d
会津移封後は自業自得もあるけどほぼ全方位の大名と因縁できちゃったからなw

444人間七七四年2018/09/16(日) 17:30:52.76ID:K32N1+pN
越後を去るにあたり年貢の件で堀秀治と揉めたとか

445人間七七四年2018/09/16(日) 19:22:19.67ID:McCVEa8d
北国勢とかち合うのはむしろ押さえるのまで期待されての箔付け兼ねての転封でしょ
堀と揉めるのはある程度は何処でもありそうなトラブルだけどダーティーだよな
兼続は変に持ち上げられてるけど天下を見据えた深慮遠謀とかなかったろって思うわな

446人間七七四年2018/09/16(日) 19:30:53.66ID:azW4PYyz
という個人の感想です

447人間七七四年2018/09/16(日) 20:04:52.70ID:N+Dj1Ncv
会津移封は景勝にとっちゃ左遷だわな

448人間七七四年2018/09/16(日) 20:20:27.04ID:7B0SxH/b
賤ヶ岳で佐々の越中勢を封じ込めたのはデカイね。つまり羽柴が実権を握る大事な戦いで素早く味方として貢献したのは評価を上げた要因だ。
あと金をめちゃくちゃ大量に献じたりしてる。

449人間七七四年2018/09/16(日) 20:29:32.78ID:7B0SxH/b
※447
良い面としては永年地域に根差し頑固になった家臣団を引き剥がして無縁地に再配置刷新でき権力強化が捗る。
ただ立地としてやはり最上が邪魔なとこにいるし直江津、柏崎など謙信が整えた良港を失ったりするのは損失だな。
ただ佐渡や北部の金山銀山の多数はキープできたのは救い、まあ飛び地やら離れすぎなのが統治や守備に難点だが

450人間七七四年2018/09/16(日) 21:35:33.91ID:Zk6UF9ih
めっちゃ新田開発の余地のあった越後から寒冷地で上げ幅少ない会津だから大損ではある

451人間七七四年2018/09/16(日) 22:11:28.34ID:DtXIgZt7
>>429
武田に黙ってこっそり和睦しようとしていたのがバレてもめてる

452人間七七四年2018/09/17(月) 12:57:22.31ID:w6Rv3lJ+
へえ勝頼と景勝で揉めた事あるのか
ただこれは景勝有利なソースではあるね
武田征伐のさいは景勝は勝頼を助けるそぶりが特になかったのだから

453人間七七四年2018/09/17(月) 14:00:52.47ID:AUcD88VV
助ける素振り見せたよ
(一応)一門筆頭上条宜順斎に一軍預けて送り出したよ
宜順斎が行かなかっただけでw

そりゃ行かないよなぁwww
全軍の編成権くれるならまだしも

454人間七七四年2018/09/17(月) 19:50:16.72ID:pdgbyJIc
普通に助けようとしてたよ。斎藤や上条に反対されて終わったけど。

455人間七七四年2018/09/17(月) 19:58:24.20ID:V8RBWhPx
援軍出すふりして川中島四郡を火の海にしてたら
信濃制圧後の鬼武蔵もすぐには越後に侵攻できなかったかな
まあそんなことしたら天正壬午で占領するのも無理だけど

456人間七七四年2018/09/17(月) 23:43:07.18ID:CqsACjLU
そもそも甲州征伐って勝頼死ぬまで一月程度、信長が美濃にいる間に終わったんじゃなかったっけ?

457人間七七四年2018/09/18(火) 05:00:47.24ID:rH7gLVSa
そうだよ
武田の反抗が厳しいだろうから兵站には気をつけろよーって信長が手紙書いてたら、
信忠が速攻で攻めて軍事的な抵抗は一部しかなく制圧

援軍出したところで誰が味方で誰が敵かわからないから出す意味ないよ

458人間七七四年2018/09/18(火) 09:13:40.25ID:BOytW1TK
武田征伐も結果的に滅亡までいっただけで当初からそこまで目的としてたかは疑問
信長も慎重だし京都の公家たちも勝てるかどうか怖がってるよね

459人間七七四年2018/09/18(火) 10:29:36.05ID:iqiT7+TY
高遠が1日で落ちたのが悪い

460人間七七四年2018/09/18(火) 15:03:51.84ID:4iTs7pKE
それより木曽の離反が武田滅亡を早めた

461人間七七四年2018/09/18(火) 19:17:06.18ID:m6mYV+68
木曽が造反しなければ武田征伐自体が無いか後回しでは

462人間七七四年2018/09/19(水) 23:41:18.19ID:wrxbOFbw
武田や豊臣滅ぼしたキーマンになってる感さえある
心強い味方を気取りつつ結局最後は裏切る
ただの裏切りではなくそれぞれの破滅へのきっかけになっている

武田→武田と北条同盟解消させ武田を弱らせる、支援も特になし
豊臣→関ヶ原のきっかけ、関ヶ原後は豊臣を捨て徳川支配下

463人間七七四年2018/09/20(木) 07:22:36.68ID:3iakl3ub
関東公方も結局見殺しにした上に切り捨てたしな

464人間七七四年2018/09/20(木) 11:51:36.77ID:LHyAhj4X
当の信長ですら木曽の後詰めから始めて一気に武田家が滅ぶとまでは考えてなかったと思う
勝頼死んだとき信長はまだ信濃にすら入ってなかった

まして景勝からしたら晴天の霹靂だったろう

465人間七七四年2018/09/20(木) 12:05:20.22ID:c/sLN/i/
関ヶ原がなきゃ家康の権力掌握は史実より漸進的になるので
秀頼が徳川との対立を選んだ場合に大坂の陣より秀頼がましな陣容で戦えてたというのはあるのでは

466人間七七四年2018/09/20(木) 12:08:03.32ID:c/sLN/i/
すみません>>465
スレ違いでした

467人間七七四年2018/09/20(木) 18:24:23.73ID:TagDWnDx
みなさんは上杉景勝のライバルといえば誰が浮かびますか?

上杉景虎
前田利家
武田勝頼
毛利輝元
新発田重家

468人間七七四年2018/09/20(木) 18:52:28.95ID:E8Axoluk
>>464
結果的に武田領を一挙に占領したことが中央の空白を生み本能寺の遠因になったからなあ

>>467
伊達と最上

469人間七七四年2018/09/21(金) 12:11:18.81ID:0yio7X2o
一度マイクロビキニに空目したらそうとしか見えなくなってきた
http://pbs.twimg.com/media/DnkzfupUYAEhWYN.jpg
https://twitter.com/cherry_arai/status/1042955724135915521
https://twitter.com/5chan_nel (5ch newer account)

470人間七七四年2018/09/21(金) 12:33:03.98ID:6favVk3B
>>469
もう変態にしか見えない

471人間七七四年2018/09/21(金) 16:09:05.28ID:bdvqT5pm
だな

472人間七七四年2018/09/21(金) 17:45:37.66ID:zHUAeftP
何か発泡スチロール感がする

473人間七七四年2018/09/21(金) 22:38:46.51ID:43kOV5UN
>>462
そして真田昌幸・信繁は両家が滅びるまで最後まで付き添うと。

474人間七七四年2018/09/23(日) 15:55:27.46ID:CwODEMKQ
真田父子は有能だしなあ

475人間七七四年2018/09/23(日) 19:54:58.95ID:N0ch7MVz
>>474
関東でいえば佐野氏や小田氏等のクラスの国衆なのに、武田織田北条徳川上杉豊臣と力のある大名の臣下について存在感を示し遊泳術をはかったのも一つの才能か。

476人間七七四年2018/09/24(月) 18:40:29.75ID:lQtf29pW
>>467
新発田重家こそ越後人って感じだな
溝口さんの重家へのリスペクト具合凄いしなあ

477人間七七四年2018/09/24(月) 23:33:46.29ID:Oj4P+PQN
景勝を語るうえでは新発田重家の研究は避けて通れない
先代の上杉謙信へは忠臣で、あの川中島合戦で功績あげた有能武将だったわけで

上杉憲政をドサクサでやったのは、当時の景勝の精神的混乱も言い訳として通用するが
上杉忠臣で有能な新発田重家と揉めて潰したのは景勝のマジなわけで

そこが景勝ヲタにしろ景勝アンチにしろ評価の鍵となる

478人間七七四年2018/09/24(月) 23:58:35.95ID:N9taaR1Y
越後人は鹿毛カツとか銘打った馬肉のカツとか作らないの?

479人間七七四年2018/09/25(火) 00:19:03.08ID:F1r+2Ic5
景虎にトドメ刺す戦で重家大活躍して、嬉しくて直筆書状で部下にお知らせしたんだよね景勝って
なんで重家潰してんだよw才能あり過ぎて恐れたのかね?

480人間七七四年2018/09/25(火) 00:37:05.04ID:wVr4r2R+
独立性の高い国人領主として警戒されてたんでしょ

481明智光秀2018/09/25(火) 00:38:40.45ID:vJVtRnM8
有力家臣であるという事は
いつそいつが自分に取って代わるかわからんって事よ
だから上杉は有力家臣の粛清ばっかりやってる

482人間七七四年2018/09/25(火) 01:26:57.74ID:F1r+2Ic5
独立性の高い国人衆
徳川も越後は細切れにしたわけで、越後はそれで良かったんだよ
重家の下越は海もあるし広く開けてる
対して景勝の上田は山
気質も文化も変わるよ
謙信でさえ2度も叛いた繁長を潰さなかったわけで
景勝に謙信を継ぐ器はなかったと
憲政、仙桃院、謙信の一門となっていた加地氏が景虎についたのはそういう事だろう
そんな中本家加地氏に背いてでも景勝支持した重家潰すとかwww

483人間七七四年2018/09/25(火) 11:12:14.15ID:U7FjY64h
秀吉の力なければ潰せなかったしね

484人間七七四年2018/09/25(火) 13:16:06.86ID:wVr4r2R+
その辺謙信が国人に対して寛容というか強固な支配関係を構築してなかったので景勝の代でやり直し必要だったんだな

まあ関東管領上杉氏継いで不安定な家臣率いて大遠征しまくってた謙信のやり方ってそもそも真似できる?って感じだし時代も違うしな

485人間七七四年2018/09/25(火) 20:55:55.87ID:F1r+2Ic5
まあ所詮長尾は下剋上だもんな
為景の代も越後守護山内上杉氏を支えた揚北衆の筆頭格越後佐々木氏は長尾の仇、潰しておかなきゃならなかったんかねえ
米沢へ去ってくれてありがとう越後上田上杉氏
おかげさまで越後の民は堂々と佐々木重家公を弔うことができますので

