源頼政☆浜名清政☆浜名正国☆遠江佐久城 part2

1人間七七四年2018/08/12(日) 16:06:25.15ID:r9arC6xX
遠江国の名門・浜名氏


『武家家伝_浜名氏』
http://www2.harimaya...u/html/hamana_k.html

『日本の苗字7000傑 姓氏類別大観 清和源氏頼光流【5】』
http://www.myj7000.j...n/01/010/01004a4.htm

『濱名庄司系譜』
http://dl.ndl.go.jp/...769763/107?viewMode=

『浜名氏系図』
∴清和天皇─貞純親王─源経基─満仲─頼光─頼国─頼綱─仲政─頼政─頼兼─頼貞(頼茂)─政義(保茂)─頼氏(頼綱)─浜名清政─詮政─満政─持政─政義─政明─頼親─正国─重政─頼広─信政(信正)



【遠江佐久城】 浜名正国 【今川家臣】 part1
http://itest.5ch.net/test/read.cgi/sengoku/1457659914/

2人間七七四年2018/08/12(日) 16:10:07.32ID:r9arC6xX
【浜名氏家臣団】

■後藤氏
 長享元年(1487)9月。足利将軍義尚の佐々木(六角)高頼征伐に、
上洛参戦した後藤九郎が祖の遠州後藤氏(日比沢城主)。

■安形氏(縣氏)
 浜名県主が祖の安形氏。
子孫は宇都宮戸田藩の家老となる。

■岡本氏
 岡本信久(源左衛門尉)。
浜名郡岡本郷の豪族。


【浜名氏一族】

■浜名氏

■大屋氏(大矢氏)

■猿田氏
 浜名重政の子、新三郎信正・弥三郎正綱兄弟、ともに遠江国の式内
猪鼻湖神社の祭神、猿田彦に因み、猿田氏を称する。

■浜名氏流朝日奈氏

■浜名氏流飯尾氏

※また、浜名頼広の妻は今川氏に最期まで誠忠を尽した掛川城主の朝比奈泰能の女であり、
浜松城主飯尾乗連は甥に当たっていたといわれ、今川氏とは強い因縁で結ばれていた。

3人間七七四年2018/08/12(日) 16:11:35.19ID:r9arC6xX
今川義元の城(家臣の城も含む)


・駿府今川館(当時は駿府城ではなく今川館でした)

・尾張鳴海城=城主・岡部元信

(以下、城主は省略)

・駿河朝比奈城=朝比奈元長

・三河田原城=朝比奈元智

・駿河瀬名城=瀬名氏俊

・駿河蒲原城=蒲原氏徳

・駿河庵原城=庵原元政

・駿河川入城=由比正信

・遠江掛川城=朝比奈泰朝

・遠江二俣城=松井宗信

・遠江高天神城=小笠原氏清

・遠江井伊谷城=井伊直盛

・遠江引馬城=飯尾乗連

・遠江佐久城=浜名正国

・三河岡崎城=松平元康

これ以外では、犬居城(天野景泰)、横山城(興津清房)、葛山城(葛山氏元)、
松平氏関係で、大草、竹谷、桜井、青野、長沢、形原、田峯、長篠、野田、足助、寺部、上ノ郷、牛久保、作久、五本松の三河の各諸城があります。

4人間七七四年2018/08/12(日) 16:13:41.48ID:r9arC6xX
濱名備中守政明
濱名肥前守頼近
濱名三郎正國
濱名肥前守重政
濱名與兵衞肥前守頼廣
濱名新三郎信正
濱名與三左衞門備中守
猿田彌三郎正綱
大屋安藝守政頼
大屋左馬允政景
大屋金太夫光重
大屋作左衞門重次
後藤藤九郎眞泰
後藤佐渡守直正
後藤角兵衞實久
安形伊賀守正道
安形刑部左衞門正秀
岡本源左衞門尉信久

5人間七七四年2018/08/13(月) 01:49:38.47ID:G0LiEOy/
宙吊りデブお浜

6人間七七四年2018/08/15(水) 17:19:19.04ID:3fzgdzGR
■今川家臣飯尾連龍系図
∴源頼政─頼兼─頼茂─頼方─頼氏─
─浜名清政─頼清─政持─頼季─信頼─正隆─
─政義─頼秀─用政(頼秀六男)(初、大矢小吉。後改、飯尾帯刀)(曳馬城主(現浜松城))─頼純(飯尾兵庫頭)(曳馬城主(現浜松城))─政純(連龍)(飯尾豊前守)(曳馬城主(現浜松城))─義広
・飯尾豊前守政純(連龍)の次男:飯尾政宅
・飯尾豊前守政純(連龍)の弟:飯尾二郎右衛門尉正孝(武田家臣)