486人間七七四年2018/09/25(火) 21:06:56.76ID:YCZ5NDz5
武田勝頼にしろ、新発田重家にしろ、上杉景勝を気遣って支援しているんだよなあ
恩に報いてきっちり連携共闘していたらまったく違った未来があったろうに

487人間七七四年2018/09/25(火) 23:28:47.33ID:9vnqSVm3
武田が生き残って盛り返すとか考えにくいし重家に加増して家中統制に失敗してたらどうなってたか

確かに近世大名として一応の格式を守れる未来はなかったろうな

488人間七七四年2018/09/26(水) 00:56:09.46ID:nMGC9Ksy
なんで阿賀北衆は裏切ったり統制乱す前提なんだよw
働きに応じて公正公平に加増してもらったら、認めてもらったら、ますますお家の為に励んだって不思議じゃないだろうに

489人間七七四年2018/09/26(水) 03:29:31.82ID:ng5PtLXD
毛利や伊達や島津もそうだけど、なあなあで国人衆とやってて
巨大な中央権力のバックがついてはじめて粛清ができたわけだからね
それくらい後期にならないと迂闊に潰せなかったんでしょ

490人間七七四年2018/09/26(水) 07:23:51.75ID:om5srUun
>毛利

井上さんカアイソウ、、、

491人間七七四年2018/09/26(水) 08:01:44.97ID:JkHzNjt7
単にパワーバランスの問題だな

加増してくれたら尽くしてくれるって関係性だと右肩上がりで行かないとどこかで破綻する
破綻する前に主家を凌ぐ力量を得てコントロールできなくなることの方が多い

実際上杉家が代替わりと中央権力に押されての情勢変化で支配領域を縮小してく中加増が途切れて独立されそうになった訳でね

492人間七七四年2018/09/26(水) 09:43:35.37ID:om5srUun
井上さんは大内派だったのに
その大内義隆が井上粛清にGOサイン出してたみたいなのよね
井上闕地を宍戸(元就娘婿)が受け取ることを承諾する書状が残ってる
きっと元就得意の讒言やろな
陶晴賢も江良房栄でやっちまったみたいに

493人間七七四年2018/09/26(水) 12:11:14.56ID:IPcY+xO4
>>491
上田衆への偏りが極端でなければ済む話じゃね?

494人間七七四年2018/09/26(水) 12:14:52.17ID:W7smyHi1
元就は大内の権力を背景に井上一族を抹殺できたと。

495人間七七四年2018/09/26(水) 14:49:11.16ID:JkHzNjt7
>>493
景勝自身上田長尾家の出だからね

身内や譜代に力を集中させるのは主家に権力を集中させること
集権的な体制を整える一過程だね

それに不満な外様は不満を飲み込んで主家に尽くして地位改善を望むか、いっそ背いて独立を勝ち取るしかない
そして重家は後者を選んだわけだね

496人間七七四年2018/09/26(水) 17:52:02.08ID:fAAN4Lk+
>>477
上杉憲政をドサクサでやったのは景勝主導とは限らんしね
一門を粛清・追放したせいで上杉家は慢性的な後継者難になったし

497人間七七四年2018/09/26(水) 17:57:30.97ID:wbs59O6g
景勝の後継者不在期間長過ぎ

498人間七七四年2018/09/26(水) 18:04:26.70ID:fAAN4Lk+
>>497
綱憲が子沢山になるまでは綱渡りすぎるし
実際に綱勝急死で終わりかけて領地半減されてるし

499人間七七四年2018/09/26(水) 21:04:46.99ID:nMGC9Ksy
>>495
結果すんなり重家潰せてたなら誰も疑問も文句も言わないんじゃない?

実際は放生橋で死にかけたり、攻める為に川掘るっていう地図に残る仕事頑張っちゃったり、秀吉に泣き付いたり散々じゃん
そりゃ越後追い出されても仕方ないよな
重家のせいじゃない
家中の統制強化とやらの時期とやり方違えた上田衆自身の責任だろうさ

ほんと上田長尾衆に越後統治続けられてたらと思うとゾッとするよ
謙信公は言いました、とか子供に学校で仕込むなんて発想は越後人には理解出来ないからさ

500人間七七四年2018/09/26(水) 22:02:14.77ID:JkHzNjt7
すまん何と戦ってるのかわからん

別に上田衆と揚北衆のどっちがいいかとかなく単なる事実として上杉景勝が家中統率のために新発田重家を冷遇し
不満の重家はそれに背いて挑んでいいとこ行ったけど結局は滅ぼされたってだけの話でしょ

501人間七七四年2018/09/27(木) 03:15:50.99ID:aWfrlWhV
景勝は謙信が死んだ年齢時(48歳)に最初で最後の子供(長男)が産まれるという偶然
生涯に子供を1人しか生まない大名って他にもいるけど、だいたい本人が短命か妻一筋とか理由が或る
側室もいるし長生きもしてるのに子供1人か・・秀吉みたいだな、定勝も本当に実子かねえ?

502人間七七四年2018/09/27(木) 05:05:05.23ID:M4O9KCN3
実子かどうかってそんなに重要?

503人間七七四年2018/09/27(木) 07:44:53.76ID:mat2NE87
そりゃ重要でしょ
万が一周囲に知れてしまったら御家騒動になる

504人間七七四年2018/09/27(木) 08:24:03.31ID:qqOIiWL0
養子でも良かったのに上条一族が逃散しちゃったからな

上条が逃げたから後継者作る必要に迫られたのか
自分の後継者が欲しいから上条追い出したのかは知らんが

とりあえず上杉義勝は完全に無視されたようだ
山内自体が邪魔だったんだろう
上田にとっては代々偏諱受けたかつての主家なのに

505人間七七四年2018/09/27(木) 14:02:04.39ID:Q89fzMNI
>>478
新潟って馬産地なのか?木曽馬は数少ないらしいし、高山のお家兼ミュージアムに居たけどでかかったわー。道お散歩してた

506人間七七四年2018/09/27(木) 17:51:51.01ID:C/uUJ+NR
>>501
側室って若いころからいたのか?
正室の武田氏と子ができないから仕方なく晩年に側室に産ませただけじゃね?

507人間七七四年2018/09/27(木) 19:56:50.89ID:wMkJxENj
>>501
金森長近の「82歳で半世紀ぶりの第二子」とかも
やっぱ怪しいのかな

508人間七七四年2018/09/27(木) 22:00:54.30ID:SCFmpitW
>>506
その通り。

509人間七七四年2018/09/28(金) 04:11:58.86ID:yYEs18sv
世継ぎ争いで弱体した経験も持つ景勝が自身の世継ぎに無関心とはな

510人間七七四年2018/09/28(金) 05:17:56.29ID:4biWhvFQ
養子もらえばいいとどこかで思ってたんでしょ
謙信以来、やっぱり実子にはあまりこだわりがないよね

511人間七七四年2018/09/28(金) 11:00:32.83ID:F6tHKSLn
重要なのは「家」であって「血」じゃない

512人間七七四年2018/09/28(金) 12:16:13.10ID:eLzNARxy
まあ一般論として殿様が壮健なうちにその辺の話をするのは難しいのはあるね
適当な養子とって世継ぎとして届けた後で殿様に実子が生まれると揉める元になるしな

景勝→定勝の代は結果としてうまくいったわけだしね

513人間七七四年2018/09/28(金) 18:58:39.59ID:cw13nJHN
>>511
むしろ謙信も景勝も府中や上田の「長尾」家を捨ててるわけだが
たとえ適任者がいなかったとしても後継者すら置いてない

514人間七七四年2018/09/29(土) 02:09:41.21ID:jfZidbvb
>>512
当時の人間の平均寿命、乳幼児の死亡率考えたら完全に賭けだがな

515人間七七四年2018/09/29(土) 09:21:52.00ID:gy3lDQR4
俺もその辺十分飲み込めてないんだけど「景虎が長尾家から出て関東管領上杉家に養子に入った」って感覚じゃなく
変な言い方だけど「景虎の養子入りで法人格としての長尾家と関東管領上杉家が合併した」って捉え方なのかね
上田長尾家→上杉家としては

>>514
だからその辺は結果論だよね

史実通り養子を立てなかったせいで賭けに負けて断絶するリスクもあったけど
養子を建てたせいで権力の二重化、分裂の危機を招くリスクもあった

516人間七七四年2018/09/29(土) 13:14:57.24ID:XE5VJz1O
宗家としての上杉家と長尾家を分けることで権力の二重化は避けられるでしょ
徳川家と松平家みたいに
というか最終的に上杉家の当主を当主として認めるのは豊臣家または徳川家なんで一戦国大名時代とは事情は大きく異なる

517人間七七四年2018/09/29(土) 13:25:59.95ID:xXmreT1w
>>482
加地は景勝方だよ
武田への連名文書に名前があるし
新潟県史も上越市史も景勝方にしている
本庄宛、景虎書状に加地もこちらについたとあり、途中で裏切ったのかもしれないが、詳細は不明

518人間七七四年2018/09/29(土) 13:34:10.35ID:hoxrb3LU
>>517
新発田は加地城攻めてなかったっけ?

519人間七七四年2018/09/29(土) 13:36:31.22ID:b3/fQbj9
>>479
重家の方が竹俣とごちゃごちゃやり始めた当初は、景勝は仲裁しようとしたじゃん

520人間七七四年2018/09/29(土) 13:37:06.05ID:hoxrb3LU
>>518
自己レス訂正。その頃は五十公野治長か

521人間七七四年2018/09/29(土) 13:41:03.69ID:gy3lDQR4
>>516
それは徳川と松平家とか関係なく廃嫡した養子を分家するってだけの話だよね

その場合養子やその取り巻きが素直に聞けばそれでいいけど地位と権力に執着されちゃったり無用の混乱起こるリスクはあるよ
分家するにも所領与えなきゃいかんしね

戦国期と徳川幕府体制下の話の違いはもちろん踏まえて語られてると思ったけど混同してた?

522人間七七四年2018/09/29(土) 13:59:23.96ID:xXmreT1w
>>518
確認したら、本庄の息子と勘違いしてた

蘆名の小田切宛の景虎書状で、加地は新発田や五十公野と手切れをしたとある
文面通りにとれば、新発田らと戦争状態に入ったことになるけど、具体的にドンパチしたって一次史料なんかあったっけ?
御館当時の加地安芸守が春綱なのか秀綱なのかわからないぐらい加地の動静は不明

523人間七七四年2018/09/29(土) 14:44:45.99ID:hoxrb3LU
>>522
勘違いは誰にでもあるから大丈夫

加地氏っていうか、越後佐々木氏気になる
長尾や上杉より越後歴笑長いし、やっぱり頼朝側近の流れって別格のロマンがあるわ

524人間七七四年2018/09/29(土) 15:25:34.23ID:WqfhMLBA
>>516
米沢新田藩を立てる時に長尾家を復活させようとは思わなかったのかね
当時は上杉自体も吉良系だしもはやそういう時代ではなかったのかもしれんが

525人間七七四年2018/09/29(土) 18:55:52.10ID:pkGGFa5a
>>524
新田藩はあくまでも本家にもしものことがあった時のスペア扱いだから
白井長尾の流れなら侍組にいたんじゃなかったっけ
菊姫の姉の孫が上杉に召抱えられ際、将来は長尾姓を名乗るように景勝は遺言していたけど、本人が辞退したこともあったような

526人間七七四年2018/09/29(土) 19:22:19.46ID:/Yat0k69
>>522
春綱は為景時代に登場するから、天正時代に登場する加地安芸守は秀綱の可能性が高いと思うんだけど
今福氏も平山氏も景勝から武田への和睦要請の最初の返答書の宛名の加地安芸守を春綱にしているね
なんか根拠があるのかな

527人間七七四年2018/09/29(土) 23:17:03.07ID:aO7f2Noj
>>526
秀綱の祖父にあたる人も春綱だった可能性も微レ存

528人間七七四年2018/09/30(日) 00:39:53.08ID:4Y3JFyKq
>>513
出戻り小四郎くんの扱いは府内長尾じゃないの?
下田長尾かもしれんけど

529人間七七四年2018/09/30(日) 18:35:20.50ID:7+cNeuXt
本題からどうでもいい話になってきたな

530人間七七四年2018/09/30(日) 19:06:30.81ID:IqY8/66J
そもそも政敵が抹殺されただけの話で特に不思議はないからな

531人間七七四年2018/09/30(日) 19:33:43.88ID:hMQTIHFb
「義」とか言っちゃうから弄られるのではないかと

532人間七七四年2018/09/30(日) 20:51:09.92ID:mEfO4pG1
俺から見てもスレタイ趣旨からズレてるという書き込みはままあるけど
そもそも上杉景勝が上杉憲政をやっちゃった事実がズレてるのでそこまでズレたとは思わない
むしろスレタイ趣旨通り上杉景勝とはいったい何者かという議論について
かなりマジメに考察されてる気がする

新発田重家にしても上杉景勝研究で絶対外せない人物
NHK大河天地人で完全スルーされたのが不思議なレベル

戦国武将として有能な逸材だったのは否定のしようがないし
個人的には戦国上杉史に限れば
実体不明な宇佐美ナントカや過大評価の直江兼続以上の有能武将としてのパワーを感じる

533人間七七四年2018/09/30(日) 21:05:22.73ID:qrfg21bc
新潟は外人頼みの糞サッカーと言われますが、上杉(長尾)も揚北衆頼みの○大名

534人間七七四年2018/09/30(日) 22:17:01.09ID:IqY8/66J
有能だったから野心疑われたり独立を目指したんだろうしな

535人間七七四年2018/10/01(月) 02:23:07.67ID:Sj7I5lba
上杉景勝を語るうえで新発田重家は永遠について回る

そう

長尾景虎=上杉謙信を語るうえで上杉憲政を語る事が絶対に避けられないように

536人間七七四年2018/10/01(月) 07:16:56.99ID:VxZvzTwS
>>535
新発田重家を過大評価しすぎ
御館の乱での活躍は兄長敦あってのものだし、乱が長引いたのも御館の乱の国内疲労、四面楚歌状態の対外状態によるものが大きい
信長が頓死してしまったから木曾義昌になれなかった

537人間七七四年2018/10/01(月) 15:16:03.64ID:c4ep6u7A
主演「こんな脚本じゃ歴史好きに叩かれるで(震え声)」

538人間七七四年2018/10/01(月) 17:38:20.51ID:Gw4dSD4y
>>530-531
元々主筋の義祖父だからな

539人間七七四年2018/10/01(月) 19:07:17.70ID:HEXIQmCC
>>536
対外戦が無くなった秀吉臣従以降でもまだ2年かかってるわけだが
功あった藤田信吉さんはスパイの汚名着せられて頃されかけたので方々の体で上杉から逃げ出します

なんかこんなのばっかしやな上田さん

540人間七七四年2018/10/01(月) 19:34:50.16ID:uqMUke/6
>>536
そういう状態だったからこそ決起したんじゃないか?
そんでその状態は上田衆の失策によるものでしょ
新発田攻めのグズグズ感は長谷堂に通じるものがあるかもね
粛清しまくって弱体化しまくって外様揚北衆繁長頼みとか、上田衆半端ないってw

541人間七七四年2018/10/01(月) 19:35:53.56ID:abWa6n4Z
>>538
下克上だね

542人間七七四年2018/10/03(水) 12:19:16.15ID:a2L6tqWw
本能寺なんて予測不能なわけだし新発田は穴山や木曽と同じ判断しただけと言える
信長が死んだ後にごめんなさいしたら謙信時代なら許されてたけどな
新発田としては景勝が秀吉に臣従したのも誤算だったろうな
織田後継が誰だろうと景勝が臣従しない、させてくれないなら状況は同じだったろうし

543人間七七四年2018/10/03(水) 18:36:42.51ID:MBDP2eHM
伊達や芦名が内部事情で手を引いたのも大きいな
新発田が起った時点で周りは反上杉だらけだったから(親上杉だと瀕死の武田がいたけど)

544人間七七四年2018/10/03(水) 19:05:57.23ID:UuGMUCHN
>>542
上カスが秀吉に臣従した後も重家助命路線じゃね?
なんてったって、先に信長秀吉路線に従ったのは重家なんだし

景勝は佐竹へのお手紙で宣言したように日の本敵に回して死ぬ機会を二度も逃しやがったねw
義って凄いねw

545人間七七四年2018/10/03(水) 19:15:22.73ID:MBDP2eHM
>>544
両立できないなら大きい方に肩入れするという政治的判断 中立で当事者に任せて放置したとも言えるが
新発田が転封を呑むなら豊臣領に引き取るというケースもあり得たかもしれんが

546人間七七四年2018/10/03(水) 19:20:35.08ID:NBOVPEPm
交渉の窓口が柴田だったら、新発田本人の意思はともかく
上方の印象として反秀吉に組み込まれるんじゃないの
反上杉の連中が柴田に接近して孤立した結果
敵の敵は味方理論で上杉と秀吉が組むことになった

547人間七七四年2018/10/03(水) 19:22:02.39ID:MBDP2eHM
武田滅亡前みたいに敵が一方向なら景勝も華々しく迎え撃ったかもしれんが武田滅亡後や関が原後は四面楚歌でリンチされるだけだからなあ
上杉は改易を経ないで全盛期から一番落ちぶれた戦国大名の生き残りではなかろうかw
もちろん生き残ってることも凄いことだけど

548人間七七四年2018/10/03(水) 19:34:32.59ID:UuGMUCHN
>>546
景勝が放生橋で死にかけた年に勝家は逝った

549人間七七四年2018/10/03(水) 19:48:34.43ID:MBDP2eHM
>>548
一度貼られたレッテルはねえ
勝家が逝ったあとも佐々は生き残ってたし
家康が臣従するまでは上杉の利用価値は秀吉にはあっただろう
上杉が臣従するそぶりも無いなら佐々征伐の軍勢をそのまま越後に雪崩れ込ませたかもしれん

550人間七七四年2018/10/03(水) 22:12:11.09ID:UuGMUCHN
>>549
まあね
ところで秀吉って重家殺す気だったの?

551人間七七四年2018/10/03(水) 23:48:22.62ID:U8OeJn20
最終的に秀吉は景勝に降れば許すってスタンスでしょ

重家が上方との外交をうまく回せたら賤ヶ岳後の数年の間に降伏じゃない形の和睦を結んで近世大名として残れたかもな
その場合景勝も国持大名として面目を失い大老に名を連ねることもなかったろう
けど結果的に会津転封もないだろうし家康と対立することもなかったかもしれんので何が幸いかわからんな

552人間七七四年2018/10/04(木) 00:32:25.78ID:rfUIyL1A
>>531
史実だけを見ていけば上杉家は「義」じゃ無いしな。
強いて言えば上杉家は「義の大名」ではなく「義というイメージを利用した大名」

553人間七七四年2018/10/04(木) 01:05:19.89ID:s9GZIv5C
最初に義の大安売りしたのは武田押しの本家に上杉押しで対抗した紀州家じゃないの?
それはそうと水戸家付け家老は北条押してくれんかったのか

554人間七七四年2018/10/04(木) 05:01:45.35ID:+oTN/sHH
同盟してる大名や従属してる国衆がピンチのときに助けるのは戦国の世でも普通のことだしな
謙信は北信濃と関東の国衆には頼られて「何度も」兵を出してるという、回数で見れば確かに義に厚い
だけど結果はどちらも目的を果たせず、晩年は関東では見放されつつあった
回数が多いのも、敵(北条)が撤退したらこっちも撤退→敵がまた侵攻してまた救援とイタチごっこしてただけ
大名との同盟にいたっては、今川・北条・徳川・織田と永禄末期から忙しなく相手したけど、どれも効果的な援助はない

言うことはでかいがアテにならない大名、それが上杉謙信

555人間七七四年2018/10/04(木) 11:53:51.91ID:+vWU8HEa
もし謙信が関東出兵のとき関東管領としてまやばしにそのまま留まっていたら歴史は変わったのかな?

556人間七七四年2018/10/04(木) 12:44:31.47ID:+DiVx5OY
越後の維持ができなくて積むかな

557人間七七四年2018/10/04(木) 13:01:59.74ID:d6dqOlWx
>>553
いや普通に上杉家自身じゃねだって「義の大名」ということにしとかないと
景勝の行動の顛末が格好悪すぎる

558人間七七四年2018/10/04(木) 13:23:04.56ID:rfUIyL1A
中身に上杉要素ゼロなのに上杉を箔付けに利用した長尾景虎
中身に義なんてないのに義を箔付けに利用した上杉景勝
上杉家の一番の得意技って、実は宣伝工作じゃないのか?

559人間七七四年2018/10/04(木) 14:51:44.46ID:wuLwkdxG
「義の人」とか「義将」とかって漫画や小説ではよく見るけど当時の一次資料でも確認できるプロパガンダなの?
「義の大名」という言い方はここで初めて観たかもしれないけど文脈的にみて江戸初期の米沢藩が使っていた用語なのかな??