7人間七七四年2019/08/03(土) 16:32:55.87ID:nWyEcQT2
源姓 浜名氏 清和源氏頼政流

清和天皇─貞純親王─源経基─源満仲─源頼光─源頼国─源頼綱─源仲政─源頼政─源頼兼─源頼茂─源頼方─源頼氏─浜名清政─浜名詮政─浜名満政─浜名持政─浜名政義─浜名政明─浜名頼親─浜名正国─浜名重政─浜名頼広─浜名三郎兵衛

8人間七七四年2019/08/03(土) 16:48:50.14ID:nWyEcQT2
源頼茂
承久元年(1219年)7月13日、突如、頼茂が将軍職に就くことを企てたとして後鳥羽上皇の指揮する兵にその在所であった昭陽舎を襲撃される。頼茂は応戦し抵抗するものの仁寿殿に篭り火を掛け自害し、孫の頼氏は捕縛された。


源頼氏
源頼茂の孫。遠江守。先祖源三位頼政の旧地遠江国大矢に住む。足利尊氏家臣。


浜名清政
大矢(源)頼氏の子。はじめ大矢清政、後に佐久に居城を移して浜名清政となる。


浜名政義
今川家臣。


浜名三郎兵衛
本多忠勝の子の本多忠政の家臣。

9人間七七四年2019/08/03(土) 17:01:14.41ID:nWyEcQT2
浜名肥前守源頼親の弟、大矢用政。大矢用政、後に飯尾用政となる。
飯尾用政の子、飯尾乗連。飯尾乗連の子、飯尾連竜。
飯尾連竜の次男、飯尾政宅。飯尾政宅、現在の原宿に住む。
原宿駅前からラフォーレの辺りは丘陵となっていて、かつて源氏山と称していた。
源氏山の由来は清和源氏の末裔飯尾政宅が住したため。

10人間七七四年2019/08/03(土) 17:23:23.25ID:nWyEcQT2
源姓 大矢氏 清和源氏頼政流浜名氏族

大矢作左衛門重次
本多忠勝の子の本多忠朝の家臣。


大矢野松右衛門
島原の乱の一揆勢の首謀者の一人。天草十七人衆の一人(天草五人衆のひとりでもある)。キリシタン。
本名を大矢野作左衛門といい、父は本多忠朝の家臣・大矢作左衛門で、自身も主君・本多忠朝の剣術指南役であったという。
また、大坂冬の陣にて父が戦死したため本多家から退去し、忠朝の怒りをおそれ古里の天草へ逃れて帰農したという。

11人間七七四年2019/08/03(土) 17:27:08.27ID:nWyEcQT2
本多忠勝長男本多忠政家臣:浜名三郎兵衛
本多忠勝次男本多忠朝家臣:大矢作左衛門

12人間七七四年2019/08/03(土) 17:29:27.21ID:nWyEcQT2
浜名三郎兵衛─浜名吉右衛門─浜名猪之助
大矢作左衛門─浜名作兵衛─浜名喜兵衛

13人間七七四年2019/08/03(土) 17:42:21.23ID:nWyEcQT2
浜名与三郎源正広

俺の曾祖父の父。某藩士。某士族。長男だけど与三郎。与三郎は浜名氏代々の通称。

14人間七七四年2019/08/03(土) 19:02:12.89ID:nWyEcQT2
享陰

源姓平賀氏出身。浜名政義の親族。尾張国緒川の乾坤院(水野貞守開基)の僧。浜名氏は政義の代より曹洞宗となる。

15人間七七四年2019/08/03(土) 19:14:13.50ID:nWyEcQT2
源頼兼と平賀義信。源頼朝を除けばどちらも源氏の首座。

16人間七七四年2019/08/04(日) 00:07:52.22ID:kls8bAAX
>>3
浜名氏だけのぶやぼに登場してないっておかしくね?

17人間七七四年2019/10/11(金) 14:33:14.88ID:SKH74jb4
濱名與三左衞門從五位下備中守源朝臣政明

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