なんとなく軍記物や講談、大衆文学によって形作られたイメージだと思ってたけど自己発信が今も生き続けてるってことなのかな

560人間七七四年2018/10/04(木) 16:48:28.72ID:wAYjtLdf
>>559
義、義だの言いだしたのは明治になってからじゃね
米沢に上杉神社を建てて、謙信の一大プロバガンダを始めた頃からだろ

561人間七七四年2018/10/04(木) 19:03:41.52ID:2/Z4YIZF
米沢って言えば、長らく景勝兼続主従は黒歴史扱いだったんだっけ?
上杉神社の景勝兼続主従の銅像も大河ドラマ決定以降に作ったもの?

562人間七七四年2018/10/04(木) 19:11:32.75ID:CnaWK+N7
謙信や政宗のブームもあって扱いが悪かったのは本当
学校には景勝の肖像画が飾られてたけどね

563人間七七四年2018/10/04(木) 20:03:33.28ID:2/Z4YIZF
>>562
!?
学校に景勝の肖像画ってw
の割に大河に影響されまくりの評価の上下動w
いやあ「義」ってほんと素晴らしいですねwww

564人間七七四年2018/10/04(木) 22:16:39.44ID:64jTMNaL
というか義云々はそもそも後世の虚像であって実在した大名とは関係ないという話になってなかったか

565人間七七四年2018/10/05(金) 06:21:13.59ID:xcISHFLV
越後外で攻め込んだ土地の直轄領地化が極端に少なかったことから義将とされたんだろう

566人間七七四年2018/10/05(金) 08:03:18.54ID:lYrLxYHH
それは当時からそのように言われてたということですか?
それとも後世の人がそう評したってことですか

直轄領の比率が例えば武田とどの程度違うかといった研究の結果はどこで見れますか?

567人間七七四年2018/10/05(金) 11:39:32.70ID:4ATWcyfE
謙信の書状では義という言葉は使わずに筋目と言ってるそうな。
自分は筋目を大事にする、という言い方ね。

568人間七七四年2018/10/05(金) 11:50:48.26ID:TjYakqq4
上杉謙信のバッタもん感、貴乃花に重なるわ

569人間七七四年2018/10/05(金) 13:43:00.48ID:Y1Tgkybz
現代の用語と違うから単純比較はできない
仮に同じ漢字でも意味が異なる場合も多い
筋目は書状などに出てるね
現代の用語で言えば義が近い

570人間七七四年2018/10/05(金) 19:10:06.78ID:tcWgt61Z
そんな義を生業にしている人達がいるんだよなあ
嫌な感じ

571人間七七四年2018/10/05(金) 21:50:56.43ID:mXCnytje
上杉家が「義」がどうこう言った記録はない。単に「第一義」の意味を後世の人間が「義が一番大事」と勘違いしたのが大きい。
北条家とかは書状に「義」と言うワードが登場してた気がするな

572人間七七四年2018/10/06(土) 10:37:19.03ID:hHXsDxxG
後北条が義とか失笑物だけどな

573人間七七四年2018/10/06(土) 12:07:52.47ID:X3js1TG+
第三者的に見たら長尾よりマシだと思われます

574人間七七四年2018/10/06(土) 13:41:17.55ID:ly5avCes
第三者的wなんじゃそら

575人間七七四年2018/10/06(土) 13:52:02.75ID:4Oh6Teny
そりゃ為景さんは上司の家の房能さんをぬっ頃したし
顕景さんは上司の家の憲政さんをぬっ頃したけど
氏綱さんは晴氏さんを監禁するだけで頃さなかったとってもいい人(棒読み

576人間七七四年2018/10/06(土) 13:58:15.33ID:gnJlq1Md
そもそも99%以上くらいの人が義の意味が分かっていない
言ってる事を見ると義じゃなくて善の事を言っている
義、不義と善悪は全く別のもの

577人間七七四年2018/10/06(土) 14:12:40.34ID:X3js1TG+
>>574
上杉オタと北条オタの醜い争いは有名だから

578人間七七四年2018/10/06(土) 14:16:23.94ID:4Oh6Teny
義理と人情と言うが義理と人情が同じ意味で使われてるのは時々見る

579人間七七四年2018/10/06(土) 17:38:53.40ID:I3WZk6Z2
上杉に本当に義があるのなら同盟結んでた北条が武田に再鞍替えとかしないのじゃないかねえ

580人間七七四年2018/10/06(土) 17:57:26.54ID:DbDKvX3H
上杉謙信は上杉憲政の義理の息子
上杉景勝は上杉謙信の義理の息子

なんだどっちも義の人じゃないか

581人間七七四年2018/10/06(土) 18:33:57.53ID:ZNTa3vuz
>>572
後北条は領民に慕われてた分マシ

582人間七七四年2018/10/06(土) 23:08:22.21ID:wZIF2yG7
結局、新発田重家に対する舐めた扱いが
上杉景勝に対する余計な評価や誤解を拡散しちゃってる感じ
新発田重家をまじめ研究すれば
「あっ・・上杉景勝は世間では名将とされるけど、そういう人なんだ」
「上杉景勝は景虎はともかく、なんで上杉憲政をやっちゃったの? あっ・・そういう人だし不思議でもなんでもないか」
これで済むから

戦国や日本史に関心をもった
チビッコが最初に触れるであろう
NHK大河もコーエー歴史ゲームも学研の日本史漫画も
新発田重家をスルーなんだから

それにしてもネットの発展はありがたい
ニコニコ大百科に項目あって嬉しかった
逆にいえば新発田重家の研究が本格化したのはごく最近という事になるけどな

583人間七七四年2018/10/06(土) 23:51:33.06ID:zM+ows12
先代謙信時代のピークのおよそ十分の一に、してしまった、なのに、なってしまった、されてしまった、って感じが強くするよね上杉は
毛利も似たようなもんなんだろうけど、維新でリベンジ果たしたことで過去を消化出来たんだろう
対して上杉はなあ
上杉の居ない越後の方が維新においても存在感は圧倒的だし、過去を消化出来ないまま真面目に周囲を研究しちゃったら、自己愛崩壊してしまいそう
ざまあ、としか思わないけどねw

584人間七七四年2018/10/07(日) 00:28:33.35ID:odSwsg/c
最近、富田林署脱走犯人による「感謝の手紙」の心理分析が話題になってるけど

景勝が本能寺前夜に佐竹へ送ったとされる書状を思い出した
これに近いものを読んだら武田勝頼も豊臣政権もコロっと信用するし大切にしてしまうよねと
いうまでもなくどちらも最後は裏切られたが

そういう才能とセンスは絶対あると思う

585人間七七四年2018/10/07(日) 13:30:24.99ID:W4XM5opt
正義の義と思うから変なこじつけがいるようになるんで、ヤクザやチンピラの面子とか侠気とか思えばすんなり受け入れられる。

586人間七七四年2018/10/07(日) 21:42:12.25ID:Sc+idg04
いや、ヤ○ザさんに失礼だよ
長谷堂撤退後責任とってあんなことやそんなこと出来ただろうにさ、あの主従は何もしてないじゃん

587人間七七四年2018/10/08(月) 08:58:22.50ID:gvjJdXuG
要は後世の虚像に過ぎない「義」というものを、自分なりに解釈した人らが本当はこんな人だ!つって恨んでるんだな

500年も前に死んだ歴史上の人物に今更自己愛もザマァもなかろうに

588人間七七四年2018/10/08(月) 10:42:35.13ID:IbBYSez6
>>561
明治以後異常に謙信をクローズアップしたせいだろう
江戸時代は景勝の月命日は謙信とともに藩士一同は慎む日とされていた
上杉家御廟所は今は謙信中心になっているが、江戸時代は景勝が中心になって、参道も景勝廟に向かって作られていた
明治になって無理矢理謙信を押し込んで、参道も作り変えている

589人間七七四年2018/10/08(月) 11:08:44.84ID:vDdXoGpz
主題に帰るとすると
最新の研究では、謙信の後継者は景勝に決まって家督宣言をしたものの、反景勝派が対立候補として景虎を擁立したという流れが主流ということでいいのかな
その見地でいえば、憲政は反主流派の片棒を担いだわけで、内乱のみならず対外勢力たちの越後侵略を招いた元凶の一人として殺されたということになる
前管領を殺したことに当時大して非難の声が出ていないことを考えると、殺されて当然のムードだったか完全に世間からは忘れ去られた人だったか
旧家臣たちも普通に景勝に使えてるしな

590人間七七四年2018/10/08(月) 11:28:31.04ID:S7rwmvXO
>>587
どう読んだら過去の人に対してのものになるのか?

591人間七七四年2018/10/08(月) 13:21:31.51ID:np9igw1S
>>589
・後継者は景勝で内外共に落ち着いていた
・その後、神余氏と景勝が揉める
・調停に当たった人がいたけど景勝は神余氏に対する強硬な姿勢を崩さず決裂、調停人たちの面子を潰す
・調停人たちが景虎を擁立

592人間七七四年2018/10/08(月) 13:28:00.30ID:gvjJdXuG
>>590
そりゃ今時謙信や景勝を本気で信奉してる人たいしていないしそれに粘着し続けるとか理解できないからよ

593人間七七四年2018/10/08(月) 15:08:55.90ID:Ndra3DU8
>>592
米沢行ったことある?

594人間七七四年2018/10/08(月) 15:22:09.46ID:mtEELiyH
米沢はすごいね

595人間七七四年2018/10/08(月) 16:12:44.89ID:gvjJdXuG
米沢は行ったことないが親でも殺されたか?

596人間七七四年2018/10/08(月) 17:10:53.42ID:52x78R1H
ここまで頭悪いともう会話すら難しいな

597人間七七四年2018/10/08(月) 17:28:25.90ID:gvjJdXuG
割と真面目に何でそこまで目の敵にしてんの?
何処もご当地の殿様をヒーロー扱いすんのって割とあるけど
変な聖人扱いは虚像に過ぎないのはわかりきってるでしょ?

598人間七七四年2018/10/08(月) 18:28:58.94ID:XyLygY9X
そもそも戦国武将なんてみんな人殺しなんだからわざわざ聖人じゃないなんて目くじら立てなくてもいいわ

599人間七七四年2018/10/08(月) 19:47:39.46ID:iaiW87aB
なんか上杉謙信アンチがしれっとしつこく混ざりこんでるようだけど
景勝とはまったくの別者なんだから他スレでどうぞ
景勝の公平的な検証の妨害だわ

謙信が無能なら武田信玄北条氏康があんなに翻弄されてないし
織田信長が謙信に恐怖や警戒の気持ちがないなら
あんな位置に安土城作らないし手取川に織田家オールスター派遣しないよ

600人間七七四年2018/10/08(月) 21:01:34.21ID:I6xVQEck
世の中の人は義経がタッキーで民のことを考えていた聖人ぐらいの認識だろう

601人間七七四年2018/10/08(月) 21:19:09.92ID:cgWWQnuT
さすがにそれは世の中舐め過ぎだろ

602人間七七四年2018/10/08(月) 21:22:31.77ID:ZtpTSJGn
>>589
でも憲政をはじめ、上杉一門は景勝に反抗してるんだよな。
景勝への家督継承は「上杉家」だったのかな?「長尾家」としての継承に過ぎなかった・・のでは?
謙信存命時に景勝に改名して弾正少弼も貰うが、上杉景勝というより長尾景勝っぽいんだよな。
御館の乱は長尾家と上杉家の絡みをもっと考えないといけないのではないか

603人間七七四年2018/10/08(月) 22:30:11.17ID:wOIWMiZw
味方してる上杉もいるし敵対した長尾もいるし

604人間七七四年2018/10/09(火) 00:14:53.68ID:r6skSz97
近衛前久が関ヶ原で東軍勝利後の情勢を息子に知らせる手紙では長尾呼びなんだよなあ
謙信とはすごく親交あったのに

605人間七七四年2018/10/09(火) 11:40:15.80ID:MXihImEL
実際名字官途書き出し受けてるんだからニセ書状で無い限り上杉弾正少弼は動かない
とはいえ前公方との(長尾弾正少弼としての)由縁を語ってるんだから紛らわしい
更に言うと景勝には母系を遡って上条上杉弾正少弼を名乗る権利もあるもんだからややこしい

つーわけで謙信が悪いw
だいたい「深く忠臣の心馳あるにより」「下され候」てなら一刻も早く室町を再興せにゃならんやん
武田北条と和睦してww
やっぱり謙信が悪いwww

606人間七七四年2018/10/09(火) 13:22:02.67ID:5qJcHmsy
>>604
島津の家臣も関ヶ原以後に長尾と書いた書状を残しているが上杉との関係には全く問題なかったので必ずしも侮蔑するために長尾を使用していたわけではない

607人間七七四年2018/10/09(火) 18:29:56.97ID:O8ixg06o
謙信が死んで名実ともに関東管領が消滅した時点で上杉もクソも無いだろってのはあったのかもな

608人間七七四年2018/10/10(水) 07:08:22.29ID:NQEFno5v
>>603
正確には上田長尾家だな、長尾の敵対者はわかりやすい
御館の乱は長尾の主流争いの側面もある
上杉一族は景虎側が圧倒的かな、憲政の影響だろうか

609人間七七四年2018/10/10(水) 15:23:36.62ID:8f5glEt+
上条上杉、山浦上杉

610人間七七四年2018/10/10(水) 17:50:06.61ID:PX6v1nVC
>>604
すごくってほどでもないだろ
近衛が贔屓にしてたのは島津じゃん

611人間七七四年2018/10/10(水) 19:00:56.92ID:4oWWTTcO
謙信とは謙信上洛時に血書を交わすほどの仲だぞ
それに関白在職のまま越後まで下向して謙信の関東侵攻にまで一緒について行ってるし

612人間七七四年2018/10/10(水) 20:52:21.22ID:cpT603Nf
>>609
上条十郎と上条弥五郎は別家と理解すべきだと思う

613人間七七四年2018/10/10(水) 21:24:49.53ID:cpT603Nf
>>611
なんでさっさと帰っちゃったのかしらん
輝虎が中央政界に興味無さそうだったから?
それとも関東公方にすらしてもらえそうに無かったから?

614人間七七四年2018/10/10(水) 23:49:59.66ID:4oWWTTcO
>>613
現職関白が関東公方に成りたかったってこと?

615人間七七四年2018/10/11(木) 02:26:24.65ID:Rft/KSAp
というか景虎の遠征と関東管領就任という事業がひと段落ついたから帰っただけじゃね?
さっさと帰ったというけど一生関東にいるような想定の方がちょっとしにくいのではないかね

616人間七七四年2018/10/11(木) 08:15:31.20ID:MQrQM1Rt
まだまだ「アズマ」に過ぎんからな

617人間七七四年2018/10/11(木) 09:04:21.82ID:cX/PFwVX
>>612
上条弥五郎家も不思議な家だよね
歴史に初めて登場する定憲も出自を研究者がいろいろ頭をひねって考えたけど結局不明のまま
一時は顕定の実子説が確定的だったけど、越後過去名簿が発見されて、定憲と長福院や上条少弼入道は別人であることが確定し、定憲の顕定実子説も不確定なものになった
本人は自分の方が憲房・憲政親子よりも上杉の嫡流だと書き残してるし、花押から顕定に近い人物であろうことは推定されてるけど
五郎は代々の越後上杉当主が名乗った通称なんだよ
最後の五郎は顕定の早逝した兄定昌
顕定は弥五郎定憲を定実に替えて、越後守護にするつもりだったそうだし

618人間七七四年2018/10/11(木) 14:49:12.72ID:8CQ+Pd5R
であれば上条家が憲政に付かなかったのもわかるな
でも上杉一門の大半はまだまだ憲政の影響が強かったと言うことだ

619人間七七四年2018/10/11(木) 17:18:39.01ID:E/rl6hr8
当時の上杉一門と言っても憲政とその子たちと上条十郎家、弥五郎家、山浦家、山本寺家だろ
弥五郎家と山浦は景勝方だし、山本寺は兄弟(親子説あり)で別れたし、上条十郎は古志長尾出身らしいが、古志の家臣団は河田長親につけちゃったから、大して景虎の力になりそうもないな

620人間七七四年2018/10/11(木) 18:35:47.69ID:/TGTp7JN
琵琶島も上杉らしい

621人間七七四年2018/10/11(木) 18:54:06.58ID:/TGTp7JN
あと諸国衆御太刀之次第写では桃井が越十郎・山本寺と同じ並びなので
何らかの血縁があるのかもしれん

逆に上条入道山浦入道がヒラ国人枠なのも何らかの法則性があるんだろう
きっと

622人間七七四年2018/10/12(金) 01:06:24.41ID:95yx0A97
越十郎は古志長尾、山本寺も為景の姉妹が嫁いでいるから可能性はあるね
上条入道と山浦入道は本来の上杉一族の生き残りの可能性もあるけど、この上条入道と山浦入道の記載については要検討と言っている人もいたような

623人間七七四年2018/10/12(金) 01:07:57.61ID:CIxtsgfg
上条政繁が上条頼房の実子説を採るとして
仙洞院次女が政繁妻とするならば
イトコ婚になるのよね

やっぱり仙洞院次女は畠山義春室じゃないのかしら

624人間七七四年2018/10/12(金) 02:57:25.18ID:0HayJp9d
上条頼房妻が為景娘ってWikipediaにもあるけど、根拠なんかあるのかな
片桐昭彦氏の論考によれば、仙洞院の同母姉妹は上条家に嫁いでいるそうだが、母は頼房の姉になるから叔父姪結婚になるよ
イトコ婚は日本では、武田義信夫妻や穴山梅雪夫妻、今川氏真夫妻みたいにむしろ奨励されてた感じだけど、叔父姪は天皇家以外では珍しいかも
おそらく頼房は上条少弼の後妻さんの子で仙洞院母とは異母みたいな感じだけどね
片桐氏は為景娘の上条夫人は政繁かその養父(頼房ではない)の夫人ではないかとしていた
それにしても為景時代にあんなにいた上条一族がその後歴史から消えているのはなんでなんだろう
八条家と違い、定憲と為景の抗争で一族が撲滅した感じもないのに

625人間七七四年2018/10/15(月) 23:04:24.26ID:84kV/4vB
>>308
天地人でも北村景勝がノイローゼになってダウンするシーンがある。

626人間七七四年2018/10/20(土) 18:48:21.03ID:rrXxZ8jT
領地減らされたといっても坂戸時代に比べたら大儲けと言っていいだろう

627人間七七四年2018/10/28(日) 05:21:34.37ID:BSyvutWy
隙をみせたら後ろから刺す腐れ外道 それが景勝

628人間七七四年2018/10/28(日) 13:57:55.07ID:rPYIVQgs
戦国時代ってそんなものじゃないの?

629人間七七四年2018/10/28(日) 17:04:27.08ID:I0g2vzev
そんなんだから上田クーデター説がささやかれるんだよ
景虎への取次だった直江・山吉が先年先々年急死したり
柿崎晴家北条高定が暗殺されたり

630人間七七四年2018/10/29(月) 17:40:35.20ID:uJHZrbQ2
>>629
直江は養子が景勝についてるし後に兼続が娘婿になって継いでるしさすがに違うだろう
しかも謙信健在中だぜ

631人間七七四年2018/10/29(月) 19:35:29.42ID:zl27idfl
>>627
仙桃院も離れたしな

632人間七七四年2018/10/29(月) 21:46:43.98ID:bZz/g3uT
名字尽では実綱が能登衆筆頭になってる問題

633人間七七四年2018/10/31(水) 21:23:32.18ID:OvXIOgS7
謙信死後の上杉家を憲政にまとめる力なんて全くなかったんやな

634人間七七四年2018/10/31(水) 21:41:11.06ID:vaOJSACa
「上杉」を乗っ取った景勝

635人間七七四年2018/11/01(木) 02:42:26.92ID:N2+WFP5l
無理でしょ力無くて関東管領譲るぐらいなんだから

636人間七七四年2018/11/01(木) 22:26:52.34ID:P0+jm1a9
上杉は戦の弱い者と師泰も申しておりまする

637人間七七四年2018/11/02(金) 06:34:05.09ID:5ytfddzB
謙信も草葉の陰で泣いとるわ

638人間七七四年2018/11/02(金) 07:14:41.35ID:1CXtivLG
おめーのせいだろ!

639人間七七四年2018/11/02(金) 16:30:27.36ID:czLAgxbP
謙信は草葉の陰で酒飲んでるよ

640人間七七四年2018/11/04(日) 22:11:19.35ID:Z/5o0gM4
新発田ゆかりの浪人が、上杉当主の父を討つ
忠臣蔵っていい話だなあ

641人間七七四年2018/11/05(月) 20:17:09.41ID:l1+4nJMq
そういやそうね

642人間七七四年2018/11/06(火) 22:07:36.93ID:ESImmM4O
>>640
どうせ新発田氏とは関係ないんでしょ?

643人間七七四年2018/11/06(火) 23:05:34.90ID:xjdmns4j
>>642
分かりきったことだろうけど、ここで言う縁とは地縁だね
溝口さんちは重家居城跡を拠点として選んでるし、供養もしっかりしてくれている
安兵衛の、討ち入り強硬派のリーダー格ってところや47士中一の剛の者ってところも重家っぽいなw
ロマンあるわあw

644人間七七四年2018/11/07(水) 08:56:28.61ID:TYkdlDrg
>>635
戦国期で主の家が家臣の家に家督を継承するって長尾・上杉の関係だけだと思うのだか間違ってるかな。豊臣は関白になったから改姓したし、徳川も先祖の土地から改姓したものだったと思うけど。

645人間七七四年2018/11/07(水) 08:58:23.00ID:TYkdlDrg
>>640
為景・謙信・景勝三代にわたる揚北衆との最終決戦との見方もできるね。

646人間七七四年2018/11/07(水) 09:00:32.88ID:TYkdlDrg
>>640
大石(浅野)対吉良(上杉)の関ヶ原の戦い東軍対立西軍対決別バージョンという解釈もできる。(笑)

647人間七七四年2018/11/07(水) 11:47:13.27ID:e2S/zxcM
>>644
斎藤道三とか

648人間七七四年2018/11/07(水) 13:08:09.73ID:d2hVYLnG
>>647
じゃあ主君が家臣の家に家督を継がせたのは斉藤氏と上杉氏でよいわけかな。

649人間七七四年2018/11/07(水) 14:19:14.00ID:ZnEJJlWS
分家から主家の家督継いだらそれはどうなるんだ?
上杉家もそういう感じだと思うけど

650人間七七四年2018/11/07(水) 14:24:39.12ID:C94XbRtA
それは同名字で沢山居るし一族でしょ。
上杉と長尾は同族関係じゃないし

651人間七七四年2018/11/07(水) 14:25:43.80ID:NEGH/bOX
龍造寺乗っ取った鍋島とか
本家に成り代わったって意味なら織田や島津もそうだろうし
小早川も分家に養子に入った隆景が本家も継いで統合してるな
分家の当主が本家を継ぐだけなら江戸時代にいくらでもあるし

652人間七七四年2018/11/07(水) 14:40:29.34ID:C94XbRtA
家臣筋から主家の名字になった、って意味なら斉藤も鍋島も入らないか。
主家に成り代わるならそれこそ下剋上で山程あるし。
武蔵や大和辺りであった気もするけど忘れた〜

653人間七七四年2018/11/07(水) 15:49:36.57ID:ItRceb2P
単なる下克上の話をしてるわけじゃないだろうに

上杉氏の惣領である憲政が越後まで来て家督を譲ったのとそれで下克上的な言われ方をされないあたり特殊に感じる

ただ土岐氏家臣で美濃守護代の斎藤氏の勢力に陰りが見えた時にその有力家臣の長井が跡を継いで
土岐氏との関係そのまま継承したのと関東を維持できない関東管領家に長尾家が入ったのも同じパターンにも見える

654人間七七四年2018/11/07(水) 16:27:50.07ID:DjQ+yYfP
今川家の家督を北条が継いだ

655人間七七四年2018/11/07(水) 16:28:43.59ID:DjQ+yYfP
氏康の代では家臣とは言えないがもともと北条は今川の家臣だから△でもいいと思う

656人間七七四年2018/11/07(水) 17:28:55.11ID:UEQS8Yf7
>>652
通説の道三は長井になった時と斉藤になった時に主筋を乗っ取っている

657人間七七四年2018/11/07(水) 22:25:28.79ID:HrDWt45z
>>653
下剋上じゃなく穏便に家督を他家に譲渡したのは長尾(景虎=上杉謙信)と上杉(憲政)のケースだけかな。やはり。

658人間七七四年2018/11/09(金) 10:47:50.94ID:AfF8eTgh
山内上杉と上田長尾は代々の諱を見るに主従関係にありますね
これは穏便でない家督譲渡と言ってもいいのではないだろうかw

659人間七七四年2018/11/09(金) 14:26:45.76ID:ghoSBg3E
義とか言ってるけどそれくらいしないと憲政を保護しなかったってのが実情かもな

660人間七七四年2018/11/09(金) 15:08:08.87ID:jxPydCbx
為景景虎二代で考えなきゃならんよ
為景の代での上杉への無慈悲な仕打ちと
景虎の代でのいい人アピール

女殴ったと思ったら優しくしてヒモ化するDV男みたいなもん

661人間七七四年2018/11/09(金) 15:18:43.83ID:8MTCGDrN
上杉長尾の主従関係なんて話の大前提だろ
憲政が自ら越後にやってきて積極的に家督継承に動いてんのが特異に見えるって話だべ

家運の傾いた家が勢いのある家臣が継ぐ例自体はありそうな気がするけどぱっと出ないな

662人間七七四年2018/11/09(金) 17:21:20.36ID:ZgNPI5EI
越後国
守護 上杉
守護代 長尾

まずこの関係を知ろう

663人間七七四年2018/11/09(金) 17:57:39.35ID:05Oepkjd
>>662
まず長尾氏は「坂東八平氏」として関東地方の平氏方の大庭氏に仕えた事がある。発祥は相模国長尾庄(現在の神奈川県横浜市栄区)。

664人間七七四年2018/11/09(金) 19:40:33.63ID:xSYncSa6
上杉氏はなんで名門扱いなんだろね?
鎌倉武士団から見ればお飾り将軍の付き添いに過ぎないだろうし、後発の武家
尊氏生母の実家だけど、直義について尊氏の敵になってるし
ほんと越後にとっては長尾とともに疫病神みたいなもんだわ

665人間七七四年2018/11/09(金) 22:02:38.20ID:QWP1xdFv
いや、曲がりなしにも関東管領を継げるのだから名門でしょうよ。

666人間七七四年2018/11/09(金) 22:58:11.74ID:tNMLWG7s
じゃあどこが名門なのよって話やな

667人間七七四年2018/11/09(金) 23:05:30.66ID:CbLgSSOl
尊氏生母の実家だけどって言うてるけどそれが全てだろ

668人間七七四年2018/11/09(金) 23:55:23.83ID:xSYncSa6
じゃあなおさら長尾なんかに名跡継がせるべきじゃなかったね
あほな事するから越後で余計な混乱が起きたんだろうに
佐竹が憲政の申し出断ったってのがほんとなら佐竹かっこいいわ

669人間七七四年2018/11/10(土) 01:14:50.20ID:c/bysN2c
んーどうでもいい

670人間七七四年2018/11/10(土) 01:18:02.71ID:DWi3X8wK
長尾に譲っていいくらいのもんなら、北条の三男坊に譲ってもいいだろうねw
あ、やっぱり景勝怪しい・・・

671人間七七四年2018/11/10(土) 10:33:21.00ID:hkzCUxKw
越後なんて為景の頃も謙信在世中も乱れてたやん

672人間七七四年2018/11/10(土) 18:23:52.69ID:1bZeI8Ae
ところで、どうして揚北衆って変わり者扱いなんだ?

割りと早い時期に戦国大名化を図って圧かけてきた上杉房能さん
空前絶後怒涛の守護関東管領コロしの長尾為景さん
毘沙門天だー不犯だーの長尾景虎さん
といった個性的な面々とお付き合いし、
府内ではなく上田の上杉景勝さんか、北条からの人質だった上杉景虎さんかの二択を迫られ

あんたのところも大変だったねえ、と労いの言葉をかけられこそすれ、
越後は国人衆がアレだから、みたいに罵られる筋合いはないのではないか、と常々思うんだが
上田衆の不手際のスケープゴートにされてる感じ?

673人間七七四年2018/11/10(土) 18:25:23.57ID:o4S+QTXu
佐竹って新羅三郎義光を祖とする源氏の超名門だし上杉なんて家名要らねえだろ
長尾とはそもそもの家の格が違い過ぎ

674人間七七四年2018/11/10(土) 18:35:09.06ID:OsfLHQDZ
何処かで変わり者扱いされてんの?地元?
歴史的には単に度々反乱した国人領主ってだけだと思うが

675人間七七四年2018/11/10(土) 19:50:31.74ID:pD/FReq8
>>673
信玄にも「義光の正統後継はウチだかんね」と言い放ってるしな

676人間七七四年2018/11/10(土) 20:08:35.92ID:c/bysN2c
変わり者扱いって何の話?

677人間七七四年2018/11/10(土) 20:13:18.09ID:hkzCUxKw
罵られるってのも???

678人間七七四年2018/11/10(土) 20:19:39.27ID:1bZeI8Ae
こういうところ?

他所と比べて反乱言うほど多いかなあ?
下剋上途上の長尾さんに刃向かったり、長尾さんの内輪揉めに巻き込まれたり、などはカウントされるの?

教えて下され

679人間七七四年2018/11/10(土) 21:03:47.43ID:hkzCUxKw
ん?どういうとこだかまるでわからん
カウントって何に?

680人間七七四年2018/11/10(土) 21:34:57.79ID:1bZeI8Ae
度々反乱したとあるけれど、他の所の国人衆と比べてそれは多いのかな、という疑問

681人間七七四年2018/11/10(土) 21:57:47.23ID:hkzCUxKw
厳密に回数数えてどうこうって考え方がちょっとズレてるんじゃね?

682人間七七四年2018/11/10(土) 23:26:43.50ID:1bZeI8Ae
でもまあ度々反乱したってのが本当に特徴なら、ひとつの目安として捉えてみてもいいでしょうに
当然その後は、じゃあなぜ反乱したのって考えたっていいわけだし
そうした方が色々見えてきて面白そう

683人間七七四年2018/11/10(土) 23:52:22.77ID:nG7tJTuM
>新羅三郎義光を祖とする源氏の超名門

超ドキュソの名門
そもそも清和源氏は陽成源氏説あるし
なんか目撃しちゃいそう

684人間七七四年2018/11/11(日) 03:56:16.15ID:qs2NV7lQ
反乱は変わり者でも罵りでもないでしょ

685人間七七四年2018/11/12(月) 00:01:46.64ID:OGDl0W2g
>>668
弱体化した家を立て直す方も格好いいでしょ。

686人間七七四年2018/11/12(月) 18:59:06.91ID:si89VUS0
うーんどうでもいい

687人間七七四年2018/11/12(月) 22:17:45.36ID:WF6gN686
http://matsuri.5ch.net/test/read.cgi/sengoku/1541930367/
このスレで女性説主張してるやつは頭おかしいんですかね?

688人間七七四年2018/11/13(火) 00:20:51.49ID:XBDVVLiU
ネタでしょ。暇人がガイジごっこしてるだけ

689人間七七四年2018/11/13(火) 19:03:41.95ID:W0MIIoSW
>>672
鎌倉時代に越後に入部した和田三浦、佐々木、毛利などの名門御家人の末裔で、室町時代も守護上杉氏に対して独立傾向が強かったから

690人間七七四年2018/11/13(火) 19:07:51.93ID:2umVWc+K
>>670
憲政が佐竹や景虎に譲ろうとしたのは、北条と戦って欲しかったからでしょ
その点からみたら、憲政が三郎景虎を押したというのがほんとに謎、謎

691人間七七四年2018/11/13(火) 19:19:20.77ID:mYLELzE3
>>690
好き嫌いで景虎>景勝だったか上田衆が嫌いだったのじゃね
それか越後国主を景勝、関東管領を景虎にってのが真実か

692人間七七四年2018/11/13(火) 19:51:49.86ID:W0MIIoSW
景勝が台頭していった天正3年前後から謙信の側近に新発田、竹俣といった揚北衆たちの名前が見え、権力中枢が変化している
新しい側近たちは御館の乱でもそのまま景勝方について、景虎側に本庄実乃の息子とか以前の側近のものがついていることから、新旧側近の対立の面もあるんじゃないかと指摘している研究者もいるよ
片桐昭彦氏の後継者移行説が最近多くの研究者に支持されているからね
謙信が兄の晴景に対して反乱を起こした行動に上杉定実がかなり関わっていたことも最近指摘されてるから、憲政は定実と同じことをしようとして失敗したとも

693人間七七四年2018/11/13(火) 19:55:02.22ID:XHm6bU6v
三条・上田長尾、北条の血を受け継いだ道満丸が上杉を名乗り関東管領に就いたら、東国に平和が訪れそうだよなあ

694人間七七四年2018/11/13(火) 20:50:34.18ID:BVptXnB1
上杉謙信 「義の武将」の激情と苦悩
https://www.amazon.co.jp/dp/4065131081/
これ面白かった

695人間七七四年2018/11/14(水) 10:03:38.02ID:q3DfKPL5
憲政的には越相同盟が成立した時点で北条憎しから方向転換してるんでしょ
その時点で関東の実権は北条が持つけどその庇護下に古河公方があって関東管領は上杉氏のままって形を取ってた

それもじきに解消されたけど謙信と景虎との養子関係は続いててその景虎に憲政は肩入れしてる訳で
憲政的には景虎が上杉氏を継げば越相同盟当時の当時の名目上の体制に実質的に回帰するのを期待もあったかもよ

696人間七七四年2018/11/14(水) 14:30:01.46ID:wStBaJRw
憲政の前に古河公方家から養子入りした憲寛は実家に戻ってから上総で宮原氏の祖となり子孫は残った
つくづく憲政って不運な人だな

697人間七七四年2018/11/15(木) 23:40:33.39ID:XquiMfbT
>>696
そうですね。
歴史に名を残しているわりに。

698人間七七四年2018/11/26(月) 12:42:17.63ID:npsaFLbi
貴景勝って上杉景勝から四股名とってんのね
兵庫県出身だけど

699人間七七四年2018/11/26(月) 17:30:37.48ID:nvamnQol
>>698
貴乃花が謙信好きとかなんとか

700人間七七四年2018/11/27(火) 01:14:34.36ID:C1AoGc4v
なるほど師匠-弟子、親子関係からの命名なのね
知らんかったありがと

701人間七七四年2018/11/27(火) 17:34:59.99ID:37fgdYMJ
本名の貴信は貴乃花の貴と信長の信なんだってさ

702人間七七四年2018/11/27(火) 18:19:48.07ID:aTrzs8Gm
佐藤貴信って名前は武将感あるよね
義経の佐藤兄弟や相馬家の佐藤好信
同じ地域出身だし遠い親族かな?

703人間七七四年2018/11/27(火) 18:22:51.67ID:aTrzs8Gm

佐藤兄弟と佐藤好信が、ね

704人間七七四年2018/11/27(火) 18:46:23.47ID:ETAlgMnL
>>702
その佐藤兄弟の忠信の子孫を称していたよ
実際に血が繋がってるかは知らん

705人間七七四年2018/11/27(火) 21:33:25.41ID:0+2ss/JW
上杉景勝でよかったな
貴源治とか貴公俊みたいにならなくて

706人間七七四年2018/12/02(日) 23:24:06.96ID:JB0RFK0f
上杉謙信は家臣の佐藤某に大馬鹿者と言ってるな

707人間七七四年2018/12/11(火) 12:36:44.87ID:01pbi9bY
上杉影塚って、関ケ原の決戦で徳川に敗れ越前に逃亡はかり
その後南冲尋定を名乗って刀工として余生送った人ってイメージ。

708人間七七四年2018/12/17(月) 17:01:02.95ID:T7sx+M1E
何か名前に塚ってつける感覚がスゴい
三省堂大辞林には墓って意味もあると載ってるし、不吉と思わんかったんかな

709人間七七四年2018/12/18(火) 12:23:28.72ID:YdX6fkXG
あらかじめ不吉なものをつけて、回避しようという考えもある

710人間七七四年2019/03/18(月) 21:47:24.57ID:ygM3/X5S
>>672
基本的に越後国人の多数がぶっ飛んでるから揚北衆だけじゃないよ。
主だったジェントルマン国人は直江と斎藤くらいだよ。
たまたま揚北衆は春日山から離れているから単独で葦名や伊達と戦や外交やりあったり、庄内エリアに勢力つくって遊んだり自由度が高かっただけ。
北ジョー見てみなよ、国を離れて沼田行ってようやくやりたいこと見つけた感あるだろ?
越後てのは四方を天険に囲われた檻みたいなもんなんだよ。越後国人は虎!
遠くで監視が行き届かなかったり檻から放てば好き勝手するのは自然の摂理。
尻垂坂は日本のサバンナ

711人間七七四年2019/03/21(木) 00:39:48.60ID:26HNP+Fk
内乱で東上野を北条に抑えられた以上は
もう関東管領の肩書なんて何の役にも立たないから

712人間七七四年2019/03/21(木) 13:21:09.78ID:nKat2vLQ
上田長尾は何代にも渡って偏諱下してたほどの関係で
被官に家を乗っ取られるのが嫌だったんだろう

713人間七七四年2019/03/21(木) 16:34:45.75ID:EXPuiF7q
御館の乱で関東に寸土も持たなくなったし憲政が敵に回って殺した時点で関東管領を継承する大義名分もクソも無い

714人間七七四年2019/03/21(木) 17:23:19.46ID:9ei2T67L
殺したせいで関東管領継承できなくなったってより
関東管領継承する旨味よりリスクのがデカくなったから殺されたんだろな

715人間七七四年2019/03/21(木) 19:06:05.79ID:GQUixCyP
そもそも足利幕府が無くなってるけどな

716人間七七四年2019/03/23(土) 17:34:56.65ID:KOQRkOj4
とうに滅びた北条名乗って関東制圧しようとする輩のいる土地柄だし

717人間七七四年2019/04/02(火) 18:14:34.06ID:e9ar5H3+
信玄から勝頼とくらべるとひどい代替わりになったが、
武田は滅び、上杉はどうにか生き残ったというのが皮肉
結局運がすべてというのだろうか

718人間七七四年2019/04/02(火) 18:25:45.48ID:DT1LxipW
>>717
運もあるけど立地も大きい
織田・徳川オーススター相手にした武田に対して上杉はほぼ北陸軍だけだし
そもそも武田と織田(美濃制圧後)・徳川は最初から隣接してたわけで

719人間七七四年2019/04/23(火) 12:14:21.46ID:/AH1Ok0q

720人間七七四年2019/04/23(火) 14:46:01.29ID:nn35ybt6
>>719
いいね

721人間七七四年2019/04/23(火) 15:30:27.44ID:iHEd5xsI
>>717
本能寺の変がもう少し遅れただけで景勝はダメだったと思う

722人間七七四年2019/04/23(火) 18:07:20.14ID:GqyOqYYe
>>721
冬に入れるか微妙なところだったかもな
万全の態勢で春日山に籠城できれば織田は降雪撤退する憂き目にあったかもしれんが滅亡が来春に延びるだけ

723人間七七四年2019/04/23(火) 18:09:47.41ID:FKOgokIO
>>722
森長可に本能寺の報が届いた時には森はもう上越市にいたんだよなぁ

724人間七七四年2019/04/23(火) 18:59:22.45ID:GqyOqYYe
>>723
そりゃ海津城から上越は目の鼻の先だからな
川中島なんか自領の武田勢のほうがよほど遠征になってる

725人間七七四年2019/05/18(土) 01:56:31.31ID:maPqvuzV
上杉顕定の敗死は上田長尾に裏切られて退路絶たれたのが主因?

726人間七七四年2019/05/21(火) 12:52:50.87ID:fji46I12
>>718
織田視点で、武田と上杉のどっちから滅ぼすかを考えたら
「とりあえず武田から」になるのが自然な流れだわな。

727人間七七四年2019/05/24(金) 03:13:55.87ID:uH5Lequk
>>724
川中島で思い出したけど、あんなとこまで北条が律儀に援軍送ってたのを最近知ってびっくりした
しかも派遣されてたの綱成っていう

728人間七七四年2019/06/16(日) 01:41:47.28ID:6ppykBVx
>>1
景勝のアイデンティティは越後上杉家だから。
景勝の母・仙洞院の母方の祖父が上条弾正少弼。
上田長尾房長の母方の祖父も上条上杉一族。

>>624
頼房の次代が政繁でしょうね(畠山から養子に入ったのは義春で別人)。
あとは上条家女系子孫の景勝しか残らなかったということでしょう。

729人間七七四年2019/06/17(月) 18:16:15.79ID:jECBWEI+
>>644
蘆名と二階堂とか

730人間七七四年2019/06/17(月) 18:18:42.54ID:jECBWEI+
あと姉小路と三木

731人間七七四年2019/06/17(月) 23:19:10.57ID:KSiPMYmG
蘆名と二階堂って主従でいいのか?

732人間七七四年2019/06/19(水) 01:01:58.90ID:Jeu0EmKM
二階堂盛隆も蘆名家の血は入ってたんだよね。
謙信に上杉の血が入ってたかどうかはわからないが、
景勝には上杉の血が入っていた。
姉小路→三木はワカンネ

733人間七七四年2019/06/19(水) 07:41:15.39ID:Fg6oVyWi
三木→姉小路は単純乗っ取りだな

734人間七七四年2019/06/20(木) 02:20:12.91ID:RtAblFBW

735人間七七四年2019/06/28(金) 17:03:17.31ID:cR1PH0s6
雰囲気雰囲気?

736人間七七四年2019/06/28(金) 19:54:40.92ID:txWD7fIh
仙桃院さまはどうして景虎側についたんだ?

737人間七七四年2019/06/28(金) 21:21:05.25ID:Q4SSzOnF
普段から気に入らずついムシャクシャしてやってしまった
でも後悔はしていない

かげかつ

738人間七七四年2019/06/29(土) 00:12:14.07ID:9Jp09sj+
>>736
娘が景虎の嫁だからな、むっつり無口な息子より娘の所の方がいいのは今も昔も一緒

739人間七七四年2019/06/29(土) 13:10:05.47ID:V0sJ9a7F
てことは道満丸にも上条上杉氏の血が入っているわけか

740人間七七四年2019/07/03(水) 18:59:33.43ID:Vk7GOzrt

741人間七七四年2019/07/04(木) 00:33:39.30ID:PS7jFtkF
RYO/ヒスペディア @kidotakayosi74 2019/06/19 18:57:05
「上杉家ってあの謙信の?じゃあめっちゃ強いんじゃないの?」

上杉顕定「違うぞ」
上杉顕実「弱いです」
上杉憲房「力無いです」
上杉憲寛「負けっぱなし」
上杉憲政「謙信だけが異常」
北条氏康「謙信だけが異常」
武田信玄「謙信だけが異常」
織田信長「謙信だけが異常」
https://twitter.com/kidotakayosi74/status/1141283751504183297

右京 @garupankuro21 2019/07/03 2:53:30
上杉顕定は、ぶっちゃけ強いと思う。

興隆だった扇谷の勢いを、道灌を殺させることで減退させて、結果的に屈伏させたし。

関東側から越後に本格侵攻した唯一の武将じゃないかな。

その時も、長尾為景を二回撃退してるし。
https://twitter.com/garupankuro21/status/1146392748267728897
https://twitter.com/5chan_nel (5ch newer account)

742人間七七四年2019/07/04(木) 01:49:08.55ID:7dDuoMXn
>>740
謙信は槍のイメージあんま無いな
三十五腰で太刀の方が

743人間七七四年2019/08/25(日) 21:53:35.76ID:scCGL8WD
そもそも憲政も謙信の父親に祖父を討たれ父親は命からがら逃げ帰ってきたくらいで山内上杉を衰退させた因縁が北条にも負けないくらいあるのに亡命してきたりするような奴。
ボンボン大名の典型で今川氏真によく似ているタイプ
そんなヤツでも謙信に家督譲ってから政治に介入しなくなり大人しく隠居させてたのに乱に関わってきやがって景勝もイラっときただろう。
ピリピリした状況で家臣の中には憲政を心底鬱陶しく思ったやつも少なくなかっただろうに

744人間七七四年2019/08/25(日) 22:08:39.33ID:scCGL8WD
>>89
上泉て新規雇用枠で浪人衆みたいなもんじゃなかった?大将級とはどだい思えないんだけど

745人間七七四年2019/08/25(日) 22:10:48.29ID:scCGL8WD
>>93
武田信玄でも毛利元就でもあの短期間では無理だわ

746人間七七四年2019/08/25(日) 22:32:31.60ID:scCGL8WD
>>110
新発田も出遅れだから恩賞なんて家督で十分。
比べて国人でも斎藤朝信は一番に景勝に与し武田への外交だけならずVSキタジョーや十郎景信に与している古志郡の諸城を攻めことごとく開城させた上、
与板城救援の血路まで開いている。
新発田も騙された経緯はわかるが働きが足りないよ働きが〜

747人間七七四年2019/08/25(日) 22:39:38.54ID:scCGL8WD
>>113
阿賀北衆はもちろん、地域としてはかなり狭いが柏崎衆(宇佐美・上条・安田・佐野・北条・斎藤)も粒揃い
この2地域が主軸だろうな

748人間七七四年2019/08/25(日) 23:05:04.01ID:scCGL8WD
>>143
七尾を手際よく内部から落とし、
織田にギリギリまで落城の情報を漏らさない徹底した防諜。落城をようやく知った織田は数に優るも助ける相手を失い、これ以上深入りしすぎると不味いと判断、あわてて反転撤退
しかし一揆を味方につけ道中に不安のない上杉は少数ながらも素早く、撤退を始めた織田に追い付くことに成功し打撃を与え逃げ帰った織田軍は各城にこもり籠城支度。
戦闘行為そのものは織田の尻をつつくだけだがそこに至る電撃作戦はあまりに見事で、誰に手柄があったかもわからないが確実に地域の主導権を握った決定的かつ理想的な戦果。
謙信の真骨頂じゃないの?

749人間七七四年2019/08/25(日) 23:19:05.12ID:scCGL8WD
>>226
大阪陣では粛清し世代交代した代が成熟しきった時だからな。
強兵上杉軍団が光を取り戻したんだよ。
水原みたいな謙信時代の生え抜きにはまだまだ物足りなかったようだが

750人間七七四年2019/08/25(日) 23:20:05.75ID:scCGL8WD
>>230
うそつくな信濃長沼まで上杉領だわ

751人間七七四年2019/08/25(日) 23:31:07.06ID:scCGL8WD
>>280
枇杷島城、旗持城、上条城、安田城、赤田城、二田城、鎌田城、大崎城、町田城、南条城、黒滝城、矢田城、勝山城、聖ヶ崎砦、
柏崎ならこれくらいは見てこいやボケ!素人かよ!

752人間七七四年2019/08/26(月) 00:00:47.69ID:jss850Bc
上杉三郎が山内上杉家というか関東管領継ぐことになってたんだな

753人間七七四年2019/08/26(月) 00:03:59.29ID:5nGnO0Cx
>>724
春日山から海津は徒歩て100qの道程、目とはなの先は言い過ぎだな。
単純に信越国境までなら目とはなの先だがな

754人間七七四年2019/08/26(月) 01:45:53.53ID:yYz4XbLH
>>750
いやだからその上杉領まで攻め込まれてるって話だわ
魚津城救援に出兵した隙に本拠地狙われて見殺しにする羽目になった

755人間七七四年2019/08/27(火) 17:54:42.13ID:KY6xbFC/
>>749
周りが素人同然だっただけでは
あの時点で戦国生き残りなんてレジェンドだろう
スポーツでプロと高校生が勝負するようなもの

756人間七七四年2019/08/28(水) 13:49:56.77ID:SUy2C/8z
佐竹義宣「ぐぬぬ」

757人間七七四年2019/09/05(木) 11:21:56.76ID:7mbNctBk
>>743
親や家の仇と同盟組んだり縁組するというのは戦国時代〜江戸初期ではよくあることだよ
この時代は俺の親父を討ったすげえヤツと親の仇をワンランク見上げる風潮があった
今の感覚で物を考えると本質がボヤけてくる

758人間七七四年2019/09/05(木) 19:26:30.64ID:9iobbiTL
佐久間盛政の娘が中川清秀の子に嫁いでいるのもそうだよな
清秀妻には嫌われてたようだけど

759人間七七四年2019/09/09(月) 20:05:27.16ID:/h4aiuXl
>>757
本庄繁長「いや許さんよ」

760人間七七四年2019/09/09(月) 22:01:22.43ID:/h4aiuXl
>>754
春日山までかなり迫ってるのはわかるが春日山の二キロ手前と書いてあったからツッコむだろ
二キロてもうほぼ城下じゃん
国境を破り、田切城を落城させすぐ先の二本木まできた所で上条勢が一隊を率い出てきて交戦し追い払う。
しかし鳥坂城のすぐ近くで陣を張って以降は進んだ形跡がない。
二本木は春日山の25qほど手前でたしかに国境をやぶり15qほど進軍し、いよいよ春日山防衛ネットワークの城砦群に到達したのは景勝に大変な驚威を与えたが、春日山の二キロってもうほとんど抜かれてる訳で景勝遅すぎじゃんっていう。
武田勝頼が御館の乱で介入したときなら上杉は受け入れる形だったからすんなり春日山近郊まで軍勢通したけど森武蔵の時は小勢でも抵抗してるし二本木からはすんなりとはいかないだろ

761人間七七四年2019/09/10(火) 00:03:30.06ID:w34lXFpD
まあどっちにしろ春日山まで半日のとこまで追い詰められてるでしょ
まさかそれすら認めない感じ?

762人間七七四年2019/10/03(木) 00:32:10.06ID:3jqGtQZq
>>762
それすら、て二キロ手前まで来たとかを認めろってか?
国境越え追い込んでるのは間違いないよ。
単身なら半日、無抵抗で通常の行軍なら25キロほどなら丸1日で着く至近。
二本木となりにある鳥坂城を攻めて落とせば、頸城平野が見渡せるから森軍は無理して支城群に首突っ込まなくても上杉を牽制でき春日山から身動き出来なくすることが可能

763人間七七四年2019/10/09(水) 19:44:24.02ID:sATOVxY0
憲政って本当に山内上杉の血統だったのかな?
憲政の父憲房の父である周清って僧籍にあったこと以外なにも伝わってないし、
名前も周清だったり周晟だったり秀晟だったりで、実在の人物かどうかも疑わしい。
そもそも僧籍にあったのに子があるってどういうことよ?

764人間七七四年2019/10/09(水) 20:35:43.31ID:1CPUvQm1
>>763
面白い考察だな

765人間七七四年2019/10/10(木) 17:34:02.92ID:LPvim7oA
>>763
当時の価値観だと血統よりも家じゃないの
妻帯して子のいる僧なんていくらでもいるし

766人間七七四年2019/10/13(日) 09:23:58.52ID:bibWvywq
信濃島津氏の縁の地で武田氏・上杉氏双方の縁の地でもある、長野市穂保地域が今回の台風で水没。長沼城趾も水没して悲しい・・。

767人間七七四年2019/10/13(日) 09:23:59.63ID:bibWvywq
信濃島津氏の縁の地で武田氏・上杉氏双方の縁の地でもある、長野市穂保地域が今回の台風で水没。長沼城趾も水没して悲しい・・。

768人間七七四年2019/10/14(月) 09:31:17.78ID:711g2AMn
>>760
森長可が二本木迄でとどまったのは長野市豊野町の大倉城趾で島津氏・芋川氏・北信濃一向一揆が森氏を食い止めようとしたのも大きい。

769人間七七四年2019/10/14(月) 09:31:18.14ID:711g2AMn
>>760
森長可が二本木迄でとどまったのは長野市豊野町の大倉城趾で島津氏・芋川氏・北信濃一向一揆が森氏を食い止めようとしたのも大きい。

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